大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

銀河太平記・044『東屋・1 近習頭 胡蝶』

2021-05-07 10:25:48 | 小説4

・044

『東屋・1 近習頭 胡蝶』ヒコ   

 

 

 二の丸の南東、簡素な柴垣で囲われた800坪余りが将軍のプライベート庭園だ。

 

 一応回遊式日本庭園の体裁をとっていて、グーゲルマースで見る限りは旧宗主国日本のそれと変わらない。

 庭園の中央を池が占めて、その周囲に様々な植栽の緑が取り巻いている、その間を土肌のままの小道が巡っているという形式は回遊式庭園の定石通りなのだけれど、実体は実験農場なのだ。

 初代将軍の一仁さま以来の実験農場で、さまざまな、主に食用になりそうな植物の実験栽培と品種改良がおこなわれている。

 むろん、農林省の公的実験農場はあるんだけれど、地球で流通している優良品種のかなりのものは小規模な農場や個人農場から生まれている。一仁さまは「自分の道楽だ」と笑っておられたと云うが、有名なマースビーンズは二代正仁さまの発明で、扶桑のみならず、全火星の主要穀物になっている。扶桑国が日本からの完全独立を果たせたのは、このマースビーンズの成功があったからだと言われている。

 青いうちに刈れば枝豆になるし、熟したものは輸入品の米と混ぜて豆ごはん(カロリーや栄養価は米飯の倍になる)にしたり、火星豆腐の原料にもなっている。

「来年は、池の半分を使って米を作ってみようと思うんだ」

 東屋の手前で歩みを止めて、水面を撫でるように手を伸ばしておっしゃった。

「いよいよ米ですか!」

「うん、マースビーンズの豆ごはんじゃお握りにならないからね」

「チャーハンには最適なのにゃ(^▽^)/」

「テル」

 ミクが無邪気なテルをたしなめる。

「アハハ、そうだね。お家で昼ご飯ならチャーハンの方がいいよね」

 上様は、テルの子どものような物言いにも反対されない。

「でも、遠足のお弁当にはお握りがあっていると思うんだよ。『お結びころりん』て童話があるだろ?」

「はいはい! お結びが転げ落ちて、穴の中の小人さんが食べちゃうのにゃ!」

「そうそう、あれ、焼き飯パラリンじゃ始まらないものね」

「焼き飯パラリン、蟻さんたちが寄ってきました……変ですね(^_^;)」

 アハハハ

 ミクが続けて、みんなが笑う。一番声の大きいのが上様なのも空気が和む。

「でも、それはそれで別の童話が始まりそうだ。テルくん、がんばってみてくれ」

「は、はい(n*´ω`*n)」

 火星も地球も、食事の多くはレプリケーターに頼っている。

 分子合成して、どんな料理でも作ってくれるレプリケーターは便利だ。開拓地や宇宙船の中ではレプリケーターは必須だけれど、それでは人間が火を起こして以来身に着けてきた料理をするという文化が無くなってしまう。

「上様、例のものが間に合いました」

 ついさっき、馬の手綱を渡された兵二が岡持ちのようなモノを持って蹲踞している。

 さすが近習、やることが早い。しかし、例のもの?

「そうか、では、さっそく東屋のテーブルに……」

「はい、胡蝶殿が支度されております」

「あいかわらず、お前たちの仕事は早い。感謝するよ」

「恐縮です」

 一言言うと、一礼して下がっていく、挙措に無駄も力みもなく、やっぱりすごい奴だと負けそうな気になる。

 

 東屋に入ると、窓際で控えている胡蝶さんが目に入る。

 四人四様の驚き、さすがにテルでさえ声に出すことは無かったが、胡蝶さんの圧に気おされる。

 

 胡蝶さんは上様の代になって初めて登用された女性近習頭。本来なら若年寄になってもおかしくない人物でなのだけれど、本人の意思で格下の近習頭になって一年になる。

 曾祖母が漢明国西方のトルコ系少数民族の御出身とかで、面立ちにエキゾチックな美しさがある。評判はその美しさだけではなく、目から鼻に抜ける聡明さと身体能力にもあって、堅物の父でも折に触れて話題にして、遠まわしに「おまえもしっかりしろ」と言われる。

「お席は、こちらに……」

 窓際に柴垣を模したパーテーションがあって、その向こうに、上様との歓談の席が設けられているようだ。

 

 おお……!

 

 上様自らが感嘆の声をあげられた。

 僕たちの緊張をほぐそうと言うお気持ちからなのだろうけど、半分は本当に驚かれている。

 おお……!

 僕たちも、上様につられて声をあげてしまう。

 テーブルの上には、五人分の手巻きずしの用意がされていたんだ。

 読者のみなさんは分かっておられるだろうけど、火星には本来の意味での海は、まだ存在しておらず、従ってすしネタになりそうな魚類は存在しないのだ。

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信

 

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ライトノベルベスト・『東京のうどんは不味そうやけど、富士山はええで!』

2021-05-07 06:48:17 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『東京のうどんは不味そうやけど、富士山はええで!』  




 熱海を過ぎると圧倒的な迫力で見えてきた……。

 受験の時は行きも帰りも夜行バスなので気づかなかった。
 富士山がこんなにも圧倒的で迫力があって人格的な大きさを感じさせるとは思わなかった。
 偶然E席をとったので、窓から見える富士山は独り占めのように思えた。

――こんな山見て育ったら、人間変わるやろなあ――

 富士山は、テレビなんかの画像や写真で何度も見てきているので、知ったつもりになっていたけど、現物で見る富士山はまるで違った。

 熱海を過ぎて気づいた富士山は雪子を圧倒した。

 雪子の知っている山は、生まれてこの方見飽きてしまった生駒山である。

 生駒山、地学的には傾動地塊という。生駒構造線というのが奈良と大阪の間にあり、数十万年の時を掛けて押しあがった大地のシワのようなもので、定高性が著しい。
 要はダラダラした山並みで、富士山のような孤高、崇高な人格は感じさせない。関西はおしなべて、この手の山が多い。京都の東山も、六甲の山も同じ類である。「布団着て寝たる姿や東山」という川柳や太宰治の『富岳百景』が実感をもって感じられる……どうも感想が受験生的なので、雪子はおかしくなった。

 三年前の夏、ヒデの告白を半分受け入れるカタチで付き合い始めた。

 ヒデは勉強もスポーツも上手く、楽器も軽音で使うものなら一通りできた。顔も父親似で整ったイケメンに属する。ま、学年にに二三人はいる程度の「よくできる男の子」であった。
 半分受け入れたというのは、雪子が「揃って東京の大学行けたら本格的に付き合う」ということにしたからである。

 そのヒデは、バッグの中で天神さんのお守りに成り果てている。

 さすがに、新大阪までは見送りに来た。三月には珍しい雪がちらついていた。
「大阪で見る雪も、しばらくサヨナラやな……」
 使い古されたJポップの歌いだしのようなことを言った。

――もっと、ましなこと言えんか――

 そう思いながら、いっしょに音もなく降る雪を眺めていた。

 ヒデは正しくは秀介(しゅうすけ)という。長男なので父親の一字をもらって秀一とか秀太が似つかわしいのだけど、父は自分のような苦労をしないで、人の二番目ぐらいで生きていけという気持ちを込めて、律令の官制の二等官にあたる「介」の字を入れた。

 ヒデが東京の大学を受けなかったのは、経済的な理由ではない。要は気持ちなのである。一応優等生の部類に入るヒデは、東京で並あるいは並以下の学生になるのが怖いのだ。
 理屈はいくつも付いていた。やりたい学部は関西でも東京に負けないところがある。軽音のメンバーでバンドもつづけたいし。などなど……最後に「東京のうどんは不味そうやし」とこぼした時は実感がこもっていたので笑ってしまったけど。

 百歩譲って、そういうヒデでもよかった。

 正直に「東京は怖い」で良かった。そして、「それでも雪が好きや!」そう言えば、デッキで目を見つめて、こう言えた。
「ほんなら、また連休にでもな!」
 雪子は、だまって振り向きもせずに車内の席についた。窓越しにヒデの視線を感じたがシカトした。せめて、せめて窓をノックして笑顔ぐらい見せろよ……ヒデの視線の距離は発車まで変わらなかった。

 雪子は、思い立って富士山の写メを撮り、メッセをつけて送った。

――東京のうどんは不味そうやけど、富士山はええで!――

 連休にヒデが来るか、自分が行くかしないと、本当にヒデとは切れそうに思った。

――富士山の雪、連休まで残ってるやろか――

 そう思った頃、新幹線は三島の駅を素通りした。
 

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真凡プレジデント・75《見晴るかす限りの草原・1》

2021-05-07 06:12:21 | 小説3

レジデント・75

《見晴るかす限りの草原・1》     

 

   

 カーナビとかないの?

 

 見渡す限りの草原……どうやらビッチェは道に迷ったようだ。

「わたしってエマのグループだからさ……」

 だからどうなのかは呑み込んで、ハンドルを握りなおすビッチェ。

 真剣な表情に、それ以上聞くのが憚られる。

 やがて、グイっとブレーキを踏むとハンドルに突っ伏した。

 いよいよ声がかけられない。

「閻魔の直属だったらインストールさせてもらえるんだけどね……」

 そう漏らすと、ため息ついてエンジンまで切ってしまった。

 とたんに怖いほどの静寂が訪れ、心臓の音まで聞こえるんじゃないかと思えた。

 

「調べよっか」

 

 ビッチェはドアを開けて降りると、消防車の前の方に回った。

「どこか具合悪い?」

 それには答えず、ビッチェは車の下を調べる。

「ハンドルを左右にいっぱいいっぱい回してくれる?」

「う、うん分かった」

 言われた通り、数回ハンドルを左右に切る。

「う~ん……ブレてるわけでもなさそうねえ……」

「降りてもいいかなあ」

「うん、いいよ。しばらく動けそうにないからね」

 

 よいしょっと。  

 

 小さな掛け声をかけて草原に下りる。 

 とたんに、鳥の声や風がそよぐ音がフェードインしてくる。

「耳がおかしくなったのかと思った。ちゃんと、いろいろ音がするんだ」

「真凡が馴染んでるからよ。真凡、あんがい図太いのかもね」

「そんな、ここだってビッチェの運転で来たんだし」

「道を拓いたのは真凡よ」

「わたし?」

「うん、草原で良かったわよ。荒れ野とか密林とかになることもあるからね」

「そうなんだ……」

 意味不なんだけど、それ以上聞いたらとんでもないことになりそうな気がして、収まりのいい「そうなんだ」で、締めくくる。

「昭和ヶ原だね」

「昭和ヶ原?」

「うん、真凡にとっては大草原のようなんだ……いつまでも草原じゃないだろうから、早く抜け出すにこしたことはないんだけどね。でも、しばらくはゴロリとしてよ~~~か!」

 ビッチェは、大きくノビをしたまま仰向けに倒れた。

 ボフっと音がして、一瞬ビッチェは膝丈の草の中に隠れてしまうんだけど、直後にビッチェの周りが四畳半ほどに芝生になってしまう。

「真凡も」

「う、うん」

 ビッチェの真似して、仰向けになる。

 すると、サワサワと音がして草原が引っ込んだというか、消防車を中心にテニスコートほどの広さに芝生が広がる。

「あれ……?」

 寝っ転がったところを中心にムクムクと盛り上がり、低い丘のようになった。

 少しばかり高くなったことで、風の通りが良くなったんだろうか、ビッチェともども眠ってしまった。

 

 もしも~し 

 もしも~し

 

 二人分の呼び声に目を覚ますと、丘のふもとに七歳くらいの双子みたいな二人の少女が立っていた。

 二人とも同じデザインのワンピースなんだけど、一人は純白、もう一人はほとんど黒だ。

 

 そして、二人ともそよ風が擬人化したような、控え目で穏やかなニコニコ笑顔だ……。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
  •  伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長
  •  ビッチェ     赤い少女
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