これでいいのか?……心の中で声がした。
進二の声だ。でも体が動かない。金縛りというやつだろう。
美優の体になって三日目の夜。なかなか寝付けずにいると、こうなってしまった。
――よくわからない。あたしが、進二の双子のカタワレなのか、受売命(ウズメノミコト)のご意志か、とんでもない突然変異なのか……思い詰めるとパニック……にはならないか。あたしって、なんだか、とても天然なんだ。進二は、いまどこにいるの?――
応えはなかった。
乖離性同一性障害だとしたら、あたしがいるうちは、出てこられない。金縛りとは言え、出てくるようなら、まだ完全には乖離(多重人格)しきっていないということだろうか。
よく分からないけど、こうなったのには意味があるような気がする。それが分かって解決するまでは、これでいいじゃん……で、ようやく眠りに落ちた。
翌朝学校へ行くと、なんだか、みんなの様子がおかしい。男子も女子も、なんだか「気の毒そう」と「関わりにならないでおこう」という両方の空気。
「ちょっと、ミユちゃん!」
来たばかりのミキちゃんが、お仲間二人と教室にも入らないで、あたしを呼んでいる。
「おはよう、なあに?」
「ちょっとこっち」
人気のない階段の上まで連れて行かれた。
「ちょっと、これ見て」
スマホを動画サイトに合わせて見せてくれた。
「あー、ヤダー!」
そこには『彼女の悲劇』というタイトルで、昨日の体育の授業の終わりにハーパンが脱げたところが、前後一分ほど流れていた。
「これって、セクハラよ!」
「肖像権の侵害!」
「ネット暴力よ!」
もうアクセスが千件を超えている。さすがの天然ミユの自分も怒りで顔が赤くなる。
一時間目は生指に呼ばれた。むろん被害者として。
「渡辺、心当たりは?」
生指部長の久保田先生が聞いた。
「分かりません」
「渡辺さん、これは犯罪だわ。警察に被害届出そう!」
同席した宇賀先生が真剣に言ってくれた。
「でも、これ撮ったのうちの生徒ですよ。誰だか分かんないけど」
「そんなこといいのよ、毅然と対処しなくっちゃ」
「は、はい……」
「まずは、画像の削除要請。さっき学校からもしたんだけど、確認のため向こうから電話してもらうことになってる。それに本人からの要請も欲しいそうなんだ」
まるで、それを待っていたかのように電話があった。先生とあたしが、説明とお願いをして、削除してもらうことになった。そして警察の依頼があれば投稿者を特定し、法的措置がとられることになった。
あの時間、あのアングルで撮影できるのは、いっしょに体育の授業をやっていた、うちのA組かB組の男子だ。女子より数分早く授業が終わっていたことはみんなが知っている。ポンコツ体育館はドアがきちんと閉まらない。換気のために開けられたままの窓もある。携帯やスマホで簡単に撮れる。
警察の調べは早かった。午後には隣町のネットカフェから投稿されたことが分かり、防犯カメラが調べられた。
しかし犯人は、帽子とマスクをしてフリースを着ているので特徴が分からない。昼休みには、所轄の刑事さんが防犯ビデオのコピーを持ってきて、生指の先生やウッスン先生といっしょに見た。
直感で、うちの生徒じゃないと思った。こんなイカツイ奴は、うちにも隣のB組にもいない。
でも、言うわけにはいかない。あたしは一昨日転校してきたばかりの、渡辺美優なんだから。さすがにウッスンも「こういう体格の生徒はうちにはいません。ねえ土居先生」 で、隣の担任も大きく頷いていた。ところが、刑事さんは逆に自信を持ったようだ。
「分かりました、予想はしていました。さっそく手を打ちましょう」
元気に覆面パトで帰っていった。
六限の半分は全校集会になった。みんな予想していたので淡々と体育館に集まった。あたしは出なくて良いと言われたけど、どうせあとで注目の的になるのは分かっていた。なんせ、削除されるまでにアクセスは三千を超えていた。集会に出ている生徒の半分は、あの動画を見ている。なんせ、最後は顔がアップになっていたのだから。
顔がアップ……あたしはひっかかった。Hなイタズラ目的ならアップにするところが違う。だいいち、あそこでハーパンが落ちたのは事故だ。なにか見落としている……。
クラスのみんなは気を遣ってくれた。ミキちゃんたちは、なにくれと他の話題で気をそらそうとしてくれたし、ウッスンまでも「早退するか?」と言ってくれた。
放課後になると頭が切り替わった。コンクールまで二週間だ。稽古に励まなくっちゃ!
部室に行くと、一年の杉村が、もう来ていた。
「早いね、杉村君!」
「先輩、見てください。一応必要な衣装と小道具揃えておきました」
「え……どうして?」
「昨日台本をダウンロードしたんです!」
「ハハ『ダウンロード』をダウンロードか。座布団一枚!」
「ハハ、どうもです」
「でも、台本はともかく、衣装と小道具は?」
「オヤジ映画会社に勤めてるんで、部下の人がさっき届けてくれたんです。道具は、一応ラフだけど書いてきました」
それは、もう素人離れしていた。衣装の下のミセパンやタンクトップまで揃っていた。
人間いろいろ……むかし死んだ祖父ちゃんが歌っていた歌を思い出した。
つづく
時かける少女・29
『プリンセス ミナコ・11』
墜ちたヘリコプターに乗っていたのは、全員が人形だということが分かった。
つまり、実物のヘリコプターをラジコンにしたようなもので、ミナコ放送のそれに良く似せてあるがニセモノであることが判明した。
ローテ・クレルモンの人形が乗っていたことは、数台のカメラに写っており、クレルモン家にも疑惑の目が向けられたが。
「そんな、見え透いたことを当家がやるわけがないし。理由もない!」
クレルモン公はきっぱりと否定した。
爆発物が仕掛けられていたわけでもなく、女王やミナコが乗った車を狙ったものでもなく、ひどく悪質な嫌がらせであろうと思われた。
「犯人は、海の上のクルーザーからコントロールしていたようですが、事件後、CU国の港に入って、車で逃走しました」
女王はテレビのボリュームを落とした。
「わかりました。調査はそこまでにしましょう」
「やはり……」
「たぶん。国際的なテロでないことが分かれば十分よ」
「では、発表は?」
「国際的テロの疑い。マスコミもそう見るでしょう。曖昧な表現がいいわ」
「承知しました……」
ダニエルが姿を消すと、マスコミの取材を終えたミナコが戻ってきた。
「お祖母ちゃん、あれでよかったかしら?」
「その前に、きちんとお辞儀」
「あ、はい女王陛下」
ミナコはぎこちないお辞儀は、テイク3までやって合格。
「ミナコが飛び出したときはびっくりしたわ」
「すみません。軽はずみでした。ローテの姿が見えたのでつい……」
「世界のジグソーパズルは、日本ほど単純じゃないの。今は、それが分かればいいわ。インタビューも自分の軽はずみを恥じていることが、共感を呼んだようでけっこうでした」
「ありがとう、お祖母様」
「疲れているでしょうが、今夜は歓迎晩餐会です」
「はい」
「課題を一つ」
「なんでしょう?」
「ローテと仲良くなる……」
「いきなりですか?」
「とっかかりができれば、合格。それが、あなたのジグソーパズルよ」
女王は、軽く微笑んだが、ミナコには、とても重いことに思えた……。
🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!
59『まだ春休み』
春休みがまだ4日もある。
高校2年……いや、この4月からは3年だけど、休みを持て余したのは初めてだ。
桜子が引っ越していったことと、我が家の家庭崩壊に原因があることは確かだ。
「いいじゃん、桃がいるから~!(#^.^#)!」
ヒッツキ虫になった桃が楽し気に言う。
「おまえが居てもなあ……」
「桃だって、百戸家の一員じゃん」
「桃な、おまえ幽霊としてのありようが間違ってないか?」
「どうして?」
「こんなに生きてる人間みたいに実体化して、ベッチョリ貼りついてよ、もっと幽霊って儚げなもんじゃないのか?」
「それは幽霊差別だよ。桃はこういう個性の幽霊なんだから、このまま受け入れてくれなきゃ……アフ~ン♡」
「ア、その首筋に息吹きかけるの禁止」
「フフ、ここ弱いんだ」
「おまえなあ、オレたちは兄妹なんだぞ!」
おれは寝返りをうつと、桃の両手首を封じて睨みつける。
「ちょ、手ぇ放してよ」
「一周忌もすんだんだから、いいかげん成仏しろ」
「そんなこと言わないでよ、桃寂しんだから。桃が実体化できるのはお兄ちゃんの寝床しかないんだから、こうやってスリスリできるのはお兄ちゃんしかいないんだから……」
ホワっと桃の目に涙が溢れたかと思うと、頬を伝って流れ落ち、シーツにシミを作っていった。
「お兄ちゃんのバカ……」
そう言うと、桃は急速にフェードアウトして居なくなってしまった。
「……ちょっと言い過ぎたかな」
手応えの無くなった手を開いてみる、悪気はないんだろうけど、こういう消え方は反則だと思う。
その夜、桃は戻ってこなかった。
目が覚めると残り4日の春休みが始まる。
冷凍ナポリタンを出してレンジに安置。チンが鳴るまで新聞を開く。開いてみて昨日の新聞だと気づく。
「ま、いいか。まだ読んでないし」
ほんとはテレビを点けたかったんだけど、リモコンのあるリビングにまで行くのが面倒なんだ。
どうも堕落しかけている……我ながら。
「アチャー……」
開いた拍子に大量の広告が床に落ちる。日曜の新聞は無駄に広告が多い。拾い集めてテーブルの上に置いたところでチンが鳴る。だいたい、今時分新聞広告読む奴いねえだろ。なんでもネットとかスマホで済むご時世だ、資源の無駄遣い、新聞配達の少年に要らざる苦労をかけるだけだろ。広告が無ければ配達少年は、その分沢山新聞が積めて、あるいは早く周れて仕事が楽になるはずだ。他人事ながら無性に腹が立つ。
――それって、だれかのぜい肉といっしょ――
女の声がする。桃のようでもあり桜子のようでもあり……いやいや、幻聴にちがいない。
ナポリタンをかっこみながら来し方行く末を考えてしまう。親父は県警本部に詰めっきり、お袋はバイトと称してほとんど帰ってこないだろう。むろんオレは高校3年生なんだから、この家に居る限り生活はなんとかなるだろう。
でも、フォークに絡めたパスタを見ていると、こういう冷凍とかレトルトばっかの生活になってしまいそうだ。下手をすれば生きる意欲を……大げさではなく予見してしまう。
「ん……?」
積み上げた広告に目が留まる。
乱雑な束から求人広告がはみ出ているのに気付く。
――ソレイユ・ホールスタッフ募集 高校生以上バイト可 6時間以上の勤務で従食アリ――
ソレイユというのは、うちの県で古くからあるファミレスだ。メニューが充実していて、創業者が有名な女傑で幹部からバイトに至るまで優秀な女性が揃っていることでも有名。むろん男性もいるが、噂ではかなり選考基準が厳しいということである。
でも、これだと思った。
従食でしっかりしたものを食べていれば、そっちの方からの堕落は防げそうだ。それに、きっちりした職場にきちんと通えば自堕落に陥ることもないだろう。
オレはパソコンで履歴書を打ち出すと、着替えてソレイユ国富店を目指した。