メタモルフォーゼ・8・名乗り出た真犯人
ハーパン動画事件の投稿犯は、その日のうちに検挙された。
隣町のS高校のA少年……近隣の者は「ああ、あいつか」と分かるぐらいのワルであるが、マスコミがS高のAとしているので、そう表現しておく。
しかし、これでは読者にはあまりにも不親切なので、第二話であたしが学校から自分の家まで歩いて帰る途中、お尻を撫でていった「怖え女子高生だな……イテテ」のオッサン。あのオッサンの息子と言えば、かなりの「ああ、あいつの……」という理解が得られると思う。
このAが割り出されたのは、簡単だった。ネットカフェでは帽子とフリースにマスクまでしているが、こんな格好で、長時間街をうろつけば、それだけで不審者だ。そこに目を付けた所轄の刑事は、近所の防犯カメラを総当たりした。
ネットカフェは、スモークのガラス張りだけども、店に入ってくる影がガラスに映るので、やってきた方向は分かっている。五軒離れたパチンコ屋の前でフリースを着ているところ。三軒前のコンビニの前では帽子を、で、こいつはわざわざガラスに顔を写してチェックまでしている。そして、ネットカフェの前の本屋のビデオでは、入店直前にマスクをしているのが確認された。
バカとしか言いようがない。
しかし、Aの行為は肖像権の侵害と盗撮映像の流布という民事、せいぜい迷惑防止条例の対象でしかない。
そう、撮影したのはAではない。Aは誰かから映像を手に入れているのである。
Aは口を割らなかった。別に男気があってのことではない。
映像を脅し取ったということがバレルのを恐れたのである。立派な恐喝になるので口を割らないのである。警察は絞り込みに入った。Aの交友関係から受売高校の生徒を割り出せばいいだけの話しだった。
朝になって、生指に名乗り出てきた。B組の中本という冴えない男子生徒。
「ぼ、ぼく、脅されたんです。Aに可愛い子が転校してきたって言ったら、見せろって言われて……で、画像送れって。あんなことに……」
「なるとは思ってなかったなんて、言わせねーぞ、中本!」
生指部長の大久保先生の一喝は、たまたま廊下……といっても、教室二個分は離れていたあたしたちにも聞こえた。
「B組の中本だ……」
ホマちゃんが言ったので、四人とも立ち止まってしまった。罵声は続いていた……。
「行こう……」
あたしは駆け出して、中庭の藤棚の下まで行った。
「ミユ!」
「ミユちゃん!」
三人が追ってきた。
「大丈夫、ミユ?」
あたしは混乱して、とても気分が悪かった。なんだかゲロ吐きそう。
案の定、三限目に生指に呼ばれた。そして中本が謝りたいといっていると告げられた。
「はい」
混乱していたけど、意識とは別のところが、そう言わせた。
「中本君、あんたに、あそこまでの悪気はないのはないのは分かってる。転校してきたあたしが珍しくって、そいで撮ったのよね。だって、あれは事故だったから」
「う、うん。A組に浅間って可愛い子が来たっていうから……」
「誤解しないで、許したわけじゃないから。あそこまでの悪気って言ったのよ……あんたがやったことは卑劣よ。S高のAに画像送ったらなんに使うか、想像はついたでしょ。百歩譲って興味から撮ったとしても、あんな事故みたいな画像なら消去すべきでしょ」
――男だったら、消さないよ――
進一が囁いた。
「うるさい!!」
中本は椅子から飛び上がり、大久保先生でさえ、ぎくりとしている。
「ぼ、ぼく、なんにも……」
「あんたが言うこと目を見たら分かるもん。ハーパンが脱げた後、画面は顔のアップになったわ。あんたにそれほどのスケベエ根性が無かったのは分かる。でも、どこか歪んでる。S高のAにも、あんたから言ったんでしょ。Aがどういう風に興味を示すか分かっていながら……それって、お追従でしょ? 単なるご機嫌取りでしょ? Aが口を割らなかったのは、あんたのことを脅かしたからでしょ。この事件の、ここだけが恐喝になるもんね。あんたのスマホ見せてよ」
「これは、個人情報……」
「スカしてんじゃないわよ!」
中本のスマホには、Aのパシリにされていたようなメールが毎日のように入っていたけど、昨日から今朝にかけては一つもない。
「消したのね。そして知ってるんだ、専門家の手に掛かったら、すぐに復元できること。そして、自分はAに脅された被害者になれるって。それ見込んで名乗り出たんでしょ」
「いや、ぼくは……」
「あたし、許さないから。Aもあんたも」
「それって……」
「被害届は取り下げない。せいぜい警察で被害者面して泣きいれなよ。そんなのが通じるほど、あたしも警察も甘くないから。あんたら立派な共同正犯だわよ!」
それだけ言うと、あたしは生指を飛び出した。共同正犯なんて難しい言葉、どこで覚えたんだろう?
そのあと、警察がきて、中本と話して任意同行をかけてきた。思った通りの展開。
――そこまでやるか?――
進一が、また口を出す。
「う・る・さ・い」
杉村君との稽古は、最初から熱がこもっていた。もう道具さえあれば、明日が本番でもやれる。
『ダウンロード』という芝居は、女のアンドロイドがオーナーから次々にいろんな人格や、能力をダウンロ-ドされ、いろんな仕事をさせられ、最後にオーナーの秘密をダウンロードして、オーナーを破滅させ、アンドロイドが一個の人格として自立していくまでを描いた一人芝居。
稽古が一段落して思った。あたしって、まるでダウンロードした個性だ。
そこに、やっと仕事が終わった秋元先生が、顔を出した。
「稽古は、順調みたいだな」
「ありがとうございます。おかげさまで」
「今年のコンクールはほとんど諦めていたんだ。渡辺が来てくれて助かった。杉村もがんばってるしな」
先生は、昨日からの事件を知っているはずなのに、ちっとも触れてこない。慰めは、ときに人を傷つけることを知っているんだ。ちょっと見なおす。
「先生、この花でよかったですか?」
宇賀ちゃん先生が、小ぶりな花束を持ってやってきた。
「お金、足りましたか?」
「はい、これ、お釣りです。渡辺さん、がんばってね!」
「はい!」
でも、花束は早すぎる……と、思った。
「あ、これはね。この春に転校した生徒が死んじゃったんだ。今日連絡が入ってね」
「保科先輩ですね……」
「杉村、よく覚えてんな。三日ほどしかいっしょじゃなかったのに」
「あの先輩は、一度会ったら忘れません……いつだったんですか?」
「四日前……下校中に暴走自転車にひっかけられてな……」
四日前……自転車……あの時か、優香が、優香が……。
気配に振り返った鏡、一瞬自分の姿に優香が重なって見えた。
つづく
時かける少女・30
『プリンセス ミナコ・12』
晩餐会後のボール(舞踏会)の途中、ミナコはローテの後を追ってバルコニーに出た。
月明かりに見えるローテは、昼間の険しさはなく、意外なほどに寂しげで、美しかった。
「ローテ、いいかしら?」
「なにかしら、プリンセス……候補」
ローテは、すぐに昼間のニクソサにもどって、横顔で答えた。
「昼間は、大変だったわね」
「なんだ、そのことか」
ちょっと説明がいる。昼間のヘリコプター墜落事件は、当然ながらローテの一族に疑いがかけられた。なんと言っても、焼けた機体からローテの人形が出てきたのだ。犯人はローテ一族と縁戚関係にあるCU国に逃走。その後の足どりは分かっていない。
「あれは、ローテの家とは関係ないと思っているわ」
「あたりまえよ。うちが絡むんだったら、あんなに見え透いた証拠残すわけないじゃない。あんなのはタブロイド(二級大衆新聞)の、その日限りの客寄せ記事よ。明日になれば、ロイターやAP通信が、正確な情報を流してくれるでしょう。『見え透いたクレルモン家関与説』ってタイトルで」
「じゃ、いったいどこの仕業だと言うのよ?」
「そんなもの分からないわ。それより、今読んでるミステリー面白いのよ。実は被害者が、自作自演したお話」
そう言った後、庭の虫の鳴き声だけが際だった。
「虫の鳴き声が涼しげね」
「騒がしいだけ……嫌みじゃないのよ。ミナコは、見かけはミナコ王族の血を引いているけど、日本人として育ってしまったから、この国の統治は無理よ。虫の鳴き声は、欧米じゃ騒音なの……ほら、そのあいまいな頬笑みも、日本以外じゃ通用しないわ。もうアルカイックスマイルの時代じゃないの。王女と言えど、意思ははっきり伝えられなくっちゃ」
「これは、外交的な頬笑みよ。ローテは、日本人を一色で見過ぎているわ。わたしは……うちは、表も裏もない大阪の子やねん。遠慮せんでええとこは、バリバリの本音でいくさかいね」
「ヨーロッパのエスタブリッシュを舐めないで、そのくらい知ってるわ。大阪は軽薄よ。阪神タイガースを応援し続けているなんて、国際的には理解不能。お調子者で、戦時中、あの悪名高い国防婦人会作ったのも大阪のおばちゃんよ」
「国防婦人会?」
「なんだ、そんなことも知らないの。わたしと対で話そうなんて、百年早いわね」
やられた、と思うと同時に、直感が働いた。
「ローテ、静かにバルコニーから離れて」
「どうして?」
「もうすぐ、バルコニーが崩れる。気配を感じた」
「うそ……」
「微妙に、バルコニーが傾斜したように感じたの。地震大国の日本人だから分かるのよ……こっち来て!」
ミナコの真剣さに、ローテはゆっくりバルコニーから離れ始めた。
ローテが二三歩、ミナコに近づいたところで、バルコニーは音を立てて崩れた。
「ローテ!」
ミナコの声が夜空に響いた……!
🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!
60『ファミレス ソレイユ・1』
「おいしそうに見えるわね」
その一言で決まってしまった。
むろん、この一言にいたるまではいくつか聞かれた。学校で部活をやっているか、欠席や遅刻はどのくらいとか、ちょっと笑顔になってくれるかしらというのもあった。どうやら、きちんと勤務して、お客さんに良い印象を与えられるかというようなことが採用基準になっているようだ。
「じゃ、明日からよろしく」
そう言って差し出された店長の手はルックス同様に華奢できれいだったが、握手の力は意外に強かった。
「失礼しました」
事務所を出ると同年配の女の子が立っていて、一瞬目が合った。かすかな笑顔で目礼してくれたが、次の瞬間「片桐さんどうぞ」という店長の声の声がして「失礼します」と入っていったので見送るだけだった。
ソレイユは女性スタッフが多く、この国富店はキッチンを除くと店長以下バイトまで女性ばかりだった。
「ちょうど男性のスタッフが欲しかったの。でも、採用で妥協はしません」
最初にかまされた。あとは履歴書を見ながら、その内容を確認するように質問された。
質問に対する答えが問題じゃなく、答え方で観察されていることは理解していた。
――目を見て話すこと。答えは一拍置いてから。語尾を上げない。言葉は「~です」と最後まできちんと言うこと――
かねて親父から言われていた話し方を頭に置いて受け答えした。その点に不安はなかったが、体格に不安があった。
なんといっても110キロ。お相撲さんのエキストラには向いているだろうけど、ファミレスのホールスタッフとして店内を動き回るには不適格なんじゃないかと。
でも、結果オーライ。明日からはソレイユのホールスタッフだ、がんばろう。
通用口から出て正面に出る。ウィンドウのメニューサンプルに目が行く。春のにぎわいフェアをやっていて、ウィンドウの中はおいしそうに賑わっていた。ハンバーグやステーキにパスタ、ファミレスの定番だけどトッピングや付け合わせなどが春らしく工夫されていて、とても食欲をそそる。思わずサンプルの端から端まで見てしまう。
「ほんと、おいしそうに見えるわね」
「え……?」
振り返ると、オレと入れ違いに事務所に入った女の子が立っている。
「これ、あなたのでしょ?」
A4の紙袋を差し出している。
「あ……」
慌てて両方の手をキョロキョロしてしまう、履歴書を入れていた紙袋を忘れていたのだ。
紙袋そのものはどうでもいいが、面接の事務所に忘れてきたのはいただけない。
「ど、どうもありがとう」
「百戸さんね?」
「う、うん」
「あ、ごめんなさい、事務所の外まで声が聞こえてきたから」
「ハハ、声も体もこの通りだから」
思わず手を広げてしまった。
「わたし片桐胡桃です。明日からここでバイトです。どうぞよろしく」
胡桃は店長と同じように右手を出した。
「あ、オレ、ボクも明日から、よろしく」
「じゃ、わたしはあちらの方なので……」
「あ、ボクはこっちの方だから……」
「「失礼します」」
声が被ってしまった。オレはうろたえ、胡桃はクスッと笑って別れた。
なんか微笑ましいので桜子にメール……長くなったので「明日からバイトを始める」と書き直して送信した。