くノ一その一今のうち
『吠えよ剣!』の仕事から帰って来ると、金持ちさんがオイデオイデをしている。
「なんですか?」
開き直ってツアー旅行の色々をググっているのかと思った。モニターの画面にはそういうのが並んでいたからね。
「あ、もう一個次だった」
Escをクリックすると、社長室が映し出される。
社長室には、百地社長と、テーブルを挟んで割腹のいいタヌキじじい。こっちに後頭部を向けているけど、忍冬堂のおばちゃん。
「これ付けて」
渡されたイヤホンを付けると、オッサン二人の話声。おばちゃんは秘書みたいに静かに聞いている感じ。
社長:「もう少し、うちで鍛えてからと思ったんですが」
タヌキじじい:「あの方ご自身が気に入っておられる、専属にして問題はないと思うんだが」
社長:「代役や身辺警護なら、今のままでも十分だとは思うんですが。社長は、その先のこともお考えなんではありませんか?」
タヌキじじい:「それは、まだまだ先のこと。とりあえずは、今の手当てが大事だと思っている。五年十年の先を考えて、今を台無しにしては意味がないからね」
社長:「しかし、あのお方は健やかにお育ちです。他の者でもお役に立つのでは?」
タヌキじじい:「いや、僕はこう思うんだよ。単に代役をやったり身辺警護の役に立つだけではなくて、いっしょに感じたり悩んだり、時には言い争うことがあった方が、将来的には実りが大きいような気がする」
社長:「しかし……」
タヌキじじい:「あの家の開祖は、そうやって偉大な人物になられた。あのお方にも、その血が流れている。僕の目に間違いは無いと思うんだが。どうだろう忍冬堂のおかみさん?」
忍冬堂のおばちゃん:「社長のご先祖も、そうでしたね」
二人:「「どっちの社長?」」
忍冬堂のおばちゃん:「お二人共ですよ」
二人:「「ワハハハハ」」
忍冬堂のおばちゃん:「いかがです、あの子の移籍だけを考えるから、お二人とも慎重になるんです。いっそ、この事務所ごと系列になさったら。赤信号みんなで渡れば……って言いますでしょう?」
二人:「「なるほど!」」
三人:ワハハハハ(^▽^)
「おばちゃん、グッジョブ!」
「金持ちさん、今の話って?」
「うちの事務所がね、でっかい会社の系列に入れて、経理とか赤字とか仕事とかの心配しなくてよくなったってことよ!」
「そ、そうなんですか? でも、あのお方とか、あの家とか、それに、移籍とかの……」
「んなことはどうでもいいのよ! よし、家持ち嫁持ちにも連絡して、今夜は宴会だ!」
いそいそとスマホを出す金持ちさん。
まだ社長からの話はないんだけど、社員とバイトのわたしで、その晩は宴会になった。
そして、あくる日、わたしは丸の内にある大きな会社に行くように社長から指示された。
☆彡 主な登場人物
- 風間 その 高校三年生 世襲名・そのいち
- 風間 その子 風間そのの祖母
- 百地三太夫 百地芸能事務所社長 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
- 鈴木 まあや アイドル女優
- 忍冬堂 百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん