大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

銀河太平記・043『扶桑城西の丸馬場』

2021-05-01 10:20:06 | 小説4

・043

『扶桑城西の丸馬場』ヒコ   

 

 

 これが江戸城なら大奥があるところだ。

 

 大奥と言うのは、将軍の跡継ぎを絶やさないためだけの目的で集められた女たちと、その選ばれた女たちの世話をするために集められた千人あまりの女性が詰めているハーレムのようなところだが、扶桑将軍は一夫一婦制なので、江戸城的な役割も施設もない。

 代わりに、扶桑随一の文化施設と体育施設が集められている。

 半地下になった扶桑ホールの陰を周ると、木立の向こうから馬蹄の響きが聞こえてくる。

 ドバカラドバカラドバカラドバカラドバカラドバカラドバカラドバカラドバカラ

 馬場のゲートに差し掛かったころに馬蹄の響きはマックスになり、ゲートを潜ると小さくなっていく。

「うわあ」

 テルが歳相応に驚いて歓声を上げる。

 テル以外は子どものような歓声はあげないけど、正直感動している。

 上様は、近衛騎兵を当て馬にして早駆けの真っ最中。

 僕らが入った時に、ちょうどゲート前を通過したところなので、僕らは上様の人馬一体で疾駆する姿を一周分見ることになった。

「最後の一周です、しばしお待ちを」

 お小姓の本多兵二がポーカーフェイスの横顔で教えてくれる。

 兵二とは中学の同窓。

 中三の二学期に近習見習いの募集があって、うちの中学からは僕と兵二が応募した。

「おまえの落ち着きは近習向きだ」

 日ごろ冷静な父が最終試験の前の晩にポツリと言った。

 高校に入るまでは父の意志通りと決めていた僕は「そうなんだ」とだけ答えた。

 実際、僕も近習とは、将軍の身の回りの世話をしながら国家の指導者としての資質を磨くものだと思っていた。

 指導者に必要なものは冷静な判断力と果敢な行動力。とりわけ重要なのは冷静な判断力だと父は言った。

 父も少年のころに先代様の小姓をやっていた。

 単に身びいきというのではなくて、息子の僕に適性を見出したのは、若年寄としては当然の感性で私心は無い。

 じっさい受験に当って、父が関与してくることはなかった。

 応募の書類に目を通しただけで、僕には一言も言わなかったし、僕の受験を人に言った気配も無かった。

 それが、最終的に合格したのは兵二の方だった。

 兵二は良くも悪くも激しやすい男で、中学でも生傷の絶えない奴だった。むろん、近習見習いの試験を受けるだけあって、成績も僕と並んでいた。

 兵二が採用されて、中学の先生たちは残念がっていたけど、父はカラカラと笑っていた。けして、悔し紛れの空元気ではなく「上様も、面白いことを考えられる」と締めくくってお終いだった。

 上様は、出来あがった冷静さや知性では無くて、兵二の熱を愛されたのだろう。それはそれで、将来の武官文官として有能有益な人材になるだろうと兵二を祝福した。

 その、兵二が日本で見た琵琶湖の湖面のように静かな眼差しで上様の騎走を見ている。

「すごい、もう、これはレースだよ!」

 ミクがテルを抱きしめながらジャンプを繰り返している。

 ダッシュが馬柵の手すりを握って身を乗り出している。

 近衛将校の乗った馬と抜きつ抜かれつしながら第三コーナーを周った。

 危うく近衛将校に鼻の先抜かれたと思ったら、第四コーナーを周ったところで追い越した。

 近衛将校も、諦めも遠慮もなく馬に鞭を当て、ホームストレッチのゴールに至るまで抜きつ抜かれつを繰り返す。

 兵二がゴールゲートの横に立って腰を落とした。

 ドバカラドバカラドバカラドバカラドバカラドバカラドバカラ!

 砂煙を上げて、二つの人馬の塊が目の前を通過する。

 同着だ!

 僕たちは、そろって同着を確信したが、すぐ横の兵二は上様の勝利を現す赤旗を挙げた。

「す、すごかった……」

 ミクが呆然と一言漏らしただけで、僕たちはクールダウンの為にコースを一周して戻って来られる上様を待った。

「そうか、兵二、わたしの勝ちか」

「はい、上様の勝ちです」

「間違いありません」

 少佐の徽章を付けた騎兵将校が、インタフェイスを開いて確認した。

 競争の勝敗を兵二の目視にお任せになったんだ。そして、兵二の判定があってからデジタルデータで確認。

 ご自分の鍛錬と小姓の訓練と、騎兵将校とのコミニケーションを一度にこなされたんだ。

 兵二は、こういう冷静な観察と判断ということが苦手だった。

 それが、こんな冷静にやれていることが、僕には一番の驚きで収穫だった。

「では、自分はこれにて失礼いたします」

「付き合わせて済まなかったな」

 馬上の近衛将校は敬礼すると上様の答礼を待って馬首を回して、厩舎のあるゲートに向かっていった。

「兵二、盛(さかり)を厩舎に」

「はい」

 兵二は、上様から手綱を任されると、盛を引いて近衛将校のあとに続いた。

 シュイーーーーーン

 二頭のロ馬(ロボット馬)がクールダウンする音が意外に長く尾を引いて消えていった。西の丸の小鳥たちが思い出したように声をあげる。

「すまん、待たせたな。二の丸の東屋で話を聞こう、自転車も曳いてくるといい」

「「「「はい」」」」

 二の丸の東屋とは、将軍のプライベート庭園があるところだ。

 元気に返事はしたものの、ちょっと緊張の走る僕たちだった。

 

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    主軍付小姓、彦と中学同窓
  • 児玉元帥
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信

 

 

 

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ライトノベルベスト『緑の庭に集いて』

2021-05-01 06:07:47 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『緑の庭に集いて』   




 てっきり、オレ一人かと思っていた。

 月明かりのそこには、もう三人の先客がいた。
「なんだ、芳雄もきたんか?」
 篠原に見つけられると、他の二人も振り返った。
「なんだ、芳雄も緑にふられた口か?」
「ハハ、三人もか」
「芳雄も照れてないで、こっちこいよ」

 声で正体が分かった。ついさっきまでいっしょだった、篠原、阪本、鈴木の三人だ。

 ついさっきまで、飲み明かしていた軽音のメンバーだ。ボーカルの鈴木が言い出して、十五年ぶりでメンバーが集まって、ライブ……ならよかったんだが、同じ軽音の仲間が開いている飲み屋を借り切ってミニ同窓会をやっていたのである。町はずれの小公園。目の前の道路に不法駐車のトラックが一台見えるだけだった。
「今でも、これで飯食ってるのは芳雄だけだな」
 鈴木が、ベースを弾く真似をすると、他の二人が笑った。懐かしさに少し揶揄が混じっていると感じたのは、オレのヒガミかもしれない。
 ベースをやっているとは言え、ミュージシャンのイメージからは遠い。週二回温泉地のアトラクションのバックで演奏する以外は、ごくたまにローカル局でのバック演奏をやる。それ以外は、大手楽器店でバイトの店員。そう自慢できた境遇ではない。

 ギターの鈴木は中学の教師になっていた。でも、音楽ならともかく社会科だ。
 阪本は、絵に描いたようなサラリーマンで、メンバーの中でただ一人の既婚者だ。この夏にはオヤジだと自嘲を装って照れていた。客商売の勘で、幸せなんだろうなと思った。
 パーカッションの篠原は、運送屋でトラックのハンドルを握っている。緑の手は握り損ねたようだ。
「しかし、妙だよな。みんな、ここで緑といっしょにクッチャベッていたのに、いっしょになったことないんだもんな」
 鈴木が、ブランコに腰掛けて言った。

「まあ、三か月で転校しちまったから、そういうこともあったかもしれんなあ」
「突然の転校だったよな。オレなんか、いっしょの大学行こうって粉振ってたんだけどよ」
「あ、それずるい!」
 鈴木の抜け駆けに、二人が純情に反発している。

 オレは、もう少し自慢できるし、ミゼラブルでもある。あの唇の感触が蘇ってきて、自分で頬が赤くなるのが分かった。公園が禁煙なのは分かっていたが、気づいたらタバコをくわえて、龍夫の店でもらったマッチで火を付けていた。オッサンばかりなので、文句を言う者もいない。

 『キスしたの、芳雄が初めて……』

 バカなおれは、思わずほくそ笑んだ。十五年前の、ほんの唇が触れただけのことが、そんなに自慢できることでもないんだがな。男ってのは、幾つになってもガキだと、嬉しさ半分自嘲半分。
 半分喫ったタバコを放り投げると、偶然隣のブランコのスチール製の腰かけに落ちた。

 三人が、思い思いに、月明かりの下、密かに緑の庭と呼んだ小公園で、それぞれの緑の思い出に耽った。

 しばらくすると、ブランコが微かな振動とともに、握った鎖がほのかに暖かくなった。
「どうかしたか?」
 篠原が、ついでのように聞いた。オレは唇のことを除いて説明した。
「自意識過剰だって……なんともないぜ。なあ」
 篠原は、他の二人にも促した。

「芳雄クンは間違えていないわよ」

 気づくと目の前に、白衣を着た女が立っていた。

「緑は、芳雄クンのことをしっかり覚えていたわ。だからセンサーが反応した」
 女がブランコの鉄柱を軽く叩くと、その部分が葉書大に開いた。中には小さなイコライザーのようなものやら、モニターがあった。
「緑の趣味は、芳雄クンだったみたいね」
「え……なに、それ?」

「あ……!」

 鈴木が、驚きの声を上げた。なんと、公園の入り口にあのころのままの緑が立っていた。そして、緑の後ろには不法駐車のトラックが。
「だめでしょう、勝手に出てきちゃ」
「なんだか、この人たち、懐かしくって……」
 緑は、三人の顔を順に見て、ゆっくりとオレの方に近づき、じっと見つめてきた。
 年甲斐もなく、心臓が踊り出した。
 緑は、真ん前まで来ると背伸びすると……オレにキスした。

「え……?」


「なんだか、とても懐かしいわ……」

「困った子ね。自律機能が昔とは比べものにならないから。今夜のことは忘れてもらうわね」

 女は、そういうと、スマホのようなものの画面を指でワイプさせた。そして、記憶が途絶えた。

 朝、四人揃って、公園で目が覚めた。とても懐かしい気持ちが、消え残った火のように、心の中でチロチロしていたが、オレは誰にも言わなかった。言おうにも気持ちだけで、なにも覚えていないのだからしようがない。

 緑の庭を出るとき、道の向こうを見たが、不法駐車のトラックはいなかった。


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真凡プレジデント・69《エマヌエラ・1》

2021-05-01 05:46:42 | 小説3

レジデント・69

《エマヌエラ・1》  

 

    

 VRの準備画面に似ている。

 

 プレステのVRじゃなくてパソコンの方の、オキュラスとかスティームとか。

 天井と床が無限大の方眼紙のようなマス目が入っていて、彼方の地平線だか水平線だかの果ては、オボロに霞んでいる。

 VRだと、これから何が始まるんだろうかとワクワクするんだろうけど、VRのゴーグルも付けないで、この状況に投げ出されると、ちょっと心細い。

 横には降りたばかりの消防車。

 それがなければ、心細すぎて、ムンクの『叫び』みたいになっていたかもしれない。

「ちょっと見てくる」

 チッと舌打ちしてビッチェは方眼紙の地平線に消えて行った。

 わたしを待っているはずのエマちゃんとかを捜しに行ったんだ。

 消防車の周りを、ゆっくり三周して、何度目かのため息をついた。

 反対方向に回ろうと、回れ右しかけて聞こえてきた。

 

 ……なせ……なせったら! 腕が千切れる~~~~~!

 

 ドタドタという音もフェードインして、五十メートルほど先で実体化した。

 ビッチェが幼稚園の年長さんくらいの女の子を、強引にひっぱりながらやってくるところだ。

 女の子は、ゾロっとした黒のワンピに、アニメでしかありえないような長~いツインテールをなびかせ、目を✖(ばってん)にしてわめいている。

「だれ、その子?」

「ごめん、待たせたわね。この寝坊助が、なかなか起きないもんで。ほら、あいさつ!」

 犬か猫の子にするように女の子の襟首を掴んで、わたしの前に据えた。

「わたしはペットじゃないし~」

「あいさつ」

「ったわよ、ちょ、放しなさいよ。ふん、わたしがエマよ、見知りおきなさい」

「は、はあ……」

「説明してあげなきゃ分からないでしょーーが」

「ビッチェが済ましてるんじゃないの~?」

「先にやったら怒るでしょ、自分でやらなきゃ正確を規せないって」

「それは成熟体の場合、未熟体のときは、やっておいてくれなきゃ、未熟体は堪え性がないのよ、ったく……わーった、わーったから……」

 女の子が肩の高さで指を回すとヴィクトリア調というのか、シャーロックホームズ的クラシックな椅子が二脚と立派な机が現れた。

 トコトコと机の向こうに回った女の子は「うんしょ」と椅子に掛けたようなんだけど、首から上しか出てこない。

「ムーーーー!」

 唸ってからいったん椅子を下り、机の陰でキコキコ高さを調整してから座りなおした。

「わたしが担当の閻魔、エマヌエラ。田中真凡、あなたの地獄生活をプロディユースするわよ」

「え、じ、地獄!?」

 わたしがビックリすると「え、あ、違ったっけ!?」とワタワタして閻魔帳をひっくり返す。

 わたしの横では、ビッチェがジト目になって女の子を睨んでいるのであった。

  

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
  •  伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長
  •  ビッチェ     赤い少女

 

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