魔法少女マヂカ・189
「ここは物見やぐらなの」
霧子は一人分左に寄って、わたしも窓の外を見るように態度で示した。
うかつには近寄れない。
二階建て校舎の二階にある礼法教室の上に三階などあるわけがない。それも、城郭のような物見やぐらなど。
見たままの物見やぐらだとしたら、物の怪や妖の仕業に違いなく、誘いに乗っては元の礼法教室に戻れないような気がする。
「大丈夫よ、何度もここに来て外の世界を窺っているけど、きちんと戻れているから」
見透かされたか……仕方がない……後ろ手で密かに印を結んでから霧子の右に立つ。
「見て、ひどい有様でしょ……」
予想はしていたが、瞬間、感覚が追いついてこない。
二階の礼法教室から一階分の階段を上がったのだから、わたしの五感は三階を予想していた。
しかし、物見やぐらの窓から見える風景は優に十階、いや十二階から見たパノラマのように開けている。
「まずは、高さに驚いたかしら……この高さは凌雲閣の天辺ほどにもあるからね」
凌雲閣とは浅草公園に建てられた十二階の塔で、この時代には珍しいエレベーターが設置され、最上階からは東京市内が一望のもとで、高いところと言うと上野の山しか知らない帝都の民衆に親しまれた観光施設だ。ただ、昨年の関東大震災で九階部分から上が折れてしまい、安全のため、陸軍が爆薬を仕掛けて残りの八階分も撤去されている。
「高さに慣れたら街の様子に注目して」
震災から半年ほどの東京は、まだ惨憺たるものではある。
惨憺たるものではあるが、わたしは四半世紀先の東京大空襲の惨状を知っている。震災の痕を摂政の宮として視察をされた陛下は「震災よりもひどい」と小さく漏らされ、大空襲を防げなかった魔法少女は俯いて警護の供奉につくしかなかった。
「そうか……真智香さんは、すでに知っているのよね。西郷家の人だものね、きっと、震災後の救援活動にも行ったのよね」
「少しはね」
……戦災を知っているとは言えない。
※ 主な登場人物
渡辺真智香(マヂカ) 魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
要海友里(ユリ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
藤本清美(キヨミ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
野々村典子(ノンコ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
安倍晴美 日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
来栖種次 陸上自衛隊特務師団司令
渡辺綾香(ケルベロス) 魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
ブリンダ・マクギャバン 魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
ガーゴイル ブリンダの使い魔
※ この章の登場人物
高坂霧子 原宿にある高坂侯爵家の娘
春日 高坂家のメイド長
田中 高坂家の執事長
虎沢クマ 霧子お付きのメイド
松本 高坂家の運転手