■ 娘は農ギャルを目指しています ■
我が家の娘は農業科の高校に通っています。
何故農業科かと言えば、学園祭でダンスを踊りたかったから。
娘の通う高校(普通科併設)は文化祭が盛んな事で知られています。
学園祭の夜には、全校生徒がユーロビートに乗って17分も踊り狂います。
ダンスのインストラクターに選ばれた10名程の高3の女子は、
ステージの上で、華やかなダンスを披露します。
高校の願書提出の二週間前、
私と娘はこの映像をネットで見つけてしまいました。
それまで、フツーに中堅の普通科の高校に進学して、
専門学校にでも行って、フツーに就職すれば好いと思っていましたが、
あまりもフツー過ぎて、娘も志望校に進学するという熱意は希薄でした。
ところが、ダンスの映像を見た瞬間、娘はこう言いました。
「私、この学校にする」
その学校は県立でも上位の高校です。
どう逆立ちしても、娘の偏差値では受かる事など不可能です。
でも、その学校には各学年一クラス、「農業科」のクラスがあります。
「農業科なら入れるけれど、農業やる?」と聞くと、
「農業科でも好い」と言うではないですか!!
県立願書の提出期限は2週間後に迫っていました。
実は、私は息子の受験の時も、この学校の「農業科」を進めていました。
「農家の一人娘をゲットしたら、逆玉だよ」って。
息子は返事すらしませんでした。
娘がまさか農業など志すはずも無く、娘には勧める事もしていませんでした。
「農家の跡取り息子をゲットすれば、玉の輿だよ」というのは
逆にリアルで言うのがはばかられます・・・。
イヤー、世の中なにが起こるか分かりません。
まさか、娘の方から「農業科に行来たい」と言うなんて・・・夢の様です。
だって、私の趣味は小学校の頃から「園芸」でしたから。
中学生の頃には親友と洋ランの栽培をしていました。
■ 個性豊かな農業科の生徒達 ■
学年に一クラスだけある農業科の生徒はユニークです。
上位の生徒達には、そこそこの普通科を目指せるのに、
植物が好きで農業科を志望して来る生徒も居ます。
家が農家で、お父さんも、お爺ちゃんも
同じ学校の卒業生という生徒も居ます。
花が好きだから・・という理由で入学した女子も居ます。
勉強が嫌いだけど、自由な学校と聞いて入りたかった
という生徒も少なからず居ます。
学力も結構バラバラ。
そんな生徒達が今取り組んでいるのが、
トウモロコシの栽培と、
草花や作物や農機具や肥料の名前を覚える事。
ノートにトウモロコシの日々の成長を記録し、
見分けの難しい雑草をスケッチしては名前を憶えてゆきます。
■ 実習は楽しい ■
我が家の物干しには、娘の作業着が風に揺れています。
農家のオッチャンが着ているようなヤツです。
花も恥じらう高校生女子が、
作業着に長靴姿で、畑を耕す姿が目に浮かび、
思わず笑ってしまいます。
「お父さん、今日畑を耕す実習をしたけど、
○○君は農家だから、女子の分も手伝ってくれるんだよ」
「お父さん、ヨウサンリンピって知ってる。肥料の名前だよ」
「お父さん、○○はミミズが怖いから、実習で大騒ぎだよ」
「お父さん、花をスケッチしてたらアレルギーで目がこんなに腫れちゃったよ」
「お父さん、○○ちゃんは英語が苦手なんだよ。 I is ~ て覚えちゃってるんだよ。」
これが最近の我が家の食卓の会話です。
■ 北海道の農業高校を舞台にした漫画「銀の匙」 ■
そんな娘の16歳の誕生日プレゼントに買ってあげたのが、
「鋼の錬金術師」で一躍名を馳せた
「荒川弘」の最新作「銀の匙」です。
進学校の中学に通いながらも、
成績に伸び悩み、親とも上手く行かない「八軒」は、
担任の薦めで全寮制の「大蝦夷農業高校」に進学します。
専攻は酪農。
生徒達は、乳牛飼育や、農場経営、養鶏など農家の跡取りです。
中には獣医志望の子も居ます。
皆、将来の目的が明確です。
だいたが親の後を継いで立派な農家になる事を夢見ています。
農業経理を学んで、家業を拡大したいという望みを抱く子も居ます。
小さな頃から親を手伝って来た子供達は、
農業に関しての専門知識も豊富で、
農業高校ならば「1番」になれると意気込んでいた「八軒」は、
確かに学年一位にはなりますが、
各教科で一位を獲得する事は出来ません。
そんな不純で優秀な農業高校1年生と、彼を取り巻く農業高校生の
日々の生活や葛藤、そして交流が、
生き生きと描かれているのが「銀の匙」です。
■ 農業の実体を少年誌でじっくりと描く ■
「銀の匙」の掲載誌は「週刊少年サンデー」です。
青年誌向けのこの作品を、
少年誌で掲載した編集部に先ず喝采を送りたい。
そして「もやしもん」という先鞭はあるものの
農業という地味なテーマを、
少年少女達が楽しめるエンタテーメントに仕立てた
荒川弘に、さらなる拍手を送りたい。
少年少女を飽きさせないように、
笑いをちりばめながら
テンポ良く展開するストーリーですが、
扱っている内容は実に深い内容です。
TPPを踏まえ、日本の畜産農家が危機に瀕している事。
子供も含めた家族の労働無くしては農業が成り立たない事。
そして、鳥インフルエンザや口蹄疫などの伝染病で、
苦労して作り上げた農場が一瞬で潰れ、負債の山が残る事。
そんな農家が抱える問題を深刻に描くのでは無く、
大人も子供も老人も真剣に楽しく農業に向き合う姿を描いてゆきます。
■ 「夢」を問うストーリー ■
「銀の匙」のテーマは農業と同時に「夢」です。
「八軒」は学力優秀ですが、将来の夢が見つからずに挫折します。
そんな彼が辿り着いた農業高校の生徒は皆「将来の夢」を明確に持っています。
そして、彼らの「夢」は非常に「現実的」です。
高校入試の時点で実業高校を選択する子供達は、
ある意味において、普通科に通う子供達よりも
自分の将来をしっかりと見つめています。
そんな彼らの「夢」と対比させる形で、
「八軒」の兄が登場します。
東大を「夢」の為に中退した彼の「夢」は現実的とは言えず、
それに対する努力も「徒労」と呼べるものです。
そして「自分の分をわきまえない夢」は周囲に迷惑を掛けます。
一方で「夢」を持たない「八軒」を作者は否定しません。
教師達も「夢がないのが好い」と言ったりします。
「夢」とは成長の過程で見つければ良いのであって、
無理に掴み取るものではないと言いたげです。
「夢」に苦しむ子供の姿も描かれます。
家業の乳牛飼育以外に興味を持つ子供、
獣医になりたいと志望しながらも、動物の死に対して過敏な子供・・。
しかし、彼らも日々悩みながら、その答えを見つけて行くのでしょう。
■ 経済動物としての家畜への愛情 ■
この作品で繰り替えされるテーマの一つに
経済動物としての家畜への愛情があります。
家畜は屠殺されて食肉になって初めて価値を生じます。
生まれた時から殺され、食べられる事を運命付けられています。
生まれたての子豚を世話する実習で、子豚のあまりの可愛さに
「八軒」は思わず名前を付けそうになります。
ところがクラスメイトは皆、
「名前だけは付けるな」
「付けるならば豚丼とかにしとけ」と助言します。
何故ならば名前を付けたら愛情が生じ、
別れが辛くなる事を、
彼らは小さな頃から経験しているからです。
「豚丼」と名付けられたそのブタは、
すくすくと成長して、数か月で食用として殺されます。
「八軒」はそれでもブタに愛情を注ぎ、
そして愛する物を殺して食べるという矛盾に
正面から向き合います。
周囲の子供達も、当然として受け入れていた事を
もう一度、考え直すきっかけを得ます。
「農家にとっての家畜への愛情とは何か?」と。
■ 宮崎の口蹄疫で処分される家畜を「かわいそう」とTwitterした厚生技官 ■
新型インフルエンザ騒動の時、
厚生労働省の女性技官が、
TVに出演して厚生官僚批判を繰り返して人気を得ます。
その彼女が宮崎の口蹄疫で感染が発生した牛に対して
下記の様にTwittして総攻撃を受けます。
私はmow mow やoink oinkの専門ではないが、口蹄疫は人間の「はしか」みたいなものだろう。麻疹も感染力が強いが、罹ったからといって子供を殺すことはしないだろうに。herd immunity獲得まで待てば良いのではなかろうか。
口蹄疫に感染したmow mowのお肉をデパ地下で70% off販売したら、間違いなくわたくし、毎日買いに行きます。超高級和牛、通常の30%値なんて夢のようなお話。デフレに拍車をかけるかもしれないけれど。
これに対する攻撃はだいたい以下の様な内容です。
「牛は経済動物だ。
感染の拡大は、経済動物としての牛を飼う農家を危機にさらす。
それを厚生労働省の技官ともあろうものが「かわいそう」とは何事だ」
彼女は感染症と公衆衛生の専門家ですが、
人と家畜の感染症の影響を混同した所に過ちがあります。
人は感染症で死なない事を重要視しますが、
家畜は感染しただけで、その肉の流通は止められるので
「感染=経済性の喪失」なのです。
この様に農業における家畜の扱いは現実的でシビアです。
■ 淡い恋を交えながら、八軒の成長を瑞々しく描く傑作 ■
「銀の匙」は3巻が既刊され、7月に第四巻が発刊されます。
八軒とクラスの女子との淡い恋を交えながら、
話は高校1年の秋へと進んで行きます。
個性的な農業高の物語から目が離せません。
この素晴らしい作品は2012年の「マンガ大賞」を受賞し、
「手塚治虫文化賞新生賞」を受賞しました。
中学や高校生のお子様がいらっしゃる方は、
是非、子供と一緒に読まれて、
農業や「食べる」事について語り合われては如何でしょうか?
そいして将来の夢について語り合って下さい。
本日は、購入される方の為に、ネタバレしないように書いてみました。