・・・時間があるので、書棚にあった「魏志倭人伝」の読み下し文を読んでいた。
「魏志倭人伝の抜粋本」
岩波文庫の「魏志倭人伝」も私の本棚にはあるが、もっぱら愛読しているのは、本名は忘れたが付録に「魏志倭人伝」の原文と読み下し分が上下に対比して印刷してある本の抜粋をコピーして製本したものを、愛読している。
その中で、倭国の風俗について述べている中に、倭人はみんな刺青をしているという記述があるが、その時に「夏后の少康の子」が封ぜられた会稽では断髪、入れ墨をしているので、倭国(日本)は刺青風俗をする風習もあるし、距離的に同じくらいなので、倭国は会稽の近くらしい、という事が書いてある。
その文章の中の「夏后少康之子」とは、どんな人物で、いつごろの人か、知りたくて、調べてみた。
今は、インタネットでいくつもの紹介記事を読むことができた。
そもそも、この記事は「史記」の中に書かれていることで、魏志の書かれたころの知識人にとって、この文章はよく知られていたらしい。
それによると、「夏后」というのは、古代中国の国の名前「夏」のことで、「少康」というのはこの国の中興の祖といわれた六代皇帝の名前である。
「夏后少康之子」という人は、 この人の庶子で「無余」という越王になった人のことを言うらしい。
暇つぶしに読んでいた本のおかげで一つ、勉強した。