高校ライトノベル・魔法少女マヂカ・009
お料理の練習をしたいので調理室を使わせてください。
用件を言うと徳川先生の目は針のように細くなった。
「何のために料理の練習がしたいのかしら?」
答えようとすると、マチカに先を越された。
「将来のためです」
「将来の、どういうことのためなの?」
「良き家庭人、良き職業婦人になるためです」
「良き家庭人、良き職業婦人とは?」
畳みかけるような質問に、マチカが先を越してくれてよかったと思う。
「家庭においては良き妻、良き母、良き嫁、良き生活人になるためです。職業婦人としては、家事の柱である調理に長けることによって、職場にいる時は、より仕事に集中できると考えます」
「ふむ、簡潔な答えね。脇坂先生は、どう思います?」
徳川先生は、安心して部屋を出て行こうとしていた脇坂先生に声を掛けた。
「は、あ……意欲の高さはけっこうなんだけど、えと……良き母とか職業婦人とか言うのはどうなんだろ」
わたしもヤバいと思った。良き母、良き妻、良き嫁、職業婦人……なんかNGな言葉のように思える。
「そうね、言葉の意味を言ってもらえるかしら」
ほら、絡んできた。
「良きを着けた言葉に順序はありません。女は『良き』を付けたいずれか、あるいはいくつかになるのだと思います」
「妻、母、嫁、生活人、職業婦人……その通りかなあ、いかがですか脇坂先生?」
「……生活人という範疇以外の言葉には、ちょっと女性蔑視の臭いがするかなあ」
「言葉に罪は無いと思います。あるとすれば、言葉を使う側、聞く側の感性ではないでしょうか」
よく分からないけど、マチカの押し出しはすごい。
徳川先生が足を組み替えたよ、なんか本格的に攻められそう……。
「続けて」
「妻がダメなら『女性配偶者』、母は『女性親権者』、あるいはフランス式に『親一号』あるいは『親二号』でしょうか。嫁は『息子の配偶者』、職業婦人は『女性労働者』になるかと思いますが、言葉としてこなれていないですし、会話に用いるには長すぎます」
「『婦人』というのはどうかしら、婦という文字は女偏に箒と書くでしょ、女は箒持って掃除でもしてろって蔑視の意味があると思うんだけど」
気弱な脇坂先生にしては、よく言うと思う。徳川先生は、ちょっと意地悪そうに腕を組んでいる。
「それは間違いです」
はっきり言う……でも、大丈夫、マチカ?
「帚と箒は違います。失礼します」
マチカはホワイトボードに二つの字を書いた。えと……違いは?
「婦人の方は、竹冠が付いてないでしょ。清掃用具の箒には竹冠が付いてるの」
あ、なるほど……で、意味の違いは?
「竹冠が無い方、つまり婦人の方はね、神さまにお供え物をするときの神聖な器を現わして、転じて、神に仕える神聖な女性を意味する。田んぼで力を発揮するって『男』って地よりも高尚なんです」
「そうなの?」
「よく知ってるわね渡辺さん。そうよね『婦人』を抹殺したから『看護婦』とか『婦人解放運動』とか使えなくなったしね」
「その分『主婦』などはそのままですし……」
脇坂先生が視線を避けたぞ。
「すみません、言葉が過ぎました」
マチカは脇坂先生に美しく頭を下げた。
「よし、調理室の使用は許可しましょう」
ヤリーーー!
「ただし、条件があります」
緊張する。
「なんでしょうか?」
「まず、後片付けをキチンとすること」
「「「「はい!」」」」
「もう一つ、たった今から『調理研究同好会』ということにしなさい」
「同好会ですか?」
「生徒の集まりというだけでは恒常的な施設利用は認められません、同好会の看板を掲げること。いいわね」
「はい」
「……」
一瞬目を丸くして脇坂先生は準備室を出て行った。
そして、われわれ四人は『調理研究同好会』になってしまった。