あわただしい日々が続いた1ヶ月、ヨリさんが亡くなってふたなのか(27日目)早いものです。昨夜はアメリカから到着の電話、14日に日本を発って、地球の裏側、気温も差ほど札幌とは違わないようです。ただ雪が少なく気温は低く、苫小牧、浦河など日高方面とあまり変わらないのかもしれません。
余り思い出に涙ぐむこともなく・・施設に行けば会える、そんな気がしてなりません。仕事も追い込みに差し掛かりました。そんなこんなで気がまぎれているのでしょうか。
携帯写真、ブログ、手帳などよく登場していたヨリさん
9月30日はロビーでくつろぎ・・コーヒーとクッキー
10月13日は旅行仲間病室で大声で・・ドイツ旅行の思い出サンタルチアを合唱
その後は娘の差し入れ・・大学いも・・毎日のように食べていました。マクドナルドの時も
10月20日おはぎ2個・・これが大食いの最後だったでしょうか。
後は徐々にアイスになり、ぷりんになり、ジュースになり、がりがりクンキャンデーと食が細くなっていきました。
亡くなる一週間前・・葬儀はと本人の目の前で話を・・・聞こえていたかどうかは分かりませんが、本人が望んだ通りだったかもしれません。
遠く放してしまった娘を思い、もしもの時娘が居ない時は頼むと涙ながらに二人で手を握り、
ハイハイ・・私に任せ安心して全部やってあげるからと心落ち着かせ・・
でも私も内心は不安でいっぱいでした。でも、もう安心、今頃本人が一番ポットしていることでしょう。
雪が降り始めました。全てが雪に覆われ銀世界にもうすぐなることでしょう。
雪が解けるまで会いには行けませんね。
毎日喪中のハガキが届きます。その中に
テニス、長年組んでいたパートナー4月に亡くなっていました。
私達も、私もそんな年齢になってしまったのですね。