大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・魔法少女マヂカ・002『渡辺真智香を認識 安倍晴美の場合』

2019-03-17 14:26:04 | 小説

高校ライトノベル・魔法少女マヂカ・002

『渡辺真智香を認識 安倍晴美の場合』 

 

 

 今週いっぱいでお役御免だ。

 

 仕方がない、任期一か月の非常勤講師なんだから。

 えーと、残り時間は二時間ずつ……と思っていたら、B組が最後の授業だ。

 進路部の要請で金曜の授業を進路説明会に明け渡したんだ。

 非常勤講師と言う立場上「はい」と言わざるを得ない。

 もっとも、非常勤講師なんだから授業進度をきっちり揃えて本職さんに引き継ぐ義務なんてない。

「B組は、ここまでしか進んでいません」と返事しておけば済む話だ。

 でも、性分なんだ。仕事はきっちり済ませたい。

 きっちり済ませて次の学校……決まってるわけじゃないけど、都立高校は200校以上ある。国語・地歴・公民・保健体育と四つも免許持ってりゃ、どこかに口はあるだろう。産休、病休、介護休暇、本職の先生たちには様々な特権がある。その特権行使のお蔭でわたしたち講師の口があるんだもんね。

 教案のプランノートを開く。

 えーと……仕方がない、今日の板書はプリントで済ませよう。中島敦の山月記だ、要点をチャチャっと済ませて「孤高な自尊心とか才能」のプラスマイナスを楽しく話してやろう。個人的には中島敦は嫌いだけどね。

 博学才穎(はくがくさいえい、読みの問題で必ず出す)とか「卑吏に甘んずるを潔しとせず」とか、反吐が出る。おまけに、境遇に拗ねまくって虎に変身するなんてさ、虎をバカにしてません? タイガースファンが黙ってないと思うよ、大阪とかで山月記を教える自信ないねえ……ぶつぶつ言ってるうちにプリントができあがり。早いこと印刷して昼ご飯食べなきゃ。授業するってのは力仕事だからね、食べなきゃやってらんねえ。

 国語準備室を出て印刷室に急ぐ。

 階段を下りて二階の廊下に差しかかったところで生徒とニアミス。

 ウワッ!

 そいつは、そのまま二階への階段を駆け上がっていく。B組の要海友里だ。

 成績は真ん中。日暮里高校で真ん中だから東京全体じゃ中の上。ルックスもスタイルもイケてるんだけど、自分では平凡だと思ってるだろう。自分の事を平凡か、それ以下と思うことを心の安全弁にしている。石橋をたたいて苦笑いするタイプ。壊しもしなければ渡ろうともしない。人生損するぞ、気が付いたら魔法少女厄年マヂカ! なんだぞ。

 でも、要海友里はノンコ(野々村典子)と清美(藤本清美)とお友だちで昼は三人揃って食堂のはず……てか、そんなことを覚えてる非常勤講師ってどーよ?

 本職になったら、ずいぶんお役に立つと思うんだけど、もう連続ウン回落ちまくってる採用試験。

 

 起立 礼 着席

 

 ちゃんと始業の挨拶をやってくれる。

 さっさと教室入れえええ! などと怒鳴らなくて済む。いい学校だよポリ高はさ。

 チャッチャと出席取って授業に入る。

 と言っても、出席点呼をないがしろにはしない。

 受け持ちクラスの座席表は揃えている。自慢じゃないけど、受け持ってる生徒は、座席込みで全部覚えてる。

 それだけで分かるんだけど、空席になってるところは必ず呼名点呼する。出欠と言うのは場合によっては学年末の当落に影響する。ミスは許されないのだ、いざという時に「正確にとってました!」と言い切るために手は抜かない。

 で、あれ?

 窓際の席が一つ多い上に見たことのない生徒が座っている。

 出席簿に貼ってある座席表をチラ見。

 そこには渡辺真智香と書いてある。

 なんちゅうか……同性で、ずっと大人のわたしが見てもドキッとするような美少女だ!

 人は美しいものを見ると瞳孔が開きっぱなしになる。

 目がスースーする、きっと開きっぱなしの瞳孔のせいだ。

 でも不審は不審。あなた、前からいたっけ?

 いつもなら聞く。ごくたまによそのクラスとか学年とか、時によっては他校生が混じっていることがある。制服さえ着ていれば不審には思われない。ほかの生徒もめんどうに巻き込まれるのはやだから、たいていポーカーフェイス。自分のノートを確認、窓側の席は出席簿のそれよりも一個少ない。渡辺真智香という生徒は存在していないのだ。

 あんた誰?

 喉まで出かかったんだけど、あえて聞かない。だって、こに一時間でB組はおしまいだから。山月記終わらなきゃいけないから。

 授業を終えて、職員室で聞いてみる。

「B組の渡辺真智香……」

「ああ、今日はいっそう美人に磨きがかかってましたねえ」

 今日は?

「入学以来、学年一、いや、日暮里一番でしょうねえ」

 入学以来?

 職員室に備え付けのクラスの集合写真と個人写真を確認する。

 2年B組36番 渡辺真智香

 教室で見たのと同じベッピンぶりで写っている。

 念のため、自家製の座席表を再確認……ちゃんと、窓側最後尾の席に渡辺真智香の名前があった。

 

 だめだ、今日は早く帰って寝よう。

 

 

 

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高校ライトノベル・ひょいと自転車に乗って・02『自転車に乗られへん!?』

2019-03-17 06:54:25 | 小説6

ひょいと自転車に乗って・02
『自転車に乗られへん!?』
        

 もっと肩の力抜いて!

 もう十回は言われてる。

「あ、あ、あ、あーーーー!」

 ガシャン!

 またしても装甲車にぶつかってしまった。
 
 自転車に乗れるようになろうと、一念発起したわたしは、外環沿いにあるうちの駐車場で練習している。
 師匠は京ちゃん。
 学校が終わると、そのまま駐車場に来て教えてくれている。
 京ちゃんは、高安に来てからの数少ない友だち。で、わたしに自転車に乗ることを強く勧めてくれた、天使だか悪魔だか、よく分からない存在。

 自転車に乗れたら世界が広がるよ。

 そう言ってくれた京ちゃんは天使だったと思う。
 でも、何度失敗しても、やり直しを指せる京ちゃんは悪魔だ。

 今日だけでも二十回以上はぶつかったり、自転車ごと転んだりしている。
 膝と肘ににはプロテクター、頭にはヘルメットを被っているんだけど、あちこちが痛い。

 うちの駐車場を使っているのは、適当な広さがあるから……だけではない。
 うちは、軍用車両を中心として、撮影やらイベント用に特殊車両を貸し出したり販売したりする会社をやっている。
 いかつい装甲車やら戦車ばかりなので、普通の車のように、ぶつけても傷つくことが無い。ぐるっと塀に囲まれているので恥ずかしいところを見られることもない。
 中学二年にもなって、幼稚園の子どものようにフラフラと自転車の稽古をしているところを見られるのは、絶対いや!
「言うたでしょ、自転車は回転することで遠心力が働いてコケんようになるのん。これは物理法則! 猿やなかったら学習しなさいよ!」
 京ちゃんは、まことに厳しい。コーチを頼むんじゃなかったと、十回目くらいの後悔。

 稽古に入る前に、京ちゃんは、スクラップの中から自転車の車輪を取り出し、転がして見せてくれた。
 車輪はゆっくり走って、スピードがゼロになると倒れる。それで、自転車は倒れないものだと言うことを学習させてくれた。
「なるほどね~、うん、分かった!」
 頭では分かるんだけど、いざ、自転車に跨ってみると全然ダメだ。体が理解していない。
「これ持ってみなさいよ」
 京ちゃんは、車輪に鉄の棒を通したものを突き付けた。
「しっかり持ってなさいよ!」
 そう言うと、勢いよく車輪を回した。
「よし、それを横に倒してみて!」
「う、うん……あ、あれ?」
 まるで、オバケが邪魔してるみたいに、車輪は倒せない。
「それが遠心力。動いてる自転車は、それくらい安定してるものなんよ」
「なるほどーー」

 そうして、再び訓練にいそしむわたしなのだ。

 一念発起したのには理由がある。

 こないだの勤労体験で、集合時間に間に合わないので、お母さんに車で送ってもらった。
 その車が、ただの車ではなかった。アメリカ軍のM8グレイハウンドという装甲車。
 待ち合わせのグル-プの子たちだけではなく、本町交差点に居合わせた全ての人に驚かれた。
「如月さん(わたしの苗字)、ガルパン同好会に入らへんか!」
「装甲車で来るなんて、並のミリタリーオタクやないで。埋もれさせとくのんはもったいない!」
「オタクの鑑や!」
「ぜひ入って!」
 と、男子に迫られた。
 そんなのに入れられちゃたまらないので、つい言ってしまった。
「あ、わたし自転車に乗れないから、それで仕方なく、あれで送ってもらったの! 別にガルパンオタクってわけじゃないから!」
 すると、オタク男子の目つきが変わった。

「「「「自転車に乗られへん!?」」」」

 その声にクラスのみんなが振り返り、珍獣を見るような眼差しになった。
 で、京ちゃんを師匠にして、猛特訓が始まったというわけなのです!

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高校ライトノベル・メタモルフォーゼ・18・環境ごとメタモルフォーゼ

2019-03-17 06:43:01 | 小説3

メタモルフォーゼ・18・環境ごとメタモルフォーゼ        


 カオルさんのお葬式の帰り、思い出してしまった!

 年末には、お父さんとお兄ちゃんが帰ってくる。あたしが女子になったこと、まだ知らない。
 あたしは、もう99%美優になってしまっていて、バカみたいだけどメタモルフォーゼしてから、ちっとも思い至らなかった。

「どうしよう、お母さん。年末には、お父さんも、お兄ちゃんも帰ってくるよ」
「そうよ、近頃は盆と正月だけになっちゃったもんね、楽しみね。でも男なんか三日でヤになっちゃうだろうな」
「いや、だから……」
「いまや、美優もKGR46のメンバーなんだからさ。胸張ってりゃいいのよ」
「だって、お母さん……進二は?」
「進二……だれ、それ?」
「あ、あの……」
 あたしは一人称として「ぼく」とは言えなくなってしまっていたので、自分の顔を指した。
「美優……知ってたの。あなたが男の子だったら、その名前になってたこと。うちは女が三人続いたから、最後は男で締めくくろうって思ってたんだけどね。麗美は小さくて分かってなかったけど、留美と美麗は『おちんちんが無いよ!』ってむくれてたわよ」
「あたし、最初っから美優……」
「そうよ、それよりゴマメ炒るの手伝って。お母さんお煮染めしなきゃなんないから」
「ダメよ、紅白の練習とかあるし」
「え、美優、紅白出るの!?」
 仕事納めから帰ってきた留美ネエが、耳ざとく玄関で叫んだ。
「うん、三列目だけど……あ、もう行かなくっちゃ!」

 深夜にレッスンから帰ってきて、自分の持ち物を探してみた。

 そこには進二であったころの痕跡は、一つも無かった。CDに収まっているはずの進二時代の写真も無かった。
「どういうこと、これ……」
「そういうこと……」
 レミネエが寝言とオナラを同時にカマした。

 二十九日からは、それどころじゃ無くなってきた。レコ大(レコード大賞)と紅白への追い込みが激烈になってきた。
 レコ大は大賞こそAKBに持って行かれたけど、KGRも「最優秀歌唱賞」を獲得。その晩タクシーで家に帰ると……。
「美優、おめでとう! しばらく見ないうちに、ほんとにアイドルらしくなったなあ!」
 お父さんが、赤い顔でハグしてきた。お酒臭さがたまんなかったけど……。
「ごめん、あした紅白。ちょっと寝かせて……」
「おお、そうしろそうしろ」
 進一兄ちゃんが、これまた酒臭い顔で寄ってくる。
「悪いけど、お風呂まで付いてこないでくれる!」
「明日起きたら、サインとかしてくれる?」
 あたしは無言でお風呂に入り、鼻の下までお湯に漬かって考えた。

 いや、考えるのを止めた。

 どうやら、あたしを取り巻く環境ごとメタモルフォーゼしてしまったようだ……。

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高校ライトノベル・秘録エロイムエッサイム・2(助けた命 助けられなかった命・1)

2019-03-17 06:36:21 | 小説4

秘録エロイムエッサイム・2
(助けた命 助けられなかった命・1)



 荒い息のまま改札を抜けてホームにたどりついた。

「ああ、よっこいしょ……と」
 思わずお婆さんのような言葉が口をついて出る。隣に腰かけたキャリア風のオネエサンがクスクス笑っている。朝倉真由は真っ赤になった。
「ごめんなさい。出るわよね、朝急いで電車の席に座れたときなんか」
「アハハ、ども」
 真由は自分の中にお婆さんがいるような気がしたが、すぐにこの言葉が自然な年ごろになるんだと開き直り、当駅仕立ての準急に乗れたことをラッキーと思ったが、束の間だった。八十ぐらいのお婆ちゃんが真由の前に立ってしまった。
「あ、どうぞ」
 真由は潔く立って席を譲った。
「どうも、ありがとね」
 お婆ちゃんは素直に座ってくれた。こういう時、変に遠慮されると気恥ずかしいものである。キャリア風が「ナイス」というような顔をした。真由はこういうのが苦手だ。コックンと目で挨拶して反対側の吊革につかまった。

 島型のホームなので、電車を待つ人、ホームを歩く人が良く見える。真由は、こういう時退屈しない。人間と言うのは、なんだかんだ言ってもアナログの極みで、電車を待つという行動だけで千差万別である。それを観察しているだけで楽しいほどではないが時間つぶしにはなる。
 この準急は、特急の通過待ちなので、発車まで二分近くある。観察は、より深くなる。ホームにいる大半の人がスマホや携帯を見ている。集団の中の孤独という言葉が浮かんで思わず写メる。真由の、ささやかな趣味。いろいろ撮っては自分一人で楽しんでいる。一頃友達に見せたりしていたが、コピーされてSNSに流されたことがある。男女の学生風が至近距離ですれ違う瞬間、女子学生が偶然目をつぶって、切り取ったコマは、まるで二人がキスする直前のように見えた。関係者が、この写メに気づいて、冷やかしのコメントでいっぱいになり、本人とおぼしき女学生が「迷惑している」という書き込みをしていたので、それ以来、自分一人の楽しみにしている。

――G高いいな。あの制服のモデルチェンジは正解だよ――

 そう思って見ていると、刹那無意識に人を避け、避けた重心を戻せず、あろうことか線路側によろめいて落ちた。

 危ない!

 そこを特急が通過!
 血しぶきをあげて、女生徒の体はバラバラになって弾き飛ばされた!

――だめ!――

 瞬間心で強く思った。目はつぶったがスマホのシャッターは切っていた。
 阿鼻叫喚になる……はずであったが、特急は、何事もなく轟音を立てながら通過していった。跳ね飛ばされたはずの女生徒は、スマホを見ながら平然と準急にのってきた。そして真由の横で吊革につかまった。
――え、なんで……?――
 習慣でスマホを見る。いま撮ったばかりの惨劇が写っていた。思わず口を押えた……そして、写メはしだいに薄くなって、当たり前のホームの朝の姿に戻っていった……。

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高校ライトノベル・時かける少女・40『女子高生怪盗ミナコ・6』

2019-03-17 06:22:49 | 時かける少女

時かける少女・40 
『女子高生怪盗ミナコ・6』 
      


 琴子の前に出た五十がらみの男が簑島工業の工場長と名刺交換をした。

 名刺には、山城繊維(株)工場長 郷田源一 と書かれ、口を一文字に結んでいた。
「うちのカーボン繊維は、どんなガスバーナーでも、穴も開きません、焼き切ることもできません」
 ニコリともせずに、昭和の叩き上げ工場長は言った。
「うちのガスバーナーは、どんな金属でも穴も開き、焼き切るのはもちろん、蒸発させてみせます」
 簑島の工場長は、相手が荒川の町工場であることもあり、余裕の笑みをこぼした。
 琴子は、いつになく緊張し、顔を青ざめさせていた。
「郷田さん、大丈夫……」
 郷田は、額の汗を拭い、黙って頷いた。

 このバーサスには裏がある。

 簑島工業のバックには、四菱産業が付いており、米軍の新鋭戦闘機F-35の主翼のカーボン繊維を受注の一歩手前まで持ってきていた。そこに思わぬ対抗馬が現れた、荒川で細々と金属と繊維という畑の違う仕事をコツコツと続けてきた山城工業である。山城工業は以前は中堅の会社であったが、保科産業の株操作で三億の赤字を出して倒産。以来、荒川に引っ込んで、細々と下請けの仕事に甘んじてきた。
 しかし、郷田工場長がコツコツ開発してきたカーボン繊維をアメリカ軍が目を付け、新鋭戦闘機の素材にしようとしていたのだ。お陰で、それまで四菱の採用は、ほとんど御破算になりかけてしまったのだ。
 そこで、四菱はスポンサーとなり、『バーサス』という番組を立ち上げた。

 全ては、山城繊維を引き出すためであった。

 簑島工業の、試合会場には、様々なカメラや検知機が仕掛けてあった。全ては、山城のカーボン繊維の特製や、性能を知るためである。
 山城繊維の社長は悩んだ。勝てば、その情報は四菱に筒抜けで、そのコピーを、格段に安い価格でアメリカに提供し、勝利され、仕事を持って行かれる。
 わざと、劣った製品を持っていけば、プラグマティズムのアメリカは、四菱を躊躇無く選ぶだろう。
 どちらに転んでも、山城繊維に分がない、必敗の試合であった。

 ミナコは、そんな事情も知らず、テレビスタッフに紛れ、爺ちゃんに言われた通り「負けた方の素材」を盗む準備をしていた。

「さあ、ガスバーナーのトップメーカー簑島が、職人気質の山城繊維を焼き切るでしょうか!? はたまた伝統の日本の職人が、簑島のガスバーナーの灼熱の炎に耐えるでしょうか!? 勝負は三十分。いよいよのスタートのゴングが鳴り響きます!」

 カーーーーーーーン!!
 
 ミナコのインカムに付けられたカメラから、映像は謙三爺ちゃんのもとにライブで送られている。五分、十分、二十分たっても勝負はつかなかった。バーナーは白に近い炎を山城の炭素繊維に吹き付け、山城の炭素繊維は、真っ赤になりながらも、よく耐えていた。

「いやあ、まいりました。ここまで強靱な相手だとは思いませんでした」
 簑島の工場長は、悔し涙にくれる社員を尻目に、にこやかに握手の手を差しのべた。
「汚えぜ、四菱。これでスペックは、全部盗めたわけだ。日本人も地に落ちたもんだ。郷田さんよ、あんたの技術者根性は立派だけどよ……ん、郷田さん、その目は……」

 郷田は、晴れ晴れとした勝利者の顔をしていた。琴子一人が落ち込んでいる。

「そんなら、そーと言ってよね! このガスバーナー、バラして持ってくんの大変だったんだからね!」
 ミナコは、頭に来ていた。
「あ、すまねえ。そんなものはいらねえよ」
 と、帰るなり爺ちゃんが言ったからである。

 謙三爺ちゃんは、こう思っていた。

 郷田は秘密を守るために、ニセモノを持ってきて、わざと負けるだろうと。負けたら、その屑をミナコに回収させ、盗品の成分分析屋に調べさせるつもりだった。そして、渡りを付けた米軍の関係者にニセモノと知らせるつもりだったのだ。
 ところが、郷田の、あの晴れ晴れとした顔を見た爺ちゃんはピンと来て、米軍の関係者に連絡をとった。

「山城繊維は、新製品のサンプルを送ってきたよ。試験中だが、前のより二割以上はいいスペックだ」

 そう、郷田は現用のものより優れたものを開発し、送ってから、現用品で勝負に出たのである。
 爺ちゃんは、ひそかに、このことを保科産業の社長にも知らせてやった。
「ハハ、さすが山城のとこの工場長だ、取引銀行に言って、山城に融資するように言っときますよ。しかし、これで、ますますですなあ」
「何が、ますますだい?」
「ま、それは、いずれ」

「バッキャロー、保科のセガレなんかにミナコをやれるか……」
 そうボヤキながら、爺ちゃんは風呂に向かった。
「もう、どうしてロックしてんのに入ってくるかなあ!」
 ミナコが前を隠しながら、いつものように怒った。
「こんなの、無意識で外しちゃうぜ。しかしミナコも、気配消して風呂に入れるようになったんだなあ」
「この、エロジジイ、知ってたくせに!」

 と、いつもの祖父と孫娘であった……。

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