銀河太平記・121
小型機は、いわゆるシャトルという機種で、衛星軌道まで上がると母船に収容される旧式タイプ。
『あれ?』
「どうかしたの、サンパチさん?」
『母船の反応が消滅でござる』
「え?」
『扶桑の貨物船が待機していて、それに乗り込む算段になっておったのでござるが……その反応が消えてしまってござる』
「そんな……」
『目視確認するでござる』
キャノピーのシャッターを開けて目を細めるサンパチさん。光学視力は人間の二十倍はあるから、貨物船ほどの大きさだと千キロ離れていても視認できるはず。
「見えた?」
『見えぬでござる、半径1000キロ以内に10センチ以上の物はデブリすらござらぬ……』
ガクン
追突されたような衝撃があって、シャトルは前方二時の方角に引っ張られていく。
「な、なに!?」
『牽引ビームに掴まったでござる!』
「え、でも周囲に船はいないんじゃ……」
『高度なステルスがかかっておるようでござる! 軍の船でも、ここまでのステルスはござらぬ……失礼するでござる!』
「キャ!」
サンパチさんは、小さな体でわたしを正面から抱きしめた。これはロボットが人間を守るためにとる緊急姿勢だ。知識では知っていたけど、実際にやられてみると、オンブオバケに前から抱き付かれたみたいで、ちょっと息苦しい。
『万一、宇宙空間に放り出された時は、拙者の口に吸い付いてくだされ、安静状態で30分は酸素を供給できるでござる』
「そ、そうなんだ(^_^;)」
『いざという時にパニクッてはなりません、いちど練習をするでござる』
「え、あ、いや、それは……」
『あ、外見が女の子では抵抗がござるか……変えるわけにはまいりませぬが、ココちゃんの視覚野に働きかけて、好みの男性の顔にすることも可能でござるぞ』
「え、あ、いや、それも……」
サンパチさんの顔が迫って来る! 思わず目をつぶると衝撃がやってきた!
ブチューーーーーー!
え、え、え?
衝撃は口にきたんじゃない、シャトル全体がなにかに吸いつけられたみたいな、柔らかいショック。
チャカ
離陸した時の『カチャ』とは逆の音がして、ハッチが開いた。
『どこかの船に掴まったようでござる』
―― シャトルから出て、案内に従ってお進みください ――
直接頭に入ってくるような声がして、おそるおそるハッチから出ると、ホログラムの矢印が現れて行き先を示してくれる。水族館を思わせる通路は床以外が透明で、湾曲した地球の北半球が宇宙の闇に光っている。状況から言って拉致されたようなんだけど、清潔で暖かい雰囲気に少しだけ気が緩む。
サンパチさんと二人、姉妹のように手を繋いで矢印の後を付いていくと、少し傾斜があって、上りきったところで矢印が右を向く。
シュワ
囁くような音がして、壁が消えると、コクピット。
数人の女の人たちが、それぞれにコンソールに向かって船を操作している。
スペースファンタジーの古典に出てくる宇宙戦艦の艦橋の雰囲気。正面の大コンソールには艦首のボラートに繋がれたシャトルが見える。
「ようこそ、宇宙戦艦ヒンメルへ」
中央のシートから立ち上がったのは、赤のコスに漆黒のマントを纏ったきれいな女の人。
「ヒンメル艦長の……ウグ( ꒪д꒪ lll)!」
マントがシートの突起に引っかかって首が締まって、メグミさんがサーターアンダギーをのどに詰まらせたような声。
「艦長、マントを預かります」
副長らしい女性がポーカーフェイスで両手を差し出す。
「すまん、内親王殿下に失礼があってはならないと思って、久々のリアルマントにしたのだが……」
「そうやって、ことさらに自分のプロポーションをひけらかすのもいかがかと……」
「う、うるさい、内親王殿下の御前だぞ(#-o-#)」
サラリとマントを外した女艦長は、児玉元帥や伯母さまと並ぶほど、プラチナブロンドが似合う長身の女性。
「改めまして心子内親王殿下……わたくし、宇宙戦艦ヒンメルの艦長にして銀河一のパイレーツクィーン、メアリ・アン・アルルカンであります。よろしくお見知りおきのほどを……」
「は、はあ……」
「まずは、歓迎の宇宙花火を」
アルルカンが手を挙げると、正面のコンソールが白く光った。
光は、直ぐにすぼまって、そこにはバラバラの残骸になったシャトル。
視線を戻すと、サンパチさんが前に立ちはだかり、女艦長を睨み据えていた……。
※ この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
- 扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
- 孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人
- 森ノ宮親王
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首 パイレーツクィーン:メアリ・アン・アルルカン
- 氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
- 村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
- 主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
- 須磨宮心子内親王(ココちゃん) 今上陛下の妹宮の娘
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
- 西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
- パルス鉱 23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)