大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

泉希 ラプソディー・イン・ブルー・2〈泉希って……!?〉

2019-09-06 06:42:29 | 小説4
泉希 ラプソディー・イン・ブルー・2
〈泉希って……!?〉         


 泉希(みずき)は、よく似合ったボブカットで微笑みながら、とんでもないものを座卓の上に出した。

「戸籍謄本……なに、これ?」
 今日子は当惑げに、それを見るだけで手に取ろうとはしなかった。
「どうか、見てください」
 泉希は軽くそれを今日子の方に進めた。今日子は仕方なく、それを開いてみた。
「なに、これ!?」
 今日子は、同じ言葉を二度吐いたが、二度目の言葉は心臓が口から出てきそうだった。

 婚外子 雫石泉希

 亮の僅かな遺産を整理するときに戸籍謄本は取り寄せたが、子の欄は「子 雫石亮太」とだけあって、婚姻により除籍と斜線がひかれていただけだった。ところが、泉希の持ってきたそれには「婚外子 雫石泉希」とあるのである。
「これは、偽物よ!」
 今日子は、慌てて葬儀や相続に関わる書類をひっかきまわした。
「見てよ。あなたのことなんか、どこにも書いてないわ!」
 泉希は覗きこむように見て、うららかに言った。
「日付が違います、わたしのは昨日の日付です。備考も見ていただけます?」
 備考には、本人申し立てにより10月11日入籍。とあった。
「こんなの、あたし知らないわよ!」
「でも事実なんだから仕方ありません。これ家庭裁判所の裁定と、担当弁護士の添え状です」

 今日子は家裁と弁護士に電話したが、電話では相手にしてもらえず、身分を証明できる免許証とパスポートを持って出かけた。

 泉希は、白のワンピースに着替えて、向こう三軒両隣に挨拶にまわった。

「わけあって、今日から雫石のお家のご厄介になる泉希と申します。不束者ですが、よろしくお付き合いくださいませ」
 お向かいの巽さんのオバチャンなど、泉希の面差しに亮に似たものを見て了解してくれた。
「うんうん。その顔見たら事情は分かるわよ。なんでも困ったことがあったら、オバチャンに相談しな!」
 そう言って、手を握ってくれた。その暖かさに、泉希は思わず涙ぐんでしまった。

 今日子が夕方戻ってみると、亮が死んでからほったらかしになっていた玄関の庇のトユが直されていた。庇の下の自転車もピカピカになっている……だけじゃなく、カーポートの隅にはびこっていたゴミや雑草もきれいになくなっていた。
「奥さん、事情はいろいろあるんだろうけど、泉希ちゃん大事にしてあげてね」
 と、巽のオバチャンに小声で言われた。

「お兄さん、お初にお目にかかります。妹の泉希です。そちらがお義姉さんの佐江さんですね、どうぞよろしくお願いいたします」
 夜になってからやってきた亮太夫婦にも、緊張しながらも精一杯の親しみを込めて挨拶した。なんといっても父である亮がいない今、唯一血のつながった肉親である。亮太夫婦は不得要領な笑顔を返しただけである。
 母から急に腹違いの妹が現れたと言われて、内心は母の今日子以上に不安である。僅かとはいえ父の遺産の半分をもらって、それは、とうにマンションの早期返済いにあてて一銭も残っていないのである。ここで半分よこせと言われても困る。
「あたしは、ここしか身寄りがないんです。お願いします、ここに置いてください。お金ならあります。お父さんが生前に残してくれました。とりあえず当座にお世話になる分……お母さん……そう呼んでいいですか?」
 今日子は無言で、泉希が差し出した通帳を見た。たまげた。

 通帳には5の下に0が7つも付いていた。5千万であることが分かるのに一分近くかかった。
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高安女子高生物語・79〔紫陽花の女〕

2019-09-06 06:25:37 | ノベル2
高安女子高生物語・79
〔紫陽花の女〕
        


 

 紫陽花の花はかわいそう。そやかて花言葉は……移り気。
 うちは移り気やないと思う、紫陽花も、その成長に合わせて色が変わってるだけやもん。人は、それを移り気という。

「あ、しもた!」

 忘れ物に気ぃついたんは、改札の前やった。駅の時計を見て間に合うのんを確認して家に取りに帰る。
――あ、全然違う――
 その女の人の顔を見て、そう思た。ちょっとしたショック。

 その女の人は、この一月にできたばっかりのアパートに春になって入ってきはった。うちの通学時間と合うんで、ほぼ毎日姿を見る。
 アパートの前は、市の条例で建て替えの時に減築して、それまでは通りに面してたアパートの前に、ちょっとした植え込みができた。女の人は、越してきてから頼まれもせんのに、草花に水をやったり手入れをしてる。腕がええのんか、その人が手入れするようになってから、植え込みの花が元気になってきた。
 越してきはったころに、植え込みの桜の剪定をやってたんで、ちょっとオーナーさんともめてるとこを見た。オーナーさんは越してきた女の人が、桜の枝を勝手に切って、自分の家の生け花にしよと思たらしい。せやけど、女の人の手入れがええんで、桜は最初の春から立派に花をつけた。するとオーナーさんは、女の人に植え込みを任せるようになった。
 植木屋さん頼まんでもええし、自分で手入れせんでもすむようになって、それからはニコニコ顔。

 桜が、花水木になり、バラになったころ、うちは女の人と挨拶するようになった。
 ほんの目礼程度やねんけど、花が満開になったような笑顔で挨拶を返してくれる。その明るさに、うちはかえって、この女の人は心に闇を持ってるんとちゃうかと思った……。
 バラの花を一輪もろたことがある。剪定のために切り落とした蕾。水気が抜けへんようにティッシュに水を含ませ薔薇の切り口に絡めて、アルミホイルでくるんでくれた。学校で半日置いた後、家に持って帰って一輪挿しに活けといた。それが、こないだまで小さな花を咲かせてた。

 うちは、ある日から女の人に挨拶をせんようになった。

 朝、男の人を見送るのを見てから……女子高生らしい気おくれ……うちにも気後れくらいするんです!
 今朝も、男の人を幸せそうに見送ってた。ただし、最初の男の人とは違う……。
 そんで、忘れ物とりに戻る途中でも、女の人を見かけた。女の人は紫陽花の花をみつめながら、悲しそうな顔してた。
 唇が動いた。

「移り気」と言うたような気がした。

 忘れ物を持って大急ぎで駅に向かう途中、女の人は、もう自分の部屋に入ったんか姿が無かった。学校でいろいろあったうちに女の人のことは忘れてしもた。
 学校から帰ると、お母さんからショックなことを聞いた。
「あのアパートの女の人、自殺未遂やて。なんや男出入りの多い人やったて、オーナーさんが言うてた……」
「そんな不潔な言い方せんとって!」
 お母さんは食べかけのマンジュウ喉に詰まらせてむせ返った。

 紫陽花の花は移り気やない。成長に合わせて色がかわるだけ……それから、人に見てもらうために、ひっそりと色合いを変えてみせてるだけや。
 せわしない今の人間は、アナウンサーやら天気予報士が予報の枕詞に使うぐらいで、紫陽花の色の変わったのにも気ぃつかへん。

 それ以来、その女の人は見かけんようになってしもた。もうアパートにはいてはれへん。植え込みが荒れてきたもん……。
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真夏ダイアリー・1『真夏のSOUNDS GOOD』

2019-09-06 06:14:31 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・1
『真夏のSOUNDS GOOD』    


 真夏!
 
 という声がしたが、今は冬である。 
 
 真夏というのは、わたしの名前。この物語は、この「真夏!」という聞いただけで暑苦しい名前からはじまるんだけど、それはひとまず置いといて、わたしは全力でボールを追いかける。
 省吾が打った球が大当たり、球はテニスコートの方角に飛んでいく。
 省吾の打球にテクニックはない。ただ力任せに打ち込んでくる。たいがい空振りになるんだけど、当たれば大きい。
「ホームラン王は一番三振が多い」が、省吾のモットー。
 で、今、わたしが投げた甘い球が大当たり……で。

「痛てえええええええええ!」になった。
 
 わたしは、テニスコート前の水たまりに張った氷に足が滑ってスッテンコロリン。
「「アハハハ」」と、省吾と玉男が笑う。
「イテテ……これって笑ってるジョーキョー!?」
「真夏、おパンツ丸出しだったわよ」
 これは、同じ放課後野球仲間の玉男。
「いいもん。見せパンだから。でも、どうして氷り張ってるとこに打つのよ!」
「だから、注意したろ。『真夏!』って」
「遅いのよ、言ってくれるのが!」

 わたし三人の奇妙な友だち関係はこれと同じ言葉から始まった。
「遅いのよ、言ってくれるのが!」
 そのとき、相手は廊下にひっくり返って、鼻血を流していた……。
 
 八か月前の入学式。

 式が終わって、わたしたちは副担任の福田百合先生に先導されて教室に向かった。都立高校なんで、設備はボロッチかったけど、新入生を迎えるため、心をこめて掃除してあるところに好感が持てた。
 教室について、二三分手持ちぶさただった。他の教室は、担任が、いろんな配りモノを持って、続々と教室に向かい、誘導係の副担任と交代している。しかし、このA組の担任はなかなかやってこない。A組は校舎の一番階段寄りにあって、先生達の移動がよく分かる。新採の百合先生は不安そうに廊下に出て、階段の下の方を覗き込んでは、教室にもどり、緊張から頬を赤くしてまばたきばかりしている。五分たって階段を駆け上がってくる足音がした。百合先生に安堵の表情が浮かんだ。しかし、やってきたのは学年主任の浜田先生だった。廊下でなにやら言葉が交わされ、浜田先生は拝むようにして行ってしまった。
「担任の山本先生のお母さんが急病で倒れられたので、わたしが、代わりにやります!」
 百合ちゃん先生のまばたきは、いっそう激しくなった。

「まず、みんなの名前を呼びます。大きな声で、返事してください」

 で、百合ちゃん先生が名前を読み上げ、そこで問題が起こった。
「……中村玉男君」
「……はい」
 笑い声が上がった。中村玉男は音だけ聞くと中村玉緒で、あの面白いベテラン女優さんが連想される。それに、玉男の返事は、いかにもオネエの感じで、わたしも思わず吹き出しかけた。これで、良く言えばホグれて、悪くいえば緩んでしまった。
「……ええ……春夏秋冬省吾(しゅんかしゅうとう しょうご)……」
 百合ちゃん先生が「君」を付ける前に、教室は再び笑いに包まれた。で、省吾が着席しながらだけど憮然として言った。
「春夏秋冬と書いて、ひととせと読みます。ひととせしょうごデス!」
「あ、ご、ごめんなさい。あ……ちゃんと読み仮名ふってある……」
 百合ちゃん先生は真っ赤になって、目が潤んで、パニック寸前。でも、気を取り直して、それからは、読み仮名を見て、正確に呼んでいった。そう……正確に。

「冬野真夏さん」

 大爆笑になった。

 わたしは玉男のときに吹き出しかけたのも忘れて、胸に怒りが湧いてきた。
「アハハ、このクラスって、おもしれえ名前のやつ多すぎ」
 その名も大杉ってヤサグレが笑い出した。
「冬の真夏って、矛盾でおもしれえ!」
「大杉君!」
 さすがに百合ちゃん先生がたしなめ、大杉はニヤニヤしながら黙り込んだ。
 それから、百合ちゃん先生は、レジメとにらめっこしながら、配布物を配り、明くる日のスケジュールを確認すると、わたしたちに起立礼をさせて、さっさと行ってしまった。

 そして問題が起こった。

 大杉とその取り巻きと思われる男子が二人寄ってニヤニヤ笑っては、わたしたち三人を見た。玉男も、省吾も無視して教室を出ようと、荷物をまとめていた。わたしは、二度目に大杉のニヤケた目と合ったときにブチギレテしまった。
「ちょっと、あんた……人の名前で笑うんじゃないわよ!」
「おお、怖ええ」
 大杉はおどけ、わたしは、なけなしの理性を失った。
「好きこのんで、こんな名前になったんじゃねえよ!」
 で、大杉は廊下にひっくり返って、鼻血を流していた……。
「ああ、真夏!」
 省吾が叫んだ。

「遅いのよ、言ってくれるのが!」

 わたしは、入学早々停学を覚悟した。
「出来杉だか大杉だか、知らねえけど、今のはお前が悪い。チクったりするんじゃねえぞ!」
 省吾は大杉の胸ぐらを掴み、取り巻き二人にもガンを飛ばした。
「わ、分かったよ……」
 大杉たちは、見かけによらずスゴミが効いて、腕のたちそうな省吾に恐れを成して行ってしまった。
「真夏は成り立てで尖んがっちまうだろうけど、すぐに慣れるよ。なあ中村君もさ」
「う、うん」
 これが、三人の付き合いの始めだった。ちなみに、省吾は中学がいっしょで、互いに面識はあった。でも、肩に手を置いたとはいえ、体の一部が接触したのは初めてだった……。

 二球目の投球に入ったところで声がかかった。

「君たち、テスト一週間前だぞ、いいかげんに帰れよ!」
 校長の轟。名前の通りよくとどろく声に、わたしは固まった。
「すみませーん、最後の一球でーす!」
 ハンパな投球姿勢から投げ出された球には球速は無かったけど、微妙な変化球になり、省吾は見事なフライを打ち上げた。わたしは、打ち上げた球の行方に面白い予感がして、スマホを構えシャッターを切った。
 帰り支度をしながら、三人でスマホの画面を確認。三人で大笑い。
「校長先生かわいそー!」
 玉男が、笑いをコラエながら言った。
 シャッターチャンスが良く、巨大なボールが校長先生の頭の真上に落ちそうに映っている。

 ちょっとオモシロイ真夏のSOUNDS GOOD(なかなかいいね)になった!
 
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小悪魔マユの魔法日記・25『AKR47・2』

2019-09-06 05:57:00 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・25
『AKR47・2』



――マユ、何をしに戻ってきた……UUUUUU
――なにって、先生……。 

 そこはサンズの川を挟んだ、魔界とこの世の境目であった。
 川の向こうに、ケルベロスがいる。
 魔法学校に(落第せずに)通っていたころ、よく鼻くそ味のチョコなどをやっていたので、このケルベロスは、マユによくなついている。
 今も目を細め、お座りをしながら、ヨダレを垂らしている。しかし、その口から聞こえてくる声は、担任のデーモン先生の声である。
 ケルベロスは、地獄の番犬であるが、子犬や、孫犬がたくさんいて、魔界のいろんなところで番犬をやっている。
 で、今は、かなたの魔法学校から駆けてきて、学校の出張インタホンになっているのが、このケルベロスで、ポチ……と、マユは勝手に名付けた。本名はセリネンティウス・アトランティウス・ケルベロスというが、ながったらしく、らしくないので、本犬も含め、みな、この「ポチ」に馴染んでしまった。
 一応は本名の通り血統のいいケルベロスで、校長のお気に入りだったが、なんとも軽々しい「ポチ」にしてしまったことも、マユが人間界に追いやられた小さな原因の一つになっている。
 で……人なつこい顔をしながら、ニクソいデーモン先生の声でしゃべるのが、なんともアンバランスでおかしい。
 思わず、マユは笑いそうになるが、この数か月の人間界での修行で「何食わぬ顔」というのを覚え、見た目には分からない。しかし、そこはデーモン先生である。ケルベロスの二番目の顔が言った。
――だいぶ、とぼけるのが上手くなったな。
――とぼけているわけじゃありません。
 ケルベロスには三つの首があり、当然六つの目がある。二つの目で、マユの姿は3Dで見られている。そして、もう一組の双眼で、マユは心の中まで見られている。しかし、その目をしてもマユの心は読み切れない。
 なぜか……マユ自身にも、自分の気持ちがよく分かっていないからだ。とりあえずは、ケルベロスのアンバランスがおかしいだけである。
――マユ、おまえ……このケルベロスをだいぶ手なずけたな……UUUUUU
 ケルベロスは、三つの首で、互いの顔を見回した。そして、前足で、三つの頭を器用に叩いた。「ギャフン」という声が三つして、ケルベロスの顔は、いくぶん引き締まった。
――どうやら、迷いがあるようだな……UUUUUU
――は、はい……。

 デーモン先生の声で、マユは、自分の心を探ってみた。
 補習の辛さ、知井子や、沙耶たち友だちへの想い。雅利恵への敵愾心。任務か、憎しみか、友情か、愛情か分からなくなってしまった自分の心。
 まるで、七つにほぐれて、こんがらがった虹のような心……マユは、自分の心を美しく形容してみた。
――飾ってみても、おまえの心に変わりはない。要は、どうしていいか分からなくなって……サボりたい気持ちでここに戻ってきたな……UUUUUU
――そ、そんなことは……。
――違うというか……UUUUUU
――分かりません……正直言って。
――ならば、別の目でみてやろう……UUUUUU
 三つ目の首の目が鋭くなってきた。他の二つの首が、なにか羨ましそうに、三番目の首を見ている。
――な、なんなんですか、その目は!?
――これは、おまえを裸にして見る目だ……UUUUUU
――え……?
――バストが3センチ、ヒップが2センチ大きくなった。ウエストは……UUUUUU
――ちょ、ちょっと先生!!
 マユは慌てて、両手で体の上と下を隠した。
――心は、体に現れる……良くも悪くも、おまえは人間界に馴染んできたな。今回の知井子や拓美の件で、おまえのやったことは間違ってはおらん。だからカチューシャを締め上げることもしなかったであろう。ただ、お前は自信を無くし疲れてきてはおる。だから、今やっていることが、正しいのか、サボりたいという気持ちからなのか分からなくなっってきた。その迷いが肌に現れておる……WWWW
――どうして、今のとこだけWWWWなんですか?
――そ、それは……お前の背中を押してやろう。ただちに人間界に戻るがいい……UUUUUU!!

 で、気が付いたら、大石クララの横顔が目の前にあった。

 クララの目は、目に見える方のマユに向けられていた。
「マユさん……あなたの目は、浅野拓美さんの目だわ!」
 バレてしまった。デーモン先生の一押しのせいである。
「わ、わたし……」
 マユの姿をした拓美はうろたえた。仕方なく、本物のマユは半透明な姿を現した。
「マ、マユさん……いったい……!?」
 クララは、ハッキリなのと半透明の二人のマユを交互に見て混乱した。しかし、クララはたいしたもので、並の女の子のように、パニックになることも気絶することもなかった。ただ、目の前の不思議を一生懸命理解しようとだけしていた。

「なるほど、そういうことだったの……」
 クララは、二人のマユからの話しを良く理解した。
 
 あの屋上で、マユは拓美の強い想いを理解し、自分の体を貸してやることにしたのである。だから、屋上から降りてきて、今に至るまでのマユは、拓美である。
 当のマユは、魂だけの存在になり、魔界に戻ろうとして、先ほどのケルベロスとのやりとりになったわけである。で、デーモン先生の一押しで、元来鋭いクララは真実を見抜いたわけである。
「あの、マユさん、消えかかってるけど」
――魂だけで、姿を見せるって、ずっと片足でつま先立ちしてるみたいにシンドイの!
「ごめんね、マユさん」
 マユの姿の拓美がすまなさそうに言った。
――いえ、わたしも、少しさぼれるかなあって、ヨコシマなところが、無くもなかったから……あ……消え……かけ……あと……心で……伝え……。
 そこで、半透明なマユは消えてしまった。あとは、二人の心に伝えた。

 当面、週末だけ拓美に体を貸す。その間拓美はマユの記憶も預かることになる(ただし魔法は使えない)
 だから、拓美はあくまでマユであり……言葉がややこしい。悪魔ではなく、あくまで(どこまでも、と同じ副詞)マユであり、そのことを人に言ってはいけない。クララは得意体質で記憶を完全には消せない。無理にやると、クララの命に関わるので、クララも秘密を守ること。
 で、平日は、本物のマユに戻るが、休日は魔界で特別補講。これは、やぶ蛇だった。

 そして、いつか拓美は、マユの体に入れなくなり、昇天しなければならない。
 それが、どのような状況や条件の下で、そうなるかは……拓美にも、マユにもわからなかった……。
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