ギュスターブ・モローの愛弟子、アンリ・マティスとオディロン・ルドン。
マティスとルドンは、終生手紙を交わす友情を結んでいた。
どちらも、絵の求道者であった。
画家というものは、皆至高の世界を夢見て追い求める者達だが。
今日の「美の巨人たち」は、マティスの「ブルーヌード」。
自分がマティスに出会ったのは、学習百科事典の小さな図版の「ダンス」だった。
それから、1981年の「マティス展」で、総合的な作品群を見た。
印象は、ピカソより難解。
鮮やかな色をたくさん使っていても、デフォルメされた形を描いていても、クールなのだ。
クールすぎて、見るものとの間に次元の隔たりを感じさせる。
名画といわれる「ダンス」や「ばら色の裸婦」を見て、良さを分からなかった自分に少なからずショックを受けたのを覚えている。
それから、マティスに引け目を抱くようになった。
マティスの絵を目にするたびに、彼の絵を考えた。
月日が流れ、今では・・・久々に「ブルーヌード」を見て、すっきりと美しく感じた。
よく考え抜かれた構図、流れに沿った切り紙の配置、色のコントラストの加減、全てがあるべきところにあり、小気味よい。
とても肯定的な絵画だ。
いままた、1981年の「マティス展」カタログを開いてみる。
「ダンス」や「ばら色の裸婦」、「カスバの門」、「夢 1940」が、自分に語りかけてくるのを感じた。
色彩も形も線も、みな影響しあい補完しあう。
それらが同時に居合わせれば、互いを損なうことなく秩序を保たなくてはいけない。
マティスの絵は、それ自体が細部でもあり全体でもあると、やっと少し理解できたように思った。
マティスとルドンは、終生手紙を交わす友情を結んでいた。
どちらも、絵の求道者であった。
画家というものは、皆至高の世界を夢見て追い求める者達だが。
今日の「美の巨人たち」は、マティスの「ブルーヌード」。
自分がマティスに出会ったのは、学習百科事典の小さな図版の「ダンス」だった。
それから、1981年の「マティス展」で、総合的な作品群を見た。
印象は、ピカソより難解。
鮮やかな色をたくさん使っていても、デフォルメされた形を描いていても、クールなのだ。
クールすぎて、見るものとの間に次元の隔たりを感じさせる。
名画といわれる「ダンス」や「ばら色の裸婦」を見て、良さを分からなかった自分に少なからずショックを受けたのを覚えている。
それから、マティスに引け目を抱くようになった。
マティスの絵を目にするたびに、彼の絵を考えた。
月日が流れ、今では・・・久々に「ブルーヌード」を見て、すっきりと美しく感じた。
よく考え抜かれた構図、流れに沿った切り紙の配置、色のコントラストの加減、全てがあるべきところにあり、小気味よい。
とても肯定的な絵画だ。
いままた、1981年の「マティス展」カタログを開いてみる。
「ダンス」や「ばら色の裸婦」、「カスバの門」、「夢 1940」が、自分に語りかけてくるのを感じた。
色彩も形も線も、みな影響しあい補完しあう。
それらが同時に居合わせれば、互いを損なうことなく秩序を保たなくてはいけない。
マティスの絵は、それ自体が細部でもあり全体でもあると、やっと少し理解できたように思った。