やくもあやかし物語・77
連休が終わったとたんに日本晴れになった。
連休中、特に出かける予定も無かったし、じっさい出かけなかったんだけど、連休明けたとたんの日本晴れは胸糞が悪い。
授業がつまらないのと、開け放した窓から吹いてくる風が爽やかなんで、つい、窓の外を見てしまう。
校舎の向こうに街が見える。
四階建て校舎の三階の窓だから、見えると言ってもスカイツリーから見下ろすほどには見えない。
見慣れた学校の近所の景色なんだけど、昨日までの雨が嘘みたいにあがったあとで、青空が広がってとっても爽やか。
あ、鯉のぼり。
ちょうどいい風が吹いたんだろう、フワっと風を孕んで三匹の鯉が青空に泳ぎだした。
近ごろは、マンションのベランダとかから斜めにポールを突き出して小振りな鯉がタラ~ってぶら下がってるのが多いよね。
あれって、鯉のぼりを挙げてるというよりは干してるって感じで、あまり面白くない。
その鯉のぼりは、かなり広い庭があるお屋敷なんだろう、ご近所の二階建てやら三階建てやらの家々の屋根たちの上に翩翻(へんぽん)と翻っている。
考えたら、子どもの日は終わってるから間の抜けた話なんだけど。それでも、ちょっと得した気分になって眺めている。
風が弱くなってきて、鯉がクタ~っとなってきたので視線を黒板に戻す。
戻す途中に、向かいの校舎の屋上が見えてしまった。
屋上の給水タンクの上に、瞬間やつが見えた。
ほら、教頭先生が言ってた黒い影。
時間にして、ほんの0.1秒ほど。
ほんの0.1秒ほどだけど、背筋がヒヤッとした。
それにね、黒い影は0.1秒ほどの間に姿を変えた。人の形にね。
0.1秒だったことと、真っ黒だったことで人の形ってことしかわからないんだけど、背筋が凍るのには十分だった。
幸か不幸か、よそ見している間に先生の板書は結構な量になっていたので、それを写すことで、なんとか平常心には戻れたよ。
放課後は図書当番も掃除当番もないので、まっすぐ学校を出る。
ちょっと寄り道しようと決心していた。
ほら、授業中のよそ見で発見した鯉のぼり。あれを間近で見てみたいと思ったのよ。
見当をつけて歩いてみる。
あたりはニ三十坪の戸建て住宅が多い。
ニ三十坪の戸建てって庭がないんだよね。
たいてい一階部分がガレージ、ちょっと広いところは駐車スペースにしている。
こういう住宅では鯉のぼりのポールを立てるのは不可能だ。
ときどき五十坪とか百坪ほどの、時には、その倍以上のお屋敷も見かけるんだけど、鯉のぼりは見当たらない。
あれから数時間たっているので、ひょっとしたら片づけたのかもしれない。
この角を曲がって見えなかったら諦めよう。
そう決心して角を曲がったら……。
あった!
江戸時代からあったんじゃないかと思うくらいの古いお屋敷の塀の中で、鯉のぼりは風を孕んで翻っていた。
ポールは、青々とした孟宗竹で、鯉の上には五色の吹き流しもたなびいて、天辺には矢車がカラカラと音を立てて回っている。
こんな、正式と言うか古風と言うか立派な鯉のぼりを見るのは初めてだ…………!
「すごいだろ」
うしろで声がしてビックリして振り返る。
え……!?
自分が立っている。
以前、杉野君の妄想から生まれたドッペルゲンガーを見たけど、一見して、そいつとは違う別のドッペルゲンガー!
寸分たがわず小泉やくもなんだけど、迫力が違う。
だいいち、前のドッペルゲンガーは口をきいたりしなかったよ。こいつは「すごいだろ」って言った。
「えらく感動した様子だったんでな、もう一度見せてやることにしたんだ」
「あ……えと……」
「ドッペルゲンガーとかじゃないぞ」
「え、あ……だったら」
「二丁目断層だよ」
「二丁目……」
「教頭が言ってただろ、給水タンクの黒い影さ。おまえ、面白そうだから、オレの友だちになれ」
「え、えと……」
「いや、もう友だちだな。オレが決めたんだから」
「えと……」
「じゃあな」
それだけ言うと、そいつはスイッチを切ったように居なくなった。
気が付くと、お屋敷も鯉のぼりも無くなって公園になってしまっていた。
公園で遊んでいた子供たちが、わたしを見て、いっせいにアハハと笑った……。
☆ 主な登場人物
- やくも 一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
- お母さん やくもとは血の繋がりは無い 陽子
- お爺ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
- お婆ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
- 教頭先生
- 小出先生 図書部の先生
- 杉野君 図書委員仲間 やくものことが好き
- 小桜さん 図書委員仲間
- あやかしたち 交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層