かの世界この世界:184
ズサッ!
背後の草むらからボロクズが転がり出てきた。
ウワアーー!! キャーー!! 汚ッタネーー!!
楽しく美味しくたこ焼きパーティーを楽しんでいたところに、ゴミダメの底で腐っていたようなボロクズが飛び込んできたのだ。みんなたこ焼きのトレーを持ったまま飛び散ってしまった。
ボロクズには手足が生えていて、背中の所がポッコリと膨れて、頭は廃棄寸前のモップのようにギタギタに絡んで悪臭を放っている。
みず……みずを……水を……
ボロクズが口をきいた!?
そいつは肥えツボからやっと這い上がってきたドブネズミのように臭くてグロテスクだが……人の言葉を発している。
どこかで聞き覚えのある……?
最初に思い当たったのはヒルデだ。
「お、おまえは!?」
ヒルデは、食べかけのたこ焼きトレーをほっぽりだすと、ドブネズミに取りついた。
「おまえ、タングニョーストではないか!?」
「「タングニョースト!?」」
ドブネズミを抱き上げると、モップの毛のように汚れて絡み合った髪をかき分けて、そいつの顔を露わにして声をあげた。
「ひ……姫……やっと……お会い出来ました……」
「だれか、水を! タングニョーストに水を!」
「ヒルデ、これを!」
ケイトが差し出したペットボトルは一瞬で空になって、ドブネズミのようだった顔の汚れが落ちて、タングリスと相似形の凛々しくも美しい美少女の面影が現れた。
それは、紛れもなく、ムヘンの流刑地からノルデン鉄橋までいっしょだったトール元帥の副官にして超重戦車ラーテの操縦手であるタングニョーストだ。
「みんな、もっと水を!」
「これを」
まだ手を付けていないペットボトルを渡して、ヒルデがタングリスの口元に持っていってやる。
ジューー
タングリスの唇が動いたかと思うと、水は一瞬で蒸発してしまう。
「リミッターが外れたんだ、もっと大量の水がいる」
「じゃ、これも」
「これも」
飲みかけやら、手つかずのものやら、ペットボトルの水を与えるが、いずれも唇に触れるか触れないかで消えていく。タングニョーストの渇きは尋常ではない。
もともとブァルハラのトール元帥に付き従っている軍人だ。並の飢えや乾きなどビクともしない。
それが、ここまでボロボロになるのは生半可な旅ではなかったのだ。
「海の水じゃダメなんだろうね……」
目の前には紀淡海峡の豊かな海が広がっているが、いかに豊かと言っても海水だ、使えるわけがない。
しかし、そう思ってしまうほどに原初の日本は海水でさえ清々しい。
「ああ、ダメだろうな……」
荒れ地の万屋ペギーが居れば、スポーツドリンクや天然水ぐらいいくらでも調達できるんだろうが、ここは次元の違う日本の異世界、望むべくもない。
「これを使え!」
イザナギが差し出したのは神社の手洗所に置いてあるような小さな柄杓だ。わずかに水が入っているようだが、これでは口を漱ぐにも足りない。
「え、これは?」
タングニョーストの口に当てがわれた柄杓からはコンコンと水が湧いているようで、彼女の喉は絶えることなくコクコクと動いている。
「奇跡の柄杓だ!」
ケイトが目を丸くする。
「国の天地(あめつち)が固まったら、これで川の源流にしようと思った柄杓だよ。アメノミヒシャクとでも言っておこうか」
「ありがとう、イザナギ。これで、タングニョーストは生き返るよ」
そうやって、水を飲ませていると、みるみるタングニョーストの汚れや穢れが取れていき、ボロボロだった野戦服も新兵のそれのようにキレイになって、ノルデン鉄橋で別れた時よりも凛々しく清げな女性兵士の姿に戻った。
☆ 主な登場人物
―― この世界 ――
- 寺井光子 二年生 この長い物語の主人公
- 二宮冴子 二年生 不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い
- 中臣美空 三年生 セミロングで『かの世部』部長
- 志村時美 三年生 ポニテの『かの世部』副部長
―― かの世界 ――
- テル(寺井光子) 二年生 今度の世界では小早川照姫
- ケイト(小山内健人) 今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
- ブリュンヒルデ 無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
- タングリス トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係
- タングニョースト トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属
- ロキ ヴァイゼンハオスの孤児
- ポチ ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態
- ペギー 荒れ地の万屋
- イザナギ 始まりの男神
- イザナミ 始まりの女神