大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

魔法少女マヂカ・070『M資金・5 消しゴムが床に落ちるまで・2』

2019-09-09 13:15:54 | 小説

魔法少女マヂカ・070  

 
『M資金・5 消しゴムが床に落ちるまで・2』語り手:マヂカ 

 

 

 三半規管がおかしくなった上に地獄に墜ちたのかと思った。

 

 茶褐色や黒褐色の岩やら礫だらけの地面が三十度ほどに傾斜している。

 魔法少女の反射神経とコスでなければ、そのまま斜面を傷だらけになりながら転がり落ちたことだろう。

 おっとっと!

 二三歩タタラを踏んで踏みとどまった。シュっとスプレーのような音がして、岩を噛んでいた靴底の鈎が収納される。

――ち、乙一のコスだ――

 魔法少女のコスは甲・乙があって、甲・乙はそれぞれ二等級、乙一は三番目のコスで、姿勢制御がアナログなのだ。甲ならば、斜面に転送されてもタタラを踏むようなことはない。コスを乙一にしなければならないほどか……特務師団は?

 ブーストをかけて斜面を駆け上がる。

 周囲はガスが立ちこめていて、視界は五十メートルほどしかない。

 当然麓も頂上も見えない。感覚を研ぎ澄ますと、頂上までは400あまり、標高は3500以上と知れる。

 急げば二十秒ほどで達するが、アトランダムに方向を変え、二分ほどかけて達する。少しでも地形や状況を確認するためだし、直線に進んでは、どこにいるか分からない敵に進路を予想されて攻撃を受ける。

 頂上まで50を切ったあたりで確信が持てた。

 ここは富士山だ。

 富士山には何度も来たが、いずれも冠雪の季節で、頂上まで剥き出しの地肌というのは初めてだ。

 むろん、ここはリアルではなく亜空間の富士だ。リアルならば、全山で数千人の登山客がひしめいているだろう。

 

 無人の山頂に達する。むろん、岩陰に隠れて状況を確認しながら。

 カルデラの向こう側はガスに煙っているが、透視はできる。

 人影は無い……しかし、何者かがカルデラの陰に潜みながら寄って来る気配がする。

 気配は断続的で、一人か複数なのかが判断できない。敵が複数で会った場合、いたずらに攻撃を仕掛けると、感知できなかった敵に側面を突かれる恐れがある。乙一のコスでは瞬発力に自信が持てない。

 二十メートルほどで確信が持てた、敵は一人だ!

 

 セイイイイイイイイイッ!!

 

 跳躍と同時に風切丸を抜き放ち、大上段から振り下ろす。

 ガシッ!!

 寸前に敵は跳躍し、風切丸は軽自動車ほどの岩石を打ち砕く。

 瞬間、敵の姿が視認できた。日本人離れしたシルエットは華奢でありながら力強い、ツェサレーヴィチか!?

 先日、亜世界のシェルターで見かけたバルチック魔法少女の姿が浮かんだ。

 斜面をジグザグに駆けてから跳躍!

 ズドドドド! ズドドドド!

 パルス弾がかすめる。

 セイ! トリャーーー!

 ガギギギギ……鍔迫り合い……しながら気づいた。わたしの前髪をそよがせる鼻息に憶えがある。

 ブリンダ!? 

 マヂカ!?

 日本人離れしているはずだ、敵と思ったのは相棒のブリンダだ。

 

「ブリンダもB2(乙一)のコスなのか!?」

「ああ、転送されたら、これだった。B2なんてワシントン軍縮以来だぞ」

「北斗も使えないし、これは、本格的にM資金を取り返さないとじり貧になってしまう」

「山頂周辺に敵の気配は無い……」

「念のため、カルデラの周囲を、もう一度サーチしよう」

「じゃ、オレは右回り、さっきの逆で行こう」

 一分でサーチし終えると結論に達した。

「敵はカルデラの中だ」

「行くか」

 セイ!!

 跳躍してカルデラの底を目指すと、赤黒く道が開ける……巨大なカメラレンズの絞りが開くのに似ていた。

 

 

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せやさかい・062『熱中症!』

2019-09-09 07:47:05 | ノベル
せやさかい・062
『熱中症!』 

 

 

 アホちゃうかあ。

 

 夕食後、新聞のまとめ読みしてたお祖父ちゃんが、大きな声で呟いた。

 お祖父ちゃん、むかしは食事中に読んでたらしい。

 お祖母ちゃんが「行儀悪いでっせ」と注意しても治らんかったらしい。

 これにはこれで面白い話があるねんけど、今日のテーマからは外れるんで省略。

 お祖母ちゃんが臨終の間際に「あんさん、食事中の新聞はやめなはれやあ……」と言うたんで、それ以来、食べてから読むことにしてるらしいとだけ言うときます。

「お祖父ちゃん、なにがアホやのん?」

「これや」

 四つ折りにした新聞を、あたしの目の前に置いた。

「なになに……」

 

 新潟県の中学校で運動会やってて、十数人の生徒が熱中症で搬送されたと出てた。

 

「まだまだ真夏の気候やのに運動会やるなんて常識が無い。桜のとこは、いつ運動会や?」

「えと、今月の27日」

「……お祖父ちゃんのころは十月の末やったなあ」

 27日でも早いという気持ちやねんやろけど、さすがに直接批判することはせえへんかった。

 してくれてもええねんけどね。

 十三年の人生経験から言うても、九月は、まだまだ夏や。それも七日にやるのんは無謀やろなあ。

 

 登校したら、信じられへんことが起こってた!

 

 なんと、エアコンが絶賛故障中!

 エアコンは、朝礼の時に担任がスイッチを入れる。スイッチは窓側の掲示板の下。お豆腐ほどの大きさのスイッチボックスになってて、蓋にカギが付いてる。

 担任が、ガチャリと開けてポチッとスイッチを押す。

 数秒遅れて、ウィーーンと音がして、一分足らずで冷気が吹き出す。

 ウィーーンまでは、いつも通りやねんけど、一向に冷気は吹き出てこーへん。

 冷房するときは、窓もカーテンも閉めるさかいに、冷気が出てこーへんから、急速に蒸し暑くなってくる。

「先生、エアコンおかしいで」

 田中がご注進。

「じきに涼しなる、待っとけ」

 そう言うて、担任は教室を出て行った。ご注進したのが田中とちごて、留美ちゃんとかの真面目系女子やったら対応も違うと思うねんけど。

 一時間目は担任の授業。

 一時間目やねんから、そのまま居ったらええのにと思うねんけど、うちの菅ちゃんは、必ず職員室に戻る。コーヒーを飲んでるとか、ちょっとの間ぁでも生徒といっしょに居りたないからとか言われてる。

「先生、三十二度やああああああああああああ!」

 田中が悲鳴を上げよる。ほかの生徒も「なんでえ」「あぢい」「死ぬう」とか言い出してる。

「昔は、クーラー無かったけど、授業はできてた。さ、授業やるぞお!」

 暑苦しいから馬力上げんといて。

「先生、窓開けていいですか?」

 留美ちゃんが勇気を出して発案。

「せやな、涼しなるまで開けよか」

 よう言うてくれた。これが田中やったら、菅ちゃんは脊髄反射で「あかん!」と言うてたと思う。

 しかし、窓を開けたくらいでは涼しいにはなれへん。

「たまには暑さに耐える訓練もせんとなあ。昔は、このくらいの暑さはヘープーやったぞ」

 それでも菅ちゃんは淡々と授業を始める。

 鬼かあっ!

 新聞を思い出した。

「熱中症で新潟の中学は生徒が倒れた……」

 お祖父ちゃんの口調で、つい口をついて出てくる。

「あれは……運動会の最中やたぞ」

 聞こえてたんや……けど、無意識に出た言葉やねんから、お愛想で慰めるとか……いや、他の女子やったら、反応違てたやろなあ……うちは、田中並みかあ?

 見渡すと、顔上げて授業受けてるのは留美ちゃん一人だけ。その留美ちゃんも目の焦点が合うてへん。

 この状況で授業するなんて、菅ちゃんはサイボーグや、ターミネーターや。

 

 しばらくすると、入り口のとこで教頭先生が菅ちゃんを呼んでる。

 

 なにやら、ボソボソ協議すると、宣言した。

「このフロアーの教室はエアコンが壊れたんで、特別教室に移動して授業する。一組は物理教室や、すみやかに移動!」

 もう、みんなグダグダやから口ごたえもせんと、移動を開始する。

 半分くらいが廊下に出たころ……。

「先生、榊原さんが!」

 委員長が叫ぶ。榊原さんとは留美ちゃんのこと。見ると、留美ちゃんは机に突っ伏して荒い息をついてる!

「留美ちゃん!」

 留美ちゃんのとこにすっ飛ぶ。

 留美ちゃんは、真っ赤な顔で、目を半開きにして喘いでる。で、ものごっつい熱や。

「先生、新潟と同じ熱中症や!」

 菅ちゃんの顔が、一瞬で真っ青になった。

 廊下で、数人の女子がバタバタと倒れた……。

 

 これ、新聞に載るんちゃうやろか。

 

 

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泉希 ラプソディー・イン・ブルー・5〈谷町高校の秘密〉

2019-09-09 06:49:53 | 小説4
泉希 ラプソディー・イン・ブルー・5
〈谷町高校の秘密〉        


 
 三日目で妙なことに気づいた。

 看板と中身の違う授業が多いのだ。
 総合学習の時間は、普通に国語をやっているし、ビジネス基礎では日本史をやっているという具合である。授業の中身は30年前からまるで変わっていないように思われた。

「ねえ、谷町高校って、ずっとこんなの?」

 泉希は隣の席の子に聞いてみた。
「うん、そうよ。よその学校みたいに変な選択授業がないから主要教科に集中できるの。うち、親子姉妹ずっと谷高だけど、看板はともかく中身は変わってないわ」

 その日、都教委の定例の査察が入った。簡単に言うと、学校が都教委に届け出たとおり学校を運営しているかどうかを調べに来るのだ。大方は今の時代なので電子化された資料の点検だけど、直接授業の査察もやる。
 泉希のクラスはビジネス基礎の看板で日本史をやっている。

――こんなの、すぐにバレちゃうよ――

 そう心配したが、査察の都教委の指導主事は感心したように首を振っている。泉希は、ちょこっとだけ指導主事のオッサンの心を覗いてみた。
 なんと、オッサンにはビジネス基礎の授業に見えている。室町幕府と守護大名の関係についての説明が、日本の物流の話に聞こえている。

 で、気づいた。他の人間には聞こえないように、阿倍野清美が呪文を唱えている
――臨兵闘者 皆陳列在前……――
 その呪文は、人知れず査察が終わるまで続いた。

 査察が終わると清美はぐったりと机に突っ伏した。取り巻きの二人も同様だった。チラリ、清美と目が合ったが、今までのような敵愾心は感じられなかった。訳は分からないが、ひたすらホッとした気持ちだけが通じてきた。

 昼休み、泉希は図書館に行ってみた。

 最初は、学校が10年ごとに出している記念誌を閲覧するつもりだったが、入ってみると閉架図書の中にある歴代の卒業アルバムが気になりだした。
「すみません、閉架の卒業アルバムが見たいんですけど」
「パソコンのここに、クラス氏名と閲覧目的書いてくれる。それからスマホとかは預かります」
 司書のオネエサンが事務的に言った。
「スマホですか?」
「ええ、古い奴は住所や電話番号とか個人情報がいっぱいだから。最近のでも肖像権とかうるさいからね」
 泉希は、スマホを預け、閉架図書室に入った。司書室からはガラス張りだけど、利用者が少ないせいだろう、古い本特有の匂いがした。

「これって……」

 インスピレーションを感じる十数冊を取り出して、パラパラとページをめくった。
 名前も顔も違うけど、明らかに同じ人物が映っていた。それも三年に一度……それは阿倍野清美だった。
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高安女子高生物語・82〔とりあえず……〕

2019-09-09 06:37:42 | ノベル2
高安女子高生物語・82
〔とりあえず……〕
        


 

 

 今日から水泳の授業が始まるんや!

 ビックリマークが付いてんのは、うちが忘れてて、昨日の終礼でガンダムが念押ししたんで思い出したから。
 進路もそやったけど、うちは、どうもその時少女。先のこと考えて計画たてたり行動すんのは苦手。毎日毎日を精一杯生きてるんで、先のことを考える余裕がない。とうのは言い訳で、ただ計画性が無いと、ガンダムもお母さんは言う。お父さんは、そういうとこ含めて、うちの面白さやと言うてくれる。そやけどお母さんは「あんたも一緒やから、自己弁護の変化球に過ぎひん」と手厳しい。

 で、昨夜は一騒ぎやった。

 水着なんかはすぐに見つかったんやけど、アンダーショーツが見つからへん。
「もう、去年の最後の水泳が終わった後、ちゃんとしとけへんからでしょ!」
 一時は、アンダーヘアーの処理まで考えたけど、正成のオッサンに笑われそうなんが癪の種。
 けっきょく二十分ほど探しまくって、Tシャツやらカットソーが入ってる衣装ケースの中から出てきた。で、後片付けが大変やった。父親譲りの始末の悪さて、お母さんが言うと、お父さんが抗議。
「おれは、どこになにがあるか、分かってる」
 で、いらんとこで夫婦喧嘩になりかけ。確かにお父さんは雑然としてるようで、モノを無くしたとは、あんまり言わへん。しかし、お母さんは「後始末が悪い」というくくり方なんで、お父さんの機能性のある雑然さは認めへん。なんで、この二人が夫婦になったか、よう分からへん。せやけど、その結果うちがおるわけで、この不条理はそのまま受け入れることにする。
 
 着替えでびっくりした。
 女子同士でも着替える時は、できるだけ人に肌が見えへんように着替える。

 ところが、ブラジルからの転校生新垣麻友は日ごろの清楚さからは想像もつかへん着替え方。更衣室へいくと着てるもんみんな脱いで素っ裸になってから、おもむろに水着を出し、それから鏡を見て、自分の体を点検しながら水着に着替える。
「みんなの方が変よ」
 と、麻友は言う。見かけは大和撫子やけど、この子の中身はラテン系やいうことがよう分かった。で、悔しいことに、プロポーションも肌の色艶も断然ええ。
「背中に羽根飾りとか付けてリオのカーニバルなんか出たら、似合うやろね」
「うん、今年の御堂筋パレードには出るから、観に来てよ」
 と、アッケラカ~ン。美枝が義理のお兄ちゃんと結婚したいいうのにもびっくりやけど、麻友のぶっ飛び方も、なかなかのもんや。

 うちらが、ノロノロ着替えてるうちに、麻友はストレッチすまして、さっさとプールへ。ノソノソ着替えたころには派手にプールに飛び込む音が聞こえた。
「すごい……」
 麻友は、プールの半分ぐらいまで潜水で泳いで、見事なクロール。ターンしてバタフライ。そこにガンダムが来た。
「誰や、許可もなしに先に泳いでるやつは!」
「あ、はい、あたしです!」
 水からジャンプして手ぇ上げて、まるで水着のCM、にっこり笑うたとこは歯磨きのCM。

 ちょっと説明。
 
 ほんまは、うちらの体育は、宇賀先生が担当やねんけど、運動会の怪我がまだ治らへんので、今週いっぱいはガンダムが代行。うちらは平気やけど、中には嫌がってる子もいてる。この嫌がり方も二通りで、先生とはいえ水着姿を男の前で晒すのに抵抗がある子と、ガンダムのマッチョな体が耐えられへんいう子。

 今日は水泳の初日やったんで、水に慣れることがテーマで、入念にストレッチやったあと、足からゆっくりと水につかって、上半身に十分水かけて心臓を慣らす。ほんで25メートル、プールを歩いたあと、ゆっくりと平泳ぎやったとこで時間切れ。

 この授業では収穫があった。
 
 麻友のラテンぶりに帰国子女の南ラファが好感持ってお友達になった。ラファは小学校のころに日本に来たんで、日本のやり方になじんでるけど、自分の感性に近い子を見つけられてうれしいみたい。
 ラファは副委員長もやってて、お仲間も多い。うちらだけと違うて、友達が増えたらええと思た。

 見上げた空は梅雨の中休み。積乱雲がムクムク。なかなかのプール開きではありました。
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真夏ダイアリー・4『母子のへだたり』

2019-09-09 06:29:44 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・4
『母子のへだたり』    


 
 朝、歯を磨いていたら、リビングで、お母さんの笑い声がした。

「……なにが可笑しいの?」
「ほら、真夏にきてる手紙」

 テーブルに着くと、お母さんは、三通のわたし宛のメール便を、ズイっと押し出した。三通ともDMのようなので、シカトしようとしたが、その一通に目が留まった。宛名が「冬の真夏」になっていた。

「これで笑ったわけ?」

「笑えるじゃん。単なる入力ミスなんだろうけど……早く食べないと冷めちゃうよ」
 トーストを咀嚼しながら、ごく日常的な口調でお母さん。
「母親が、これ見て笑う……?」
「どうしたの?」
「わたし、この名前で、ずいぶん苦労したんだよ」
「ほんと……?」

 わたしの真剣な言い方に、お母さんのトーストを持つ手が止まった。
 小爆発した自分の心を持て余した。で、一瞬で計算した。今日は土曜。明日も含めて期末試験の中休み。で、珍しく、お母さんも仕事が休み。この際、とことんぶつけてみようという思いが吹き出した。
「お母さんは、いいわよ、離婚して旧姓の冬野に戻って。冬野留美子……ごく当たり前の名前じゃん。でも、わたしは、鈴木真夏から、冬野真夏だよ。アンバランスだと思わない? 冬だか夏だか分かんない。まるでお笑いさんの芸名じゃん。わたし、入学式の日から、からかわれたわよ!」
「……真夏」
「でも、それはいいよ。ちょっと我慢したら、みんなも慣れてくれたから。でも、お母さんが、そのことで笑うなんて、わたし……わたし許せないよ! わたし、お父さんとお母さんが離婚するときも、なにも言わなかった。よそに女作ったお父さんが許せない気持ちも分かる。作りたくなったお父さんの気持ちも分かる。だから、わたしってば、何にも言わないでお母さんに付いてきた。お父さんには、あの人が付いている。でも、お母さんは独りぼっちになってしまう。だから、だから、冬野真夏って名前も受け入れてきたんだ。それを、それを……」
 小爆発は大爆発になってしまい。胸の奥から、とんでもない毒が湧いてきた。わたしは、スゥエットのまま玄関を飛び出し、筋向かいの公園に向かい。奥の植え込みで、食べたばかりの朝食をもどした。半分も食べていなかった朝食は、最初の一吐きで出てしまったけど、吐き気は収まらず、胃液を、そして最後は空えづきになり、胃が口から飛び出すんじゃないかと思った。
「真夏!」
 お母さんが、駆けてきてスゥエット一枚の背中にコートを掛けてくれた。
「ごめんね、ごめんね。お母さん、ちっとも真夏のこと気づいてやれなくて……ほんとに、ほんとにごめんね」

 で、わたしたちは、レストランの奥の席に収まっている。

「ああ、食った、食った!」

 わたしの目の前には、大盛りパスタとシチューとサラダのお皿が空になっていた。
 公園から戻って、シャワーを浴びた。毒は吐き出した。バスルームを出るときに鏡で、自分の笑顔をチェック。そして、お母さんに罪滅ぼしということで、買い物に連れていってもらった。

 あれこれ買わせてやろうと思ったけど、冷静になって、お母さんの所得を考え、ブティックなんかは眺めるだけにして、量販店で中古の『グランツーリスモ・5』と、これも中古のハンドルコントローラーを買ってもらった。
 ガキンチョのころに、お父さんがプレステ2の『グランツーリスモ・4』にはまっていて、本格的なコックピット型のコントローラで遊んでいた。わたしは、その横で、専用の椅子を持ってきて、いっしょに並んで車の走行感を楽しんでいた。鈴鹿サーキットやコートダジュールなんか、コースが頭に入っている。ちょっとお母さんにはイヤミかと思ったけど。お母さんは気楽に『みんゴル』の中古と体感コントローラーを買っていた。離婚は離婚、趣味は趣味と割り切っているようだ。
「春夏秋冬って書いて、苗字としては、どう読む?」
 デザートのスィーツを食べながら、クイズのようにして、さりげに友だちの話題に持っていった。
「ひととせ……だよね。めったにない苗字だけど」
 さすがベテランの編集。あっさり答えた。
「そのめったにいないのが、友だちにいるんだよね」
 わたしは、スマホを出して省吾の写メを見せた。
「あら、イケテルじゃん。もしかして彼氏?」
「ちがうよ、タダトモ。ほら、この子と三人でワンセット」
 玉男も含めて三人のドアップ写メを見せ、入学式このかたの話をする。お母さんは笑いっぱなし。どこが可笑しいかは、前章を読み返してね。

「ボーリングでも行こうか!」

 話がまとまりかけてきたところに、お母さんのスマホが鳴った。
「はい、あ、編集長……大佛さん……ええ、二時間後でよければ……」
 お母さんは、スマホ片手に、もう片方の手で謝った。すると、わたしのスマホにも着メロが。わたしのはメール。
――今から、出てこれない? 一人分チケ余っちゃったから、映画観ない?
 メールは、省吾からだった。文芸部で映画を特別料金で観ることになっていたらしいけど、一人都合が悪くなって、一枚余ったので、お誘いのメールだった。映画館も、すぐそこだったので。
――いくいく(^0^)と返事した。
「ごめん、真夏。あたし仕事入っちゃった」
「いいよ、わたしも今、約束入ったから。その二人組から」

 二人組が余計だった、お母さんは省吾と、玉男に興味持っちゃった。

「お母さんとして、ご挨拶しとく」
 という名目で、付いてきちゃった。
「よろしく」
「どうも」
 てな感じで、ご対面もそこそこにお母さんは行ってしまったけど、双方かなり興味は持ったみたいだった。
「真夏のお母さんて、美人だなあ……」
「真夏とは似てないのね」
「それって、わたしがブスだってこと?」
「ち、違うわよ。真夏はお父さん似なのかなって。よく言うじゃん。女の子は、お父さんによく似るって」
 玉男のフォローは、この数日後に起こる事件を、結果としては予言していた。

 観た映画は、いわゆる名画座のそれで、前世紀の映画界の巨匠黒澤明の名作『デルスウザーラ』だった……。
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小悪魔マユの魔法日記・28『フェアリーテール・2』

2019-09-09 06:20:56 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・28
『フェアリーテール・2』


 
 
 昼休みの女子トイレ、個室の中で、マユは自分の体に同居している幽霊の浅野拓美と話をしていた。
 小悪魔と幽霊の会話、それも同じ体の中にいるので、声を出しての会話ではない。
 その奇妙な会話を聞いていた女生徒がいた……。
 
「あなた、小悪魔のマユさんね」と、正体を見抜いてきた女生徒が目の前にいる。

「あなた……何者?」
「少し、お話がしたいの。いいかしら」
「じゃ、中庭かどこかで……」
 マユが、ドアを開けようとすると、ドアはビクともしない。
「……なにをしたの」
「ここからは出られないわ」
「……ここ、あんまりお話する雰囲気じゃないと思うんだけど」
「そうね、この時間帯、あまりロックもしておけないし」
「じゃあ、どこで……?」
「こっちよ」
 その子が指差したのは、6番目の個室……。
「え……ここって、個室は5つのはず」
「黙って、付いてきて」
 その子が、6番目のドアを開けると、他の個室と同じ便器があるだけだった。二人で入るといささか狭い。
「その便器のレバーを反対側に回して」
「わたしが?」
「うん、わたしは、このトイレをロックするのに力を使っているから」
「しょうがないあなあ……ん、動かないわよ、反対側には」
「人間の力じゃね。小悪魔であることを思い出して……早く」
「もう……」
 マユが小悪魔の力を出して回すと、ガクンと一瞬の抵抗があって、レバーが回った。
 ジャー、ゴボゴボと勢いよく、青い水が渦を巻いて流れだした。一瞬トイレの洗浄剤かと思ったが、その水は、すぐに青い霧状になって、個室を満たしはじめた……個室の壁が消えて、空間が広がっていく!

 その時、トイレのドアが開いた。

「なんだ、開くんじゃない。美紀、使えるよ!」
 ルリ子が叫んだ。
「よかった、二階のトイレじゃ間に合わないとこ……ううう……漏れそう!」
 美紀は一番手前の個室に入った。ルリ子は、洗面台の鏡を見ながら髪をとかした。すると、鏡に写っていた一番向こうの個室が一瞬揺らめいたように見えた。
「え……錯覚かなあ?」
 ルリ子は、個室が一つ減ったような気がした……その不思議な思いは、美紀が流した水の音が弱まるのといっしょに消えていった。


 青い霧が薄らいでいくと、そこが森の中であることが分かった。

「やっと落ち着ける……」
 その子は、いつの間にかミニのフンワリしたワンピになっていた。まるで妖精のように見えた。
「さあ、自己紹介からしてもらおうかしら。取りあえず人間じゃなさそうなことだけは分かってきたけど」
「ああ、ごめんなさい。わたし妖精のレミ」
「あ、ドアーフ?」
「いいえ、こう見えてもエルフの王女」
「エルフ……にしては、背が低いわね」
「そう、これが問題……」
「そういうことなら、お医者さんかエステか、お父さんの王様にでも言う事ね」
「これは、問題のほんの一つに過ぎないの。それにエルフはお医者さんにもかからないし、エステも関係なし。お父様には、108人の王子と王女がいて、いちいち構ってらんないし、てか、あたしの身長なんて関係ないし」
「気にはしてるんだ」
「ムーーーーヽ(`Д´)ノ!」
「で、小悪魔のわたしになんの用?」
「あ、そーだ、用件いわなくっちゃね……その前に、ちょっと深呼吸させてね……」
「長い間、トイレに籠もってて、息が詰まった?」

 マユの皮肉も無視して、レミは三回、深呼吸をした。

「あ、おまたせ。別にトイレのせいじゃないのよ。あそこはあのあたりで唯一のここへの出入り口だから。でもね、おちこぼれ天使がいるじゃない。雅部利恵って」
「ああ、あんたたち、キリスト教の世界じゃ否定されてるんだったわよね」
「そうよ、ハリー・ポッタだってダメだったりするんだから」
「唯一神だもんね」
「そこいくと、悪魔はキリストの世界でも認知されてるし、迫害されてるって点じゃ、わたしたちと同じでしょ。そいで、わたしたちは、いろいろ相談ぶったんだけどね。なんとかまとまるかなあと思ったら、決まりかけたとこで、文句いう奴がでてくるし、ティンカーベルなんかね……」
「ああ、グチは、また暇なときに聞いてあげるから、用件を早く!」
「ああ、実はね……」
 レミは、マユの耳元で、原稿用紙で1000枚分ぐらいの説明をした。しかし、マユは一瞬で反応した。
「……ええ、そんなあ!!!!」
 小の字がついても悪魔である。本気で驚くと、半径50メートルぐらいの木々の葉っぱを吹き飛ばすぐらいの迫力がある。着替えたばかりのレミのフンワリワンピは引きちぎられてふっとんでしまった。
 レミは、大あわてで、そこいらの落ち葉を集めて体にまとい、蓑虫のようになってしまった。

「で、どーかなあ、引き受けてもらえる?」
「ダメよ、わたしには、そんな時間の余裕はないわよ。なんたって……」
「おちこぼれ……」
「修行中だって言ってよ」
「はいはい、修行中」
「それに、わたしには拓美って、同居してる幽霊もいるし」
「あ、その人なら、眠ってもらってる。ほら、気配ないでしょ……?」
「……ほんとだ」
「それに時間のことも、ノープロブレム。ここでの一年はそっちじゃ十秒ぐらいにしかならないから。ここは、パソコンで言えばゴミ箱みたいなところ、全てのことが圧縮されてんの」

 これが、これからの物語のはじまりであった……。
 
 
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