大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

魔法少女マヂカ・072『M資金・7 消しゴムが床に落ちるまで・4』

2019-09-13 14:45:26 | 小説

魔法少女マヂカ・072  

 
『M資金・7 消しゴムが床に落ちるまで・4』語り手:マヂカ 

 

 

 胴の所で真っ二つになったツェサレーヴィチ!

 

 上半身も下半身もクルクルと弧を描いて、わたし達の周りを周り始めた。

 切断の勢いかと思ったら、どうも様子が変だ。

 上半身は、ニタニタ笑いながら両手で空気を掻き、下半身もきれいなフォームで空気を蹴っている。

 二人の周囲を二周するころには、それぞれの切断面が盛り上がり、新しい下半身と上半身になって、三周目にツェサレーヴィチは二人になってしまった。

「化け物か?」

 気味悪がりながらも、レイピアを上段に構え直すブリンダ。

「下手に切っちゃダメだ、切ると、たぶん、さらに増える」

「さあ、どうだろ。わたしはフランス生まれのロシア育ち。だから、おバカな魔法少女にも分かりやすく分裂してあげた。でも、ヤポンスキーが言う通りかも。だって、この百年でロシアもフランスも蹴落としてくれた日本とアメリカ。わたし自身でも自覚しない恨みがあるかも……もし、そうだったら、この百年に相応しい数だけ分裂するかもしれないわね」

「別々に相手をしよう」

「分かった」

 互いの体を踏み台にして跳躍して、それぞれの正面にいるツェサレーヴィチに突進する!

「「アハハハハハハハハハハ」」

 同じ笑い声を吐きながら両極を飛ぶ二人のツェサレーヴィチを追う!

「切るんじゃないわよ!」

「どうしたらいいんだあああああ!?」

「考えろおおお!」

 ブリンダの声が遠くなる。ツェサレーヴィチの片割れを追いかけて、反対側のゲートから飛び出してしまったんだろう。

 こちらのツェサレーヴィチも、器用に飛びながら、いくつものゲートを抜けていく。

「早く来て、早く追いついて、わたしを切りなさい。わたしを倒さなければ、ここからは出られないのだから。ハハハ、その野蛮な日本刀は飾り物なのかしらあ」

 嘲笑しながら一定の距離を置いて前を飛ぶツェサレーヴィチ。何度かダッシュをかけるが、数メートル以内には近づけない。

 百余りのゲートを潜るたびに風切丸を一閃する。届かない、正直悔しい。

 何度か飛び回るうちに、さっき一閃した太刀傷がゲートについているのが目に入った。

 なんという徒労感……そして気が付いた。

 シェルターは、蟻の巣状に亜空間を走っている。無軌道に飛んでいるようだが、一定の癖があるように思えた。

 追うのをやめて、ゲートの脇に潜んだ。そして待つこと数十秒。

 

 トーーーーーッ!!

 

 読んだ周期通りに現れたツェサレーヴィチを風切丸で刺し貫いた!

「ウッ! ウウウウウ、 ウ……切らないのか?」

 ツェサレーヴィチは驚愕している。身をよじって、わたしに切らせようとするが、コスの襟を掴んで離さない。

「切れば、増えてしまうからな!」

「くそ!」

 ツェサレーヴィチは、思い切り、わたしを突き飛ばした。

 逆らわずに、突き飛ばされてやる。

 傷口から、血を吹きださせながら敵は逃げていく。

「逃がすか!」

 わたしは追いかけて、勢いの衰えた敵を何度も貫いていく、けして切ったりはしない。

 目に見えて遅くなったツェサレーヴィチをゲートの脇に追い詰める。

「よ、よく気づいたわね……」

「せっかくのラビリンスを規則正しく飛ぶ方が悪いのよ」

「規則正しい?」

「途中で気が付いてね、ゲートを通るたびにシルシをつけておいたのよ」

「そ、そうか。やけっぱちに振り回していたわけではないのか……わたしとしたことが……」

「さ、M資金、返してもらうわよ」

「さ……せるか!」

 そう言うと、ツェサレーヴィチは自分から跳びかかって、風切丸の切っ先に飛び込んできた。

 ブス! 風切丸の鍔まで串刺しにされたツェサレーヴィチ、息のかかるところまで顔を寄せてくる。

「フフ……二度もマカーキ(猿)には負けない……」

 それだけ言うと、わたしを突き飛ばし、傷口からジェットのように血を噴きだし、クルクル旋回したかと思うと、無数のポリゴンのように分裂、露仏合作の魔法少女は霧消していった。

 ホッとため息をつくと、斜め後ろのゲートから微かに撃剣の音がする。

 まだ、ブリンダの方が残ってる!

 相棒と敵の気配を探りながらシェルターを突き進んだ……。

 

 

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物語・ダウンロード・2《最初のクエスト》

2019-09-13 07:05:49 | ライトノベルベスト
物語・ダウンロード・2
《最初のクエスト》
       
 
 
 
 
 ヨッコラショと立ち上がり、柱のところで、出てきたクエスト(任務情報)をとる。

「これだけは気にいってるのよ。モニターじゃなく、プリントアウトしてくれるの。全部残してんのよ。時々読み返しては……」
――フフフ……――
「なによ、笑うことないでしょ。そういうことを懐かしめるほどよくできたガイノイドなのよ、わたしは。もっとも、あなたに拾われる前のメモリーはブロックされててわかんないけどね。いっそ消去しときゃよかったのにね。なまじブロックされてるだけだから気になるのよね。元々のわたしはなんだったんだろうって……わかってる。わたし、なにか特別なロボットのプロトタイプ(実用原型)だったのよね。ヘヘ、それくらいわかる。とても具合のいいとこと、なんでー!? ってとこがあるもん。きっとメモリー消しちゃったら、わたしのアビリティーに関する情報も消えちゃうんでしょうね」
――どのアビリティー?――
「そりゃあ、もちろんわたしの魅力に関する……あ、また笑った!」
――早く読む、読む――
「……はいはい読ませてもらいますよ……」

 クエストを読んだノラの目が丸くなる。

「え!? うっそー……百歳のおばあちゃんになるの!? 無理だよ。わたしのナイスバデイーは二十五歳、プラスマイナス十歳だよ!」
――よく読め――
「……あ、なーる……婆ちゃんの誕生日に、若いときの婆ちゃんの姿を見せてあげる……よしよし……八十年前の高校生ね。オッケー……チョイチョイ、チョイっと(柱のボタンをいくつか押してから、中から衣装などをとりだす)ええ!? なに、このチョッキ。スカートの丈も……やっぱ、このマシン壊れてるよ。サイズおっかしいよ! そっちでもチェック……してんの? フフフ、あわててるあなたって、かわいいわよ。心臓の音モニターしてみよっかな……うそうそ」
――正常、異常なし!――
「え、壊れてない。本当にこれ着るの? いいけどね……なんか違和感……(器用に着替える)よいしょっと……こうやって……うんこらしょっと……靴下はいいけど……チョッキ、ツーサイズ大きい……スカート短すぎ。おパンツ丸見え」
――……見えてもいい――
「見せパン……変なの……でもさ、この婆ちゃん、どうして十九歳で高校生やってたの?……あ、落第……よし、じゃあ、ダウンロード……」

 ソケットに指を入れる。スパークと振動。おさまると、ガラッと性格がかわっている。ポケットから二十一世紀初頭の携帯電話を取りだしてかけるノラであった。

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高安女子高生物語・86〔迷てるヒマもあれへん〕

2019-09-13 06:41:50 | ノベル2
高安女子高生物語・86
〔迷てるヒマもあれへん〕



 

 迷てるヒマもあれへんかった。

 なにがて、MNB47のこと。
 河内女の根性で、とにかく目の前の競争には負けたない。その気持ちだけでオーディションを受けてきた。2800人が応募して、100人だけが書類選考に残って28倍の競争に残ったことになる。さらに100人のオーディション合格者から選ばれるのは20人だけ。それに合格したのは140倍の合格率に残ったいうことで、数で言うたら、1780人の子を蹴倒し抜かしたことになる。
 大学の入試で、こんな高い倍率はない。クラスの子ぉらが騒いでる進学レベルの話とは次元が違う。かろうじて麻友が言うてる放送局のアナウンサーの倍率がこれに近いけど、それは、これから大学に入って三年ぐらいになったときの問題で、まだ夢物語と言うてええ。

 せやけど心は正直揺れた。

 研究生になれただけでアイドルになれると決まったもんやない。これから厳しいレッスンと競争が待ってる。MNB47は年に二回研究生をとる。合計40人。その中で、将来選抜メンバーに入れるのは二三人。そこから漏れたら、ただのコーラスライン。正直ビビる。

 美枝、ゆかり、麻友なんかには相談しよかと思たけど、なんや自慢になりそうなんで、言われへん。で、ホンマのホンマは関根先輩に話したかった。相談やない。傍に寄り添っていてほしかったけど、これは、さらに実行不可能。

 で、じっくり考えて迷う暇も無く、合格発表の48時間後には入所式。

 いつになく口数の少ないうちに、美枝らはなにか言いたげやったけど、放課後すぐに環状線に乗った。アホかもしれへんけど、環状線二周して時間をつぶした。

 6時から入所式。母親同伴いう子がほとんど。一人で来てるのはうちぐらいのもん。ちょっと気持ちが軽なった。

 ところが、合格者の席に座ってる子が22人おった。うちは、このことが気になった。考えよかと思うてるうちに笠松担当プロディユーサーが前に立った。

「合格おめでとう。祝福の言葉は、これだけです。ここから君たちの競争が始まります。だから、言ううべき言葉の99%は『がんばれ』です。気が付いた人がいるかもしれないけど、ここには22人の合格者が居ます。そう、定員より二人多い数です。この意味は二つ。一つは、今回の受験者の水準が高く20人に絞り込めなかったということ。もう一つは研究生の平均一割が正規のメンバーになるまでに脱落していきます。その分を見込んだこともあります。MNB47そのものが、他の姉妹グループとの競争の中にあります。力のないものは、個人であれグループであれ、没落していくのが、この世界の常識です。学校ではないことを肝に銘じてください。学校では努力を評価しますが、この世界では努力は当たり前。大事なものは結果です。早ければ三か月。遅くとも半年で結果を出してください。一年たって結果が出ない人は先が無いと思ってください。以上。あとは研究生担当の市川が事務的な説明をおこないます」

 みんなの顔が引き締まった。さすがに残った子らなんで心細そうな子は一人もいてへん。
 
 レッスンは、月二回の休み以外、平日は2時間、休日は6時間。レッスン用の衣装は無し。と言って裸と言うわけではない。各自がレッスンに相応しいナリをしてくること、で、そのナリも評価のうちになるということ。レッスン料や所属費はとらないが、毎月あたしらには一人当たり二十万円近いお金がかかっているらしい。

 そして、最後に合格書と保護者の承諾書が配られた。たったA4二枚やけど、めちゃくちゃ重かった。ほんで、良くも悪くも、うちの人生を左右する運命の書類やった……。
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真夏ダイアリー・8『フェミニンボブの謎』

2019-09-13 06:31:53 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・8
『フェミニンボブの謎』 
   


「あら……!?」

 仕事から帰ってきたお母さんの第一声が、これだった。

「え、どうかした?」

 作り置きのおでんに火を点けながらわたし。

「ううん……あんまりバッサリ切っちゃったもんだから」
「痛んでたから、思い切って……」
 味の浸みた大根ををフーフー。お母さんは、竹輪麩をフーフ-。
「そのスタイルは、真夏のリクエスト……?」
「ううん。わたしは『トリートメントして、ボブにしてください』ってだけ」
「じゃ、大谷さんの仕業(しわざ)ね」
「仕業……?」
 お母さんは、つまんだばかりのコンニャクを落っことした。
「あ、そうだ。今日グラビアの撮影で、サンプルのコートもらったの。真夏にピッタリだと思って」
 お母さんは、袋から、カーキのパーカーブルゾンを出した。
 わたしは、並の女の子みたいなフリフリやら、モテカワ系には興味がない。どちらかというとマニッシュなものをザックリって方。いま愛用のピーコートは中二から、かなり乱暴に着ていたので、そのくたびれようは少し気にはしていた。お母さんも気にしていてくれたようだ、いろんな意味でね。
 あとは、省吾の映画評論のタクラミなんかに花が咲いた。
 花っていえば、ジャノメエリカが、一輪花をほころばせている。うちは、引っ越し以来、お花が長持ちしない。
「花って、一方的に愛情をくれるの……だから、受け取る側が、吸い取り紙みたいになっていたら、花は愛情注ぎすぎて早く萎びてしまうのよ」
 花屋のおばさんの言葉が蘇る。このエリカは長生きさせなくっちゃ。

「うわー、切っちゃたんだ!」

 穂波の第一声。
 穂波は、今時めずらしくアイドルなんかには興味がない。一度クラスの女の子でエグザイルの話なんかしてたら。
「え、どこのザイル?」
 この天然ボケで分かるように、穂波は山岳部に入っている。もっとも、マン研と兼部だから、「マッターホルン目指します」てな入れ込みようではない。ポップティーンなんか見て、アーダコーダとチャラチャラとファッションに凝るような子じゃないけど。潔いポニーテールは、えもいえず可愛い。
 で……。
「うわー、切っちゃたんだ!」には、好意的な響きが籠もっている。
 今日は、テストのできも上々だった。

 カキ――――ン!

 玉男のヘナチョコ球でも、バットの真芯に当たって、ショートのバックに決まると気持ちが良い。
「真夏が、そんな球打つなよ!」
 省吾はプータレながら、ボールを追いかけた。
「まあ、このへんにしとこうよ」
 玉男が内股でヘタリながら白旗をあげる。気づくと、省吾も玉男も寒さの中で湯気をたてている。わたし的には、もう十球ぐらい打ち込みたかったんだけど、テスト中なので、おしまい。

「省吾、あんた企んだでしょ?」

 自販機のホットレモンティーのボタンを押しながら聞いた。
「なんの、ことだよ?」
「シラバックレんじゃないわよ。学院の江ノ島クン」
「ああ、あいつ感動してただろう」
 ちなみに、我が校では、自分の学校を「乃木坂」あるいは「乃木高」という。乃木坂学院のことは、単に「学院」。こういうとこにも、プライドとコンプレックスが現れている。けど、省吾には、それがない。省吾の頭には、個人の高校生の有りようという基準だけがあって、学校のラベルだけで妙な気持ちを持ったりしない。それが、省吾の良いトコでもあるし、シャクに障るトコでもある。
「なんで、無断で、人の感想文回すのよ」
「だって、公開前提の感想文だぜ。江ノ島はオレの文学仲間だし、あいつも純粋に感想文に感動してた。そうだったろう?」
「でも、無断で写メ送る?」
「写メなんて、送ってねえよ。真夏の特徴はメールしたけど」
「でも、わたしが学校出たタイミングなんか教えたでしょ!?」
「つっかかんなよ。単に『野球終わった』とだけメールしただけ。で、渋谷のジュンプ堂行かねえかって……あ、あいつ、断ってきたと思ったら、駅で真夏のこと待ち伏せしてたのか」
「すご~い、江ノ島クンていったら、学院でも人気のイケメンよ。あたし会いたかったなあ」
 玉男が感動してしまった。
「まあ、悪いやつじゃなかっただろ?」
「うん、まあ、それはね。でもね、でもさ……わたしの特徴って、どんな風に書いたのよ!?」
「だいたいの身長。カバンの特徴……」
「それから?」
「あ……ヘアースタイル」
「セミロングの爆発頭って、そんなにいないもんね」
「だから切ったのよ。文句ある、玉男!?」
「ないない、とても似合ってる……」
 玉男の後の言葉は、目の前を走ってきたダンプの騒音で聞こえなかった。まあ、玉男のお世辞なんかどうでもいい。わたしたちは、昨日省吾が行き損ねた、渋谷のジュンプ堂に付き合うことにした。こんなことばっかやってるから、成績伸びないのは分かってるんだけど。わたしは、基本的に人恋しい人なので、つい付いていってしまう。
 手ぶらがいいので、渋谷のコインロッカーに、三人分のカバンをぶち込んだ。わたしはパーカー付きブルゾン一枚はおって、お気楽にジュンプ堂を目指した。
 
 見たい本がそれぞれ違うので、待ち合わせ時間だけ決めて、三人好みのコーナーに散っていく。

 わたしは、文庫の新刊書をざっと見たあと、ガラにもなくファッション雑誌のコーナーに寄った。お母さんがくれたパーカー付きブルゾンがどれだけのものか見てやろうと思ったのだ。
 お母さんは、グラビアの撮影のサンプルとか言ってたけど、わざわざ買ってきてくれたんじゃないかと感じていた。あまり高いモノだと気が引ける。ファッション雑誌をペラペラとめくる。

 あったー!

 思わず声が出た。わたし好みのマニッシュなモデルさん達が、アグレッシブに着こなして並んでいた。
 プライスは、思っていたほどには高くなく、ガックリするほど安くもなかった。そのホド良さにニンマリしていたら、隣の芸能誌を見ていた女子高生が声をかけてきた。

「小野寺潤さんじゃ、ないですか……?」
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小悪魔マユの魔法日記・32『フェアリーテール・6』

2019-09-13 06:16:48 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・32
『フェアリーテール・6』  


 
「キミはライオンを探しているのかい?」
 目を輝かして、アニマ王子が聞いた。

「ライオンじゃなくて、ライオンさん」
 少女が言い返した。

「でも、ライオンなんだろ?」
「そう。でも二本の足で歩くし、人の言葉だって喋るし、何よりも勇気を誇りにしているわ。で、ライオンさん見かけなかった?」
「いいえ」「ううん」と、レミとマユが答える。少女の視線は、王子にもどった。
「ぼくも知らないけど、ライオンさんに会えたら伝えてくれたまえ」
「なにを?」
「あ……その……つまりだね」
「あの、わたし急いでるの。分からなかったら、他をあたらなきゃならないから」
「もし、ライオンさんに会えたら伝えてくれたまえ……」
「だから、なにを!?」
「どうやったら、勇気が持てるか」
「そんなもの、自分でどうにかしなさいよ。まったく今時のオトコってきたら!」
 少女は捨てぜりふを残して、回れ右をし、一歩踏み出して……立ち止まった。
「いま、わたし『オトコ』って言ったわよね……」
「う、うん」
「どうかした?」
「う、ううん。なんでも。じゃあね」
 少女は、ギンガムチェックのスカートとツインテールをひるがえしながら行ってしまった。

「……あの子、ドロシーよね。『オズの魔法使い』の」

「そうよ。今頃は、エメラルドの国に着いてなきゃいけないんだけどね」
「やっぱり、これもゆがみの一つなの?」
「たぶんね。でも、ドロシーは所属がMGMで、そこにワーナーやソニーが絡んだり、ややこしくって、よく分かんない」
「でも、そのややこしい中でも、ケナゲにオズの国を目指してんのね」
「そう、だれかさんと違ってね」
 レミは、ストローハットをあみだに被り直して腕組みをした。
「じゃ……ボクはこれで失礼するよ」
 アニマ王子は肩を落として、マントを被りなおした。
「明日も必ず来てね」
「ああ、もちろん!」
「そして、キスするのよ!」
 レミは、きつい口調で言った。
「ああ、前向きに考えるよ」
「なに、その政治家みたいな言い方!?」
「母上に教わったんだ。こういう状況で使う言葉……じゃ」
「待って、これをあげるわ」
 マユは、胸ポケットからシャ-ペン……いや、歯ブラシを出した。
「歯ブラシ?」
「それで今夜と、明日の朝、歯を磨いて」
 アニマ王子は、手に息を吐きかけて、臭いを嗅いだ。
「臭うかな……?」
「似合うわよ」
「え……」
「ロゴを見て」
「……ライオン歯ブラシ」
「分かった?」
「ハハ、どうもありがとう。少し勇気が湧いてきたよ」
 少しだけ明るくなった背中を見せて、王子は行ってしまった。
「なかなかいいシャレね」
「シャレじゃないわ」
「え……?」
「あの歯ブラシには魔法がかかっているの」
「どんな魔法?」
「あれで歯を磨くと、好きな女の子にキスしたくなる魔法」
「え……それじゃ!」
「でも、アニマ王子に効くかどうか、自信はないわ。小悪魔程度の魔力じゃどうしようもないほどの落ち込みだもん」
「それにしても白雪さん、可愛そう……」
 レミが、棺の白雪姫に目をやった。マユも自然に目をうつした。
「あ……白雪さんの顔」

  マユは、白雪姫の寝顔に不吉なものを感じた……。
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