真夏ダイアリー・14
『乃木坂学院高校文芸部』
今朝は平和だった。
昨日みたいにリポーターのオネエサンたちが待ち受けていることもなかったし、学校で写メをねだられることも少なかった。
昨日は「平和という名の欺瞞」なんて思いこんだけど、世間は、たった一日で興味を失った。
まあ、AKRの黒羽さんたちが、先手を打って、明るく世間に公表したおかげだと感じた。これを下手に隠しだてなんかすると「隠したものなら見てみたい!」というのが世の常。「どうぞ、全部見せます」と大っぴらにされると、世間は興味を失う。 だいたい中身を冷静に見てみれば、別れた夫婦の娘が似ていて、片っぽがアイドルだったってだけの話。その全てが大っぴらになってて、自分たちで一通り取材しても新しいことが何もでてこない。
ただ、我が家的には影響は残っている。
お母さんは平気そうな顔してるけど、別れた亭主のことが大っぴらになって嬉しいわけがない。そういう点では同情するけど、それを、わたしにさえ感じさせない母親ってのも娘としては寂しい。まあ、言われりゃ言われたでウザいと思ってしまうんだろうけど……わたしもムツカシイ性格だ。ただ、鉢植えのエリカだけが母子の苦悩を知ってか、薄桃色の花を満開にしている。
ちょっと整理しとく。
お母さんとお父さんが別居し始めたのは十年前。原因は、わたしがお母さんのお腹の中にいたころにお父さんが浮気したこと。その浮気は、わたしが六歳のころに発覚した。浮気相手はそれまでシングルマザーでアメリカに行っていた。で、アメリカでの仕事がうまくいかなくなり帰国。それを知ったお父さんは、放っておくことができずに、そっちと同居しはじめ、それ以来、別居状態。で、八か月前に正式に離婚。わたしは鈴木真夏から冬野真夏になった。
潤は六歳までアメリカで生活していたので、表情なんかが、わたしとまったく違って、お父さんは「少し似ている」程度の認識しかなかった。そして十年の歳月のうちに、潤とわたしの腹違いの姉妹はそっくりになり、潤がアイドルになって、ジュンプ堂のサイン会でわたしが潤に間違われたことで、全てがさらけ出され、ことここに至っている。
「学院に行ってみないか」 省吾が言った。
「なにしに?」
「江ノ島のご招待。うちの文芸部って、ほとんど名前だけのクラブだろ。あっちは本格的だから」
「遠慮しとくわ。わたし、あんまり興味ないし」
「そうか……学食で、特製ランチごちそうしてくれるらしいぜ」
その言葉に、わたしの好奇心よりもお腹の虫が反応してしまった。
乃木坂は、学院が付くと付かないじゃ大違い。付けばセレブな私学だし、付かなきゃ、しがない都立高校。 利用する駅こそ、千代田線の乃木坂駅だけど、坂を上ったところがセレブな乃木坂学院。下ればエコノミーな都立乃木坂高校。世間じゃ、乃木坂上りと下りで、両校の名前としてるぐらい。
「ああ、坂上、セレブなほうね」ってな具合。
その格差の中でも、学食の違いは際立っている。
うちの学校では、単に「食堂」あるいは「学食」というが、学院では「キャフェテリア」という。
学食定番のカレーライスだって、うちは明らかに業務用(カウンターから見えるところに「業務用」と印刷されたカレーの段ボール箱が積んであり。その中のカンカンは、まんまテーブルごとのごみ箱になってる。学院はルーから自前で作っている。当然他のメニューは推して知るべしで、その中でも特製ランチは伝説の味と言われている。
「やあ、ようこそ」
江ノ島雄太さん(改まっちゃった)は、校門の脇で待ち受けていてくれた。わが乃木坂は、ワンピース・Zを観に行った者が多く省吾と玉男だけ、それにわたしと穂波がくっついている。
「時間時だし、キャフェテリア先に行こうか」
「いいえ、そんな……」 と言いながら、お腹の虫は正直に反応する。
一応学食らしくトレーに乗ったセルフサービスだけど、乗ってるものが違う!
ポタージュスープ、なんちゃらムニエルにロースカツ、彩り豊かなサラダに、パンが焼き立て二個。思わずニコニコ。
「いっただきまーす!」
まずは、スープから。さすがにカップスープだけど、美味しいぞ~! そう思ったら、メガネが湯気で曇ってしまった。わたしは昨日のことがあるので、メガネで軽く変装していた。それをうっかり外してしまった。とたんに……。
「キャー、小野寺潤よ!」 「いや、そっくりさんだぜ!」 「いや、びっくり! どっちでも!」
とたんに、数十人の学院のみなさんに取り巻かれてしまった……。
握手会、サイン会が終わって、やっとランチ……ポタージュには薄く幕が張り、他のも食品サンプルのように冷めてしまっていた。でも、腐っても鯛、冷めても乃木坂学院。美味しく頂きメガネをかけ直し、クラブハウスへ。
「ウワー、すごいわ!」 玉男が胸で手を組んで感激した。
壁の四方が作りつけのラックになっていて、古今東西の名作……は、ちょっとだったけど、DVDやらRDの映像資料や、マンガやラノベのタグイが所せましと並んでいる。
「一般図書は図書館で間に合わせてる……というのは、建前で、うちの文芸部はサブカルチャーに力点を置いている」
「「「「はい!」」」」
江ノ島クンのご託宣に、女子部員のセーラー服四人が頷いた。
そして、彼女たちのテーブルの上には『ガールズ&パンツァー』のDVDとコミックが並んでいた……。