ピボット高校アーカイ部
要の街を南北に貫く一級河川を、その意味の通り貫川(つらぬきがわ)という。
あんまり当たり前すぎでそのままの名前なので、要でなくとも日本人の半分はイメージしながら読めるだろう。
貫川には幾本も東西への支流が繋がり、その支流も支流ごとに南北に伸びる水路によって結ばれて、要の街が水運によって開けた街であることが偲ばれる。
その支流の一つにかかっているブリキ橋、そのたもとに螺子先輩と立っている。
プッペでメンテが終わった時に約束したツアーだ。とりあえず、今週いっぱいはやるぞと先輩は意気込む。
「『螺子を裸にするツアー』の一番は、やっぱりここだ!」
「あ、ただのツアーでいいですから(^_^;)」
「そうか、じゃあ『螺子のヌードツアー』だ」
「変わってませんから(-_-;)」
「じゃ、略してNツアーだ」
「ま、それでいいです」
この喋り方で分かる通り、先輩は部活体だ。新品同様になったボディーで埃まみれの汗まみれにしたくないというので、古い方のボディーにしている。街の中を歩くのに、そんなに気を遣わなくてもと思うんだけど、おニューは大事にしたいという女の子らしいこだわりだと、一応は微笑ましく思っている。
「この橋の名前を知っているかい?」
「はい、ブリキ橋です」
「おかしいと思わないか?」
「え?」
「この橋は、小振りだが、堂々たる石橋だ。ブリキ製ではないぞ」
「あ、そうですね」
子どもの頃からブリキ橋で耳慣れているから、ことさら「ブリキ」を不思議に思ったことは無い。
「正しくはブリッケ橋だ」
「あ。ああ! ブリッケがブリキに転化したんですね」
「ブリッケ、正しく発音するとブリュッケ(Brücke)、ドイツ語だ」
「あ、そうか。ドイツ人捕虜と関係があるんですね!」
このツアーは、百年前のドイツ人捕虜と先輩の関係を探るというか確認する日帰りツアーなんだ。いや、何日かかかるから、通いのツアーかな。
「この先に捕虜収容所があったんだ。毎日散歩に出る時に、この橋を渡るんだが、痛みのひどい板橋だったんで捕虜たちが石で作りなおしたんだ」
「あ、そうだったんですか! それでブリュッケ! 設計したドイツ人技師の名前ですか?」
「いや、ブリュッケ(Brücke)はドイツ語の普通名詞で、ただの橋だ。英語で言えばブリッジ」
「そうなんだ」
「ドイツ人捕虜としては、自分たち捕虜も使うものだし、ことさら立派なものを作ったという意識も無くって『普通に橋でいいです、なにかいい名前があれば要のみなさんで付けてください』ということだ。捕虜隊長も面白い人物でな、ブリュッケがブリキに転化して、愉快に笑っていたそうだ」
「そうだったんですか」
「十年ほどは『ブリキ橋』と木の札が掛かっていたんだがな、朽ちてからは、そのままだ。空から見てみよう……」
そう言うと、先輩はカバンから折り畳みのドローンを取り出した。
「貫川の意味は知っているかい?」
「これは日本語でしょ、まんま要の街を貫いていますし」
「むろんだ、感じでも『貫川』だしな……」
ドローンは、あっという間に30メートルほどの高さに至った。コントローラーの画面には南に一本棒に伸びていく貫川が映っている。
「ああ、やっぱり真っ直ぐに貫いているんだ……」
「と、思うだろ……」
ドローンは、グンとスピードと高さを増して、下流の方に進んでいく。
「あ……」
河口近くになると、真っ直ぐだと思っていた貫川は、クニっと西の方角、角度にして10度ほど曲がって要湾に注いでいる。
「河口の際だし、緩いカーブなんで、地上からではほとんど気が付かない」
「なんで曲がっているんですか?」
「東の方に岩盤があってな、曲げざるを得ないんだ」
「そうなんだ」
「ドイツ人も不思議に思って、街の役人に聞いたんだ。するとな、貫川の『貫』は意味が違うことを知ったんだ」
「違うんですか?」
「ほら、拡大するとな……ブーツのつま先のようになっているだろう」
「ほんとだ、草書の『し』の先っぽみたいだ」
「その昔、狩りや戦で履く毛皮の靴を『貫』と云ったんだ。そのつま先の反り方に似てるんで、いつの時代からか貫川と呼びならわされた。ドイツ人も面白がってな、よく、川沿いを海辺まで散策したものだ。要の子どもたちも懐いて、夏の夕方、日本とドイツの唱歌なんか歌いながら散歩していたぞ……」
ブーツの貫と動詞の貫くの二つの意味のかけ言葉、童話じみていて面白い。お祖父ちゃんは知ってるのかな?
自転車に跨って海辺を目指す。先輩は学校を出る時から「二人乗りしよう!」とうるさかったが、さすがに、それは説得した。
貫川の河口がブーツの先なら、そのブーツが蹴飛ばそうとしているのがドラヘ岩。イタリア半島とシチリア島の位置関係に似ている。
岩の南端は海に突き出ているので、昔の子どもたちには、飛び込みとか、水遊びの名所だった。命に係わる水難事故が起こったわけではないが、要の小中学校では、ここからの飛び込みを禁止している。まあ、小学生はともかく、中学生以上は平気でやっている。僕はやったことないけどね。
「いつ来ても、いい風が吹いているだろ!」
止そうと言ったのに、制服のまま岩に登る先輩。
「もう、気を付けてくださいよ」
「気にするな、鋲のためにブルマは穿いてるぞ」
「あ、えと……(-_-;)」
「ドラヘはドラッヘン(Drachen)、凧のことだ。凧を持った子が、ここまで上がって、糸を持った子が砂浜を走ると、きれいに勢いよく空に上がるんだ」
「それでドラヘ岩なんですね。それなら、凧持ってくればよかったですね」
「うん、思わないでもなかったが、凧揚げは、やっぱり正月だろ。正月までに研究して、素敵な凧を作ってくれ」
「え、僕がですか!?」
「そういうのは男の甲斐性だ」
「ですか(^_^;)」
ザザーーーーー ザザーーーーー ザザーーーーー
ニャーニャーー ニャーニャーー
しばらく岩に腰かけて、潮騒と海猫の鳴き声を聞きながら浜風を楽しむ。
「よーし! 走るぞ!」
「え、砂浜をですか!?」
「そうだ、砂浜に高校生のカップルときたら、夕日を浴びながら走るしかないだろう!」
「カップルじゃないし! 靴に砂が入るし! やめて先輩! ちょ、先輩!?」
「そんなもの脱げばいいじゃないか、二人乗りしなかったんだから、これくらい付き合え!」
「ちょ、靴返してぇ!」
先輩は両手に二人分の靴を握って、キャーキャー言いながら砂浜を走る。
漁を終えて帰って来る漁船の上でフィッシャーマンのおっちゃんたちがニヤニヤ笑って、先輩は益々調子に乗って走っていくし……今週いっぱい……まだ三日もあるよ(。>ㅿ<。)。
☆彡 主な登場人物
- 田中 鋲(たなか びょう) ピボット高校一年 アーカイ部
- 真中 螺子(まなか らこ) ピボット高校三年 アーカイブ部部長
- 中井さん ピボット高校一年 鋲のクラスメート
- 田中 勲(たなか いさお) 鋲の祖父
- 田中 博(たなか ひろし) 鋲の叔父 新聞社勤務
- プッペの人たち マスター イルネ
- 一石 軍太 ドイツ名(ギュンター・アインシュタイン) 精霊技師