魔法少女マヂカ・072
胴の所で真っ二つになったツェサレーヴィチ!
上半身も下半身もクルクルと弧を描いて、わたし達の周りを周り始めた。
切断の勢いかと思ったら、どうも様子が変だ。
上半身は、ニタニタ笑いながら両手で空気を掻き、下半身もきれいなフォームで空気を蹴っている。
二人の周囲を二周するころには、それぞれの切断面が盛り上がり、新しい下半身と上半身になって、三周目にツェサレーヴィチは二人になってしまった。
「化け物か?」
気味悪がりながらも、レイピアを上段に構え直すブリンダ。
「下手に切っちゃダメだ、切ると、たぶん、さらに増える」
「さあ、どうだろ。わたしはフランス生まれのロシア育ち。だから、おバカな魔法少女にも分かりやすく分裂してあげた。でも、ヤポンスキーが言う通りかも。だって、この百年でロシアもフランスも蹴落としてくれた日本とアメリカ。わたし自身でも自覚しない恨みがあるかも……もし、そうだったら、この百年に相応しい数だけ分裂するかもしれないわね」
「別々に相手をしよう」
「分かった」
互いの体を踏み台にして跳躍して、それぞれの正面にいるツェサレーヴィチに突進する!
「「アハハハハハハハハハハ」」
同じ笑い声を吐きながら両極を飛ぶ二人のツェサレーヴィチを追う!
「切るんじゃないわよ!」
「どうしたらいいんだあああああ!?」
「考えろおおお!」
ブリンダの声が遠くなる。ツェサレーヴィチの片割れを追いかけて、反対側のゲートから飛び出してしまったんだろう。
こちらのツェサレーヴィチも、器用に飛びながら、いくつものゲートを抜けていく。
「早く来て、早く追いついて、わたしを切りなさい。わたしを倒さなければ、ここからは出られないのだから。ハハハ、その野蛮な日本刀は飾り物なのかしらあ」
嘲笑しながら一定の距離を置いて前を飛ぶツェサレーヴィチ。何度かダッシュをかけるが、数メートル以内には近づけない。
百余りのゲートを潜るたびに風切丸を一閃する。届かない、正直悔しい。
何度か飛び回るうちに、さっき一閃した太刀傷がゲートについているのが目に入った。
なんという徒労感……そして気が付いた。
シェルターは、蟻の巣状に亜空間を走っている。無軌道に飛んでいるようだが、一定の癖があるように思えた。
追うのをやめて、ゲートの脇に潜んだ。そして待つこと数十秒。
トーーーーーッ!!
読んだ周期通りに現れたツェサレーヴィチを風切丸で刺し貫いた!
「ウッ! ウウウウウ、 ウ……切らないのか?」
ツェサレーヴィチは驚愕している。身をよじって、わたしに切らせようとするが、コスの襟を掴んで離さない。
「切れば、増えてしまうからな!」
「くそ!」
ツェサレーヴィチは、思い切り、わたしを突き飛ばした。
逆らわずに、突き飛ばされてやる。
傷口から、血を吹きださせながら敵は逃げていく。
「逃がすか!」
わたしは追いかけて、勢いの衰えた敵を何度も貫いていく、けして切ったりはしない。
目に見えて遅くなったツェサレーヴィチをゲートの脇に追い詰める。
「よ、よく気づいたわね……」
「せっかくのラビリンスを規則正しく飛ぶ方が悪いのよ」
「規則正しい?」
「途中で気が付いてね、ゲートを通るたびにシルシをつけておいたのよ」
「そ、そうか。やけっぱちに振り回していたわけではないのか……わたしとしたことが……」
「さ、M資金、返してもらうわよ」
「さ……せるか!」
そう言うと、ツェサレーヴィチは自分から跳びかかって、風切丸の切っ先に飛び込んできた。
ブス! 風切丸の鍔まで串刺しにされたツェサレーヴィチ、息のかかるところまで顔を寄せてくる。
「フフ……二度もマカーキ(猿)には負けない……」
それだけ言うと、わたしを突き飛ばし、傷口からジェットのように血を噴きだし、クルクル旋回したかと思うと、無数のポリゴンのように分裂、露仏合作の魔法少女は霧消していった。
ホッとため息をつくと、斜め後ろのゲートから微かに撃剣の音がする。
まだ、ブリンダの方が残ってる!
相棒と敵の気配を探りながらシェルターを突き進んだ……。