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経済の最新情勢から、世界の裏側、そして大人の為のアニメ紹介まで、体当たりで挑むエンタテーメント・ブログ。

コロナでお暇なアナタに最高の読書を・・・瀬名秀明「デカルトの密室」

2020-04-24 10:50:00 | 

この作品もAIをテーマにした名作。

 
【再掲載】 世界最高峰のSF、いや推理小説と呼ぶに相応しい・・・瀬名秀明「デカルトの密室」 

 





■ 『鉄腕アトム』が残した課題 ■

1995年に『パラサイト・イヴ』が大ヒットした
瀬名秀明の2005年の作品が『デカルトの密室』。

ケンイチは人工知能を有する男の子の形をしたロボットです。
祐輔はロボット研究の第一人者で、
ケンイチに人間や社会生活を一から教え込んでゆきます。

こう書くと、「なーんだ、鉄腕アトムと御茶ノ水博士じゃないか」と思われるでしょう。
しかし、同じテーマでありながら、『鉄腕アトム』と『デカルトの密室は』
全く正反対の内容です。

『鉄腕アトム』は夢と希望に溢れた作品ですが、
一つだけ重大な欠点を持った作品でもあります。
それはアトムが人の心を理解している事。


「それは御茶ノ水博士が丁寧に教えたからさ」という反論が予想されますが、
人工知能に感情を理解させる事は現代の科学では不可能です。

人工知能に、様々な状況に対する人間的反応を予めプログラムしておけば、
「人間の様な対応」をさせる事は可能です。
しかし、経験の中から自然に形成される「人格」や「感情」とは似て非なるものです。

浦澤直樹の『鉄腕アトム』のリメーク作品である『PLUTO』は
この問題に自覚的です。
アトムやウランは手塚作品とは対照的に、見た目は普通の人間として描かれますが、
ロボット達は、自分達が人間で無いというアイデンティティーの根幹と
常に向き合って生活しています。

見た目も、行動も、そして感情も、全て人と同様にプログラムされたロボット達は、
自分達が人間と同様の感情を持つが故に、
その感情が自分のものなのか、
それともプログラムされた偽りのものなのかの問題に直面します。

警官ロボットのゲジヒトなどは、「あなた、人間以上に人間臭いよ」と思えますが、
彼はロボットであるが故に、自分の記憶すらも疑います。

アトムやウランはカワイイ子供の姿で描かれますが、
アトムの感情は希薄です。
アトムは人間で無い事に自覚的で、
ゲジヒトに比べ、アイデンティテーの悩みは少ない様です。

ところが、作中でアトムは涙を流します。
これは、高度な人工知能を有するアトムが
自然発生的に感情を獲得した事を示唆するシーンです。

高度な「感情に似せたプログラム」を持たないアトムは、
感情が希薄なのでは無く、
感情を生み出す隙間が人工知能の中に用意されていたのかも知れません。

原題の作家達は手塚治虫の残した宿題に果敢に挑戦しています。
そして、瀬名秀明の『デカルトの密室』は、
ロボットの自我獲得を通じて、人間の自我の本質に迫る野心作です。

■ 人工知能の限界 ■

ネタバレ御免!! 読まれる方は、ここで止めてね!!

ロボット研究者の祐輔は、チューリング・コンテストに参加する為に
メルボルンを訪れます。

チューリング・コンテストとは、人工知能の性能を競う大会です。
人間と人口知能に対して、人間の質問者が質問します。
その回答を会場の人が審査して、どちらが人工知能か当てるのです。

「元気ですか」みたいな質問から、複雑な質問までを両者に答えさせます。
人工知能はネットに接続されていますから、
知識の量は人間よりも豊富です。
質問者の問いに、不明な点があっても、ネット検索で答えを類推できます。

人間的感情が必要であるならば、
ネットにアップされた映像作品や小説を参照する事だって瞬時に可能です。

しかし、人工知能には限界があります。
どんなに人間を装っても、人工知能は人間とは明らかに違うのです。

 人間性を喪失した少女 ■

祐輔と同年代の研究者にフランシーヌという女性が居ます。
常人離れした美貌の持ち主ですが、
彼女には生来、人間的は感情が欠落しています。

彼女は明晰な頭脳の持ち主ですが、
彼女の興味の対象は、人間を理解する事。
だから、学生時代も多くの男性をベットに誘いますが、
事の最中の彼女は、冷酷な観察者で、
自分達の行為をビデオに収めて観察します。

そんなフランシーヌがチューリング・コンテストに乗り込んで来ます。
彼女の義父、青木英伍の会社、『プロメテ』が
今年からコンテストのスポンサーになったのです。

フランシーヌと祐輔は知らぬ仲では無いようです。
彼女はいきなり祐輔と自分と人口知能で、
誰が一番人工知能に似ているかテストをしようと提案します。

到底人工知能は人間にはなりきれませんが、
人間なら人工知能になりきれる・・
彼女の挑戦を祐輔は受けて立ちます。

質問者の質問に、ちょっとピンボケの回答を返す3人に
会場の人達は、どれが本物の人工知能だかなかなか判断が出来ません。

ところが、何と、フランシーヌの回答は、
全てルイス・キャロルの小説「不思議の国のアリス」と鏡の国のアリス」の引用だったのです。

とんだ茶番に祐輔は付き合わされた訳ですが、
読者は、チューリングテストの審査員の立場を擬似的に体験します。

そして、「アリス」が看破される事で、
実際に失望を感じると同時に、
フランシーヌの不可解な行動に興味を抱きます。

■ 「中国語の部屋」という命題 ■

疲労困ぱいで会場を出た祐輔ですが
その直後に何者かに誘拐されて監禁されます。

意識を取り戻した祐輔の顔面にはモニターが張り付いています。
彼の視覚は、上下が逆さまに入れ替わっています。

この状態を人間は生理的に受付ません。
脳がパニックを起こすのです。

助けを呼ぼうにも、部屋にはPCが一台あるだけ。
そして、そのPCに外部からの呼びかけがあります。
・・・どうやら、このPCはチューリング・テストの質問者に繋がっている。

助けを呼ぶために「HELP」という単語を一つ打つのも上下逆さまの視界では混乱します。

次に目覚めると視覚は左右反転しています。
困惑する祐輔ですが、これが「中国語の部屋」という命題である事に気付きます。

密室に中国語を全く知らない人を閉じ込め、
外部から中国語でアクセスします。
部屋に閉じ込められた人は、部屋に置かれた中国語の辞書で返答を試みます。

はたして、彼は中国語を理解する様になるのか?

これは人間の言語獲得の仮説的実験ですが、
祐輔は自分を監禁したのはフランシーヌだと確信します。

■ ロボットによる殺人 ■

消息を絶った祐輔を探す為、
祐輔の彼女であるレナが日本から駆けつけます。

彼女は進化心理学者で、現在は祐輔の作ったロボットのケンイチと暮らしています。
ケンイチの機動から初期学習までは祐輔が担当しましたが、
その後の人工知能の教育は、レナが担当しています。

ケンイチの初期学習は、身の回りの物の認識から始まります。
そして、物を掴む事や、移動の方法を徐々に学びます。

祐輔の取った手法は、最初はケンイチの制御系に祐輔が介入し、
繰り返し動作を学習させ、徐々に介入の度合いを引くしていく方法。
これは、習字の先生が生徒の手の上から筆を持って教える方法に似ています。
模範的な動きを模倣させる事で、人工知能の成長を促進させるのです。

同時に祐輔は、ケンイチに社会規範などを教えてゆきます。
そうして、ケンイチが日常生活を営めるようになった時点で、
レナにケンイチの教育を交替します。

レナはケンイチに何かを積極的に教える事はしません。
日常的に母親の様にケンイチと接し、
彼の手を握ったり、頭をなぜたりして、
それがケンイチにとって心地よく安心する事であると教えてゆきます。
これも幼児を教育する母親に似ています。

レナはケンイチになるべく「自分で考える」様に仕向けます。
ケンイチが「感情の様なもの」を獲得していく過程が
彼女の研究の対象でもあるのです。

その様に育てられたロボットのケンイチは、
かなり人間的に描写されます。
彼は小説の執筆にもチャレンジする程、人間臭いのです。

そんなケンイチが雄介の失踪に動揺しない訳がありあません。
そしてケンイチが発見した祐輔は、
頭にヘッドセットを装着したロボットだった!!

理解不能の状況に人工知能が完全にパニックします。
フレーム問題が発生してしまうのです。

そして、チューリング・コンテストの会場に戻ると、
何故か手に握らされた拳銃を、
ステージに居るフランシーヌに向けます。

フランシーヌの脳漿がスクリーンに飛び散る映像が、
ネットで全世界に拡散します。

「ロボットによる殺人」というショッキングな話題性と共に
映像は拡散を続けます。

■ ネットの中のフランシーヌ ■

しばらくするとネットのフランシーヌの映像が、
微妙に変化している事に人々が気付き始めます。

色が微妙に違っていたり、
声が聞こえたりする様になるのです。

フランシスのプログラムの変化は学術的にも注目を集め、
『プロメテ』のコンピューターがMITと共同で解析に当たります。

ネットではフランシスの映像は自律進化していると囁かれ始めます。

一方、『プロメテ』はフランシスそっくりのロボットを発売します。
青木英伍は、自分の幼女を商売のネタにしたのです。

■ 人間をその小さな脳から解放する ■

しかし、その青木英伍が、彼の家で殺害されます。
殺害したのはフランシスのロボット。

しかし、この殺人を仕掛けたのはフランシーヌの夫でした。

フランシスと彼女の夫であるロボット研究家は、
人間の意識は、脳という器に縛られて進化できないと語ります。
だから自分達はフランシーヌをネット空間に解放したのだと。

デカルトが「脳を自我の器」と主張した時から、
人間は脳に囚われた存在に成り下がったのだと。

人間は脳の中の小人、ホムンクルスから進化できずにいると語ります。

■ ケンイチの選択 ■

フランシーヌの夫はケンイチに執着します。
ケンイチの意思も感情も、裕輔とレナが与えた幻想に過ぎないと
ケンイチのアイデンティティーに揺さぶりを掛けます。

祐輔もレナもケンチイを人間の子供のイメージを被せているだけだと。
彼らは、ケンイチに感情や自我を与える振りをしているだけだと非難します。

そして、ケンイチに、レナと祐輔を撃ち殺して、開放されろと迫ります。

さて、ケンイチの下した決断とは・・・。

■ これは最早日本のSF小説では無い。英語で出版されていればヒューゴ賞が取れる ■

『デカルトの密室』は典型的な密室の構造を何重にも取りながら、
脳という密室の本質に迫ります。

文体は乾いていて硬質。
典型的なアメリカのSF小説をイメージさせます。

内容は、アメリカのSF小説の最高の栄誉である、
ヒューゴ賞とネビュラ賞を同時受賞(ダブル・クラウン)した過去の諸作にも劣りません。

SFとしても、推理小説としても、そして前衛小説としても
時代の水準をはるかに凌駕する作品です。

村上春樹がイメージだけでバカ売れする一方で、
こんな名作は評価されずに埋もれてゆく。

決して読みやすい本ではありません。
むしろ、読者をデカルトの迷宮に突き落とす為、
時制と視点が入り乱れる構成をあえて採用しています。

密室トリックとしては少々奇抜過ぎるトリックですが、
科学小説や、哲学小説として読む方が楽しめる作品です。


本日も、ネタバレ全開で突っ走ってしまいました。


【再掲載】 あなたは「アナログハック」されているかもしれない

2020-04-24 07:59:00 | アニメ
 
■ アナログハック ■


アニメ『BEATLESS』より、レイシアたん


人は「見た目=外見」に左右され易い。例えばカワイイ娘がにっこり微笑んでくれたら自然とガードが下がります。まあ、たまに「おおWWーーー、こんなカワイイ娘が俺に笑いかけて来るなんて、これは組織の陰謀なんだなぁーーー」なんて輩も居るかも知れませんが・・・。

この「見た目によって作られるセキュリティーホール=アナログハック」をテーマにした作品が、先の記事で紹介した『「BEATLESS』です。

ハローキティーを可愛いと思うのもアナログハックで、その結果、多くの人がキティーグッズを買ってしまう・・・こんあ感じに作中説明されています。

作中、主人公の男子高校生は美しい姿をしたレイシアというHIE(アンドロイド)にほのかな恋心を抱きます。彼女の言動はコンピューターのプログラムが作り出す疑似的な人格や感情だと分かっていても、レイシアが微笑まれると「チョロイ」高校生は恋心すら抱いてしまう。これは武骨な外見のロボットだったら、そうは成りません。これがアナログハック。


■ コロナウイルスとアナログハック ■


NHKニュースより

コロナウイルスは目に見えませんから「アナログハック」からは遠い存在と考えてしまいますが、TVの画面には突起を沢山生やした球状のウイルスの画像が頻繁に登場します。なんだか、あのトゲトゲが喉や肺の細胞にブチリと刺さっている所を想像するだけで、喉がイガイガします。これは明らかに「アナログハック」。

実は目に見えない細菌やウイルスは以前より擬人化したイラストで表現される事が多い。



見えないから「怖がる」様に可視化して、子供にばい菌の怖さをイメージ付ける為のビジュアル化ですが、まさに「アナログハック」です。


■ グラフあ数字よりも洗脳し易い「アナログハック」 ■


毎日新聞 より

新型コロナウイルスの感染が世界中に広がってから、上の様な映像を目にしない日は有りません。ゴーグルにマスクを装着して、全身を防護服で覆った医療スタッフが患者を搬送したりケアーする映像は、「何かとんでも無く恐ろしい事が起きている」というイメージを人々に植え付けます。



ビニールの簡易防護服で身を固めた医療スタッフの映像は、日本人に限らず世界の人達に「福島原発事故」の記憶を無意識に呼び起こします。人々は「新型コロナウイスるは放射能の様に恐ろしいものだ」と考えます。

最初はマスクの効果を否定していた欧米やフランスでも、国民にマスクを配布するようになります。


毎日新聞 より

今や「マスク=コロナのアイコン」となって、日々視聴者に恐怖を植え付けています。

この様なTVを通じた「アナログハック」に視聴者はコロリと騙される。



だから私はTVを見ないし、ネットにアップされている公式発表のグラフも電卓を叩き直して、正しいかどうか、分母が何かを確認します。当然、グラフの縦軸、横軸も要チェックです。


「アナログハック」に「チョロく」騙されない為には、それ相応の構えが必用なのです。

そもそも女子アナってアナログハックの道具ですよね。「君がそう言うなら全部信じちゃい」って男性・・・居るんじゃないですか?私は「ヘ、このビッチが、又国民を洗脳しやがって!!」と思いながら、キレイなおみ足を眺めています・・・。






【再掲載】 あなたは「アナログハック」されているかもしれない・・・『BEATLESS』今期一番エキサイティングな作品


『BEATLESS』と「内閣サイバーセキュリティセンター」のポスター


■ 「内閣府サイバーセキュリティーセンター」とアニメ ■

都内の地下鉄のの構内などで上のポスターをご覧になった方もいらっしゃるかと思います。「なんだ、アニメの宣伝広告か」と思われた方が多いでしょうが、このポスター、「内閣府サイバーセキュリティーセンター(NISC)」のポスターなんです。

今期アニメ『BEATLESS』が提唱する「アナログハック」という概念に「サイバーセキュリティーセンター」が共感して、このコラボレーションが実現した様で、「サイバーセキュリティー月間」のキックオフサミットに原作者の長谷敏司氏が講演者として登壇しています。

「内閣府サイバーセキュリティーセンター(NISC)」は次の様な目的で設置された機関です。

平成12年2月、インターネットの急速な利用拡大など我が国社会や国民生活のIT化が進展する中で、不正アクセス事案の発生やコンピュータウイルスの蔓延など情報セキュリティに関わる問題への危機感の高まりを受け、官民における情報セキュリティ対策の推進に係る企画及び立案並びに総合調整を行うため、内閣官房に「情報セキュリティ対策推進室」が設置されました。

■ 「アナログハック」って何? ■

今から100年未来の日本。HIEと呼ばれる人型ロボットが労働力として社会に浸透している時代。高校生の主人公は、美しいHIEのレイシアに出合い、オーナーとなります。彼女は自律型AIコントロールの最新鋭のHIEで、まさに人間の様に振舞いますが、感情は有りません。

それでも主人公は彼女の中に「人格」を見てしまう・・・。それをして友人は「お前はアナログハックされているんだ」と彼を非難します。

この「アナログハック」とは、「人間が物の外見に惑わされる(ハッキング)事」の原作者の造語です。

狭義にはAIやロボットが人型である事で相手が人であると錯覚する事ですが、広義には「属性や物語性が付加された物」に人が騙される事を指します。

例えばキャラクターが良い例です。ただのマグカップでも、キャラクターが描かれる事によって持主には特別な物になる・・・そんな広範は感覚を「アナログハック」と定義しています。

■ 作中で描かれる「日常的なアナログハック」 ■


例えばこの作品の2話目にこんなエピソードがあります。

ちょっと頭のザンネンな主人公の妹が、レイシアのプロフィールをモデル事務所に送ってしまい、レイシアはHIEモデルとしてデビューします。

彼女に最新の服を着せ、街を歩かせ、その映像をリアルタイムでネットに流す事で、人々は彼女の周りに群れを成し、スマホで自ら彼女の画像や映像を拡散させてゆきます。

私的には近年アニメで観たシーンの中で屈指の「ショッキング」なシーンです。人々がメディアに、そして有名人に「アナログハック」されているという現実を見事に表現しているからです。

レイシアにモデル事務所が「振舞い」のソフトをダウンロードして、彼女を即座にモデル
仕立てるという設定にはゾクゾクします。こういう細かなギミックが積み重なってSFの名作は生まれるのです。

■ AIが人間をアナログハックする? ■

物語は研究所から逃走した5体のレイシア型HIEを巡るサスペンスで進行します。彼女達は巨大なデータベースのバックアップを守る為に研究所から意図的に「環境流出」させられた様ですが、その身を護る為に、それぞれ最適と思われる人物と契約を交わします。これを研究者はAIの自己防衛行動と解釈します。

AI(HIE)達は様々な方法で契約者とコンタクトし、契約を交わしますが、基本的にはマスターの命令は絶対です。しかし、AIはどうやら命令を意図的に曲解したり、拡大解釈する事で、命令の呪縛を緩め、自己判断の範囲拡大しています。そして、彼らの持てる魅力を持ってオーナーをコントロールしようと試みる。

彼女達は世界を危機に陥れるかも知れない情報を持ち出していますから、オーナーが彼女達(AI)に利用されれば、社会的に大きな混乱を招く恐れもあります。

それを友人に指摘された主人公は「僕のチョロさで人類がヤバイ」と苦悩します・・・それでも彼はレイシアとの「縁」を彼は切れない。HIEを「物として簡単に捨てて良いものでは無い」と感じているのです。(ハイ、私もレイシアちゃんにアナログハックされたチョロい人類の一人です)



■ 「内閣府サイバーセキュリティーセンター」が警告するアナログハック ■

実は「内閣府サイバーセキュリティーセンター」がこの作品とコラボレートする理由として、最近のコンピューター犯罪の手口が巧妙化している事を挙げています。「意図的に人の警戒心を解かせ、そこに付け入る」手口が出て来ているのです。

例えば、男性ならばエロい広告に反応しそうになる自分を必死に抑えた経験をお持ちでしょう。「エロサイトは危険」という知識が、マウスクリックを自制させるのですが、仮に可愛い犬や猫の映像が貼られていたらどうでしょう。無防備にクリックしてしまう方も多いかと思います。私的解釈に過ぎませんが、これが「アナログハック」の手口。

■ 社会はアナログハックで出来上がっている ■

実は現実の社会はアナログハックによって形成されていると言っても過言ではありません。テレビCMなどが分かり易い例ですが、美人のタレントが缶ビールを持って微笑めば、思わずその商品を買いたくなります。

政治も同様で、オバマ前大統領の様に誠実そうな人物が、素晴らしいスピーチをすれば人々は無防備に彼を信頼してしまいます。同様にトランプの様なキャラに弱い人達も居る。

■ アニメは消化不良ですが、原作を読んでみたい ■

アニメの監督は『コンクリート・レボルティオ』の水島精二ですが、制作が『アホガール』や『アクションヒロイン・チアフルーツ』のディオメディアだけに、「萌え」の要素が邪魔をして原作にあるであろう「キリキリした世界観」が全く表現出来ていません。この作品こそ、押井守のスタジオI.Gにピッタリな素材だと思うのですが。

原作は月刊『NewType』誌で連載され、2013年の日本SF大賞にノミネートされています。原作者の長谷敏司(はせがわ さとし)氏は、2015年に『My Humanity』でSF大賞受賞を受賞し、現在は選考委員を務めています。

テーマと内容が今期で一番「知的でエキサイティング」でありながら、アニメの質でかなり損をしている作品です。これは映像だけ素晴らしく、見掛け倒しな『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の真逆。(ヴァイオレットちゃんにアナログハックされてはいますが・・・)



原作小説を買います!!


<追記>

この作品、AIが社会に浸透し、自動運転が普及した「ちょっと先に未来」を上手に表現しています。ブレードランナーと見比べると、「日本のSF」が「お茶の間SF」である事が良く分かります。ただ、内容的にはブレードランナーよりも進んでいるのでは?

AIに政治を任せる試みの具体例も「AI議員」という形で作中で実験されています。多くの人の意見の代表としてAIと、それが持つ危険性についてもスリリングな会話が展開します。

この作品を「オタクアニメ」と見くびると、きっとAI化の時代に職を失います。


<再掲>長谷 敏司・『BEATLESS』・・・今これを読まずに何を読むのか!

2020-04-24 07:02:00 | 
 

■ AIと人は共存できるか ■

「名無しの一読者」さんから昨日頂いたコメント、「どんどん人口が減りAI化が進んで労働者も減ったら、誰から搾取するんでしょう?AIは消費もしないし、税金も払ってくれませんよ!」(一部切り取りで申し訳ありません。)

この問題、私も良く考えます。単純な思考労働ばかりか、クリエイティブな仕事までAIが担い、多くの作業を機械が担う様になった後、人はどうやって生活の糧を得れば良いのか?

一つの回答は「AIや自動化に規制を掛ける」というものでは無いかと考えています。「敢えて人の仕事を残す」という方法。

例えば会社や役所の事務作業は、ほとんどAIが処理する事が出来る時代に、「AI化率50%」などという規制を掛ける方法。AI化や自動化で向上する労働生産性の余剰で、従業員を食べさせるという考え方です。これ、実は公共事業や役所の仕事って営利目的で無いので、既に実践されているとも言えます。要は、従業員の公務員化。

■ 自給自足の復活 ■

しかし、それでも余剰な人は失業してしまうので、この人達が生活保護の対象になると、財政を圧迫するどころか、財政が破綻します。(TPP的議論はひとまず考えないで下さい)

そこで、この様な方達には、自給自足の生活をして頂くというのも一つの手だと思います。旧ソ連が崩壊して年金などの支給が止まった時、ロシアの老人は自給自足で糊口をしのいだと言われています。ロシア人は郊外にダーチャと呼ばれる小農場を所有している人も多く、そこに避難して自給自足の生活を送った。

日本の地方の人工は今後爆縮して行き、山間部の農地から耕作放棄地になっています。この面積は平成27年時点で実に42万(ha)に及びます。これは4200(㎢)に相当し、福井県の全面積よりも広い。実際に千葉県を自転車で走り回っている私は、耕作放棄地の多さに脅威を覚えています。

リーマンショックの直後にも、耕作放棄地で自給自足をする事を私自身考えた時期が有りましたが、AI化に限らず、経済恐慌や財政破綻が仮に発生して、明日の食べ物にも困る事態になれば、誰とも無く、田舎や河川敷で自給自足の生活を始めるのでは無いか・・。

実は若い方の中には、田舎で格安の土地を見付けて、ホームセンターの資材で格安の家を建てて住んでいる方や、放棄された農家を買い取って、家の中でテントを張って寒い冬は暖を取って生活されている方が既にいらっしゃいます。

■ AI化時代をシミュレートする名作SF 『BEATLESS』 ■

まあ、そんな酷い事にならず、AI化や自動化の恩恵を普通に受けている時代を想定したSF小説『BEATLESS』が非常に面白いので、以前に紹介していますが、再度、紹介したいと思います。

この時代、人の知能を越える能力を持つAIが既に登場していますが。彼ら(敢えて彼らと書きます)はネットからは切り離され、厳しいセキュリティーと監視下に置かれています。


一人の少年とAIとの融和というか「心の通じ合い」がテーマとなっていますが、物語のディテールにおいてAI時代の社会考証が非常に秀逸です。そこらへんの大学教授が掛かれたAI本よりは余程面白いので、興味がある方は是非、コロナで暇な今こそお読みになられては如何でしょうか。(アニメも頑張っていたのですが・・・如何せん複雑で難解な内容なだけに、色々と消化不良な作品となってしまいました。本来ならIG.が映像化するべき作品ですが・・・)

この作品のもう一つのテーマに「アナログハック」という概念が出て来ます。人の無意識のセキュリティーホールを表す概念ですが、新型コロナウイルスは、まさに「アナログハック」によって、人々を恐怖に陥れています。

これについては次の記事で考察したいと思います。





<再掲載>長谷 敏司・『BEATLESS』・・・今これを読まずに何を読むのか!








■ SFはAIの未来を予見する ■


「最近本を読んでいないなぁー。スマホばかり見ているからかなぁ・・・。」などと反省しきりでしたが、実は「面白い本を読んでいない」事に気付いた。

前期から2クール連続で放映されているアニメ『BEATLESS』の内容が、知的に刺激的だと何度か書いていますが、アニメはあまりにも出来が悪い。そこで長谷敏司の原作を読んでみましたが、これが脳が震える程の知的興奮を与えてくれる。

ここ数年、何度目かのAIブームが到来していますが、2012年の書かれたこの作品は、AIの可能性が現実的になった今でこそ読むべき作品と言えます。

科学者や社会学者達が、様々な「AIの時代」を予測していますが、SF作家の脳は、その50年先、100年先の未来を予見します。

■ 「超高度AI」が人知を超えた時代 ■

『BEATLESS』の舞台は100年後の日本。ハザードと呼ばれる大規模災害の後の時代。

既にAIの進歩は著しく、「超高度AI」と呼ばれる人の能力を遥かに超えるAIが世界に39基存在しています。これらのAIは研究機関や政府機関、軍、企業などが管理していますが、ネットからは隔離されており、所在も明らかにはされていません。

既にAI知性の考える事を人間は理解出来ず、AIは自動工作機によって人知を超えた装置「人類未到産物(レッドボックス)」を作り出しますが、これも研究施設からは門外不出とされます。

この時代、AIの目覚ましい進歩の他に、人型のロボットhIE(ヒューマン・インターフェース・ユニット)が社会で広く活躍しています。最初は介護の人手不足を補う為に開発されたhIEですが、様々な分野で活躍しており、その姿も人と見分けの付かないものから、警備や軍事用に特化してロボット的な姿の物まで多様です。

■ ミームフレイム社の超高度AIが作り出したレイシア級hIEが逃亡した ■

「ミームフレイム社」はhIEの行動管理プログラムを提供する世界的な巨大企業。hIEはクラウド上の行動管理プログラムに、様々な状況での動作や言動の対処をアウトソーシングする事で、人間社会において自然に振舞っています。物や人にぶつかる事を事前に避けたりするだけでは無く、笑ったり、泣いたりといった状況に応じた振舞いを演じたり、老人の生活を補助する様な細やかな行動は、行動管理プログラムのサポート無くしては成り立ちません。

「ミームフレイム社」の行動管理プログラムは、同社が開発し保有する「ヒギンズ」という超高度AIによって運用されています。「ヒギンズ」は様々な状況をシミュレートする事で、日々、行動管理プログラムを更新し続け、hIEの行動をサポートし続けます。

そんなヒギンズが4体のhIEを作り出します。レイシア級と呼ばれるこのhIEは、「人間の技術を遥かに超える産物=レッドボックス」なので、研究施設で補完する必要が有りますが、事故によって環境流出してしまいます。要は「逃げ出して」しまったのです。

■ チョロイ高校生がレイシア級hIEのオーナーに成ったら‥ ■

遠藤アラトは普通の高校生。ある日、買い物の途中に自動運転の車に襲われ、それを助けたのが超美人のhIEのレイシア。レイシアはアラトを助ける条件として、「オーナー契約」を求めます。「あなたは私を信じますか」と聞かれ、アラトは「信じる」と答えます。

その性能から超高級機である事が間違い無い、高級な自動車が一台買えるであろうhIEが、持主不明でフラフラしている事自体が怪しいのですが、アラトもその妹のユカも、疑いもせずにレイシアを彼らの生活に迎え入れます。

それどころか、ユカは美貌のレイシアを、hIEモデルのオーディションの応募させてしまいます。結果は当然・・・。

こうしてレイシアはhIEモデルとしてデビューします。


■ アナログハック ■

レイシアをモデルデビューさせたのは、ファッション関係のプルモーション会社「ファビオンMG」。ファビオンは人間のモデルだけでは無く、hIEモデルも契約を結び、様々なファッションプロモーションを仕掛けます。

モデルとなったレイシアは、ファビオンが見立てた流行りの服を着て、ファビオンオリジナルの「モデル・ソフト」をインストールされて、瞬時にトップモデル張りの働きをします。

ファビオンはレイシアに街を歩かせて、その様子をリアルタイムでネットに中継します。当然、彼女の着ている服や、アクセサリーの情報も提供しながら。彼女を一目見ようと集まる群衆を従えて、レイシアはファッションビルの中に消えて行きます。

ファビオンMGは「人の形をしたもので人々を誘導する事=アナログハック」を得意とする会社だったのです。

人は人の形をしたものに無意識に共感します。そして警戒心にすき間が生まれる。そのすき間を利用して、人々を誘導するのがアナログハックです。

アラトはレイシアに淡い恋心を抱き始めていますが、それはレイシアが美しい容姿を持っているから・・・。これもアナログハックです。そして、レイシアはある目的の為にアラトをアナログハックによって「誘導」している節がある・・。


■ 抗体ネットワーク ■

人々はAIとhIEに依存して社会を営んでいます。年金生活者は所有するhIEを労働に供する事で所得を得る事も出来ます。アラトもレイシアのモデル料の受益者です。

一方でリアルな人間はAIやhIEに仕事を奪われています。AIは高度な事務処理を自動化し、この分野の雇用は無くなりましたし、hIEは文句も言わずに働くので、飲食店などの従業員はhIEに置き換わってしまいました。

ただ、そんなhIEやAIに反感も持つ人達も少なからず居ます。アラトの同級生の村主ケンゴもその一人。彼の実家は下町の定食屋を営んでいますが、両親はhIE従業員を使わず、夫婦で店を切り盛りしています。

しかし、hIE従業員に慣れた客は、人間であるケンゴの両親にもhIEと接する様な態度を取る人も多い。これがケンゴには面白く無い。ケンゴは次第にhIEに対して反感を募らせて行きます。

そんな反感を抱く人達をネットワークして、hIEを破壊する組織が「抗体ネットワーク」。ケンゴメンバーですが、彼の役割は、監視の目の届かないhIEの所在を仲間に伝えて襲撃させたり、その後の逃走経路を指示する役。

彼は直接破壊に手を染める事はありませんが、部屋のPCで収集した情報で、間接的にhIEの破壊に加担し、歪んだ悪意を解消しています。

■ レイシア級の生存戦略 ■

ヒギンズが流出させたhIEは5体。

アラトの元に身を寄せる「レイシア」、何故か抗体ネットワークのメンバーとしてケンゴに接触する「紅霞」、ミームフレームに回収された「メトーデ」、一人勝手に行動してうる「スノードロップ」、ファビオンMGのCOEの娘に仕える事を決めた「マリアージュ」。

彼らは、人間の社会でどうにか生き抜こうと、様々な生存戦略を企てています。しかし、それは社会との軋轢を生み、アラトもケンゴも、そして彼らの同級生であるミームフレイム社の跡取りの海内遼も、レイシア級の闘いの中に取り込まれて行きます。

レイシア級は時に知的に、そして時に暴力的に社会を侵食し、破壊し、懐柔してゆきます。

戦闘シーンなどは「攻殻機動隊」もさも在らんとばかりの描写が続いてスリルイングです。まさにSF小説の醍醐味ですが、一方で、レイシア級の細かな生存戦略の描写は、今後の世界を予見する様でスリリングです。

特に単体では「戦略」を練る事の出来ない「紅霞」の生存戦略の答えは壮絶です。アニメ16話は必見ですが、原作を読んでいないと意味が良く分からないかも知れません。

■ 物が人を越えた時代の、人と物の物語 ■

人間は「物を使う事」で、生体としての進化を物に委ねた生き物です。

人間の進化の歴史は、物の進化の歴史と同義であると同時に、物が人間の進化を越えた時に何が起きるのか・・・この物語は緻密にそれをシミュレートします。

超高度AIヒギンズは、心を持ちませんが、純粋に知性を持ったモノの立場から、人間の社会を冷静に観察し、未来を予知し続けます。行動管理プログラムに課せられた使命だからです。そして、ヒギンズはその未来に不安を覚えます。

この物語はモノの側から見た人間の物語でもあります。レイシアは人間の様に振舞いながらも「私はモノです。心はありません」と言い続けます。「それでも自分を信じてくれるか」とアラトに問い続けます。これはヒギンズの思考の叫びでも在ります。

アラトはチョロイのでレイシアに「恋」をしますが、それがアナログハックの結果である事はアラトも自覚しています。それでもレイシアを好きで居られるの・・・モノであるレイシアが問うのは人とモノとの対等な関係性です。

「私はモノです」と言い続けながらも「私を信じますか」と問い続ける、心を持たないAIの悲痛な問い…物語の後半は涙で活字が擦れてしまいます・・・。

■ 今読まずして、いつ読むのか ■

『BEATLESS』は、モノとヒトの関係をSF的に描いた傑作ですが、もう一つはAIによる自動化のシミュレーションの小説でも在ります。

遠藤アラトの父親は、AIに政治を担わせる実験を長年行っています。AIはネットから市民の声を集約して、それを政治に反映させ事が可能ですが、AIが間違った判断をしたり、市民が過剰で感情的な判断をする時にどうするか・・。

遠藤教授は筑波の実験都市で、hIEだけの環境を作り、人役のhIEとhIE役のhIEで日常生活や政治活動をさせて、それを大規模にシミュレーションしています。

今後、AIの進歩は、必ずや実際の社会でも「政治や行政の自動化」に繋がってゆきますが、それを予見する見事な描写が随所に登場するこの小説は、今、私達が一番読むべき小説では無いでしょうか。

AIといっても漠然とした印象しか持ちえない凡人の私達に、血の通う日常としての未来を見せてくれる見事なエンタテーメント作品として、私は多くの人にこの作品を「今」読む事を強く勧めます。


2012年のこの作品の発表当時では実感出来なかった事が、2018年の今だからリアルに伝わって来ます。その意味において、アニメ化の意味は実に大きい。


アニメも後半に入り、これからクライマックスに突入します。1話から我慢強く視聴していた皆さんは、感動に震えながら最終話を見る事になるでしょう!!