「俺が死んだら通夜の席で飲んでくれ」
そう言って食器棚に置いていたウイスキーの瓶は、約束どおり空にしましたよ。
たもちゃんは、これまで4人の命を海で救ったという。
これは一人目を助けたときの話。
たもちゃんがまだ30歳代だったというから、時は昭和30年代初め2月の話だ。
たもちゃんは当時、ボースンとして底引き漁船に乗っていた。
その日いたのは雄冬岬の沖合だった。
魚の採れる漁場は狭く、多くの船がひしめき合っていたため、たもちゃんの乗っていた船が網を巻き上げていたところ、他船が入れた網と絡まってしまった。
お互いの網の中にはたんまりと魚を抱えこんでおり、その重さもあって船はにっちもさっちも動けなくなってしまった。
魚は惜しいが網を切るしかない、いや、切らないで何とかならないか。
船長は、悩んだ末に網を切ることを決断し、網の切断作業をするために一番若かったセツオが海面に降りた。
厳寒の海中での作業だ。
ちょっとの判断ミスが即生死に直結する。
セツオは絡まった網(ロープ)を切る際に、自分の船の網を掴んでいるべきだったが、相手船の網を掴んで作業をしていたことで事故が起こる。
相手船の網は引っ張られてピーンと強い張力がかかっていたため、自船の網を切った瞬間、セツオは相手船の網ごと10m以上先の海中に投げ出されてしまったのだ。
一瞬のできごとだった。
厳寒2月の深夜、闇と波の中に消えゆくセツオ。
しかし、この日晴天の暗夜だったのが不幸中の幸いであった。
揺れる甲板の上にいるたもちゃんの眼は、星の明かりがうっすらと照らすセツオの姿を捉えていた。
とっさに体にひもを巻きつけて海の中に飛び込んだ。
毛糸を着ていたので体が締め付けられて、息が苦しくなったが必死だった。
水に入るときは毛糸は脱いだほうがいいと教えられていたが、溺れている仲間を目の前にしたら、そんなことは考えてもいられなかった。
無我夢中だった。
全力で泳いで、流されるセツオをようやく捕まえた。
甲板にいる仲間に引っ張られ、二人は無事に助かった。
船に上がるときに唇を震わせながら
「俺はあとでいいから、先に五十嵐さんを上げてやってくれ」
たもちゃんは、セツオが言ったその言葉を50年以上経ってもはっきりと覚えていた。
93年間の生涯を閉じた大正生まれのたもちゃん。
波乱万丈の昔話を聞くことはもうできない。
そう思うと寂しさが込み上げてくる。
たもちゃん、今までありがとうございました。

そう言って食器棚に置いていたウイスキーの瓶は、約束どおり空にしましたよ。
たもちゃんは、これまで4人の命を海で救ったという。
これは一人目を助けたときの話。
たもちゃんがまだ30歳代だったというから、時は昭和30年代初め2月の話だ。
たもちゃんは当時、ボースンとして底引き漁船に乗っていた。
その日いたのは雄冬岬の沖合だった。
魚の採れる漁場は狭く、多くの船がひしめき合っていたため、たもちゃんの乗っていた船が網を巻き上げていたところ、他船が入れた網と絡まってしまった。
お互いの網の中にはたんまりと魚を抱えこんでおり、その重さもあって船はにっちもさっちも動けなくなってしまった。
魚は惜しいが網を切るしかない、いや、切らないで何とかならないか。
船長は、悩んだ末に網を切ることを決断し、網の切断作業をするために一番若かったセツオが海面に降りた。
厳寒の海中での作業だ。
ちょっとの判断ミスが即生死に直結する。
セツオは絡まった網(ロープ)を切る際に、自分の船の網を掴んでいるべきだったが、相手船の網を掴んで作業をしていたことで事故が起こる。
相手船の網は引っ張られてピーンと強い張力がかかっていたため、自船の網を切った瞬間、セツオは相手船の網ごと10m以上先の海中に投げ出されてしまったのだ。
一瞬のできごとだった。
厳寒2月の深夜、闇と波の中に消えゆくセツオ。
しかし、この日晴天の暗夜だったのが不幸中の幸いであった。
揺れる甲板の上にいるたもちゃんの眼は、星の明かりがうっすらと照らすセツオの姿を捉えていた。
とっさに体にひもを巻きつけて海の中に飛び込んだ。
毛糸を着ていたので体が締め付けられて、息が苦しくなったが必死だった。
水に入るときは毛糸は脱いだほうがいいと教えられていたが、溺れている仲間を目の前にしたら、そんなことは考えてもいられなかった。
無我夢中だった。
全力で泳いで、流されるセツオをようやく捕まえた。
甲板にいる仲間に引っ張られ、二人は無事に助かった。
船に上がるときに唇を震わせながら
「俺はあとでいいから、先に五十嵐さんを上げてやってくれ」
たもちゃんは、セツオが言ったその言葉を50年以上経ってもはっきりと覚えていた。
93年間の生涯を閉じた大正生まれのたもちゃん。
波乱万丈の昔話を聞くことはもうできない。
そう思うと寂しさが込み上げてくる。
たもちゃん、今までありがとうございました。
