大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

魔法少女マヂカ・071『M資金・6 消しゴムが床に落ちるまで・3』

2019-09-11 12:15:09 | 小説

魔法少女マヂカ・071  

 
『M資金・6 消しゴムが床に落ちるまで・3』語り手:マヂカ 

 

 

 とんでもないところに出るんだ。

 赤黒の穴に飛び込むと、グニュっとすぼまる感覚。

 でも、それは錯覚だ。穴にカメラのような絞りが付いているのではなく、穴自身が絞るように歪んでいるんだ。

 並んで落ちているブリンダが絞った雑巾というか、ねじったキャンディーのように見える。

 ブリンダのコスはアメリカ的に赤と青が基調になっている。それが絞ったようになっているのだから床屋の看板のように見える。

 マヂカは紅白のロープのようだぞ。

 絞られながらブリンダが笑う。わたしのコスは巫女を思わせる紅白が基調になっているので、捩じると紅白のロープに見えるのだろう。

 むろん、二人の体が捻じれているわけではない。空間が捻じれているために見えてしまう錯覚だ。

 

 プルルルルルルルル

 

 捩じりが限界に達して、三半規管がねじ切れるような逆回転。

 それが収まると、ブリンダと二人絡まるようにして着地した。

「あのシェルターだ」

 そこは、防衛省の地下から行きついた核シェルターだ。むろん亜空間のシェルターで、現実に存在するものではない。

 すぐ目の前に金塊の山があるのだが、なぜか空中に浮かんでいる。いや、リアルならあるべき床が半透明に透けて浮かんでいるように見えているのだ。

 フッ

 その金塊の山が掻き消え、辛うじて見えていた床も完全に消えてシェルターは大きく広がり、ブリンダと二人、宙に浮いたようになった。

 金塊があったあたりの空間が蛍光色に凝り始め、数秒で人の姿……魔法少女になった。

「ズドラースト ビーチェ」

 ロシア語で挨拶してきた。

「スパシーボ オーチンハラショー」

 挨拶を返すと、ニッコリ笑ってサーベルを抜いた。

「何重にも張ったシールドを、よく破ったわね」

 破るも何もない、富士のカルデラに飛び込んだら着いてしまったのだ。しかし、説明している場合ではない、闘志満々の敵には立ち向かうしかない。

「おまえ、ツェサレーヴィチだな」

 ブリンダが闘志むき出しでレイピアを抜き放つ!

「バルチック魔法少女ツェサレーヴィチ、参る!」

「ヤンキー魔法少女ブリンダだ! 食らえ!」

「待て!」

 声をかけるのが一瞬遅れた。ブリンダの腕を掴んだと思った手は空しく空気を握っただけだ。

 

 ガシーン! ガシーン! ガガガガ ガシーン!

 

 シェルターの空間に火花が散る!

 一対二、一見有利に見えるが、これはフェイクだ。わたしの勘がアラームを発しているが、米ロ二人の魔法少女渾身の激突は激しさを増すばかり。

「フェイクだ! 離れろ!」

 叫んだが、ブリンダには聞こえない。しかし、ツェサレーヴィチがニヤリと笑ってサーベルを上段に、奴の胴ががら空きになった。

 トゥアーーーーーーーー!!

 ブリンダのレイピアがツェサレーヴィチの胴を薙ぎ払う!

 勢いで数十メートル突き進んだ二人の魔法少女。

 ツェサレーヴィチの体が、胴の所で真っ二つになっていった……。

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泉希 ラプソディー・イン・ブルー・7〈桜の花が散った日〉

2019-09-11 07:16:41 | 小説4
泉希 ラプソディー・イン・ブルー・7
〈桜の花が散った日〉        


 
「お早う、泉希ちゃん!」

 玄関で大きな声がした。泉希と同じまっさらな制服を着た瑞穂が立っていた。

「ごめん、寝癖が直らなくって。おかしくないお母さん?」
「うん、大分まし。それぐらいカールしてるのも可愛いわよ」
 近頃ようやく「お母さん」という呼ばれ方に慣れて今日子が応えた。
「そう、じゃ、行ってきまーす……あ、お母さん今日はなにかいいことあるかもよ」
「どうして?」
「ほら、瑞穂がほっぺに桜の花びらくっつけてる。こりゃ花神さま」
「あ、やだ、あたしったら」
「あ、取っちゃだめ」
 泉希は、ほっぺに桜の花びら付けたままの瑞穂を写メった。そして、瑞穂の制服に付いていた花びらを一枚取ると、同じようにほっぺに付け、今日子に二人そろって撮ってもらった。

 瑞穂は、あれ以来、泉希にはなんでも話せるようになり、一念発起勉強しなおして、泉希と同じ谷町高校の一年生に入りなおした。
 近所の子供たちも、瑞穂の変わりように比例するように、仲良くなった。
「ケン。今日から転んでも、泣かずに自分で起きるんだよ」
 瑞穂が、電柱一本向こうでこけた小学一年のケンちゃんに言った。「わかってらい!」ケンちゃんは強がって、鼻を鳴らして行ってしまった。
「態度悪ウ~!」
「去年の瑞穂なら、泣いて飛んでっただろうね」
「泉希ちゃん。あたし……ちゃんとやってけるかな?」
「大丈夫よ。今みたく、ちゃんとみんなに声がかけられれば。大丈夫、今の瑞穂なら大丈夫!」
 大丈夫を三回も重ねたので、瑞穂が笑った。
「寝癖おかしくない?」
「大丈夫。最初会ったころはショートのボブだったのにね。もうセミロングだ」
「髪だけ伸びて、胸とかは、ちっとも発育しないよ。瑞穂ちゃん、少し大きくなったんじゃない?」
「やだ、そんなじろじろ見ないでよ!」

 じゃれあいながら駅まで行って改札を通ると、ホームの向こう側に満開の桜並木が見えた。この沿線ではちょっと有名な駅の桜並木だ。
「初登校には、相応しい咲き具合ね……」
 瑞穂が柄にもなく潤んだ声で言った。
「でも、帰るころには散り始めてるだろうね。そうだ、預かってもらいたいものがあるの」
 泉希は、内ポケットから貯金通帳を出した。
「なに、この通帳?」
「ちょっとお楽しみ。始めたばっかで1000円しか入ってないけどね」
「これを?」
「今日クラスの用事で、A町に行くの。あそここの銀行無いから、代わりに駅前の銀行で記帳して、お母さんに渡してくれないかな」
「いいの、あたしで?」
「うん。頼むね」

 帰り、瑞穂は約束通り銀行で記帳した。なんと100万円の入金があった。

「100万……出版社からね……」
 瑞穂から受け取った通帳を見て、今日子は不思議がった。
「あ、これ親父が本出してた出版社だよ」
 昼にやってきた息子の亮太が覗きこんで言った。
「印税は、第二刷からしか出ないから……親父の本売れたんだよ!」
「そうなの……生きてるうちは印税なんか入ったためしなかったのに」
「ま、仏壇にでも」
「ああ、そうしようか。まあ、宝くじの5000万には及ばないけど……そういや、あのお金、運用任せてたよね?」
 亮太の顔色が変わった。
「ごめん、株に投資したら……」
「どうなったのよ!?」
「先月売り抜けときゃよかったんだけど……もう、ほとんど残ってない」
 亮太は、それが言いずらくて、夕方までぐずぐずしていたのだ。

 泉希は、その日帰ってこなかった。あくる日も、そのあくる日も……。

 警察に捜索願も出したが、見つからなかった。
 十日目に、亮太は何気なしに父が残したUSBをパソコンで開いてみた。そこにはmizukiの文字しか入ってないはずなのに、人形が映っていた。忘れもしない、ゴミに出した父親の最後の一体が。谷町高校の制服を着て、なにかささやいた。

「さようなら」そう言ったような気がした。

 保存しなかったことが悔やまれた。あのUSBは、あれから見つからない。母の今日子には話だけはしたが、信じてもらえなかった。
 今日子は、寂しくて仕方が無かったが、泉希が近所づきあいを復活していてくれたので、向かいの巽のオバチャンはじめ話し相手には事欠かなかった。今日子は、泉希がいつ帰ってきてもいいように、部屋はそのままにしておいた。亡夫の印税は二か月に一度、数万円ずつが振り込まれた。今日子は、それが泉希からの便りのように思えた。 
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高安女子高生物語・84〔MNB47オーディション〕

2019-09-11 06:58:14 | 小説・2
高安女子高生物語・84
〔MNB47オーディション〕           
    

 
 100人ほども、おった!

 MNB47のレッスン室前の廊下から、突き当りの階段の踊り場までちっこい折り畳みの椅子が並んでて、その椅子と同じ数だけの女の子が、お喋りもせんと行儀よう並んで座ってるのは奇観やった。
 ざっと見渡して、うちより年上は、ほとんど居てへん。中には、どない見ても小学生いう子もおって、ティーンの女の子の見本市。

 これは三つ前の81の話読んでもろたら分かるねんけど、お父さんとお母さんがガンダムに言われてやった、オープンキャンパスの申し込みに紛れてた一つ。今はパソコン一つでなんでもできる。「高校生進路」で検索して、あっちこっちに申し込んだ中の一つ。犯人はお父さん。進路希望を「演劇関係」と書いたもんやさかい、MNBやったら手っ取り早いし、書類選考に残るかどうかで、可能性も分かるという、オッサンらしい浅はかさ。
 けど、書類選考に残ったいうことは、書類上とは言え、勝負に勝ったいうことや。応募は2800人もおった言う話やから、2700人は蹴倒したことになる。河内女の頭では、これを受けへんかったら「もったいない」という七文字の単語に行きつく。
 で、後先も考えんと実技選考オーディションに来たいうわけ。
 自分で見えるとこを見渡しても、絶世の美少女から、吉本受けたほうがええのにいう子までおって、見ばの点では、うちは平均どころ。この中から最高でも20人しか合格でけへん。うちは、その倍率だけで燃えてきた。

 MNBのオーディションは「動きやすい服装」とあるだけで、なんにも書いてない。チノパンにTシャツいう子が多かったけど、中には宝塚と間違うてレオタードいう子もいてた。うちは学校のハーパンとTシャツ。なんせ家から40分のとこやさかい、近所をジョギングするようなナリになる。
 課題は「当日会場で発表」とあるだけで、なんにも書いてなかった。さすがに大阪のアイドルグループだけのことはある。

 五人ずつが会場に呼ばれる。うちは八番目の席にいてるから、第二グループになる。
「これて、なんの順番ですか?」
 つい、いらんことを聞いてしまう。
「コンピューターが無作為に選んだだけ。先着順いうのも面白ないからな」
 担当のニイチャンは、ええかげんな返事をして、最初の5人を中に入れた。二十分ほどしてその子らが出てきて入れ違いにうちらが呼ばれた。

 八番やから、てっきり三番目かと思てたら、いきなり呼ばれた。
「志望理由はなんですか?」
 間髪入れずに質問。相手に気持ちの準備をさせんで、生の姿を見よという大阪らしい対応の仕方や。せやから考えんと答えた。
「負けたないからです」
「何に負けたないのかな?」
「全てです。オーディション受けてる仲間にも、審査員の先生らにも、周りの期待からも、日本中のアイドルグループにも……ほんで自分にも」
 うちは、完全に自己陶酔してた。難しくは役の肉体化という。うちは典型的なオーディション受験者になりきってた。なんや自分の一生が、この一瞬にかかってるような気になってた。うちは世界で一番のオーディション受験者や!

 質問は、この一つで、すぐに一曲歌わされた。条件はMNBグループの曲であること。これはチョロかった……けど、後になったら、なに歌うたんか忘れてしもた。
 次が一瞬戸惑うた。
「なにか得意なことを一分で見せてください」
 この一瞬の戸惑いの隙を狙うて正成のオッサンがしゃしゃり出た。
「河内音頭やります」の「ます」では、もう体がリズムを取ってた。

 え~えさあては~ 一座の皆様よ~おい ほいほい ここに出ましたわたくしは お聞き通りの悪声で~ええ よ~いいほいほい♪

 うちは河内音頭の頭は知ってるけど、菊水丸さんの新聞詠み(しんもんよみ)みたいに即興ではでけへん。けど、このときはスラスラと出てきた。正成のオッサンがうちの口を借りて、勝手に赤坂城攻防の下りを歌わせよる。
 審査員の人らは、すぐにノッて手拍子。ギターとパーカッションのニイチャンが合わせてくれて、なんと五分もやってしもた!
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真夏ダイアリー・6『裏切りの青空』

2019-09-11 06:48:09 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・6
『裏切りの青空』    


 
 ……まだ大丈夫
 
 そう思って二度寝したのが悪い訳じゃない。

 この世に生まれて十六年。カーテンの隙間から零れるお日さまの具合で、おおよその時間は分かる。念のためにセットアップした目覚ましも、五分早く設定してある。それで、まだ大丈夫と、五分の二度寝を自分に許した。

「せーの……!」

 二度目の目覚ましのアラームで起きあがり、大あくび一つしてテレビを点ける。おなじみのキャスターが朝からオヤジギャグを飛ばしている。その右下の画面を見てタマゲタ。タマゲタと言ってもカメラのフレームにゴヒイキのエグザイルのだれかさんが映っていたわけじゃない。時間が予定の八分先になっている。部屋の時計は呑気に八分遅れの時間を示している。ドンヨリと薄暗い空模様に時間の感覚が狂ったんだ。

――ちっ! 百均の安物の乾電池を入れていたことが悔やまれた(引っ越し以来八か月、きちんと時を刻んでくれたんだから、ほとんど八つ当たり)

 テスト期間中は、学校の始業時間が遅いので、お母さんの方が先に出てしまう。わたしも子どもじゃないんで、自分の時間の管理ぐらいはできて……いた、今までは。
 夕べ省吾が「デルスウザーラ」の感想文なんか頼んでくるから、わたしってば、そっちに時間くわれて、テスト勉強に支障をきたした。省吾に文句いわなっくっちゃ!

 よくマンガやドラマで、遅刻しそうになった主人公が、食パンをくわえて駅まで走っていたりするけれど、実際にやってる人を見かけたことは無い。あれはドラマの演出。じゃ、朝抜きで出かけるかというとそれもしない。朝は、なにかお腹に入れておかなければ血糖値があがらない。我が家では、親が離婚する前からの習慣。
 で、生焼けのト-ストを、コーヒー牛乳で流し込んで、家を飛び出す。玄関のドアを閉めるときにエリカ(鉢植えのジャノメエリカ)が笑ったような気がしたが、そのまま駅までダッシュ。

 千代田線のN駅で降りる。

 改札を出たところに乃木坂学院のアベックの視線を感じる。なんだか見下されたような感じ。そんなのはシカトして、階段を一段飛ばしで駆け上がっていく。すれ違ったサラリーマン風のオッサンの狙撃するような視線を後ろに感じた。スカートが翻っておパンツ見えてんのかもしれないけど、見せパンだもん。一瞬の意地を張ってN坂を駆け下る。
 
 ……なんとか間に合った。

 でも、冬だというのに汗だく。朝食のカロリーはこれで使い切ってしまった。お腹がチョキに勝つ音(つまりグー)を派手に出した。まわりの二三人が笑いをこらえている。後ろの保坂穂波が、笑いながら鏡を貸してくれた。
「見てごらんよ、あ・た・ま」
「ん……」
 セミロングが爆発していた。乃木坂学院のアベックも、サラリーマン風のオッサンの視線は、ここにあったのかもしれない……くそ!
――遅刻したほうがスガスガしいぞ――
 省吾が、ノートにでっかく書いて見せる。その向こうで大杉が笑ってる。この場合大杉が笑ったのは許せる。でも省吾は許せない。
――あんたのせいなんだからね!――
「これ、食べなよ」
 玉男がカロリーメイトをくれた。それを食べ終わったころ、監督の我が担任、山本先生が入ってきた。
「じゃ、試験配るから、机の上を片づけて」
 教室に密やかな緊張感が走る。で、配られた試験用紙を見て声が出た。
「うそ!」
「なんだ冬野?」
「いいえ、なんでも……」
 わたしってば、一時間目は現代社会だと思っていたら、数学だった……。

「ほんとに真夏はバカだよな」

 わたしの直球を馬鹿力で打ち上げて、省吾が言った。
「バカバカいわないでよね。今日のは省吾のせいなんだから」
「真夏に、なにかした、省吾?」
 玉男が、打ち上げたフライを受け止めて言った。
「なんにも」
「夕べの、映画の感想!」
「ああ、言ったろ。急がなくっていいって」
「でも、言われたら、イメージが膨らんじゃってさ!」
 投げた球は、ピッチャーゴロになったけど、わたしは、そのゴロを取り損ねた。
「真夏、文芸部に入れば。あの感想文よく書けてたよ」
「……ありえない。あんなユルユルの文芸部なんて!」
「文芸部って、そんなもんヨ」
 玉男が、取り損ねたボールを拾って投げ返してきた。
「真夏、おまえ文才あるよ。灯台もと暗しだった」
 めったに人から誉められないわたしは、うろたえた。
「ね、お昼食べにいこうよ。わたし、朝からちゃんとしたもの食べてないから」

 で、食堂ですますか駅前のファストフードにするかで、もめる三人でありました……(^0^)

 空は、朝のドンヨリとはうって変わった裏切りの青空。ま、いいか。今の気分にはピッタリだし。
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小悪魔マユの魔法日記・30『フェアリーテール・4』

2019-09-11 06:35:16 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・30
『フェアリーテール・4』 

 
 薮から棒のような若者は、心ここにあらずという顔をしていた。

「なによ、この覗き魔!」
「あ、その人だったら大丈夫。わたしなんか目じゃないから」
 最後にストローハットを被りながら、レミが言った。
「でもね……」
「アニマ……今日もダメだったんだね」
「……あ、レミか。情けないやつだよボクは!」
 若者は、立ったまま、うつむいて泣き始めた。
 見たところ、ベルベットのマントに、シルクの袖なんかかがゆったりしたドレスシャツ。乗馬ズボンに、金の鎖が付いたサーベルなんか付けていて、見るからに、ハイソサエティーの坊ちゃん。顔も、泣いてさえいなかったら、ディズニーアニメの王子さまが務まりそうなイケメン。

「紹介しとくわ。この人、ゲッチンゲン公国の王子さまで、アニマ・モラトリアム・フォン・ゲッチンゲン。こちら、わたしのお友だちの味方。小悪魔のマユ」
 現金なもので、レミは、もう十年来のお友だち感覚になっている。
「アニマって呼んでくれていいよ」
「修行中の身ではありますが(見栄を張って、落第生とは言わなかった)小悪魔のマユです。あ……でも、王子さまだったら、殿下とか、ユアハイネスとか付けなきゃいけないんじゃないかしら?」
 マユは、魔界で一応の礼儀作法は学んでいる。右足を後ろに回し、宮廷風のお辞儀をした。
「なんだけどね……」
「ボクには、そんな資格はないよ。あの愛しい人一人救えないのに」
「その愛しい人のところに連れていってくれる。マユには説明するより現物見てもらった方が分かり易いから」
「ああ、見てやってくれたまえ。そして、ボクに知恵と勇気を与えて欲しい。このファンタジーの世界の、程よいヒーローとしての」
「もう、ココロザシが低いんだから。ヒーローってば一番に決まってるでしょうが!」
 レミは、鼻息荒く、アニマを叱りつけた。
「そういう帝国主義的なヒーローは、趣味じゃないんだ」
「そうやって、言葉でごまかして責任逃れするんだから」
「あ、立派な馬……」
 王子の後ろから、立派な白馬が現れた。
「やあ、僕ハイセイコー。アニマ王子の専用のお馬さん」
 馬は、挨拶するように右の前足を挙げた。
「馬が喋った!」
 マユは、素直に驚いた。
「ここは、ファンタジーの世界よ。カラスが監視カメラにもなるし、馬だって、喋って当たり前」
「……でも、ハイセイコーって、どこかで聞いたことあるなあ」
「二十年前に、ここに来たんだ。そっちの世界にいたころは競馬場で走ってた」
 ちょっとはにかみながら、ハイセイコーが言った。
「あ、伝説の競走馬!」
 マユの頭の悪魔辞典にも答えが出てきた。
――ハイセイコーは日本の世界的競走馬。1970年代の日本において社会現象と呼ばれるほどの人気を集めた国民的アイドルホース。第一次競馬ブームのヒーローとなる。1984年、顕彰馬に選出され、銅像にもなっている!
「あ……そんなに感動してくれなくっていいから」
 ハイセイコーは、チラッとアニマ王子に目をやった。
「ハイセイコーは、この世界に来てからは、兄のアニムス・ウィリアム・フォン・ゲッチンゲンの乗馬だったんだ。兄が一昨年亡くなってからは、ボクを乗せてくれているんだけどね」
「アニマ王子、僕は、キミに乗ってもらって光栄だと思ってるんだよ……そりゃ、お兄さんも偉い王子さまだったけど」
「そうだよおおおおおおおおおおお、兄貴は立派だったさ!」
 王子は両手で顔を隠して地面を転がった。色白で緑のマントなので海苔巻きが転がっているようだ。王子は、かなり心を病んでいるようだ。
「ま、とにかく、ここで落ち込んでても、なんにも分からんないから、行くとこに行こうよ!」
 レミが、キッパリと言った。


 そこは、さらに森の奥にあった。小さな丘を超え、小川を渡ったところが、テニスコートほどに開けた芝地になっていて、そこここに、マユには分からない花々、その花々は中央に安置された、それを守るように、いたわるように咲いていた。
 その中央にあるものは、ガラスの棺。そしてその棺の中で眠るように横たわっていたのは……。

 ……白雪姫であった。
 
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