大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・208『お祖母ちゃんは機嫌が悪い』

2021-05-27 09:46:01 | ノベル

・208

『お祖母ちゃんは機嫌が悪い』頼子     

 

 

 

 女の子は父親に似るっていう。

 

 小学校のころ、クラスにとっても可愛い女の子が居た。

 自分の容貌に自信の無かったわたしは、進んで、その子のお友だちになる作戦を立てて成功し、その子のベストフレンドの一人になることに成功した。

 初めて、その子の家に行って「いらっしゃ~い」と笑顔で迎えてくれる、その子のお母さんを見てビックリした。

 なんというか……子ども心にもブスなお母さんだと思ったのよ。

 でも、その子の部屋で家族写真を見せてもらって合点がいった。

 お父さんが、その子にそっくり! いや、その子がお父さんに似ていたんだ。

 ちなみに、いっしょに写っていたお兄さんはお母さん似だった。

 

 わたしもお父さん似だ。

 

 髪はプラチナブロンド、目はシルバーブルー。ほっぺと唇は、自分でも恥ずかしくなるくらい赤くって、そういうのが嫌だったから、あまり興奮しないように心掛けていた。興奮すると、赤いホッペが、いっそう赤くなって恥ずかしくなるからだ。

 五年生の後半から、グングン背が伸びて、自分でも分かるくらいに大人びてきて、私服で歩いていると、時々声を掛けられるようになった。

 声を掛けてくるのは二種類で、一つは外人さん。

 インバウンドがうなぎ上りのころで、よく道を聞かれた。

「日本人だから、英語わかりません」

 そう答えた。

 ほんとは、お祖母ちゃんと口げんかできるほどに英語は喋れたんだけどね。

 日本人にしろ外人にしろ、外見だけで人の属性を判断されるのは、とっても嫌だった。

 友だちに薦められて『冴えない彼女の育てかた』というのを読んで、アニメにもなっているというので読みながらアニメも見た。

 沢村・スペンサー・エリリって子に親近感。

 お父さんがイギリス人で、境遇と見てくれがわたしに似ている。感受性は、完璧に日本人で、好きな幼なじみに一度も本心が言えないでいるところとかね。

 もう一種類は、いわゆるスカウト。

 その気がないので、まともに相手をしたことが無い。

 あんまりしつこいと、ジョン・スミスの前任者が飛んできた。

 そういうのが嫌だから、東京にはめったに行かなかったし、大阪でもミナミとかは避けていた。

 

 昨日は、自分の内面が日本人であることを、しっかり思い知らされた。

 

『え、なに、それ?』

 いつになく不機嫌な声がモニターから聞こえてくる。

 こういう言い方が耳に入ると、反射的に微笑みを浮かべて画面を見てしまう。

『嫌な顔をするんじゃないの』

 たいてい、これで誤魔化せるんだけども、お祖母ちゃんにロイヤルスマイルは通用しない。

 なんせ、生まれてこのかた、このロイヤルスマイルの総本山をやってきた化け物なんだから。

「あのね、テルテルボーズって言うのよ、一種のラッキーチャーム、おまじないよ」

『ラッキーチャーム?』

「うん、これ吊るしておくと晴れになるっておまじない」

『ふーん……』

 気が無い……どころか、なんだか、今日のお婆ちゃんは十七歳の孫娘に挑戦的な雰囲気。

「あのね、shine shine monk(直訳すると晴れ晴れ坊主)なのよ」

『晴れに文句言うの?』

 これは、分かってイチャモン付けてる。

 お祖母ちゃんも、日常会話程度には日本語は分かってる。日本人と結婚したいっていうお父さんの気持ちに触れたいというので、三か月で日本語会話の三級をとった人だ。

「とにかく、雨期に入って、ただでもコロナ疲れしてる日本が、少しでも晴れやかになりますようにってお祈りなのよ」

『ふーん、その下に書いてある文字は?』

「南無阿弥陀仏、仏教のお祈りの言葉だけどね、これは見本なの。さくらのお寺でやり始めたら、可愛いし平和的だし、うちの領事館でも、グッドアイデアというんで、いろいろ試しに作ってるのよ」

『わたしはクリスチャンよ』

「だーかーらー、これはサンプル! ほら、こっち見てよ」

 媚びるつもりはないけど、お祖母ちゃんを喜ばそうと思って作ったのをカメラの前に持っていく。

『ゴッド セイブズ ザ クイーン……ね』

 あれ?

 なんか、乗ってこない。

『ヨリコには悪いんだけどね、shine shine monkは、なんだか縛り首みたいで……それにGod Save the Queenと書いてあるとね……王党派を処刑した革命みたいよ』

「……お祖母ちゃん、なんかあった?」

『なにもないわよ、ちょっとね、ワクチン注射の二回目を打ったら、痛くってね』

「ドクター・ヘンリー(王宮主治医)も歳なんじゃないの?」

『ヘンリーは注射のボランティアに行ってるから、サッチャーに打ってもらったの』

「え、ミス・サッチャーに!?」

 ミス・サッチャーてのは、エディンバラの屋敷でメイド長をやってたオバハン、コロナがひどくなって、ヤマセンブルグに呼び戻されていたんだ。

『サッチャーは看護師免許持ってるから……1973年に取ったもんだけどね』

「ベテランじゃない!」

『病院勤務は無いって……注射打ち終わってから言ってたわ。48年ぶりに人に注射しましたって!』

「ああ、そりゃ、お祖母ちゃんを不安にさせないために言わなかったのよ……きっと(^_^;)」

『ギネスに申請してあげたいくらいよ、ペーパーナース世界記録』

 

 と、まあ、バカな話をして、近頃サボり気味だったお祖母ちゃんへのオンライン報告を終わる。

 

 それから、ネットで調べたんだけど、大戦中や戦後の動乱のころ、リンチと言っていい縛り首が、ヨーロッパのいろんなところで行われていた。

 それは、お祖母ちゃんの言う通りテルテル坊主を連想させた。お祖母ちゃんは、リアルタイムで、そういうの見てきたんだ。

 やっぱり、日本に居ると、そういう感覚は鈍くなる。

 ちょっと落ち込む。

「考えすぎです!」

 ソフィアに怒られた。

 ソフィアはテルテル坊主を百個も作っていた。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ライトノベルベスト『その他の空港・2』

2021-05-27 06:03:03 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 

『その他の空港・2』




 飛行場の周囲は不規則に変わった。令和三年と昭和二十年と……。

「空港長、衛星受信も、各無線も、とぎれとぎれにしか使えません。こちらの問いかけには反応がありません」

 管制塔が泣き言を言ってきた。

 とりあえず、鍾馗の旧陸軍飛行隊の九人は会議室に集められた。

 陸軍側の要望で、窓側のカーテンは閉められている。

 陸上自衛隊Y駐屯地、大阪府警察航空隊、大阪市消防局航空隊、国交省地方整備局の人間も集まり始めた。一時間ほど、互いの状況についての論議があった。

「……分かった。どうやら、七十六年後のY空港と、わが飛行第246戦隊・第246飛行場大隊とが時間を超えてダブってしまったようだな」

 現代人である空港長たちより、旧陸軍の軍人達の方が飲み込みが早かった。

「しかし、いま少し事態を見守ってみては……」

 次長の片倉が取りなした。

「そう言ってるうちに、この戦争は始まったんだ。七十六年たっても変わらんようだな」

「空港長、近畿テレビの日比野さんとは、スマホが繋がりました。こちらは途切れません」

「ええんかね、人のスマホを?」

「非常時です。日比野さん、Y空港見えてる? あ、ちらちらと……」

「急いで、こっち来るように言うてくれるか」

「はい、日比野さん……」

 空が光ったかと思うと、少し遅れて雷鳴が轟いた。

「空港長、整備兵たちが動き始めた」

 滑走路は、九機の鍾馗に整備兵たちがとりつき、整備や弾薬、燃料の補給に余念がなかった。

 どうやら、空港の中でも時空的な混乱が起き始めている。

「蟹江さん、あんたらの戦争は負けまんねんで」

「そんなことは、分かっている。ただ、そこに敵がいて攻めてくる。で、迎撃命令が出ている、だから、我々は出撃する。それ以上の理由はない。そこの軍人のような人なら分かるだろう」

 自衛隊員は、黙って頷いた。

「そこの消防隊の人。燃え尽きる火事と分かったら、消火活動は止めるかね……それと同じだ、おれ達は」

「空港長、紀伊水道を百機余りの大型機の編隊が向かっていると、管制塔が言っています」

「和歌山から、B29の大編隊が北上してくるのが視認されたそうです」

「いまの時代でか!?」

「ええ、でも、レーダーには映らないそうで、自衛隊も米軍も手をこまねいているようです」

「アホな、こっちゃのレーダーには映っとるで!」

「では、自分たちはこれで出撃します。総員搭乗、かかれ!」

 蟹江隊長の一言で、八人の搭乗員は、滑走路の自分の機体を目指して、飛び出していった。

「蟹江さん!」

「目の前のことをやるだけです。ご覧なさい、鍾馗を。爆撃機のエンジンをむりやり戦闘機にくっつけた、あつかいにくいシロモンです。目の前に敵がいるから急ごしらえした機体です。では、行きます」

 蟹江は、窓を開けて飛び出していった。

 その夜、大阪湾上空で、大空中戦が行われた。

 その様子は、役立たずの大阪府の先島庁舎から一番よく見えた。

 B29が六機落とされ、三機が引き返した。鍾馗は全弾撃ちつくし、一機がB29に体当たりして自爆した。先頭の隊長機らしき鍾馗が、それに続く編隊に立ちふさがるようにして飛んだ。そして、滋賀県の八日市飛行場を目指して、飛び去った。

 B29は、九十機に減ったが、大阪の街に爆弾の雨を降らせた。市内各所で爆発は見られたが、映像としてだけであり、実害は、驚いた自動車が十数台物損事故を起こしただけであった。

――夏の夜空に繰り広げられた、謎の空中3Dショー!――

 それが、新聞の見出しであった。

 ただ、空港法で「その他の空港」に類別されるY空港の人たちだけが現実感をもって記憶した。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

コッペリア・5『そもそも人形が届いた理由・3』

2021-05-27 05:43:34 | 小説6

・5
『そもそも人形が届いた理由・3』

 

 

「立風さんは二人姉弟の下なんだけど、ほんとは、下に妹さんがいたみたいなんだ」

 家主は、湯呑の渋茶を飲み干すと、息といっしょに物語を吐き出した。

 立風さんは、高校を四年いっている。つまり落第しているのだ。
 担任の教師が、家まで来て落第を告げて帰ったあと、立風さんのお父さんがポツリと言った。

「楓太、お前と姉ちゃんに兄ちゃんがおったんは知ってるな」

「……月足らずで生まれて、死産の扱いになってんねんやろ」

 立風さんには三つ上の姉の上に兄がいた。ご両親は、まだ新婚一年目で、子どもができると分かったときには、アパート中の人たちが我が事のように喜んでくれた。戦争が終わって、まだ四年足らず、日本は、まだ混乱と貧しさの中、ベビーラッシュだったが、どこの町や村でも「子供が生まれる」と声が上がれば、近所中で喜んだものだ。

 しかし、立花さんの兄は七カ月足らずの早産だった。

 今の医療技術なら生存の可能性は高いが、当時の七カ月足らずは手の施しようが無かった。子犬ほどに小さな赤ん坊は、かすかに産声を上げ、三十分後に亡くなった。三十分でも生存していれば、出生届と死亡届を出さなければならない。そして葬式を出してやらなければならない。

 貧しい若夫婦に、そんな余裕はなかった。

「死産いうことで届けとくさかいにね」

 産婆さんは気を利かして、そういうことにした。

 アパートの住人は、我が事のように憐れに思い、有志で葬式のまね事をやった。

 赤ん坊の祖父は滋賀県の真宗坊主で、袈裟一枚持って、大阪にやってきた。祖父は初孫に釋浄本(しゃくじょうほん)と一人前の法名を授けた。

 赤ん坊は、リンゴ箱の棺におくるみにくるまれ、哺乳瓶一本が添えられ、リヤカーに載せられ、神崎川の河川敷に埋けられた。墓石など立てられるわけもなく。お父さんは、河原のラグビーボール大の石を目印に立て、のんのんと咲いているコスモスを束ね、ありあわせの花瓶に活けて、墓らしくした。

 その墓は、その秋のジェーン台風で跡形も無く流されてしまった。

 この話は、立風さんには耳にタコであった。身に堪える話だが新鮮味は無い。

 だが、自分の下に妹がいたと聞いたのは初めてだった。

「うちは、三人の子供は養われへん。せやから三か月で堕ろしてしもた……女の子やった」

 立風さんの頭に、初々しいセーラー服を着た女の子の姿が浮かんだ。立風さんは十八歳の五月生まれだったから、三つ年下の妹は初々しい高校一年生の姿で焼き付いたのだ。

 映画の早回しのように、イメージが流れた。

 三歳だった立風さんは、お母さんと寝ていたので、三か月の間お母さんのお腹を隔てて同じ布団の中で一緒だったことになる。

 堕ろされると決まった夜、三か月の妹は、生まれたら「ああもしたい、こうもしたい」という想いを三歳の兄に預けていった。

 立風さんは、その妹やジェーン台風で流された兄の分まで生きなければならない。落第した身で、そんな自信は微塵もなかったが、想いとしては、そうでなければならないと思った。

 立風さんは、大学も五年通ったが、三十歳の直前に五回目の教員採用試験に合格して、なんとか人がましい人生を送ってきた。

 仕事一途で、三十年間困難校ばかり回り、留年した生徒やしそうな生徒には手厚い指導をしてきた。

「えらいもんだ、立風さん」

 大家は感心したが、立風さんは寂しそうに否定した。

「ただ、クビにするのが上手かっただけですよ」

「そんなに卑下なさっちゃいけねえや」

「卑下じゃないんです、実際その通りなんです。安易に留年させても、まっとうに卒業する生徒は二十人に一人もいません。残ればダブリとヒネこびて、下の学年をむちゃくちゃにします。悪貨良貨を駆逐するってグレシャムの法則です。学校のためにやつらをクビにするんです。教師としては二級品です」

 この話を聞き終ったころ、颯太の渋茶は、手つかずのまま冷めてしまった。

 立風さんの人形作りには、そういう背景がある。楓太は、まだ、そんなセンチメンタルな背景でしか、人形の素体を見ることができなかった。

 それに、颯太自身、このアパートに越してきたことの心の整理がついてはいなかった……。 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする