大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・064『お見舞い』

2019-09-12 14:42:10 | ノベル
せやさかい・064
『お見舞い』 

 

 

 大和川を渡ることはめったにない。

 

 中学一年生の生活圏は、基本、家と学校の往復。

 たまに遊びに行ったり買い物に行ったりも、堺東とかイオンとかで済んでしまう。

 だいいち、大和川を超えるには電車に乗らならあかんでしょ。電車に乗るのは往復の運賃がいるわけで、堺東から難波やと520円。往復で1000円超えるし、行ったらお茶したり買い物したりで3000円くらいは消えてしまう。

 そう日常的に川を渡るわけにはいかへん。堺市内やったら、自転車で行けるもんね。

 

 四月に越してきてから、大和川を渡ったんは二回。二回ともコトハちゃんの高校に行った時。文化祭と部活の見学。

 

 今日は頼子さんと大和川を渡ってる。

 頼子さんは花束を持って、あたしはA4の袋にあれこれを入れたのを膝の上に置いて。

 実はお見舞い。

 実はね、留美ちゃんが入院してしもた。

 留美ちゃんは、小さいころから持病があって、それが夏バテのために出てきたということらしい。

 熱中症で倒れたんが引き金やと思うねんけど、菅ちゃん(担任)は言わへん。

「部活の海外旅行が応えたんかもしれへんなあ」

 これにはムカついた。

 ムカついたけど、正面から「それはちゃいます!」とは、言われへん。

 自分が根性なしやいうこともあるねんけど、菅ちゃんは絶対に認めへん。わたしの抗議で、菅ちゃんが醜く怒ったりうろたえる姿も見たないし。たとえ、こっちが正しくっても、人が醜くなるのは見たくない。だいいち、抗議するんやったら、留美ちゃん本人か、留美ちゃんのお父さん、お母さんやろしね。

 けど、もし、留美ちゃんに不満があるようやったら、友だちとして声をあげよう。電車のカタンコトンのリズムは、そんなことをわたしに思い起こさせた。

 

「ありがとうございます」

 

 病室の留美ちゃんは、明るくこたえてくれた。

「休みの日なのに、わざわざ、ありがとうございます。頼子さん、桜ちゃん」

「ううん、お見舞いついでに、難波とかもうろつきたかったし、気にしないで」

 頼子さんは、ごく自然。ついでに寄りたい難波のあれこれを話しながら、花瓶にお花を生ける姿はドラマの登場人物みたい。

 わたしも、なにか言おうと思うんやけど、留美ちゃんの腕に刺してある点滴のチューブを見ただけで言葉が無い。明るくしてるけど、顔色悪いし、目に力も無いし……。

「これでさ、ゲームノベルとか読んでみようかと思って。これが、留美ちゃんのPSP」

「わあ、見るの初めてです」

「ジャンクなんだけど、動画でメンテ調べたら、新品同然に使えるようになってさ。ま、疲れが出ない程度に触ってみて」

「はい。PSPって、息の長いゲーム機だったから、ソフト多いんですよね……うわあ、3000! シリーズの最新型じゃないですか!」

「ハハハ、最新っても、十年も前に生産中止になってるんだけどね」

 PSPの使い方で盛り上がる先輩と留美ちゃん。さっそく、スマホでPSPのソフトを検索して盛り上がる。

「まあ、疲れが出ないようにね。復帰したら三人でいっぱい盛り上がろう。ね、桜」

 頼子さんが振ってくれて、わたしも話題に加わる。留美ちゃんも、けっこうなゲーマーで、気が付けば一時間も喋ってしまった。

 留美ちゃんからは、菅ちゃんや学校への不満やらは出てこーへんかった。

 本人に不満がないんやったら、わたしの出る幕やない。

 少し、ホッとした気持ちでお見舞いを終えて、病院を出たのでありました。

 

 

 

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物語・ダウンロード・1《ダウンロード》

2019-09-12 06:46:39 | ライトノベルベスト
物語・ダウンロード・1
《ダウンロード》       


 
 西暦2114年……日本の労働人口の30%がロボットになっていた。

 もっとも、これはロボット人権擁護団体の数字であり、政府も大方の日本人もロボットは機械であるという認識からは抜け切れていない。
 これから始まる物語は、いわゆるロイド法=ロボット保護に関する暫定法ができる十年ほど前のガイノイド(女性型アンドロイド)の、可笑しくも哀しい過渡期の話である。

 百年ほど前は、都心に近い東京の衛星都市の集合住宅地だった。今は、八千万を切った人口に、それだけの住宅は不必要になり、その耐震構造を生かしたレンタル・トランクルームになっている。
 多くは個人が借りて、前世紀に始まった『MOTTAINAI』精神で、不要品の収納に使われている。また一部はネット通販の倉庫としても使われ、昼間は僅かだが人の気配がある。
 政府も東京都も、そうやって衛星都市のゴーストタウン化を防いでいる。しかし夜ともなると、LED照明に照らされた無機質な街のようなモノに変わり果てる。時折ネット通販の商品を出し入れするロボットの出入りがあるだけである。

「ナンテ、レトロナンダ!」

 デリバリーロボットに驚かれ、派手な動作音をたてながらノラが帰ってきた。
 
 SFの宇宙服のような姿で、いかにもロボットめかしく動いている。エレベーターで8階に上がり、30メートルほどの廊下をギッコンギッコンと人の倍時間をかけてドアを開ける。
 不器用に靴を脱ぎ、直角に二回曲がって柱のソケットに右手の人差し指を入れる。
 スパークと同時に体がコミカルに振動する。振動がとまると、長いため息とともにロボットらしさが消え、長い残業を終え、自分のワンルームマンションにもどってきたOLのようになる。ジロっと目を上げ、モニターに話しかける。

「これ、もう買い換えたほうがいいよ。ロードする時ショックが大きすぎる。イカレかけてる証拠だよ……言ってみただけ。その気もないよね」
 そう言いながらロボットのディスプレーを外し始める。
「でもさ、オーナー。ひとつだけ……今日みたいな仕事はもうよしてくれない。ギッコンギッコンして、おとぎ話のロボットみたいな動きは疲れんのよ。あたし、これでもアンドロイドなんだからさ。今日みたいな、レトロロボット博の客寄せなんて……うん、プライドあんのよこれでも。『美少女アンドロイドでーす』ってポーズつくって、MCのヨシモトに頭をはられて。『ロボット博のオモロイドでーす!』……百年前のギャグでしょ、わたしってお笑い系じゃないのよ。それと、このモーツアルトのBGM……これも百年前の癒し系でしょ。もう耳にタコ。わたしには癒し系じゃなく、嫌系なの……通じないのよね、あなたにはこういうギャグ。ま、いいか……」

 鼻歌交じりに柱の後ろにまわって、トレーにのった食事を取りだし、小さい柱をテーブルにして食事をはじめる。言いたいことは言うが、切り替えの早い性格のようだ。

「食事もね、悪かないんだけど……昔のレトルトと違って、よくできてるけどさ。作る手間がね、多少はあった方がね。たしか、お料理……動詞「料理」するっていうのよね……したほうが、よりおいしく……」

 モニターのオーナーが皮肉な笑い声で、なにか言った。

「おかしい? 人間くさい? ハハハ、人間がそう作っちゃったのよ、わたしたちのこと。中身はチタン合金の骨とマシンだけど、皮膚とか肉はバイオだからね。ちゃんと気持ちよく食事しないと、すぐ肌荒れとかになっちゃうの。ターミネーターの映画監督うらむわ。絶対あれがヒントになってんのよ。へへ、個人的にはシュワちゃん好きだけどね……ああ、やっぱ食欲ない。キッチンつくってよ、キッチン。大昔はワンルームマンションだったんだからさ、ここ……消防署の許可?……だろうね……登録は、ここ倉庫だもんね。本火はつかえないってか……そこをなんとか♡」
 ムダと知りつつ、かわいくねだる。
――その分稼いだら考えてやる――
「……あ、そう」
――食欲ないんだったら、次の……いいかな――
「で、もう次の仕事」
――うん――
「はいはい……」
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高安女子高生物語・85〔麻衣とあたしの意外な展開〕

2019-09-12 06:30:56 | 小説・2
高安女子高生物語・85
〔麻衣とあたしの意外な展開〕         


 
「あたし、テレビ局」

 麻衣が涼しい顔で言う。

 まるで、ユニクロのバーゲンで、お目当てのバーゲン品掴んだみたいな気楽さやった。

 この土日は、みんなオープンキャンパスとかの下見に行った子が多いようで、朝から「どこいった?」いうような話題に花が咲いてた。しかし、所詮は二年の一学期。そんな切迫感はないけど、その分新しいテーマパークに行ってきたような無邪気な興奮があった。
 
 美枝とゆかりは同じ大学の経営学部。これは手堅いOL志向……と言うてええのか、適当に余白を持ちながら実質フリーハンドで二十代を生きていこという、手堅いともお気楽とも言える進路選択。
 そんな中で、うちと麻友だけが毛色が違う。むろんうちはMNBのオーディションに行ったなんて言わへん。成り行きで受けたオーディションやし、そのときは「負けるか!」いう気持ち満々やったけど、思い起こせば、その場の空気。行列があったら、とりあえず並んでみよという河内ギャル根性。並んで間に合うたら、とりあえず、それで満足。バーゲンなんかでは、このノリで、いらんもんを買うて後悔することが多い。
 それに特技でやった河内音頭はウケたけど、アイドルの特性からはズレてる。ファッションショーで、円周率を、とめどなく言いながら歩いたようなもんで、人はおかしがったり珍しがったりはするけど、ファッションの評価にならへんのといっしょ。それに、あれをやらしたんは、うちの中に住み着いてる楠正成のオッサンのイチビリや。とても人には言われへん。せやから人には「どこにも行ってへん」と答える。

 麻友もいっしょ。テレビ局いうのはオープンキャンパスはやってへん。説明会はあるやろけど、大学生オンリーや。

 例外は他にもおった。
 
 ワールドカップをずっと見続けてた男子。もうサムライジャパンは負けたんやから、ええと思うねんけど、当人同士は真剣で、外国同士の試合でも熱が入って、とうとうケンカになった。
 高二にもなってガキっぽいと思うてたら、手が出始めた。委員長の安室くんが止めようと立ち上がりかけたとこに、麻友がすごい剣幕で二人の男子を罵りはじめた。どのくらいの剣幕かというと、日本語とちごてスペイン語で、身振りも完全なラテン系、最後は仕上げに二人をはり倒して教室を出ていった。

「どないしたん、麻友?」

 麻友は水飲み場で頭から水被ってた。アニメやったら猛烈な湯気のエフェクト入れるやろと思うぐらいに凄かった。誰かが職員室に言いに行ったんで、ガンダムが飛んできた。
「いったい、何があったんや!?」
「なんにもありません。ただ、サッカーのことぐらいでケンカしてる男子のバカさかげんが我慢できなかっただけです」
 水浸しになった麻友はブラウスまで水びちゃで、ブラジャーが透けて見える状態やった。南ラファがバスタオル持ってきて、やっと自分の姿に気ぃついたみたいで、女の子らしく顔を赤うしてた。

 麻友は、ただの隠れヤンチャクレとはちゃう。なにか心に傷を持ってると思た。せやけど、軽々しい聞けるもんでもないとも思た。

 麻衣の展開でびっくりして、その日の学校は終わったけど、家に帰ったらうちの番やった。

 なんと、MNBのオーディションに合格してしもた……!
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真夏ダイアリー・7『江ノ島クンとの出会い』

2019-09-12 06:18:56 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・7
『江ノ島クンとの出会い』    


 
 今日の試験は、まずまずだった。

 なんの試験だったかって? それは言いません。
 試験二日目まで試験のこと書いたら、さんざんだったから。
 でしょ。化学はヤマがはずれるし、数学は現代社会と間違えるし。で、このダイアリーには書かない。そしたら、ばっちし。わたしって、こういうとこ験を担ぐの。

 ただね、やなことが一つ。

「今日も爆発頭だよ……」
 試験開始前に、後ろの穂波がささやきながら、鏡を二枚貸してくれた。
「アッチャー……」
 合わせ鏡にして見たら、後頭部は使い果たした歯ブラシみたく、ヒッチャカメッチャカ。携帯ブラシ出して櫛けずってみるけど、自分ではどうもうまくいかない。
「やったげるわ」
 穂波が憐れんで手伝ってくれる。
「……イテ、イテテテ」
「真夏、髪自体が痛んでるよ。ブラシが……!」
「イテ!」
「ブラシが通んないよ!」
 向こうの席で何人かが笑っている。
「ハハ、猿の毛繕い」
 大杉が聞こえるような、ヒソヒソ声で言った。言われた穂波も含めて、何人かが笑った。もち省吾と玉男も。
 穂波には、こういうとこがある。多少いじられても、それが面白ければ、自分もいっしょになって笑っている。気短なわたしが、なんとかクラスにとけ込めているのは、正直、かなりの部分穂波のおかげ。
 わたしってば、自分のダメなとこ、たとえ日記にだって書きたくないから、今まで書かなかったけど、穂波はできた子だ。
 次の休み時間に、ひっつめのポニーテールにしてみたけど、とたんに首周りが寒くなる。
「ハーックション!」
 父親譲りのでかいクシャミがしたので、それも止める。
――うーん、なんとかしなきゃ……わたしは決心をした。

「なんだ~今日はやんないの?」

 玉男がつまらなさそうに言った。
「ちょっと乙女心よ、乙女心!」
「なんだよ、真夏がデートってのもありえねーだろうし」
「それって(問題発言……と、言いかけて)可愛くない!」
 やっぱ、穂波のようには返せない。しかし、このあと省吾の軽口が本当になってしまった……。

 N坂を登って千代田線の駅に向かう。そこで声をかけられた。

「あのう……乃木高の冬野真夏さん……ですよね」
「え……あ、はい」
 そこには、イカシタ乃木坂学院高校の制服が立っていた。
 むろん中味入りで、制服だけ立っていたらホラーだわよさ。
 それに、ドッキリした、いろんな意味で。まず、その制服クンが昨日の朝、駅の改札でわたしのこと見ていたアベックのカタワレだったってこと。チラ見したときよりオトコマエ。そして……わたしの学校名をバラしたこと!
 わたしは、自分の学校をN高校としか書いてこなかった。正確には東京都立乃木坂高校という。千代田線の乃木坂駅を挟んで、上りが私立乃木坂学院高校。下ると都立乃木坂高校。ブランドがまるで違う。濃厚豚骨 伊勢海老ラーメンと、インスタントラーメンほどに違う。ラーメンに例えることが、そもそもミミッチイ。であるからして、わたしは、この七回目まで、学校名は書かなかった。でも、このイケメン制服君なら許しちゃう!

「あの、春夏秋冬(ひととせ)君から、『デルスウザーラ』の観賞評見せてもらったんです」

「げ、省吾のやつ見せたんですか!?」
「うん、とても良く書けてるって、ネットで転送してくれて。本当によかった。黒澤監督が、地平線にこだわってカメラまわしてたことや、虎とデルスのカットバックに気づいて感動するなんて、感動でした」
「いや、あれは省吾の挑発にのっちゃって、つい……おかげで、明くる日のテストはさんざんだったし」
「ううん。あのタイガの自然と、男二人の友情を見事に汲み取ったとこの評なんてたいしたもんだった」
「あ、それは、どうも……」
 頬が赤くなっていくことが恥ずかしかった。
「あ、初対面で、話し込んじゃって、ごめん。どんな人か、一度声がかけてみたくて。これ、ぼくの名刺、よかったら、このアドレスで、メールとかくれると嬉しい。じゃ、呼び止めて、ごめん」
 制服は、爽やかに反対のホームへの階段に向かった。
 名刺には「乃木坂学院高等学校 文芸部 江ノ島裕太」と書いてあり、住所やメルアドなんかが書いてあった。
 
 地下鉄に乗って気づいた。
 
 あのタイミングのよさ、一発でわたしを見つけフルネームで呼んだこと。これは、省吾がイッチョカミしているのに違いない!

「美容院いくから、お金ちょうだい」

 わたしは、地下鉄を途中下車して、お母さんの出版社に寄り爆発頭の処理費用を請求した。
「いいけども、予約しなきゃなんないでしょ。試験中だよ、大丈夫?」
「うん、もう予約してある。お母さん御用達のハナミズキ」

「あら、冬野さんとこの真夏ちゃん」

 チーフの大谷さんは、覚えていてくれた。まあ、一回聞いたら忘れられない名前だけどもね。
「だいぶ痛んでるわね」
「ええ、ここんとこ構ってるヒマ無かったもんで」
「悩み多き青春だもんね。いろいろあるんでしょ」
「え……分かります?」
「そりゃ、化けるほど美容師やってるとね……地肌も荒れてるね。ほっとくとハゲちゃうわよ」
「ドキ……とりあえず、トリ-トメントしてボブにしてください」
「まかしといて。前向きに気分転換したいときは、ショ-トにすることね……(中略)ほい、できあがり」
「すっきりした。ありがとうございました」
「我ながら、いいでき。ちょっと写真撮ってっていい?」
「ええ、どーぞ」
 観葉植物の横で、ちょっとおすまし。
「ええ、これ、わたし!?」
 感動して、写真を送ってもらった。

 気のせいか、道行く人たちの視線が集まってくるような気がする(n*´ω`*n)。
 
 
 フフフ
 
 テストの後半がんばりまーす!
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小悪魔マユの魔法日記・31『フェアリーテール・5』

2019-09-12 06:06:06 | 小説5
 小悪魔マユの魔法日記・31
『フェアリーテール・5』


「この人……白雪姫さんよね?」
 マユがたずねる。

「眠れる森の美女じゃなければね」
 レミが答える……ため息混じりに。
「ね、そうでしょ!?」
 レミは、矛先をアニマ王子に向けた。
「あ、ああ……スノーホワイトかもしれないし、シュネービットヒィエンかもしれないけど」
「それ、英語とドイツ語に言い換えただけじゃないの」
「あ、ああ……そうだよね。でも彼女がスノーホワイトなら、英語じゃなきゃ伝わらないし、シュネービットヒィエンならドイツ語でなきゃ。ボクは日本語だから微妙に違うかも……なんて、言い訳はしないからね」
 アニマ王子は、長いため息をついて、うなだれた。
「まあ、現実を認めるようになっただけ進歩だけどね。ね、スニージー」
 レミはガラスの棺を撫でながら、つぶやいた。

 ハーックション!

 とたんに大きなクシャミがして、棺の向こうからドワーフが、現れた。
「やあ、レミ、世話かけるね。そちらさんが?」
「そう、魔法使いのマユ。やっと来てもらえたの」
「そりゃあいい。もう、この世界はこんぐらがっちゃってるからね。よろしくマユ」
「こんにちは、スニージー。他のドワーフさんたちは?」
「みんな山に行ってるよ。鉱石掘りが俺たちの仕事だからね。夕暮れになったらみんな戻ってくる。もう少し時間があるから、俺も行っていいかなあ」
「いいわよ。でも、あの山の向こうで、つま先立ちしてるお星様たちが顔を出すまでには戻ってきてね」
「うん、分かった。それじゃ、ちょっくら行って来るわ」
 スニージーは、アニマ王子に一瞥をくれると、サッサとツルハシをかついで行ってしまった。

「ドワーフさんたちも、持て余し気味のようね」

 その見かけよりも速い足どりで山を目指して駆けていくスニージーを眺めながらレミが言った。とたんに彼方のスニージーが大きなクシャミ。そのコダマが収まる頃に、マユが訪ねた。
「ねえ、白雪姫のお話って、王子さまがキスして、白雪姫が生き返り、メデタシメデタシになるんじゃないの?」
「そうならないから、苦労してんのよ」
「ああ、いったい、どうすればいいんだ……!!?」
 アニマ王子が、頭をかきむしりながら身もだえした。
「簡単でしょ。キスしちゃえばいいんだから」
「それがね……」
 レミが腕組みをした。
「ひょっとして、王子さまって○○……なの?」
「そんな、ボクは○○でもなきゃ××でもない! 心から白雪姫のことを愛している!」
「だったら……!」
「ボクが王子でなくて、白雪姫が王女でなきゃ事は簡単なんだけどね」
「ハア……」
 組んだ腕をほどいて、レミはため息をついた。

「ボクと、白雪姫がいっしょになったら、どうなると思う……」
 アニマ王子は、空をあおいでつぶやいた。
「ハッピーエンドにはならないの?」
「考えてもくれよ。一国の王子と王女だよ。それが好きになって結ばれたら、二つの国が合併することになるんだよ。うまく根回ししても、強力な同盟関係になったと思われるし、現にそうなってしまうだろう」
「そうなんだ……」
「ここは、北にシンデレラの王国、南に眠れる森の美女の王国、そのまた南が白雪姫の国だ。うちと白雪姫の国がいっしょになれば、この微妙なファンタジー世界のパワーバランスが崩れ、緊張関係がいっそう増してしまう。王子であるボクは、自分の思い通りには行動できないんだよ」
「でもね、でもさ……そんなことやってみなければ分からない事だってあるんじゃない。塔の上のラプンツェルだって、その好奇心はハッピーエンドに終わったわ」
「あれはディズニーが、無理矢理話をねじまげたからさ。ファンタジーの世界はもっと残酷で、リアルなんだよ。なんなら、このグリムの原作を読んでみるといいよ」
「それぐらい知ってるわよ。グリムの残酷さぐらいは魔法学校で習ったわ。でも、しっかり現実を見てごらんなさいよ!」
 マユは、見かけよりずっと強い力で、アニマ王子を白雪姫の棺の前まで引き据えた。
「マユ……」
 マユの強引さに、レミは、思わず声をあげた。
「愛しているんでしょ!?」
「う、うん……」
「だったら、何も考えることは無し。キスしちゃえ!」
 ありったけの魔力で、王子の顔を白雪姫の顔に近づけた……しかし、アニマ王子は渾身の力で抗い、その唇は五ミリの距離を置いて止まってしまう。
「……なんてガンコな根性無しなの!」
「だって、ここで二人が結ばれたら、まず、白雪姫の国で内戦がおこるよ。王妃側と白雪姫側に分かれた血みどろな内戦が!」
「それをなんとかするのが、王子でしょうが!」
 アニマ王子が顔を真っ赤にして何か言おうとしたとき。人の気配がした。

「このへんでライオンさん見かけませんでした?」

  その子は、白と水色のギンガムチェックにフンワリ半袖のワンピース。髪はツインテール、バスケットを腕に下げ、赤い靴を履いていた……。
 
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