< ターゲット ② >
吸い終わって水を張ったバケツに投げ入れ、完全に消えたのを確認すると、M氏
は階段を降り地下駐車場を歩き、守衛室に向かうゆるく短かいスロープを登る。
胸のIDカードの写真を提示して、角刈りで妙に色白の守衛が鷹揚に頷くのを律儀に
見届け、建物にはいる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/57/749da2854d26f8a28a4b1248de0639b2.jpg)
角刈りの守衛は腕時計に眼を走らせ、デスクのノートにその時刻を素早く書きつ
けた。
そして、後ろを振り返り、
「警備主任、さすがですね。ID番号4593をターゲットに一ヶ月監視して報告す
る訓練、というのは。警備員みんなの緊張感が違います。一瞬もボーッとできませ
んしね。モニターを担当している奴も、目を皿のようにしていくつもあるモニター
に齧りついてますよ」
「くれぐれも彼に気取られないように注意してくれたまえよ」
「わかってます。再度、みんなにもよく言っておきます」
「頼むぞ。こちらもプロとして、とにかく気づかれるとまずいからな」
「ID番号4593がいつ出社していつ昼飯にでかけいつ帰ったか、トイレに何時に
何回何分かけてはいったか、煙草を何回何分吸ったか、コンビニに買い物いったか
など、このビルのなかは事務所内をのぞけばすべて把握できています」
「よろしい。しかし君がさっき言った、事務所内をのぞけばだって・・・それは
わからんぞ。メールやパソコンやプリンターは今や完璧にモニターできるし、電話
だってモニターはしなくても、掛けた番号や所要時間などは簡単にわかるそうだか
らな」
事務所のなかの同僚にだって監視人がいるかもしれんぞ。主任はそう言いたいの
をグッと呑み込んだ。それにこれは訓練じゃなく実戦なのさ。
「今月が終わったら、みんな気が抜けちゃうかもしれません」
角刈りの心配もまんざら冗談でもなさそうだ、と警備主任も思う。
なあに、同じような訓練は当分なくならないさ。リストラが世の中にあるうち
は、こういうビルのテナントである会社の人事部門からの依頼は引きもきらない
はずだ。
ここで調べたことは一見つまらないことだが、リストラの対象者が崖っぷちに
立っているとすれば、最後のほんのひと押しの材料になるのである。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6b/31/91a8310a34bbdf38c37640d8296ca45a.jpg)
上長に許可なく早退や遅刻や、外出をしているという事実は解雇までは不当と
しても、服務規程違反として軽微でも懲戒の対象となりうる。煙草やトイレの回数
や時間までも握られているということは精神的なショックを与える。すなわち、
それほど姑息なことまでしてもターゲットに会社を辞めてもらいたい、ということ
にほかならない。そんな卑劣な調査までする会社への彼または彼女のどす黒い怒り
を煽れれば、リストラはたやすい。
警備会社としても、事務系の会社のビルの警備など気を使うのは夜間だけみたい
なものだし、気の抜ける昼間にみんなの士気と緊張感を高め、調査料金も馬鹿に
ならないほどはいる、まさに特定の人物の監視は一石二鳥の仕事なんだ。もっと
も、本社のあるセクションをのぞけばこれを知っているのは、ここでは警備主任で
ある俺だけである。
「まあ、ID番号4593についてはとりあえず今月いっぱいで訓練を終わる予定だ
が、わたしのほうから訓練指令の解除をしなければ引き続き現在の監視状態を続け
てくれ。ま、そのうちまた別のターゲットで訓練をやることになるだろう
さ・・・」
「了解しました」
警備主任はそういって話を切り上げると、はずした制服のボタンを締めなおし
書類袋を手に立ち上がった。
「ハ、ハ、ハアックッショイ! あ、すみません」
同じとき、M氏がエレベータのなかで大きなくしゃみをしたものだった。
「あ、オレはこれから丸の内と中目黒のほうのビルに回って本社に戻るから、今日
の報告書はメールしてくれ。頼むぞ」
「わかりました、忘れずメールで報告します。ご苦労様です、いってらっしゃい」
警備主任が部屋からでていって数分待って完全に戻らないのを確認すると、角刈
りの守衛はポケットから手帳をとりだし、腕時計をみてなにごとかを書きつけ、
電話をかけた。
「あ、こちら錦糸町のXXですが、いま出ました。丸の内と中目黒に回って本社だ
そうです。・・・あ、はい、ありがとうございます。そりゃもう、ターゲットには
絶対に気取られてはいませんから」
→ターゲット①はこちら
吸い終わって水を張ったバケツに投げ入れ、完全に消えたのを確認すると、M氏
は階段を降り地下駐車場を歩き、守衛室に向かうゆるく短かいスロープを登る。
胸のIDカードの写真を提示して、角刈りで妙に色白の守衛が鷹揚に頷くのを律儀に
見届け、建物にはいる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/57/749da2854d26f8a28a4b1248de0639b2.jpg)
角刈りの守衛は腕時計に眼を走らせ、デスクのノートにその時刻を素早く書きつ
けた。
そして、後ろを振り返り、
「警備主任、さすがですね。ID番号4593をターゲットに一ヶ月監視して報告す
る訓練、というのは。警備員みんなの緊張感が違います。一瞬もボーッとできませ
んしね。モニターを担当している奴も、目を皿のようにしていくつもあるモニター
に齧りついてますよ」
「くれぐれも彼に気取られないように注意してくれたまえよ」
「わかってます。再度、みんなにもよく言っておきます」
「頼むぞ。こちらもプロとして、とにかく気づかれるとまずいからな」
「ID番号4593がいつ出社していつ昼飯にでかけいつ帰ったか、トイレに何時に
何回何分かけてはいったか、煙草を何回何分吸ったか、コンビニに買い物いったか
など、このビルのなかは事務所内をのぞけばすべて把握できています」
「よろしい。しかし君がさっき言った、事務所内をのぞけばだって・・・それは
わからんぞ。メールやパソコンやプリンターは今や完璧にモニターできるし、電話
だってモニターはしなくても、掛けた番号や所要時間などは簡単にわかるそうだか
らな」
事務所のなかの同僚にだって監視人がいるかもしれんぞ。主任はそう言いたいの
をグッと呑み込んだ。それにこれは訓練じゃなく実戦なのさ。
「今月が終わったら、みんな気が抜けちゃうかもしれません」
角刈りの心配もまんざら冗談でもなさそうだ、と警備主任も思う。
なあに、同じような訓練は当分なくならないさ。リストラが世の中にあるうち
は、こういうビルのテナントである会社の人事部門からの依頼は引きもきらない
はずだ。
ここで調べたことは一見つまらないことだが、リストラの対象者が崖っぷちに
立っているとすれば、最後のほんのひと押しの材料になるのである。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6b/31/91a8310a34bbdf38c37640d8296ca45a.jpg)
上長に許可なく早退や遅刻や、外出をしているという事実は解雇までは不当と
しても、服務規程違反として軽微でも懲戒の対象となりうる。煙草やトイレの回数
や時間までも握られているということは精神的なショックを与える。すなわち、
それほど姑息なことまでしてもターゲットに会社を辞めてもらいたい、ということ
にほかならない。そんな卑劣な調査までする会社への彼または彼女のどす黒い怒り
を煽れれば、リストラはたやすい。
警備会社としても、事務系の会社のビルの警備など気を使うのは夜間だけみたい
なものだし、気の抜ける昼間にみんなの士気と緊張感を高め、調査料金も馬鹿に
ならないほどはいる、まさに特定の人物の監視は一石二鳥の仕事なんだ。もっと
も、本社のあるセクションをのぞけばこれを知っているのは、ここでは警備主任で
ある俺だけである。
「まあ、ID番号4593についてはとりあえず今月いっぱいで訓練を終わる予定だ
が、わたしのほうから訓練指令の解除をしなければ引き続き現在の監視状態を続け
てくれ。ま、そのうちまた別のターゲットで訓練をやることになるだろう
さ・・・」
「了解しました」
警備主任はそういって話を切り上げると、はずした制服のボタンを締めなおし
書類袋を手に立ち上がった。
「ハ、ハ、ハアックッショイ! あ、すみません」
同じとき、M氏がエレベータのなかで大きなくしゃみをしたものだった。
「あ、オレはこれから丸の内と中目黒のほうのビルに回って本社に戻るから、今日
の報告書はメールしてくれ。頼むぞ」
「わかりました、忘れずメールで報告します。ご苦労様です、いってらっしゃい」
警備主任が部屋からでていって数分待って完全に戻らないのを確認すると、角刈
りの守衛はポケットから手帳をとりだし、腕時計をみてなにごとかを書きつけ、
電話をかけた。
「あ、こちら錦糸町のXXですが、いま出ました。丸の内と中目黒に回って本社だ
そうです。・・・あ、はい、ありがとうございます。そりゃもう、ターゲットには
絶対に気取られてはいませんから」
→ターゲット①はこちら
前にいたオフィスビルは、6階にある事務所の入り口のドアにセキュリティーセンサーが付いていました。休日に出勤をする場合、1階の守衛室にある出勤簿にサインをすることで、このセキュリティーを解除してもらっていました。
ある日、守衛さんがこっそりと教えてくれました。
「あんた、出世するよ。休日でも出社しているんだから・・・。実はね、この出勤簿、おたくの総務部に言われて一月ごと提出しているんだよ。総務部から人事部に行くらしいよ・・・。」
会社の定められた就業日を逸脱して出勤し、個人情報漏洩の危機を会社に与えた・・・。
ま、肩たたきの材料としてそんな「謳い文句」になるんでしょう・・・。
今回のオレさまのお話と同じく、フィクションです!
土曜出勤していて、出世したのではありませんか?
でも、たまには家族連れて温泉でもいってください、な。