魔法少女マヂカ・070
三半規管がおかしくなった上に地獄に墜ちたのかと思った。
茶褐色や黒褐色の岩やら礫だらけの地面が三十度ほどに傾斜している。
魔法少女の反射神経とコスでなければ、そのまま斜面を傷だらけになりながら転がり落ちたことだろう。
おっとっと!
二三歩タタラを踏んで踏みとどまった。シュっとスプレーのような音がして、岩を噛んでいた靴底の鈎が収納される。
――ち、乙一のコスだ――
魔法少女のコスは甲・乙があって、甲・乙はそれぞれ二等級、乙一は三番目のコスで、姿勢制御がアナログなのだ。甲ならば、斜面に転送されてもタタラを踏むようなことはない。コスを乙一にしなければならないほどか……特務師団は?
ブーストをかけて斜面を駆け上がる。
周囲はガスが立ちこめていて、視界は五十メートルほどしかない。
当然麓も頂上も見えない。感覚を研ぎ澄ますと、頂上までは400あまり、標高は3500以上と知れる。
急げば二十秒ほどで達するが、アトランダムに方向を変え、二分ほどかけて達する。少しでも地形や状況を確認するためだし、直線に進んでは、どこにいるか分からない敵に進路を予想されて攻撃を受ける。
頂上まで50を切ったあたりで確信が持てた。
ここは富士山だ。
富士山には何度も来たが、いずれも冠雪の季節で、頂上まで剥き出しの地肌というのは初めてだ。
むろん、ここはリアルではなく亜空間の富士だ。リアルならば、全山で数千人の登山客がひしめいているだろう。
無人の山頂に達する。むろん、岩陰に隠れて状況を確認しながら。
カルデラの向こう側はガスに煙っているが、透視はできる。
人影は無い……しかし、何者かがカルデラの陰に潜みながら寄って来る気配がする。
気配は断続的で、一人か複数なのかが判断できない。敵が複数で会った場合、いたずらに攻撃を仕掛けると、感知できなかった敵に側面を突かれる恐れがある。乙一のコスでは瞬発力に自信が持てない。
二十メートルほどで確信が持てた、敵は一人だ!
セイイイイイイイイイッ!!
跳躍と同時に風切丸を抜き放ち、大上段から振り下ろす。
ガシッ!!
寸前に敵は跳躍し、風切丸は軽自動車ほどの岩石を打ち砕く。
瞬間、敵の姿が視認できた。日本人離れしたシルエットは華奢でありながら力強い、ツェサレーヴィチか!?
先日、亜世界のシェルターで見かけたバルチック魔法少女の姿が浮かんだ。
斜面をジグザグに駆けてから跳躍!
ズドドドド! ズドドドド!
パルス弾がかすめる。
セイ! トリャーーー!
ガギギギギ……鍔迫り合い……しながら気づいた。わたしの前髪をそよがせる鼻息に憶えがある。
ブリンダ!?
マヂカ!?
日本人離れしているはずだ、敵と思ったのは相棒のブリンダだ。
「ブリンダもB2(乙一)のコスなのか!?」
「ああ、転送されたら、これだった。B2なんてワシントン軍縮以来だぞ」
「北斗も使えないし、これは、本格的にM資金を取り返さないとじり貧になってしまう」
「山頂周辺に敵の気配は無い……」
「念のため、カルデラの周囲を、もう一度サーチしよう」
「じゃ、オレは右回り、さっきの逆で行こう」
一分でサーチし終えると結論に達した。
「敵はカルデラの中だ」
「行くか」
セイ!!
跳躍してカルデラの底を目指すと、赤黒く道が開ける……巨大なカメラレンズの絞りが開くのに似ていた。