ウクライナ侵攻の背景や今後の見通しは? ロシア・ソ連史専門の東北大・寺山教授に聞く
ウクライナにロシアが侵攻を開始して2週間。終結の兆しは見られず、戦闘は激しさを増す。戦禍に至った背景や今後の見通しについて、ロシア・ソ連史を専門とする東北大東北アジア研究センターの寺山恭輔教授に聞いた。(編集局コンテンツセンター・佐藤琢磨)
[寺山恭輔(てらやま・きょうすけ)氏]京都大大学院文学研究科博士課程修了。1996年東北大東北アジア研究センター助教授、2013年から現職。専門はロシア・ソ連史。長崎県対馬市出身。58歳。
NATO入り阻止できず、占領へ
―侵攻をどう受け止めていますか。
「驚きはない。クレムリンに近い匿名の情報源によると、プーチン大統領は2021年11月19、20日、ショイグ国防相やパトルシェフ安全保障会議書記、ゲラシモフ参謀総長ら側近と会合を開いた。ウクライナを狙った地政学的な修正プラン実現に向けた全面的準備が進行中で、後はいつ実行するかが問題だということだった。今年に入り、具体的な日時も示されていた。ロシアの政権内部も全員がプーチン大統領を支持しているわけではなく、(外部に情報提供する)まともな人もいる。ウクライナのゼレンスキー大統領の暗殺が未遂に終わっているのは、その協力もあったと思われる」
―プーチン大統領が全面侵攻を決断した理由をどう考えていますか。
「補給もままならず、他の専門家も指摘するように短期間で終結させる予定だったのだろう。2014年のクリミア半島侵攻で成功を収め、今回も同様に展開できるとみていたのではないか。侵攻がウクライナ住民に歓迎されると幻想を抱いていたと考えている」
「しかし現実は、ウクライナ東部のドネツクやルガンスクでウクライナ人約1万4000人が亡くなる戦争が14年以降、8年間も続いていた。親ロシアのルカシェンコ大統領が独裁するベラルーシと異なり、ウクライナでは選挙がきちんと行われ、親ロシア、親EUと揺れながらも民主的な制度が機能していた。その間に戦闘経験を積んだ人たちが今立ち上がっている」
「北大西洋条約機構(NATO)入りを目指すウクライナの方針がロシア侵攻の引き金になったかもしれないが、04年にはよりモスクワに近いバルト三国が加盟している。ウクライナはロシアやベラルーシと同じスラブ民族の兄弟国。ロシアはウクライナをベラルーシのようにしたかったのだと思う。ロシアはあらゆる手を尽くしてウクライナのNATO入りを阻止したかったができず、力ずくで占領するしかないとの決断に至ったのではないか」
プーチン大統領、側近を「共犯」に
―2週間もの戦闘はロシア側の誤算でしょうか。
「チェチェン紛争の時を思い出す。当時のエリツィン大統領に国防相は『空挺(くうてい)部隊なら3時間で首都を制圧できる』と進言したが、10代の未熟な兵士を送り込んで返り討ちにあった。今回もロシア政権は当初の作戦に失敗し、苛烈な空爆を始めた。プーチンは自分を解放者と思い込んで侵攻を決めたが、全く歓迎されていない。今行っているのはウクライナへの懲罰的攻撃だ」
―人道回廊の設置もなかなか進んでいません。
「ロシアは15年に介入したシリア内戦でも人道回廊を作ったが、市民が逃げている最中に爆撃した。想像したくないが、今回も逃げる市民を狙って爆撃し『ウクライナ軍の仕業だ』と言うのだろう。ウクライナは国土が日本の1・6倍。首都キエフからポーランド国境までは仙台から名古屋ぐらい離れている。ロシア軍に囲まれている状況ではどうやっても逃げられない」
―終結が見通せません。
「もちろん早期に終結してほしいが、時期は分からない。重要なのは、プーチンに核のボタンを押させないこと。冒頭で話した情報源によると、今月初めに軍や治安機関のトップら側近に核使用の賛否を問い、今のところ支持する声しか出ていないという。プーチンは側近を核使用の共犯にしたかったのではないか」
「ポーランドが保有する旧ソ連製のミグ戦闘機をウクライナに提供しようという米国との計画があるようだが、ロシアはそれを『NATO参戦』とみなして核使用の口実とするかもしれず、とても懸念している」
毎日のように体制寄り討論番組
―即時停戦を願う世界の声はロシア国民に伝わっているのでしょうか。
「例えば元モスクワ国際関係大教授のワレリー・ソロヴェイ氏は、ネットで得た国内外の情報を動画投稿サイトのユーチューブで発信しているが、登録者は50万人ほど。1億4000万のロシア国民と比べごく少数だ。情報源がテレビだけの多くの人は真実を知らず、プーチンによる正義の戦争とみなしている」
「ロシアのテレビ局NTVは、第1次チェチェン紛争の映像を現地から放送した。それがロシア国民の政権批判を呼び、1996年の一時停戦につながったとされる。NTVはプーチンの大統領就任後の00年にオーナーが横領などの容疑で逮捕され、国営企業ガスプロムの傘下に入った。現在、大きなメディアは全てプーチン政権の支配下。ロシアでは毎日のように夕方ごろから体制寄りの討論番組が放送される。大多数の国民は政権のプロパガンダしか見ることができない。間もなく自由なインターネットも遮断されるだろう」
―ロシア国内でも反戦デモが行われています。
「ロシア国民しかウクライナを助けられない。国際銀行間通信協会(SWIFT)の取引停止は、平和的な手段でロシア国民に経済的打撃を与え、その意識に影響を与えられる唯一の手段。気づいてほしい。『どうか立ち上がって』という世界中からの声なきメッセージに。経済的にはもう届いているはずだ」
「2月初旬は1ドルが76ルーブルほどだったが、侵攻を始めてすぐ90、100と下落していき、8日現在で150ルーブルにまで低迷した。1カ月余りで価値が半分になった。世界中の企業も撤退している。『おかしいぞ』『政府の言うことは本当なのか』と疑問に思う人が増えてほしい」
「ロシア当局が拘束しきれないほど多くの人が街へ繰り出し、一斉に反プーチンの声を上げることに望みを懸けるしかない。メディア支配を進め、ソ連時代のKGBをルーツとするFSBを強化するなどプーチンは20年以上かけて現在の体制を築き上げた。簡単ではない。それでもプーチン体制に終止符を打たなければこの戦争は終わらない」
「戦後の終わり」迎える
―この先、世界はどうなるのでしょうか。
「第2次世界大戦で、旧ソ連が2000万人を超す犠牲者を出すことによって得られた国連安全保障理事会常任理事国のステータスは消滅するだろう。今回の侵攻で、ロシアは権利を自ら放棄したとも言える。それは『戦後の終わり』を迎えるという意味でもある」
「常任理事国の拒否権は戦争を止めることができないおかしな制度。ウクライナもロシアも多くの死者を出している。平和のための新たな仕組み作りに向けた機運が高まるといい。日本も将来を見越しながら行動するべきであり、安全保障をはじめ食糧、エネルギーなどあらゆる問題を率直に議論していかなければならない」