「このままの案ではもちません」訴えた西村経済再生相…政府案、初の出し直し
2021年5月15日 (土)配信読売新聞
「このままの案ではもちません」
閣議直前の14日午前8時20分頃。西村経済再生相は首相官邸4階の閣僚応接室で、田村厚生労働相と加藤官房長官にそう訴えた。
「このままの案」とは、西村氏が午前7時に始まった基本的対処方針分科会で示した政府案を指す。群馬、石川、岡山、広島、熊本の5県を「まん延防止等重点措置」に追加するものだ。
しかし、分科会では、委員から「手ぬるい」との異論が相次いだ。西村氏は閣議のために分科会を中座したタイミングで、官邸の判断を仰ぐことにした。閣議前の閣僚はふつう、着座して静かに菅首相の入室を待つ。額を寄せ合って立ち話をする西村氏ら3人の姿は、突発事態の発生をうかがわせた。
与党への当初案の根回しを13日に済ませており、西村氏は週末に仕切り直すことも覚悟していた。閣議後、さっそく首相を交えて協議が始まった。「専門家がそこまで言うなら仕方ない」。首相の一言で、北海道を含む3道県を緊急事態宣言の対象に加える修正案が急きょ決まった。分科会の前身である基本的対処方針等諮問委員会を含め、政府案を出し直すのは初めてのことだ。
政府と専門家 温度差露呈
「これだけ真っ赤だったら、緊急事態宣言に該当するのではないか」
14日の基本的対処方針分科会。委員の竹森俊平・経済産業研究所上席研究員は政府が示した当初案に疑問を呈した。
当初案では、宣言への移行を求める北海道は引き続き「まん延防止等重点措置」の扱いだった。岡山、広島両県は重点措置の追加適用を受ける5県の中に入っていた。しかし、手元の資料では、3道県の感染状況はいずれも国の指標で最も深刻な「ステージ4」を示す赤色の数値ばかりが目立った。
「北海道の医療機関からは悲惨な叫びが聞こえる」。日本医師会の釜萢敏常任理事が北海道を宣言対象に加えるよう訴えると、他の委員たちも同調した。
北海道に宣言を発令するなら、同じレベルの感染状況である岡山、広島の取り扱いも再考する必要が生じる。批判の矢面に立たされた西村経済再生相は「総理と相談させてほしい」と議論を引き取るしかなかった。
政府が北海道を重点措置にとどめようとしたのには、それなりの理由があった。「ステージ4」とはいえ、道が札幌市に有効な対策を講じれば十分対応できるとみていた。都道府県全域を対象とする宣言よりも、地域を限定する重点措置の方が効率的というわけだ。
自治体の取り組みの本気度をいぶかる向きもあった。札幌市最大の繁華街・ススキノでは、「多くの店が時短要請に応じていなかった」(内閣官房幹部)。重点措置の対象外だった岡山県も国から促され、独自の対策を強化したばかりだった。
一方、分科会は政府の対応にいら立ちを募らせていた。
新型コロナ対策を検討する厚生労働省の助言機関は12日、北海道、岡山、広島の3道県の感染状況に強い危機感を示した。それでも政府が宣言の追加発令に動き出そうとしなかったことで、しびれを切らした分科会は不満を爆発させた。
政府高官は「これまでくすぶっていた両者の温度差が一気に顕在化した」と顔をしかめる。政府は節目の局面になると、首相や西村氏ら関係閣僚だけで新型コロナ対応の方向性を決めるケースが多かった。専門家とのパイプ役となる事務方の存在感が薄れ、首相官邸と分科会の意思疎通がうまくいかなかった可能性がある。
政府の土壇場での方針転換に、関係自治体は振り回された。広島県は13日まで重点措置の適用を前提に準備を進めていた。政府から湯崎英彦知事に「緊急事態宣言の対象地域になった」と連絡が入ったのは14日午前9時過ぎ。北海道の鈴木直道知事も同じ頃、西村氏から宣言の追加発令を伝えられた。14日午前に連絡を受けた岡山県は「急いで対策を検討しなければ」(幹部)と不満を漏らした。
釜萢氏は会議後、「これまでは追認するような場面がなきにしもあらずだった」と振り返った上で、今回の政府対応を評価した。
ただ、分科会の主張を丸のみさせられ、首相は大きな傷を負った。「朝令暮改だ」「首相の判断を誰も尊重しなくなる」。政府内からは首相の政治手腕を危ぶむ声も上がっている。(政治部 秋山洋成)
対象外地域も深刻…新規感染 8県「ステージ4」
緊急事態宣言などが出されていない地域でも感染状況は厳しさを増している。13日までの1週間で新規感染者数が「ステージ4」(人口10万人あたり25人以上)に達したのは大阪、福岡、東京など22都道府県あるが、そのうち大分、佐賀、奈良、香川、宮崎、長崎、滋賀、福島の8県は、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置の対象にはなっていない。
「危機意識のギャップを感じる」。重点措置適用を要請したが見送られた福島県の内堀雅雄知事は14日、強い不満をあらわにした。
4月下旬以降、会津若松市の複数の飲食店から感染が拡大。県は同市内の飲食店に営業時間短縮を要請したほか、重点措置適用に向けて政府と協議してきた。しかし、西村経済再生相は「県の対策の効果を見極めたい」と判断を保留した。
業を煮やした県は14日、独自の「非常事態宣言」を発表し、時短要請を県全域に拡大。「緊急事態宣言と異なる枠組みをせっかく作ったのだから、言葉通り、まん延防止のために使ってほしい」と内堀知事は憤る。
同様に適用が見送られた長崎県は、病床使用率や療養者数などの指標もステージ4の水準に達している。
同県の中村法道知事によると13日夜、西村氏から電話があり、重点措置の適用基準について尋ねたところ、明確な答えはなかったという。「(見送りは)大変残念だ。適用基準を明確にしてもらいたい」と注文を付けた。
(医療部 竹井陽平、福島支局 阿部雄太)