温泉クンの旅日記

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レイの水

2006-12-17 | 雑文
  < レイの水 >

 まだ温泉について初心者だったころ、箱根のある宿のご主人から「熱海なんて
いってもアリャ温泉じゃねえ、海水を汲んで沸かしているだけだよ」、そう喝破さ
れびっくりしたことがある。

 赤城山のある温泉のご主人からは、近所の人気のある宿について「ココダケの
話、あそこはサァ、横に流れているただの川の汚ねぇミズを沸かしてんのさ」、
そう声を潜めて耳打ちされたこともあった。どちらも俄かには信じられずに、
「へぇーなるほど・・・」と半信半疑であいまいに頷いたものである。

 いっとき温泉偽装がマスコミを賑わせたときのことである。

 長野県の白骨温泉で、早朝に草津温泉で作られた入浴剤を混ぜて白濁のお湯に
変えている写真が週刊誌にスクープされた。源泉を変えたため、客が望んでいる
白濁の温泉でなくなったための苦肉の偽装だった。



 その後伊香保温泉、水上温泉、有馬温泉とつぎつぎと有名温泉地で偽装が発覚し
ていく。水道水や井戸水を沸かしただけで天然温泉と称し、なんと入湯税までも
チャッカリ徴収したことがわかった。横道だが、草津温泉では偽装していない温泉
旅館による入湯税の未納問題までがクローズアップされてしまった。

 長年、偽装をしていた旅館の言い分が、とにかくあきれかえるほどものすごく
うっすら寒気さえする。

「ここの(水道水を沸かしただけの)お湯が(この温泉地)では一番いいといわれ
るんですよ」
「このあいだもお客さんから、このお湯のお陰で腰の痛みがすっかりとれたと感謝
されましたフフフ」
「あ、はい。温泉の効能書きはちゃんとはずしまして、もちろん入湯税ももうとっ
ておりません」

 いつごろからか、の問いに、効能書きは二ヶ月ぐらい前で入湯税は二日前から
と、微笑みまじりでまったく悪気がないのである。
 あいた口がふさがらないとは、このことか。膝の力が抜けズルズルとくずれる
ように座り込む。腰がくだけてしばらく立ちあがれそうにない。トコトン客を馬鹿
にして、いかにも悪質である。
 すくなくとも、白骨温泉の場合は救いがあった。入浴剤を混入させなくても良質
な温泉であったのである。

 ・・・深夜、温泉街の裏通りのスナックの奥まったボックス。
「女将さん、どうするんですか。これから」



「二、三ヶ月もすればみんな忘れてしまうから、だいじょうぶよ。ニホン人なんか
ね、いつだってそんなもんよ。温泉の分配費用が高すぎて払えないから、とりあえ
ず、一ヶ月だけ休業すればいいの。従業員もいったん首にしてあとで再雇用する
の。オリンピックでも終われば、マスコミも次の話題に変わって、また元通り稼げ
るわよ。ここの温泉地自体の客数はもともと多いんだからね。さあさあそんな辛気
くさい顔しないで。あ、こっち水割りお代わりね。専務は・・・いいの? じゃあ
一杯でいいわ。どうも。ああ、おいしい、生き返るわ。呑んで忘れましょう。
ごく、ごく、ごくん。ちょっと塩素くさくない? カルキ? ふーん、あっそう。
ねえ、これ何杯目? 五杯目なの、あたし強くなったのかしら? この水割り、
全然酔わないわ、もう一杯ちょうだい」

「逆境はひとを強くするっていいますからね、女将さん」
(そりゃそうでしょうよ。あんたんとこの温泉と同じで、水ばっかりですから。
それもただの水と氷ではなく、あんたんところの浴槽から汲んできたそのものだか
ら。知らんでしょうが、今日からあんたたちは村八分に決まったんですよ。しかも
この温泉街の全員一致で。これはね、ほんのいやがらせの序章・・・)

「マスターもほんとうに口がうまいわね。あら、くちのなかになにか・・・きゃ
っ、毛よ。ぺっぺっぺ。やだアもう、毛がはいってるわ! お水ちょうだい!」
「うげっ! こっちも。それに糸くずもはいってるぞ」、と専務が叫び、水割りを
吐き出した。

 二人は、マスターの運んできた、冷やした<レイの水>がたっぷりはいったグラ
スを引っ掴むと喉を鳴らして飲むのだった。


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