温泉クンの旅日記

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続・湯野上温泉(2) 福島・南会津

2020-11-01 | 温泉エッセイ
  <一宿一飯の宿(2)>

 長く旅をしていると様々な事が起こる。まあ、たいていは時間が経てば笑い話になるのだけれど。

「わたしの夕食は何時からでしょうか。二泊目は二食付きのはずなんですけど」
 食事室の外にいた、見知った係の機転のきくおばちゃんに問いかけた。腹がへった。なにしろ昼前に大内宿で名物の“高遠そば”を軽く食べたきりである。

 

 障子の隙間から一人の男性客が夕食を食べ始めているのが見えた。見える範囲、他の卓の上には用意されている様子がないのをみて、わたしのなかでプツンと何かが切れて、思わず逆上してしまった。

「えっ!」
 おばちゃんは、度を超して長い時間潜っていた海女が海面に出てきたように口をあんぐり開き、小さい目を瞠った。身体も硬直して・・・って、まさか殺意を感じたのかしらん。出来る限り紳士っぽく訊いたつもりだが、腹が減っていたので形相が変わりつい詰問調になったかもしれない。
 ネチネチと追い打ちをかけるのがわたしの悪いクセで、二の矢を放ってしまう。「それに昨夜の“夜食”って、ちゃんと持ってきてくれたんですか!」
 あいすみません、用意でき次第ご連絡します。と平身低頭で謝られ、部屋に戻る。
 今朝はすっきり爽やかに目覚めて、まさに順風満帆といっていい充実した一日だった。ここまでは。

 チェックインして案内された二階奥の部屋は、線路側で、次の間つきの十二畳の和室でトイレもついていた。準備万端、すでに蒲団が敷かれている。会津西街道と呼ばれた国道121号と会津鉄道会津線に挟まれた狭い土地に建てられた宿である。線路側は上客用といっていい待遇だ。トラックが頻繁に通る国道側は、騒音と振動が絶え間ないだろう。

 

 広い窓は生い茂る緑に埋め尽くされ、その後ろにある渓谷から、せせらぎの音が思いのほか大きく聞こえてくる。
 部屋のすぐ下にみえる線路だが、単線のせいもあり上下線で短い二両編成が一時間に二本通過するぐらいなのでまったく気にならなかった。都会のように深夜遅くまで走ることもない。

 

 

 昨日の夕食は、心づもりにしていた洋食レストランが廃業してしまったそうで、選択肢は居酒屋かコンビニの二択となった。居酒屋といっても大箱であろうはずもなく、コロナ禍では二の足を踏む。着替えるのも面倒だ、最悪でもサービスの夜食があるさ。持ち込んだ酒とつまみで独り酒宴をしているうちに、温泉パンチと、窓外の葉擦れと、谷底から響く川のせせらぎがもたらす相乗の強烈な睡魔に襲われて気がつけば朝になっていたのだった。夜食を届けにきたかどうかもまったくわからないくらいの爆睡。
 抜いた夕食のせいもあって、待ちわびた今朝の朝食の旨かったことは言うまでもない。

 

 生玉子を残すかどうしようか迷っていると、「焼きましょうか」と声をかけてくれた。なかなか気をきかせてくれるじゃないか。

 

 朝食でフルチャージ完了してから、大内宿と塔のへつりを観光して帰ってきたのだった。

 用意できたとの電話を受け、一階に降りて指示された卓に座って、目の前にならんだ皿をみて仰天した。

 

 ト、トンカツかよ・・・そうきましたか。
 意表を突かれて、笑いをこらえるのに必死になる。この時点でわたしの負けだ、恐れいりました。
 夕食は一人前の用意しかないという、絶体絶命の危機に俄の餓鬼と化した客。どうしようか、時間もない、そうだ。閃いたおばちゃん、慌てて家に戻り、今夜の父ちゃんの楽しみをゴメンよと皿ごと取り上げて駆け戻ったのかもしれない。
 おばちゃんの機転、あっぱれだ。B&B泊¥6,480、二食付き泊¥7,560、ということは夕食料金¥1,080ぽっちということになる。とんかつ上等、差別じゃないかなどと贅沢いってはいけない。

 

 ややあって川魚の皿も出てきて、泣かせてくれる。

 

 隣で食べている、先ほど露天風呂で出会って「ここの湯は、熱いけどいい温泉ですね」などと四方山話を交わした男性客の前に並ぶ、旅館の夕食にありがちな湯気がたっている鍋や刺身などと金輪際くらべてはいけない。
 なんと、部屋に帰りぎわに準備してあった夜食をも渡そうとするので、これは丁重に断った。

 出立日の朝食にも多いに満足した。生玉子じゃなく、ハムエッグだったしね。

 

『「浸かる」「眠る」「食べる」の基本を満たしていただき、豪華な施設も洗練された接客もなく、「一宿一飯のおもてなし」が売りの清水屋旅館』だから、B&B泊こそが王道のようだ。

 

 それにしても湯野上温泉駅界隈には、酒場を別にして、夕食を提供してくれる店が二、三軒欲しいところである。


       注)宿泊料金はGo To トラベルキャンペーン開始前のもの


   →「続・湯野上温泉(1) 福島・南会津」の記事はこちら
   →「大内宿と湯野上温泉駅」の記事はこちら
   →「塔のへつり」の記事はこちら


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