大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・059『阿弥陀さんに帰国の挨拶を』

2019-09-01 13:36:00 | ノベル
せやさかい・059
『阿弥陀さんに帰国の挨拶を』 

 

 

 一か月ぶりの我が家。

 

 伯母さんの「ゆっくりしてからでいいじゃない」の心遣いを「ゆっくりしたら忘れてしまうさかいに(^▽^)」と明るく返して本堂に向かう。

 無事な帰国を、まずは阿弥陀さんに報告する。

 ご内陣の前に正座して、南無阿弥陀仏(なまんだぶ)を三回。

 南無阿弥陀仏は阿弥陀さんへの呼びかけの言葉。南無は「ナーム」で「もしもし」てな意味。下半分は阿弥陀仏やから「もしもし、阿弥陀さん」になるわけで、この念仏一つで感謝にもなるし挨拶にもなるし、時には「ちょっと困ってまんねん」とか「頼んます」とか「ありがとうございます」とか、万感の思いが加わる。

 下半分の世俗的な意味を口にせんでも阿弥陀さんはお分かりなんです。

 念仏し終えて気ぃついた。

「なんで、ここに居てるんよ?」

 外陣の端っこにラジオ体操人形がおる。

 ほら、夏休みに入ったころに諦兄ちゃんが檀家周りでもろてきて、わたしにくれたやつ。お腹を押さえてやるとラジオ体操の歌を歌いだす。たしか、部屋の本棚のとこに置いといたはず。

「ハナちゃんが置いていったと思ってた」

 麦茶を淹れながら伯母さん。

「え、あ、そうかな?」

 言われると確信がない。

「毎朝、七時になると自動で鳴るのよ、ラジオ体操。セットした?」

「え? どやろ……」

 合宿に出かける前のことは、なんか遠い昔のような気ぃがして、よう思い出されへん。

「まあ、夏休みも終わりだから、部屋に戻してあげた方がいいかもね」

「うん、そうします」

「長い旅で、疲れたでしょ。お風呂湧かしてあるから、さっと浸かって休むといいわ」

 そう労って、伯母さんは庫裏の方へ戻っていった。

 偉い伯母さんやと思う。お寺の坊守(住職の奥さん)やってるだけでも大変やのに、コトハちゃんと諦兄ちゃん育てて、姪のわたしにも気配りしてくれる。

 わたしも、世間の基準からいくと幸せな境遇やないけど、伯母さんの言葉はありがたいと思う。

 しみじみと麦茶をいただく。合宿に行く前は境内のあちこちで喧しく鳴いてた蝉の声がせえへん。

 せやなあ、まるまる一か月留守にしてたんやもんなあ、気配は、まだまだ夏やけど、季節はうつろうてんねんなあ……。

 エディンバラともヤマセンブルグとも違う空気を、とても懐かしく思う。

 ここへ越してきてから五カ月あまりやけど、すっかり自分の世界になってきた。

 やっぱり、自分の家はええもんや。

 最後に、もう一回手を合わせて……クルリと阿弥陀さんの方を向くと、視界の端に人の気配、あれ?

 目を凝らすと、外陣の隅、ラジオ体操人形を持って……。

 

 制服姿のわたしが座ってたああああああああああああ!

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かぐや姫物語・3Преступление и наказание

2019-09-01 06:43:32 | ライトノベルベスト

かぐや姫物語・3
Преступление и наказание・罪と罰



「えー、そんなの無理だよ!」

 美希の部屋で姫子が叫んだ。
 喫茶ムーンライトは、3時からアイドルタイムで、お客さんはいない。お客さんがいたら、いくら幼なじみのお隣の店でも、こんな声は出さない。

 豆腐屋の秀哉が「そうだ、こんな手がある!」などと言うので、美希の部屋で相談をぶつことにしたのだ。
「いけるかもよ。家具屋の姫子が、アイドルになったらまさに家具屋姫じゃん!」
「あのね、その呼ばれ方、あたし一番やなの!」
「だから、逆手にとるんだよ。ウケるって、絶対!」
「それに、あたしアイドルになれるほど可愛くないもん」
「「それは認める!」」
 美希と秀哉の声がそろった。階下で美希のお母さんまで笑っている。
「どうぞ、試作品の試食を兼ねて……」
 美希のお母さんが、フライドポテトの山盛りと、アイスコーヒーを持って現れた。
「これ、お店で出すの?」
「うん、夜は会社帰りをあてこんで、安いディナーやってるけど、アイドルタイムに学生さん相手にやってみようかって。保温式のワゴン買ってお店の前で……どうかな?」
 確かに、団地の横に短大と専門学校があるので、見込みがないわけではない。ただ、今の学生はスタバやケンタ、マックへ行く傾向が高く、なかなか店の中までは入ってこない。そこで、店の前でフライドポテトを売ってみようという腹なのである。
「でも、フライドポテトだけじゃ弱いんじゃない?」
 娘のくせに、美希はズケズケと言う。
「うん、出入りの牛乳屋さんから、コーヒー牛乳の200ミリパックを仕入れてね、ポテトと合わせて200円。どうかな?」
「それ、儲け出るの、おばちゃん?」
「コーヒー牛乳は10円ぐらいしか儲けにならないけど、ポテトといっしょなら、100円にはなる。むろん減価償却はべつだけど……一日100セットで一万。月に20万ぐらいの利益になるかな」

 大人は、やっぱ考えているんだと、姫子は思った。で、秀哉の提案である。「AKRを受けろ」というのである。「可愛くないもん」の姫子の答は正しい。口がきける程度の男の知り合いはいるけど、友だちと呼べるのは、この幼なじみの秀哉ぐらいしかいない。まして「モテタ!」と実感できるようなことは、この17年の人生で一度もない。家具屋の姫子は、どちらかというとヤンチャクレで通っていた。スタイル、ルックスは、本人に「良く見せよう」という気持ちがカケラももないので、本人もまわりの人間も、姫子を「可愛い」のカテゴリーには入れてなかった。

「可愛くない方がいいんだよ」

 誉め言葉とは、思えない言葉で秀哉は説得にかかった。
「AKBの篠田真里子は『狙いすぎてる』って、理由でオーディション落とされたんだぜ。だから1・5期生。可愛いってのは平凡とほとんど同じ」
「でも……」
「そうだ!」

 美希の思いつきで、三人は三軒隣りの化粧品店コスメへ向かった。

「オバチャン」
「いいわよ」
 この二言の遣り取りで、姫子は生まれて初めてのメイクをするハメになってしまった。
「う~ん」
「可愛くはないけど、個性的ね……」
「どれどれ……」
 ちょうど、美容学校から帰ってきた美登里さんが、姫子のポニーテールをサイドに回し、シュシュをつけてみた。
「うん、断然個性的だ!」

 みんなの意見が一致した。そしてシャメをとられ、コスメのパソコンでAKRのオーディションの申込みをダウンロード、シャメを添付。キャッチコピーは『家具屋姫』であった。

 エンターキーを押して、おしまい。また宇宙飛行士の姿が頭をよぎった……。

 つづく

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高安女子高生物語・74『夏も近づく百十一夜・4』

2019-09-01 06:27:49 | ノベル2
高安女子高生物語・74
『夏も近づく百十一夜・4』
        


 

 夏も近づく百十一夜……いつまで続くの?

 と、思うてる人、ごめんなさい。
 ほんまは、夏も近づく八十八夜でいきたかったんやけど、気ぃついたんが5月の28日。で、数えたら八十八夜ならぬ百十一夜。語呂がええんで、それで書き始めたら終わらんようになって、もう6月。

 ほんまは、この「夏も近づく百十一夜」で、手紙書こうと思てた。で、一日延ばしで他のことやってるうちにタイミング失うてしもた。で、今日は百十一夜にトドメを指します。ちゅうか、ほとんどピーカンのカンカン照り。なんと今日は体育祭(-_-;)! 運動会(^_^;)!

 昔は、秋にやるもんと決まってたらしい。それが、文化祭と重なることや、三年生の進路決定の時期と重なるいうんで、うちらは、小学校のころから運動会は5月末から6月の頭になってしもた。
 で、みんなも知ってるやろけど、早い年は、もう梅雨が始まりかけて雨の確率が高い。

 で、なんちゅうても暑い!

 うちは、運動会は好きやない。

 スポーツはええねん。せやけど、いろんな競技を一日掛けてダラダラやるのは嫌い。
 考えてみて。好きで行ったコンサートでも、まあ、三時間ちゃいます? 人間の集中力には限界があります。映画も芝居も3時間超えるやつなんか、まあありません。オリンピックの花と言われるマラソンもドンベの選手も入れて、まあ、3時間には収まります。それが運動会は昼休みを挟むとは言え、7時間以上の長丁場。もう、これだけでアウトです。
 それに、うちは嫌いやないけど、好き言うほどスポーツは上手やない。中学二年までは関根先輩と学校いっしょやったから、かっこわるいとこ見せられへん思て必死。で、一等賞はとったことない。いっつもゴール寸前で陸上とかやってる子に抜かされる。

 ちょっと、話は横道へ。

 うちの名前の明日香には意味がある「今日でけへんでもええ。明日香るような子でいてほしい」というのが、うちの名前の由来。まあ、お父さんらしい名前の付け方。男やったら「介(すけ)」の付く名前。
「介」は、昔の日本の役人の制度では、次官(二番目の役人)を表すらしい。まあ、過剰な期待や努力をせえへんでええという思い。これには感謝やねんけど、うちには、なにごとも一日延ばしにするという悪いクセがある。「今日出来ることは今日のうちに」と、学校では教えられてきた。せやけど、うち。とくにお父さんは「明日出来ることは、今日するな」いう主義。

 これにも理屈はある。

 
  急いでやったら見落としが必ず出てくる。お父さんは、本書いててアイデアに詰まると、何日かホッタラカシにしとく。ほんならフッと、アイデアが出てサラサラと書けるらしい。これを「ウンコ我慢法」と言う。念のため、お父さんの命名です。立派なバナナ型のウンコをひり出そ思たら、最初の便意は我慢して、その次も我慢して、ほんでギリギリになってトイレに駆け込むとモリモリと立派なウンコが出来るそうで、これも立派な努力の方法やと言うてます。
 お母さんは、ただの無精もんの言い訳やと、一言のもとに切り捨てです。なんで、こんな性格の違う二人が結婚したのか、うちの中では世界七不思議の一つです。

 うちは、ホームルームで種目決める時に、さっさと手ぇあげた。ぐずぐずしてたらリレーのアンカーとか、借り物競走とかしんどいか、しんきくさい競技に回されるのん分かってるよって。

 しかし、うちは、やっぱり抜けてる。アホです。

 運動会いうと、必ず休む子がいてるいう法則です。小学校から10回も経験してながら抜けてます。我ながら経験から学習せえへんアホです。
 中学校のとき、障害物競走に出る子が休んで代わりに出た時の話。
 平均台渡って、網潜って、麻袋穿いて両足でピョンピョン。ここで、となりの子に抜かされそうになったんです。ラストは片栗粉の中のアメチャン探して(手ぇ使わんと)ゴール。うちは、ここで時間かかる思て必死で麻袋脱いだら、ハーパンと、その下まで脱ぎかけて会場大爆笑。うちは見てへんけど、その時のうちの半ケツのシャメが出回ったとか。ああ、これが人生の判決かと(なにシャレとんねん)諦めたけど、関根先輩に見られたんは一生の不覚。

 あ、で、今度のアホは、休んだ子がリレーのアンカーやった言うことです。リレーの前が女子の棒倒しで、みんなヘゲヘゲになってるんで、パン食い競争で早々と出番の終わったうちにお鉢が回ってきた。
「明日香、お前が走れ!」ガンダムの有無を言わせん命令は、やっぱ元生指部長です。

 バトンを受け取ったときは二番目やった。うちは一番にはなろとは思てませんでした。受け取ったバトンを二番目のまんまでゴールしたら、うちの面目は立ちます。
 ところが、リレーのアンカー言うのは陸上の専門みたいなやつがおる。それも三番目のクラスに。
 うちはコース半分のとこで越されそうになって、必死のパッチ!
 で、うちとしてはがんばった。50センチくらいの距離でピタっとひっついて、ゴールの寸前!

 で……こけてしもた。

 運の悪いことに、ゴールの寸前は本部テント前。校長先生やらPTAの役員に混じって招待客やら、一般の人らも混じってた。こけた瞬間本部テントの中からいくつもの視線が刺さる。その中に、明日から正式に登校する新垣麻衣の姿。一瞬笑うてるように見えた。案外この子は見かけとはちゃう子かも……と思た。
 むろん順位は大きく落としてブービー賞。

 退場門のとこで、ゆかりと美枝が待っててくれて慰めてくれた。

 で、次に心臓がフリーズドライになりそうになった。なんと本部テントの中で、関根先輩が見てた……!
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須之内写真館・46『U高校の卒業式』

2019-09-01 06:16:57 | 小説・2
須之内写真館・46
『U高校の卒業式』         


 
 昼から崩れるという天気予報が気になった。

 今日はU高校の卒業式である。
 
 三年生は、須之内写真館の担当ではない。Sスタジオという大手の写真屋。でも在校生の代表で、二年生全員が出るので、直美もカメラ二台をぶら下げ、会場のあちこちで写真を撮っている。

 卒業生は、全ての準備が整ってから入場してくるので、Sスタジオは、とりあえず仕事がない。
 その分、座席に整列して座っている二年生は撮りほうだいだった。
 ギャラリーから、ロングで十枚ほど撮る。三枚目で杏奈が座っているのに気づいた。もともとチェコとのハーフで目立つ子なのだが、ヒカリ会長のところで住み込みのアイドル修業をし始めてからは、オーラが違う。こうやって、他の子と並ぶとよく分かる。
 ただ、本人も自覚しているので、あまり目立たないでおこうという気配りが可愛くもおかしかった。

 やがて卒業生たちが『威風堂々』の曲と共に入場してきた。Sスタジオのスタッフが、盛んにシャッターを切る。卒業生たちは、一応キチンとはしているのだが、なんだか違和感を感じた。厳粛さが薄く、どこかだらけた印象を受ける。担当である二年生への思い入れが強いせいかもしれない……と、直美は思った。

「ただ今より、U高校第八十三回卒業式を挙行いたします。一同起立」

 教頭の司会で、いよいよ式が始まった。さすがに今のご時世起立しない者はいない。
 ただ、職員席に違和感。直美はカメラを動画モードにして撮り始めた。
「あ……」
 職員のうちの何人かが、君が代ではない曲を歌っている。むろん声は聞こえないが、口の動きで分かる。
(千代に八千代に♪)の「ち」のところで、口のかたちが、明らかに「あ」段の口になっている。多分声は出していないのだ、隣の先生も気づいてはいない。三人いることに気づいた。短い君が代の間に三人とも撮った。あとで、こういうことに詳しい祖父ちゃんに見せようと思った。

「卒業証書を授与される者」
 その言葉のあと、一人一人の名前が呼ばれ、次々に卒業生が起立していく。
「以上代表、本宮奈々」

 え、二人立ってる!?
 
 正確には、一人が立ちかけ、戸惑ったように座り、もう一人が堂々と演壇に上がり、校長から代表して、卒業証書を受け取った。
 卒業生の空気がおかしい。あちこちで忍び笑いが起こる。教頭が、咳払いで注意すると、少し収まった。しかし、卒業生たちは、さらに揺るんだ空気になってしまった。

「本宮奈々」が、演壇を降りたところに、在校生の席から立ち上がり「本宮奈々」に駆け寄る者がいた。

 花園杏奈だ。

 杏奈は「本宮奈々」に近寄るなり、平手で思い切り張り倒した。

「こんなところで、ふざけないで、伊達玲奈! 先生も総代の顔ぐらい覚えてください! 本宮さん、ここに来てください」
 さっき立ちかけた本物の本宮奈々が、オズオズと前に出てきた。
「やり直しましょう」
 杏奈は、卒業証書を拾うと、演壇で戸惑い顔の校長に渡した。そして、振り返って、こう言った。
「今の様子をスマホなどで撮った方がいらっしゃいましたら、お願いします。けして動画サイトなどには投稿しないでください。匿名で投稿されても、撮った位置から撮影した人は特定できます。これ以上U高校をおとしめるようなことは慎んでください!」

 そう言って杏奈は席に戻り、式は、ようやく厳粛さを取り戻し、粛々と行われた。

「こりゃあ、インターナショナルだな」

 うちに戻って、君が代で変な口パクをやっていた職員の映像を、お祖父ちゃんに見せた。祖父の玄蔵は一言の元に断定した。

「U高は腐ってるね」

 直美はポツンと言った。そして宋美麗の「中国のリムパック参加について」の質問の答えに、学校名を伏せて、その様子を書き送った。
「ご名答です」の返事が返ってきた。

 杏奈の注意にもかかわらず、動画サイトに二本の動画が投稿された。伊達玲奈は卒業を延期され、登校指導の上三月に卒業ということになった。インターナショナルについては、個人名をあげずに校長に連絡だけした。

 その夜は、全てを洗い流すかのように冷たい雨が降った。
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小悪魔マユの魔法日記・20『知井子の悩み10』

2019-09-01 06:07:10 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・20
『知井子の悩み10』 


 
 オーディションは審査に入り、受験者たちは控え室にもどった。

 で、この審査が長引いた。

 オーディション終了直後は静かな興奮だった。化粧前に座っても、無意識にリズムをとったままの子。スマホや携帯を出して、親や友だちに連絡を入れる子。やたらにスポーツドリンクを飲み始める子。様々だけれど、静かにみんなの注目は、知井子と、拓美に集まってきた。
 しかし、当の本人の知井子と拓美は気づいていない。全力を出し切って、呆然としている。
 マユは、知井子の付き合いに戻り、冷静に彼女たちを見ていた。不思議なことに、知井子と拓美への嫉妬心は、ほとんど無かった。二人のことをスゴイと思いつつも、自分たちが全力を出せたことへの満足と、審査結果への期待と不安が大勢を占めている。

――やっぱ、人間て素敵だ。魔法も使わずに、ストイックな努力だけで、ここまでやるんだ。

 そのとき、戒めのカチューシャから、マユの頭の中にメッセージが入ってきた。
――少しは分かったようだな。しかし、やったことの後始末は、きちんとつけなさい。
 声は、メフィスト先生だ。マユの担任悪魔で、マユを人間界に落とした張本人。
「ありがとう、気持ちよく唄えたわ。もう思い残すこともないわ……送ってくれてもいいわよ」
 拓美が、目を潤ませ、しかし、しっかり覚悟のできた声で、横顔のまま言った。
「わたしは半日って言ったのよ。まだ時間は十分あるわ、審査結果を聞いてからでいいわよ」
「う、うん……ありがと」
 うつむいた拓美の表情は分からなかったが、膝に落ちた涙で、気持ちは分かった。
 知井子が、そっとハンカチを差し出した。

 ノックがして、スタッフのオニイサンが入ってきた。
 
 それだけで控え室のみんなの神経は尖り、女の子たちの視線がオニイサンに集中した。
「あ、あの、お弁当……審査発表まで、ちょっと時間かかるんで(^_^;)」
 お弁当は人数分しかない。つまり、本来は居ないはずの拓美の分で足りなくなってしまったのだ。
 おちこぼれの小悪魔のマユは、そこまで気が回らなかった。さっそくメフィスト先生の言葉が蘇る。廊下にキャスターに載せられた、お弁当の段ボールの山が感じられた。
 マユは、急いで魔法をかけた。廊下のお弁当を一個テレポさせ、足りなくなった廊下のお弁当の一つを二つにした。見かけだけを二つにしたので、味は半分になっている。食べた人は、自分が味覚障害になったかと思うだろう。並の悪魔なら、全部のお弁当のエッセンスから均等に取って一個のお弁当を作る。マユはまだまだおちこぼれであると思ったが、イタシカタナイ……。
 
 お弁当が配られ、控え室のみんなは、やっと年頃の女の子らしくなってきた。あちこちにグル-プができて、年齢にふさわしい賑やかさになってきた。マユは、知井子と拓美と三人で、お弁当を食べることにした。その三人の小グル-プの中でも、知井子はお喋りの中心だ。マユは自分のことのように嬉しく、知井子は、この数か月で伸びた身長以上に大きく頼もしくなったような気がした。

 お弁当を食べ終えたのを見計らったように、一人の女の子が近寄ってきた。胸には受験番号①のプレートが付いていた。
「わたし、大石クララって言います……」
 その子は、見かけの可愛さの裏に、男らしいと言っても良いような清々しい心映えを感じさせている。
 大石クララが、ペコリと頭を下げた。

――不味い、なんだよ、この味のうすさは!
 
 同時に、味半分のお弁当を口にしたスタッフの思念が飛び込んできて、慌てふためくマユであった。
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