大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

妹が憎たらしいのには訳がある・8『幸子の入学宣誓』

2020-12-23 06:30:27 | 小説3

たらしいのにはがある・
『幸子の入学宣誓』
          

 

 

 路上ライブの時のように、お袋が耳元でささやくと、幸子はホッとしたように大人しくなり、ベッドに横になった。

「太一は、部屋から出ていて……手当するの、幸子、裸になるから」
「う、うん……」


 部屋を出た俺は、いったんリビングに戻り、スリッパを脱ぎ、こっそりと幸子の部屋の前に戻った。
 服を脱がせているのだろう、衣擦れの音がして、かすかに蚊の鳴くような電子音がした。それからお袋は、親父に電話をかけた様子だった。
「あなた、わたし……うん……障害、でも……初期化……だめよ、せっかく……!」
 親父が、なにか言いかけたのをさえぎって、お母さんは電話を切った。それ以上いては気取られそうなので、リビングに戻って、新聞を読んでいるふりをする。

 やがて幸子の部屋のドアが開く音がした。

「あ……」

 俺は新聞を逆さに持っていることに気がついた。

 それから、幸子は再びギターと歌に熱中し始めた。


 ただ、もう路上ライブをするようなことはなく、部屋のカーテンを閉めて控えめにやっている。時々熱が入りすぎて、ボリュームが大きくなる。
 その歌声は、もう高校生のレベルではなかった。

 入学式の三日前には、佳子ちゃんといっしょに入学課題をやり、ますます友人として親交を深めていった。
 俺には相変わらずの憎たらしい無表情だが、幸子の視線を感じることが少し多くなったような……これは、幸子のニクソサを意識しすぎる俺の錯覚かもしれない。

 二日前に幸子は入学者の宣誓文に熱中しはじめた。

 ネットで高校生の入学式宣誓を検索し、それは、入学式宣誓、高校生スピーチ、スピーチ、話術などと検索の範囲が広がった。俺も興味が出て、そっと覗き込んでみると『AKB卒業宣言集』になっていた。
「見るな……」
 ニクソイ無表情で返されたのは言うまでもない。

 そして、入学式の日がやってきた。

 午前中は、俺たち在校生の始業式。俺はA組。ボーカルの優奈と同じクラス。優奈はニヤリとしたが、俺は曖昧に苦笑いするしかなかった。なんせ幸子をケイオンに入れ損なっている。
 午後の入学式は、お袋が来るんだけど、気になるので(演劇部と兼部でも構わないから、幸子をケイオンに入れろと優奈を通じて、加藤先輩から言われていた)式場の体育館に向かった。

 最初の国歌斉唱でタマゲタ。

 ソプラノの歌声が音吐朗々と会場に響き渡り、会場のみんなが、びっくりしていた。
 ただ、府立高校の体育館は音響のことなど考えて造られていないので、短い国歌斉唱の間に、それが幸子だと気づいたのは、幸子の周囲の十数名だけだった。大半の人たちは、負けじとソプラノを張り上げた音楽の沙也加先生のそれだと思っている。

 いよいよ、新入生代表の宣誓になった。

「桜花の香りかぐわしい、この春の良き日に、わたしたち、二百四十名は栄えある大阪府立真田山高校の六十六期生として……」
 
 宣誓書に目を落とすこともなく、まるで宝塚の入学式のように朗々と語り始めた。明るく、目を輝かせ、喜びと決意に満ちた言葉と声に参列者は驚き、そして聞き惚れた。
 一瞬幸子は振り返り、新入生たちの顔を確かめるようにし、宣誓分を胸に当て、右手を大きく挙げて再び壇上の校長先生を見上げた。校長先生は目を丸くした。


「……わたしたち、六十六期生は、清く、正しく、美しく、新しく、目の前に広がった高校生活を送ることをお誓いいたします。新入生代表・佐伯幸子」


 会場は割れんばかりの拍手になった。演壇に宣誓分を置いた幸子は、まるで宝塚のスターのように、堂々と胸を張り、明るい笑顔で席に戻った。

 思い出した。

 夕べ、幸子が検索していた中に『宝塚』の入学式があったことを……。

 

※ 主な登場人物

佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄

佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 

大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生

大村 裕子      佳子の妹(6歳)

学校の人たち     倉持祐介(太一のクラスメート) 加藤先輩(軽音)

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やくもあやかし物語・37『お母さんの性癖』

2020-12-23 05:57:08 | ライトノベルセレクト

物語・37

『お母さんの性癖』     

 

 

 風邪ひいて寝込んでしまった。

 

 建国記念の日にお片づけした。ジジババが手伝ってくれたのはいいけど、ぎっくり腰の前科があるのと、あれこれ部屋のシミとか日に焼けた痕とか古い電話のコンセントとかに「へーーー」とか「ほーーー」とか感心して座りこんじゃうもんだから、けっきょく仕上げは自分でやった。

 けっこうな労働だったので、それなりに汗をかいたんだけど、そのままにして居眠りしたのが良くなかったんだよね。

 あれが原因だったのかもしれない。見た夢も受話器の中から小さな電話交換手の女の子が出てくるって妙なもんだったし。

「あー、それって、受話器の中にゴキブリとか住んでるのかもー(^_^;)」

 お母さんが嫌なことを言う。

 普段かまってやれないということで、まる一日仕事休んで看病してくれる。してくれるのはいいけど、そういう余計なことを言うんだ。言うだけじゃなく、電話の話に興味持ってしまって、ドライバー持ってきていじくり倒す。

「ゴキブリは住んでないようだけどホコリだらけだね」

「壊さないでよ」

「え、これ通じるの?」

「ツーーーーーーって音はするよ」

「どこか掛けた?」

「ううん、天気予報とか掛けて試そうかと思ったんだけど……」

「取りあえずはクリーニングだね」

 そう言うと、お母さんは殺虫剤スプレーを持ってきた。

「あ、そんなのかけたら殺虫剤臭くなる!」

「ただのエアークリーナーよ」

 そう言うと、注射するように剥き出しになった電話機パーツの中をスプレーしまくった。

 シュッ シュシュ シューーーー!

「出てくる出てくる、ほんとホコリ高き電話だあ!」

 ホコリだか虫の死骸だか分からないものがポロポロと杯に二杯ほど出てくる。お母さんは、それをティッシュの上にかき集め、ピンセットにルーペを持ち出して観察し始める。

「もーー、バッチイからやめてよお」

「……大丈夫、なあるほどお……機能はシンプルなのに無駄に複雑だね、昔の機械は……」

 お母さんには、こういう機械フェチなところがある。風邪で寝込んだ娘の横でやることじゃないんだろうけど、お構いなし。

 キッパリ言うと止めてくれるんだけど、すごく悲しい顔するから言わない。お母さんが楽しそうに熱中してる姿は嫌いじゃないし。

 あの交換手さん吹き飛ばされないかなあ……まだ机の裏側とかなのか、姿を見ることは無かった。

 というか、夢で見た交換手さんを心配するなんて、わたしも夢フェチなのかもしれない。

 電話を元通りにしながら昔の家の事を話す。

 必要なものは持ち出したけど、まだ、チマチマと残したものがあるみたい。

 前の家は、お父さんとの離婚が決まった時に売りに出してるんだけど、まだ買い手がつかないようだ。

「そうだ、いっぺん見に行ってくるよ!」

 思い立ったらすぐの人なので、わたしの熱が上がってないことを確認してから出かけて行った。

 

 それが三日前のことで、きょう学校から帰ったら段ボール箱が届いていた。

 

 前の家に残っていた最後のイロイロが箱詰めにされていた。

 いちおう、ザっとだけ見る。

 ああ、ベランダの物置に突っ込んでいたものだ……どうも、物置ごと忘れていたみたい。

「見つけた時はお宝に見えたんだけどね……」

 張本人のお母さんは、もう興味を失ったみたいで、チラ見しただけで立ち上がる。

 わたしの部屋にオキッパにしないでほしいんだけど。

「来週、燃えないゴミだから……」

 それだけ言うと出て行ってしまった。

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