鳴かぬなら 信長転生記
「中坊ってのは勘弁してくださいよ」
カメラ小僧は、親し気な口を利く。シイ(市)は……どうやら嫌いなタイプのようで、早くもソッポを向いている。
気が付かなかったが、このカメラ小僧、茶姫に甘えた挨拶をしながら、視野の端にシイを捉えて値踏みしたようだ。
「チュウボウというのは、おまえの字(あざな)ではないか。それとも、もっと幼いころのケンちゃんがいいか?」
「アハハ、かなわないなあ、チャ-ねえさんは」
チャーねえさん? 茶姫は末っ子のはずだが?
「あれは、呉王孫策さまの弟君の孫権さまだ」
さっき見張りに出ていた近衛騎士が、馬を寄せて教えてくれる。
ほかの兵たちも知っているようで、河原の士卒たちに、いっそう和やかな空気が漂う。
「これは、腰を据えた大休止になりそうだ」
近衛騎士は、兜を脱ぎながら水辺に向かう。水辺では、他の騎士たちも馬を下りて、頭から水を被ったり馬に水を飲ませたりしている。
みんな、茶姫とカメラ小僧の和やかさから、自然に大休止になっている。
兵が、茶姫の呼吸をよく承知している自然さだ。
「フフ、昔のあんたなら、青筋立ててるね」
「俺も、転生してから、いろいろ勉強したからな」
「じゃ、今度リアルに戻ったら、違うタイプの信長になってみる?」
「俺は俺のやり方だ」
「で、しょうね……あ、茶姫が呼んでるよ」
検品長の部下が、早くも幔幕を張って本陣を設営したようだ。俺たちと同じ時に幕下に加わったのに、もう阿吽の呼吸だ。織田家の家臣もヒケはとらないが、俺流の緊張感があってこそだ。それを茶姫は、さほど厳しくしないにもかかわらず成し遂げている。三国志の士卒の気風なのか、茶姫の持ち味なのか、なかなか面白い。
「え、じゃあ、紳士協定結んじゃったんですか?」
「ん……淑女協定かな?」
「ああ、ですよね。うちのコウちゃん、蜀の諸葛茶孔明、それにチャーねえさん。タイプは違うけど、みんな凄いオネエサンたちですよね。天下三分の計! なんか語呂もいいし! きっとうまく行きますよ」
「ああ、そうあって欲しいものだ」
「こちらは、新しい近衛騎兵さんですか?」
「ああ、豊盃で仕官してくれた。職姉妹だ。鋭い目をしている方が姉のニイ少佐、つぶらな瞳だが目力のあるのはニイに負けないシイ少尉だ」
「職ニイだ」
「職シイです」
「よろしく、孫策の弟の孫権です。チャーねえさんとは、小さいころからの知り合いで、よく遊んでいただきました」
「国同士で行き来があったのですか?」
「ボクは、子どもの頃から、あちこち馬で走って写真を撮るのが趣味でしてね。領内のあちこち周っては写真ばかり撮って、そのついでに、山とか長江の周辺で遊んでました。チャーねえさんも、この川辺に来ては偵察していて、お互いの存在に気付いてからは、よく遊んでもらいました」
「ここは、魏と呉の国境なのか?」
「緩衝地帯かな……秋の大水で、しょっちゅう流域が変わるんで、川の両岸一里の所属は決めていないんだ」
「ひょっとして、三分の計の元ネタは、この河原?」
「いいや、考えたのは孔明だ、三国互いに疑心暗鬼の末に、これしかないと……」
「えらいなあ、話し合いで決めてしまうって」
「おまえにもできるさ」
「そうですか?」
「ああ、おまえの字(あざな)のチュウボウは仲謀だ、仲良く謀(はかりごと)をしようと書くじゃないか」
「あ、ひどいなあ」
「あははは」
「チャーねえさんの騎馬隊も評判なんだよ、装備を一新して鉄砲隊にしたって、孫策にいさんも興味津々でさ『孫権、ひとつ行って、自分の目で見てこい』って」
「あ、やっぱり、スパイだ」
「ちがうちがう、堂々と写真撮ってたし」
「薮に隠れてな」
「あれは、ねえさんの自然な姿を撮りたかったから。わざと、ポーズとった写真なんて撮りたくないからね」
「わたしの写真なんて、これまで、さんざん撮ったじゃないか……そうだ、職姉妹の写真を撮ってやれ。おい、検品長!」
『はい、これに』
「わ!?」
すぐ後ろの幔幕から声がして、シイが跳び上がった。
「さすがはニイ少佐、気づいていたか」
「いささか、しかし、そういうものを持っていたとは思わなかったぞ(-_-;)」
「え、ええ!?」
シイがビックリしたのは検品長が差し出したものだ。
ニヤニヤ目尻を下げる茶姫と孫権。
検品長の手に乗っているものは、ビキニとスク水だ!
「ぼく、シイ少尉には……スク水着て欲しいかなあ(≧▽≦)」
ドドドドド
あまりの恥ずかしさに、シイの心臓の音が高まった?
敵襲!
妹の心臓ではなかった、見張りの兵の叫び声が、河原に響いたのだ!
☆彡 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生(三国志ではニイ)
- 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹(三国志ではシイ)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っこ
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長
- 曹茶姫 魏の女将軍 部下(劉備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
- 諸葛茶孔明 漢の軍師兼丞相
- 大橋紅茶妃 呉の孫策妃 コウちゃん