ひょいと自転車に乗って・12
今日も中河内中学校に向けてペダルを漕ぐ!
要するに気にいっちゃったんだ。
うちと中河内中学校の標高差は、目測だけど二十五メートルくらい。 やっと自転車に慣れたばかりの身にはきついんだけど、上っていくというのは気持ちがいい。 人生には、いろんな上り坂があって、坂道を上っていくほど簡単じゃないことぐらいは分かっている。 だからこそ、ニ十分ほど奮闘して目的地に着けるのは、なんだか人生の坂道を一つ制覇したみたいで気分がいい。 そして上りきった170号線から見える下界の姿もなかなかだ。
「こんにちは! お弁当ですよ!」
元気に叫ぶと、畑中植木店の職人さんたちが白い歯を見せて喜んでくれる。 畑中のオバサンは「バイト代出すわよ」と言ってくれたけど、わたしは好きでやっていることだからと笑顔でお断りした。 それじゃあ……ということで、オバサンはわたしの分までお弁当を作ってくれている。
「オバサンのお弁当って、ほんとうに美味しいですね!」
職人さんたちと並んでお弁当。
「昔は、外環沿いで食堂出してはったからなあ、そこらへんのファミレスなんかより、よっぽど美味いで」
石田さんというチーフの職人さんが目を細めて言う。
「どのおかずが、一番好きですか?」
「「「「玉子焼き!」」」」
職人さんたちの声が揃って、みんなで笑った。わたしも玉子焼きが一番好きだ。
「関西の味付けには馴染めなかったんだけど、オバチャンの弁当食ってからファンになったよ」
東京から来たという葛西さん、若いので一番早く食べ終わる。
「ハーー、食った食った!」
立ち上がって、葛西さんは大きく伸びをして、なぜだか屁っ放り腰になる。
「えと……食後の運動に行ってきまーす」
葛西さんは、わたしと視線が合うと屁っ放り腰を止めて、グラウンドの方へ走っていった。なぜか、他の職人さんたちが笑う。
「あいつね、食後屁ぇこく癖があるねん」
「屁!?」
「美智子ちゃん居てるから、ちょっとお上品ぶっとる」
「え、あ、は、そうなんだ(#.ω.#)」
しばらくすると、葛西さんが興奮して帰って来た。
「戦車が走っとる!」
「「「「戦車?」」」」
職人さんたちが一斉に、見晴らしのいいグラウンドの西側に走っていく。わたしも付いて走る。
「外環のほうやなあ」
「あれ、ガルパンで見た、たぶんアメリカの戦車だ!」
「ほんまもんやろか!?」
「なんか、映画の撮影かなんかかな?」
「傍で見てみたいなあ!」
「あ、ホムセンの陰になってしもた」
職人さんたちは、少しでもよく見えるように、グラウンドの北の方に移動する。
「あ、えと……」
「美智子ちゃん、見たかったら肩車したげるで」
肩車されてはかなわないんで、正直に言う。
「あれ、うちの家のだから、よかったら後で見に来てください」
「「「「え、ほんま!?」」」」
戦車が見られるというので、職人さんたちの午後の仕事ははかどった。
植木職人さんたちの仕事が珍しいので、わたしも、傍で見学してしまう。
ふと、背後に視線を感じた。
「え…………」
振り返ると、体育館の角っこに隠れるようにして男の子が立っている。
その子は、どう見ても、今の時代のものではない服装と髪形をしていたのでした……。