・・・堺市にある、両親の墓参りに行きました。
途中にある誉田山古墳(応神天皇陵)に寄ってきました。
誉田山古墳(応神天皇陵)の前方部正面の拝所
古墳は名阪の藤井寺インターを降りてすぐのところにある。
住所は羽曳野市です。
この古墳は日本国内で大山古墳(仁徳陵)に次いで二番目に大きいとされている。
造られた埴輪などの編年からは五世紀中葉以降、地層からは五世紀末などといわれているが、現在は天皇陵で立ち入り禁止なので、考古学的には詳細不明である。
しかし、応神天皇は古事記からは四世紀末に没したと書かれているので、前記の古墳の考古学的編年と少し合わないところがある。
この事から、誉田山古墳は応神陵ではないと云う学者もいる。
しかし、史料によれば、平安時代には、この古墳が応神陵であると考えられていた。
誉田八幡宮の拝殿
誉田山古墳は人家が密集している街の中にある。
応神天皇を祭神とする誉田八幡宮が前、方後円部の拝所とは反対の後円部にある。
この神社は、拝殿の前に右の桜と左に橘が植わっていた。
話はそれますが、この神社に、私は2017年の初参りをしてきた。
神社の説明看板によると、この神社の縁起は、欽明天皇の時代(6世紀)に、命によって誉田別命(応神天皇)を祭神として、この古墳の前に社を築いた。
平安時代に、100mほど移動して、現在の位置にあると、伝えられている。
上の写真に描いてある、江戸時代の古図に、社の境内から階段を上って古墳の後円部頂上まで、お参りできたことが分かる。