大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・192『シルシをつける』

2021-02-23 09:28:22 | ノベル

・192

『シルシをつける』詩(ことは)          

 

 

 ドアを開けると、それが目についた。

 

 机の上の一枚の封書。

 封書の表には聖真理愛女学院大学・事務局のロゴと酒井詩様と、わたしの氏名。

 中身は分かっている、大学の入学金と前期授業料の領収書が入っている。

 先週、お母さんから「振り込んでおいたから」と言われて「うん、どうも」としか返せなかった。

 釈然としないのよ、この四月から大学生。

 それもエスカレーター式に聖真理愛女学院の大学。

 三年の十一月まで吹部の部長をやっていて、自分の進路は二の次だった。

 前任の涼宮先輩は偉大な人で、わたしが部長を引き受けた時には、全ておぜん立てが整っていた。

 わたしが困らないように、各パートの事や生徒会との関係とか、先生たちへの根回しとか、連盟のことや、コンクールのことなど、全て済ませていてくれていた。

 最初は――わたしも、やればできるもんだ――と思っていたけど、それは、全部涼宮さんたち先輩のお蔭だ。

 二年生も後半になって引継ぎの事を考え始めたんだけど、やってみると結構大変。

 なによりも、後継ぎと狙いをつけていた後輩たちが「酒井先輩のようにはできませんし」と、みんな尻込みをしてしまって、ギリギリまで決まらなかった。

「今年の二年生は!」

 三年生は憤っていたけど、分かってる。わたしの力が及ばなかったんだ。

 だから、正直、進路のことは後回し。

 せめてもの意地で、聖真理愛女学院大学を一般入試で受けた。

 自分の成績なら楽勝だと分かっていたし、潔く一般入試で受けることを担任の先生も進路の先生も「酒井さんらしいケジメの付け方」と褒めてくださった。

 二年生も「酒井先輩は自分の進路を犠牲にしてまで吹部の面倒を見てくれたんだ!」と感激してくれて、多少の不安には目をつぶって後を継いでくれた。

 入学した時は……ううん、涼宮先輩から引き継いだころまでは、大学は国公立。だめでも、うちの系列ではない大学に行こうと決めていた。

 わたしは、いろんなことを言い訳にして、けっきょく安易な道を選んでしまった。

 吹部なんて、所詮は高校の部活なんだし、部活の経営なんて一義的には顧問の仕事だし。ほんとに、その気なら自分の事だけに没頭することもできた、みんなもそれでいいって認めてくれたよ。

 そんな気持ちがあるから、合格通知をもらった時も感動は薄かった。

 こうやって、入学金受領の書類をもらっても。そうなんだ、で、お終い。

 くさっていても仕方ないので、リビングへ降りて、お母さんに「ありがとう、書類見たよ」って、身内としての仁義を切ろうと思った。

 え……!?

 リビングでニヤついている我が兄を見て怖気を振るった。

「また、そんなの買って!」

「でや、ええやろ(#^0^#)」

 リビングのテーブルには『けいおん』メンバーのフィギュアが、ただいま演奏中!という感じで並んでいる。

 ドラムの律 ギターのユイ 同じくアズニャン(梓) ベースの澪 キーボードのムギ(紬)ちゃん

 わたしも『輝けユーフォニアム!』と並んで好きなアニメだからメンバー全員の名前が分かったりするんだけど、フィギュアを集めようとは思わない。

「澪ちゃんは、ちゃんと縞パンやねんぞ(#^▽^#)」

「もう、変態ボーズ!」

 兄の変態ぶりに呆れていると、廊下の向こうからさくらがオイデオイデをしている。

「ああ、ごめん。変態ボーズが変なの並べてるから……」

 入りにくいのかと思ったら、じっさい、さくらも並んで立ってる留美ちゃんも赤い顔をしている。

「ちゃうねん、ちょっと三人で決めたいことがあるねん」

「なに?」

「これからは、女子三人だけ洗濯物を別にすることにしたん!」

 おやつを前にしたユイのように鼻息が荒い。

「三人て?」

 わたしとさくらとお母さん?

「それで、三人とも似たようなもの着てるし、シルシを付けることにしたん!」

「え、ええ……ああ!」

 留美ちゃんが、いっそう赤くなったので分かった。

「そうか、留美ちゃん決心したんだね!」

「は、はい、お世話になります(#´~`*#)」

「キャミとかは裾、パンツとブラは後ろの裏側、靴下は履き口の裏に刺繍糸でシルシ! OK!?」

「う、うん、いいわよ」

「すみません、めんどう掛けます!」

「色は、赤、青、黄の三色!」

「ちょ、声おっきい!」

 注意するのが遅かった。

「なにをコソコソやってんねん」

「もう、変態ボーズ!」

「え、あ、すまん!」

 一言で、変態兄貴は退散する。

 振り返ると、さくらの手にはシルシ見本の下着がにぎられていました(^_^;)。

 如来寺も少しずつ春の準備が始まってきました。

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らいと古典・13『第三十三段 今の内裏作り出されて……』

2021-02-23 06:30:36 | 自己紹介

わたしの徒然草・13

『第三十三段 今の内裏作り出されて……』 

 


 この段は、二条富小路の内裏が再建されたときのことであります。

 花園天皇が内裏のお入りになる前に、祖母の玄輝門院が下見をされて「あ、閑院殿ののぞき窓のカタチがちゃいますよ」と指摘された。
 それを兼好のオッサンは「いみじきこと」と、喜んでいる。

「いみじ」とは、程度が甚だしい事に使う形容詞で、平安時代この方、よく使われる。
 兼好のオッサンには、申し訳ないのですが、女子高生の「かわいい」と大差ない頻度(品度にかけたシャレですが(^_^;))でつかわれています。

 今回は、兼好のオッチャンの「いみじ」にこだわってみます。

 この閑院殿の窓とは、やんごとなき皇族の方々が、役人たちの仕事ぶりなどを「のぞき見」するための小窓のことであります。この内裏が再建されたのは、じつに五十八年ぶりのことで、「カタチちゃやいますよ」と指摘した玄輝門院は、そのとき七十二歳。焼亡前の内裏のころは十四歳の少女でありました。
 つまり、玄輝門院は、オチャメな少女で、この閑院殿の窓から、のぞき見をしていたのであります。その少女の「オチャメな少女時代」を、無意識に「その窓ちゃいますよ」で、出してしまったことを、兼好のオッサンは「いみじ」と感じたのです。
 その少女時代のみずみずしいオチャメを「いみじ」と感じられ程の歳に、兼好自身が感じたのであれば、彼自身かなりの歳になっているだろうと思って調べたら、この三十三段以後を四十代の作とする先生達が大半であります。

 現職であったころ、昼休みに教室を覗いてみると、前日に同じ短大を受験した二人の女生徒が言い争っていました。
「準備万端」と黒板に書かれており、「これに読み仮名をつけなさい」という問題であったらしい。真面目そうなセミロングが気弱にこう言った。
「『じゅんびばんたん』やと思うけど……」
 元気印のショ-トカットは自信たっぷりに、こう言った。
「『じゅんびマンタン』やなあ、先生!?」自信マンタンに鼻を膨らませた。
「『じゅんびばんたん』やでえ」と、答えてやった。
「え、うそ……」鼻を膨らませたまま、ショ-トカットはフリ-ズした。
 これに似た感性を七十二歳の玄輝門院が、不覚にも見せてしまったことを兼好は感じたのでしょう。兼好自身いい感性をしていると思います。

 ここからは、わたしの感性であります。

 兼好というひとは、よく「無常観の人である」と言われますが、この無常観は、変わらぬものへの信頼があっての上であろうと思うのです。
 兼好は有職故実に詳しい。
 有職故実とは、ブッチャケて言えば形のことであります。挨拶のしかたに始まる礼儀作法や、衣装、儀式のありようなのです。
 象徴的なことだけ書きます(言い出せばきりがないので)と、看護婦さんという言い方が公には消えました。今は看護師と書きます。
 保母さんという言い方が公には消えて保育士と書きます。「婦」という字には「帚」という字が入っていて、差別的なのだと聞いています。でも、現場の病院や保育所にいくと「看護婦さん」「保母さん」が、まだ現役の言葉として残っているのではないでしょうか。
 ある社会的な考え方に右へならえで、前世紀の終わり頃に変わったと思うのですが、現役の言葉として生きているということは、やはり新しい言葉には無理があるのではと思うのですが、いかがでしょう。

 平塚雷鳥や、市川房枝が戦ってきたのは「婦人解放運動」であります。「女性解放運動」と言わなければならないのでしょうか。また「主婦」という言葉は置き去りにされていると思うのですが、どうなんでしょう?
 また、「看護師」「保育士」では「し」の字が違います。浅学のわたしには分かりません。ご教示いただければ幸いです。
 わたし一人の感覚かもしれませんが「婦人」という言葉には、独立したイッパシの女性の姿と尊厳が感じられるのですが、間違っているのなら教えてください。

 話は飛びますが、おおかたの学校から「仰げば尊し」「蛍の光」が消えました。
 教師は聖職ではなく労働者だと、現職のころよくいわれました。
 ブッチャケ、わたしはどちらとも言い切れません。ただ人の人生に大きな影響を与える責任の大きな仕事であるとおもいます。むりやり言えと言われれば「教育職の公務員」でしょうか。

 詩的な言葉でいえば「先生」ですね。この言葉だけは幕末から変わっていないように思います。
 詩的ではありますが、この「先生」という言葉は垢にまみれ、傷だらけでもありますが、学校を学校たらしめる最後の砦のような言葉だと思います。
 東京では「机間巡視」のことを「机間支援」というと聞きましたが本当でしょうか?

 言葉には、言霊が宿っています。

「仰げば尊し」「蛍の光」は、戦時中に作られた軍歌ではありません。日本が、明治に国民国家として自立していく中で作られた、言霊を宿した歌であります。
「ビルマの竪琴」という映画で、僧侶になった水島上等兵が、最後無言で竪琴で弾いた曲が「仰げば尊し」でした。この曲で、仲間達の兵隊、観客は自分の惜別の感情と共に水島の決意を感じるのです。これが今どきの年ごとにコロコロ変わる卒業ソングでは生きてきません。

「軍艦マーチ」が、海上自衛隊の儀仗曲であることはわりに知られています。
「抜刀隊」が陸上自衛隊の儀仗曲であることはご存じでしょうか。

 この曲は、昭和十八年、明治神宮外苑での雨の学徒出陣壮行会で流された曲で、かなりのご年配の方でも良い印象をお持ちではないと思います。歌詞の冒頭はこうです。
「我は官軍。我が的は、天地入れざる朝敵ぞ……」こう書いただけで拒絶反応でしょう。
 この曲は、西南戦争のおり、あまりに強い西郷軍に悩まされた政府が、士族が多い警視庁の巡査で部隊を編成したときの曲で、今の警察の公式儀仗曲でもあります。

 兼好が思ったように、世の中は無常なものであります。しかし、その中にけして無常ではないもの、無常にしてはいけないものがあるのではないでしょうか。兼好の心の底にはそれがあったと思います。
 我々も、へたな言葉いじりばかりしていないで、たまには無常ではないものに心を寄せてみてはどうでしょうか。

 一つ思い出しました。国鉄がJRになったとき、国電をE電と言うことにしました。令和の、この時代E電などと言う人はいないと思うのですが……

 もう一つ思い出しました。
「お父さん、お母さん」という言葉を我々は平気で使う。これは思想信条には関わりなく、この両親への呼称に異を唱える人はまずいないでしょう。
 しかしこの「お父さん、お母さん」は明治になって、文部省が作った言葉なのであります。語源は定かではありませんが、江戸の下町言葉である「おっかさん、おとっつあん」という説があります、明治の初年「そんな下卑た言葉を学校で教えるとは何事か!」と、怒鳴り込んだ人がいたらしいです。この人たちは「父上、母上」「おたあさま、おもうさま」と呼んでいた人たちでした。

 また、近頃では「お母さん・お父さん」という性差を感じさせる呼び方はいけないので「親一号」「親二号」と呼ぶべしという人もいるとか。

 先日、アメリカの議会で就任宣誓した議員は、「アーメン」ではなく「アウーメン」としめくくりました。連邦議会では性差を感じさせる言葉を使ったら罰金なのだそうです。

 


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真凡プレジデント・2《橘なつき》

2021-02-23 05:48:54 | 小説3

プレジデント・2

《橘なつき》       

 

 

 フルネームは田中真凡(たなか まひろ)。

 

 苗字は平凡なのに、名前は非凡。

 マヒロとはなかなか読んでもらえない。シンボンとかマフ(凡を風の略字と勘違い)とかマホ(帆と凡は一瞬間違える)とか読まれる。マヒロと主張しておいても元来影の薄いルックスとキャラなので直ぐに忘れられて平凡な方の田中で呼ばれる。

「二年A組の田中……さん、立候補ありがとう、ちゃんと受理させていただきます」

 立候補の届け出をしにいくと、藤田先生は席を外していたので、もう一人の中谷先生に書類を渡す。

 中谷先生はお礼を言ってくれるのだけど、真凡(まひろ)が読めなくて苗字の後に間が開いてしまう。

「すみません、ルビ振っておきます」

 名前の上にタナカマヒロと付け加える。

「タナカマホさんね、ありがとう」

 間違っているけど訂正はしない。パソコンに打ち込むときにはきちんと見てくれるだろうし、今の中谷先生は新任二年目の先生らしく教材研究に忙しそうなのでね。

 

 それに、今日の放課後はわたしも忙しい。

 

 特別な用事じゃない、掃除当番なのですよ。

「ごめん、待たせちゃったわね!」

 清掃区域の本館外階段に行くと、相棒の橘なつきが二人分の掃除用具を持って待ってくれている。

「ううん、なつきも来たところだし」

 気弱な笑顔でホウキを渡してくれる。

「じゃ、上やるから、なつきは下お願いね」

「うん」

 外階段は四階~三階の上と、二階~一階の下に分かれる。

 わたしはいつも上をやる。

 ごくタマになんだけどタバコの吸い殻が落ちていたり、カップルが居たりする。

 そいいうイレギュラーなことになつきは弱い。どう対応していいか分からずにオタオタしてしまう。

 なつきは中学ではチョイ悪だった。

 まあ、周囲に流されてのチョイ悪で、気弱な性格から悪ぶらざるを得なかったんだ。

 入学以来の付き合いで、そのへんのところはよく分かっている。だから、わたしが上に回る。

 二階まで終えると、下を掃き終えたなつきが塵取り片手に待ってくれている。

 

「真凡……新しいメニューができたんだ」

 

 掃除が終わると小さな声でなつき。

「そっか、もうそんな時期なんだ」

「え、あ、そだね……」

 これだけで理解し合って、なつきの家に向かう。

 

 なつきんちはお好み焼き屋さん。

 時々メニューを変えては、それを理由に試食に行く。

「こんどのは、こんにゃくが入ってんの」

「こんにゃくって、去年の夏も……」

「こ、こんどは進化系だし(;'∀')!」

 ムキになるなつき。

 

 じつは、なつきの試験勉強に付き合うのだ。

 なつきはギリギリの成績で受かっている。

 だから授業についていくのが厳しい。

 わたしも、そうそう勉強のできる方じゃないけど、なつきほどじゃない。

 もう、きっかけは忘れたけど、試験前には勉強に付き合うようにしている。

 なつきも当てにしているんだけど、言い出せないので「新メニューができたから」と振ってくる。

 なつきのお母さんも――わたしもメニュー考えるのが楽しくなってきたから――と言う。

 世の中、こういう微妙な心配りで成り立っているんだよね。

 

 それに、なつきはわたしの真凡の読みを一発で覚えてくれた子でもあるしね……。

 

☆ 主な登場人物

  •   田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •   田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、家でゴロゴロしている。
  •   橘 なつき    入学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •   藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •   中谷先生     若い生徒会顧問
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かの世界この世界:172『アメノヌホコ』

2021-02-22 09:10:58 | 小説5

かの世界この世界:172

アメノヌホコ語り手:テル(光子)    

 

 

 ヒルデと二人で手を繋いだ。

 手を繋いでいないと、上下も判然としないカオスの中をグルグル回って、いつ離れ離れになるか分からないのだ。

 重力が無いので、髪が大変なことになっている。

 ホワホワとタンポポの綿毛のように広がってしまっている。

「ウ……口の中に入った……」

 ヒルデの方に顔を向けようとしたら、慣性の法則で顔の前に残った髪が口の中に入ってしまう。

 プペ ペッ ペッ

「ジッとしてろ」

 ヒルデがわたしを手繰り寄せ、手際よく髪をまとめてくれる。ヒルデは、いつの間にやったのか軽やかなポニーテールにまとめてしまっている。さすがはヴァルキリアの姫騎士だ。

「ありがとう」

「礼なんかいい、とりあえず、ここを抜けなければな。それを考えろ……ここは、どこなんだ?」

「ここが神話の世界なら……」

 思い出そうとするが、出てこない……日本神話の初めはイザナギ・イザナミだったはず……その前というと……?

 アニメなどに出てくるのは、アマテラスとか高天原とかイザナギは黄泉の国でラスボスのような化け物になり果てて……そうだ、最初はイザナギ・イザナミの二人で島とか神さまとかを産むんだ。

「思い出したか?」

「男神と女神がいるはずなんだけど……」

 こんな重力もないカオスの中では、国生みどころか、ヒルデと二人並んでいることもできない。

「あれはなんだ?」

 わたしが、あれこれ考えているうちにもヒルデは首を巡らし目を見張っていたんだ。カオスの中に何かを発見した。

 カオスの鈍色が凝り固まって、いくつかの澱(おり)のようになったものが浮かんできた。

 しばらくすると、澱のようなものはボンヤリと人の形をして来たんだけど、霧の中の提灯のように滲むばかりで、頼りない。

「傍に寄ってみよう」

「だめ、行かない方がいい」

「そうなのか?」

 確証はないんだけども、神話の始まりはイザナギ・イザナミだ。それ以前のものに関わってしまったら、永遠のカオスの中に閉じ込められてしまいそうな気がする。

 首を巡らすと、澱のようなものは七つあって、目を離さないようにしていると、澱の中に文字が浮かび始めた。

 クニノトコタチ、トヨクモノ、ウヒヂニ、スヒヂニ、ツノグヒ、イクグヒ、オホトノヂ、オホトノベ、オモダル、アヤカシコネ、

「なにか意味があるのか?」

 ヒルデは北欧神話の神なので、意味を考えてしまう。

 ヒルデが彷徨し始めたのも、父であり主神であるオーディンとの関りに疑問を持ったからなのだ。

 疑問を持ったヒルデはトール元帥に預けられ、長くムヘンの地に幽閉されていた。

 わたしたちと出会わなければ、まだ、ムヘンの荒れ地を彷徨っていただろう。

 わたしたちも、転移させられていたムヘンから逃れることは出来なかった。

「見ていれば流れるか消えていくと思う、始まりは男神と女神の二人の神だ……」

「しかし、名前があると意味を考えてしまう……アヤカシコネとかは、妖(あやかし)に関係する神なのではないか……」

 そう考えながら、ヒルデの空いた手はエクスカリバーの柄に手がかかっている。

「ヒルデ」

「あ、すまん。未知のものには、すぐに警戒の心が湧いてきてしまってな」

 ヒルデの手が柄から離れると、七つの澱はゆっくりと背後のカオスの中に流れていき、代わりに現れた二つの澱は、すぐに人の形になった。男女二柱の神だ。

 現れた!

「これが、目的の神たちか?」

「イザナギ・イザナミだ、間違いない」

「眠っているのか?」

「目覚めると思う。これから、二人で国やら神を産むはずだ……」

 数十分も見つめていただろうか、二柱の神は目覚める様子もない……なぜだ?

 なにか足りない……。

 おぼろげな記憶が不足のシグナルを挙げているのだけど、それが何かなのかは、もどかしくも浮かび上がってこない。

 二柱の神は……神は……なにかをかき回していた……その雫が島に……そうだ、かき回す棒のようなものがあったはずだ!

 首を巡らせると、反対側に、今まさに混沌の中に沈みそうになっている矛を発見した。

 アメノヌホコ!

「あれだな!」

 察したヒルデは、わたしよりも早く突進していった!

 

☆ 主な登場人物

―― この世界 ――

  •  寺井光子  二年生   この長い物語の主人公
  •  二宮冴子  二年生   不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い
  •   中臣美空  三年生   セミロングで『かの世部』部長
  •   志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 

―― かの世界 ――

  •   テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫
  •  ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
  •  ブリュンヒルデ     無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
  •  タングリス       トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係
  •  タングニョースト    トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属 
  •  ロキ          ヴァイゼンハオスの孤児
  •  ポチ          ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態
  •  ペギー         荒れ地の万屋

 

  

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らいと古典・12『第三十二段 者の陰よりしばし見ゐたるに……』

2021-02-22 06:32:58 | 自己紹介

わたしの徒然草・12

『第三十二段 者の陰よりしばし見ゐたるに……』 

 

 この三十二段は、分かりにくい段です。

 九月二十日の夜に、「あるひと」に誘われて、ぶらっと月見に出た。ふと思いついて「そのひと」の家の庭に忍び込んだ。庭は、いささか荒れ果ててはいたが、焚き物の香りなどしてなんとも、「もののあわれを感じた」 
「あるひとは」は、途中で帰られたが、わたし(兼好のオッサン)は、しばらく覗き見を続けた。
すると、しばらくして「そのひと」は妻戸(ドア)を開けて、月を見始めたではないか!
「ああ、カワユイ!」
 わたしは、いろんな言い訳を書きながら、ひたすらそう切なく思った。
 そして「そのひと」は、程なく亡くなってしまった……

 なんとも歯切れが悪い。要は、好きな女性の庭に忍び込んで、その女性の姿を見ただけで、ため息ついて帰ってきちまった!
 兼好のオッサンは当時四十過ぎ。しかも一応坊主のナリをしていて、都のサロンでは、そこそこに名前も通っていました。正直には書けなかったのでしょう。
「あるひと」の供をして……ということになっていて「あるひと」が「そのひと」のところに行きたいと言ったから、兼好のオッチャンは付いていったことになっています。
 でも「あるひと」はテキトーに帰ってしまい、兼好のオッチャンは「あわれを感じて」覗き見を続けたことになっている。
 ほんとうは兼好のオッチャン一人でいったのではないだろうか、そして「そのひと」というのは前段で、手紙のやりとりをした女性ではないだろうか?

 要は、中年男のハカナイ恋物語の問わず語りであります。

 今時の恋とはどんなカタチなのであろうか?
 現職であったころは、夏休み前に生徒に、よくこんなことを言っていました。
「恋はたくさんしてこい。そやけど飛躍はすんなよ。特に女子「簡単に身体許したらあかんぞ」
 毎年十月頃に、「妊娠してもた」という数件の相談が、保健室の養護教諭の元にもたらされるからです。

 新年度の初めにその手の講習会は開きます。しかし、どうやったら避妊ができるか、どうやって病気がうつされるかという話が主体で、基本的には高校生にもなれば性交渉はもつものだ。いや、「やっても、いいのよ。だけど、こういう点には気をつけてね」というもので、ごていねいにコンドームの付け方の実習までやらせている。
 自然、一部、あるいは潜在的に高校生にもなってHの経験もない子は「おくれてる~」という空気ができあがる。
 どこか間違ってるよなあ……と、思いながら講習会では「静かに聞け!」と、鎮め役をやってきました。今時の学校が変質してきたことの、ほんのささやかなお話であります。

 わたしは晩婚で、所帯をもったのは四十の「敬老の日」であります。この日なら忘れないだろうと思って婚姻届を出したのですが、いつからだったか土日と被らないように、年によって日を変えてしまうように法改正されたので日にちは忘れてしまいました。
 歳をとったら「敬老の日」に、夫婦二人でお祝いができるようにという目論見ははずれてしまいました。

 四十の結婚だったので、わたしも、カミサンも、それぞれにいろんな体験があったのですが、夫婦間の礼儀として、そういう話題には触れないことにしています。
 しかし、物書きとは因果なもので、オモシロイことは書かずにはいられない。

 わたしは、今のカミサンを含めて四回婚約している。そのうちの一回のお話であります。
 まだ携帯電話がなかった時代で、その彼女とは、電話と手紙のやりとりが主体でありました。
 二人共に忙しい身なので、二人で会えるのは月に一度か二度、どうかすると三月開くこともありました。
 文章を書くのはいっこうに苦にならないので、週に一回は手紙を送っていました。
 あるとき、気づくと五ヶ月も会っていないことに気づいて……というよりは、わたしが焦れてしまって、電話をかけました。その間二十通ほどの手紙を送っています。

 彼女の返答は、こうでした。

「なんで、五ヶ月もほったらかしといたんよ!」

 物書きの悲しさは、洞察力であります。彼女のこの一言で全てが分かりました。

 彼女には、新しいオトコ……彼氏ができた。そしてわたしの二十通の手紙は彼女の手には渡っていない。手紙は、おそらくご両親の手により、その都度シマツされたのだろう。
「分かった」そう一言言って電話を切りました。
 ほんとうに相手を愛しているのなら、相手が一番幸せになる道を選択してやるのが「男の道」であろうと、寅さんのように思っていました。
 

 それで、最後に決別の手紙を書きました。

「お幸せに。君が立ち寄りそうなところには行きません。キミもボクが立ち寄りそうなところには来ないでほしい」という意味の手紙でありました。

 今思うと、言わずもがなの事を書いてしまったのですが、その時はケジメだと思っていました。

 ところが、行くところ、行くところで彼氏と二人連れの彼女に出くわしてしまう。一度など、彼方からにこやかに目礼されたこともあります。最悪だったのは、わたしの劇団の公演にアベックで来たときです。オトコはそうと知らずに、わたしにこう聞いてきました。
「おい、トイレはどこにあんねん?」
「はい、廊下に出ていただきまして、右にお進みいただきましたところにございます」
 にこやかに、そう案内しました。
 最前列の席に彼女のあどけない後ろ姿が見えました。まるで、サスペンションライトに際だつような幸せそうな背中でした。

 オッサンの恋というのは辛いものですなあ、タワリシチ兼好!


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真凡プレジデント・1《いくつかの理由》

2021-02-22 06:09:47 | 小説3

プレジデント・1

《いくつかの理由》    

 

 

 第一の理由は二年生になったこと。

 

 二年と言うのは、もう高校生活が半分過ぎたのと同じ。

 だって、三年の一学期には進路は確定してしまうんだよ。

 そうでしょ、三年生はクラスそのものが進路別だし、一学期の終わりには就職にしろ進学にしろ行先が決定する。

 おまえなら……だいたいこんなとこだな。

 担任が、そう言って見せる資料には五つ六つの候補が上がるんだろうけど、みんな似たり寄ったり。

 なにも、卒業後の進路だけで一生が決まるわけじゃない。

 だけど、わたしって冒険するタイプじゃないからね、たぶん結婚するまで(するとしてね)の人生が決まってしまうと思うよ。

 

 第二の理由はお姉ちゃん。

 

 お姉ちゃんは三月で仕事を辞め、マンションも引き払って家に戻って来た。

 お姉ちゃんはいわゆる女子アナで、同年代の女性の中では勝ち組だと思っていた。

 妹のわたしが言うのもなんだけど、ルックスはいいし勉強はできるし(なんたって東京大学を出てる)人当たりはいいしスポーツは万能だし、他にもいろいろアドバンテージなんだ。

 そのお姉ちゃんが、一か月余りでひどく劣化した。

 ジャージ姿で一日を過ごし、連休からこっちは、ほとんど外にも出なくなった。

 もう東大出身勝ち組女子の面影もない。

 正直、こうはなりたくないという女子の見本のようになってしまった。

 

 わたしはお姉ちゃんのように美人でもなく勉強もできないしスポーツも苦手、人付き合いも最小限度で済ますというかできない。

 子どものころから存在感のないことおびただしく「あ、いたんだ」とか「忘れてた」とか言われることがしばしば。

 たまにお姉ちゃんと歩いていると、視線がお姉ちゃんだけに集まる……のはまだいいんだよ。

「えと、そちらは?」と人が聞いて「妹です」とお姉ちゃんが応える。で、たいていの人が「え!?」と言う顔になる。

「似てませんね」というようなデリカシーのない人はめったに居ないが、みんな、とんでもなく意外そうな顔になる。

 だから、もう三年くらい姉妹並んで歩くなんてことはしたことが無い。

 

 三つ目の理由は、藤田先生が困っていたから。

 

 藤田先生は来年で定年のオジイチャンなんだけど、仕事っぷりは誠実。

 不器用なところに親近感。藤田先生から誠実を抜いてしまったら……たぶん抜け殻。

 その藤田先生が困り切った顔で中庭のベンチに座っていた。手にはなにやら書類……後ろからチラ見。

――ああ、生徒会選挙の時期か――

 藤田先生は生徒会の顧問の一人で、立候補者の発掘をしているようなのだ。

 書類は目ぼしい生徒のリストで、十何人プリントされた名前にはことごとく二重線が引かれている。

 つまりは、声をかけたけどことごとく断られてしまったということらしい。

「お、まひろか……」

 一言あって、気弱な微笑みを浮かべると、先生は再び書類に熱中し始めた。

「……ども」

 わたしも、そっけない返事して、その場を離れた。

 その時は、自分が立候補するなんて毛ほども思わなかった。むろん、藤田先生も論外というか、気にもかけていなかった。

 

 でもね、五時間目が始まる前に〔生徒会長〕を電子辞書で調べてみたんだ。

 

 the president of the student council ……と出てきた。

 

 council(カウンシル)が生徒会、presidentが会長ということなんだ。

 

 プレジデント!

 この英訳の言葉で、わたしは決心。

 これが四つ目の、でも、一番大きな理由。

 

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誤訳怪訳日本の神話・26『八十神と手間山の赤猪』

2021-02-21 09:10:53 | 評論

訳日本の神話・26
『八十神と手間山の赤猪』    

 

 

 末の弟のオオナムチに兄弟全部の荷物を背負わせた八十神たちは意気揚々とヤガミヒメの家に着きました。

 

 八十神たちの面白いところは、末の弟オオナムチを団結してイジメますが、自分たちは仲たがいはしません。

 というか、没個性的な神々で、一人一人の描写がありません。もし、マンガかアニメにすると顔がノッペラボーのモブキャラになるでしょう。

 八十神を目の前にしてヤガミヒメはにこやかに宣言します。

「……ということですので、わたくしヤガミヒメは、あなたたち八十神の荷物を背負ってやってくるオオナムチの妻になります。悪しからず(^▽^)/」

「「「「「「「「「「「「「そ、そんなあ(;゚Д゚)!」」」」」」」」」」」」」

 オオナムチをイジメたことに弁護の余地は無いのですが、八十人まとめてコケにされるのは、ちょっと気の毒。

 八十人も居るのですから、中には多少はオオナムチに同情的な者もいたのかもしれませんが、十把一絡げにされます。

 記紀神話にはモブキャラがいっぱい出てきますが、高天原の神たちは名前の付いている者が結構いて、天岩戸の下りは個性的な神々が一杯いて、描写が生き生きとしています。それに比べて、いくら悪役とは言え個性無さすぎな感じがします。

 いっそ八十という名前の一人の神であったほうがスッキリします。西條八十という古関裕而の相棒だった作詞家もいたではありませんか。

 とりあえず、八十神の十把一絡げにこだわります。

 世の中は、この十把一絡げに満ちております。

 たとえば『日本人』といいう十把一絡げ。昔は眼鏡をかけた反っ歯で、どこに行くにもカメラを首からぶら下げているオッサンというイメージでした。日本人を説得するには「みなさん、そうなさっています」と囁けばいいと言われておりました。

 オタクと言えば、自分の趣味やテリトリーのことは人の都合も考えずに口角泡飛ばすくせに、オタク以外の話には聞く耳を持たないキショク悪い奴らという括りで、たいていは運動オンチなブ男、たまに女子がいるとBL専門の腐女子なんぞと言われたり描写されたりします。

 学校の先生というと、みんな日教組で偏向教育ばかりやっていて、独身率が高くて、C国やK国の味方ばかりしていて朝日新聞の読者という括り方をされます。

 大阪人なら、みんな声が大きくて、吉本みたいなギャグをとばしてばかりで、阪神ファンでたこ焼きばかり食っているやつら。

 ……考えたら、このサンプルに挙げた属性に、わたしは全て含まれます(^_^;)。

 

 とにかく、ヤガミヒメは、そう言い放って、八十神全員を袖にしてオオナムチを婿に迎えることにします。

 

 プリプリ怒ってかシオシオとうな垂れてかは分かりませんが、八十神たちは帰り道に、やっと追いついたオオナムチに出会って、こんな意地悪を言います。

「よう、俺たち、これから帰るとこなんだけどよ、途中の伯耆の国の手間山(てまやま)ってとこによ、赤い猪が出てくるっていうんだわ。家の土産にしたいから、おまえ先に行って掴まえとけ」

 どこまでも兄たちに従順なオオナムチは、疑問にも思わず(こういう馬鹿正直なところに白兎はイラっとくるんでしょうねえ)手間山に向かいます。

 さて、赤猪はどこにいるんだろうと様子を窺っていますと、山の上から何かが駆け下りてくる音がします。

 ドドドドドドドドド!

「来た! 赤猪来たああああああああ!」

 オオナムチは健気にも両手を広げ、関取ががっぷりと四つに取り組む姿勢で赤猪を受け止めます。

 

 ジュウウウウウウウウウウウ!

 

 なんと、赤猪は真っ赤に焼けた大岩だったのです。

 というか、先回りした八十神たちが大岩を真っ赤に焼いて待ち受けていたのです。

 オオナムチは大岩を離すこともできずに、全身大やけどで焼け死んでしまいました(-_-;)。

 

 つづく

 

 

 

 

 

 

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妹が憎たらしいのには訳がある・68『もう妹は憎たらしくない!』

2021-02-21 06:43:43 | 小説3

たらしいのにはがある・68
『もう妹は憎たらしくない!』
         

 

 

 大阪に戻ったわたしたちにすることはなかった。

 度重なる戦闘で、わたしも優子も状態が悪く、もうメンテナンスの仕様もなかったのだ。
 二人とも生体組織が壊死し腐敗が進んできたので、亜硫酸のタンクに漬けられて生体組織を溶かし、スケルトンの状態にされた。この状態が裸になって股間にドレーンを挿入されてメンテナンスする何倍も恥ずかしいことであることを、わたしも優子も自覚した。
「わたしのスケルトンの方がキュートよ!」
「なによ、わたしの顔のスケルトンの方がかわいいもん!」
 最初はじゃれあいのようだったが、互いの機能が低下してくると、憎まれ口もきかなかくなってきた。
 見かけは上半身と下半身に裂かれてしまった優子がひどかったけど、わたしはPCに受けたダメージが意外にひどくて五日目には言語サーキットがいかれてしまい。CPにケーブルを接続しなければ意思表示も出来ない状態になった。

 わたしには、ユースケに取り込まれる前の義体が残っていたけど、それにCPの中身をインスト-ルすると、わたしの半分であるお兄ちゃんの人格が復元できないことが分かった。お兄ちゃんを殺すことはできない。東京で、あれだけの働きができたのは、お兄ちゃんとねねを融合したからこそのことでなんだから。
 優子のCPは、比較的安定していたけど、CP内に収容していた脳組織が弱ってきた。一度は取り出そうとしたけど、そのオペレーションに優奈の脳組織が耐えられる確率は30%もなかった。それに、取りだしたとしても、寿命は半年がいいところ。

 最初に崩れたのはお母さん。

 娘と息子を同時に失おうとしているのだ、無理もない。羊水に漬けられたお兄ちゃんを見ては涙になり、モニターを通じての幸子との会話も、CPの寿命を延ばすため最小限度におさえられていたため、ある日、緊急事態用の手榴弾を持ち出したところを、アラームに気づいた水元中尉に、爆発寸前に助けられた。お父さんは、そんなお母さんをただ抱きしめることしかできなかった。

 東京は、あれからしばらく平穏なように見えたけど、グノーシス同士の争いが激しくなり、国防省のCPは事実上ダウンしていた。
 市民生活は平穏そのものに戻ったんだけど、毎日グノーシス戦士の遺体や破壊されたロボットが発見される。彼らは最後の瞬間に、一般人や、普通の車に擬態するので、身元不明の遺体や、事故車が増えた程度にしか、一般には認識されていなかった。国防省のCPは甲殻機動隊が肩代わりして、日常の業務に差し支えないようにしていたが、それがC国やK国に見破られるのは時間の問題だ。

 そんなある日、T物産のトラックが真田山駐屯地へやってきた。

「厨房機器の納品です」
 初老の運転手が窓越しに書類を渡した。
「話は聞いています。念のためスキャナーにかけますので、トラックごとそのセンサーの間に入ってください」
 門衛の下士官に言われ、初老のオッサンは、ゆるりとハンドルを切った。
「ああ、T物産の高橋さんですか。T物産の総務の神さまですね。調達品の取引じゃ、下手な営業さんより話がしやすいって、親父も言ってましたよ」
「あ、あなた営繕課にいた牛島准尉さん……の息子さん!? いやあ、時代ですなあ」
「今日は、総務が配達ですか?」
「来月で定年なもんですからね、ちょっとわがまま言って、若い頃に回ったところを一つ一つ回らせてもらってるんです」
「メカニックの方は女性なんですね」
「身元や経歴はスキャン済みでしょうが、厨房関係は女性の方が分かりがいい。それに……」
「チーフの方は、陸軍の予備役なんですね」
「そうよ。ずっと給養員のボスやってたから、ここの給養装備もみんな見たげる」

 そうして、この御一行は、地下のシェルターにやってきた。

「高橋課長!」
 お父さんが、すっとんきょうな声を上げた。
「いやあ、一別以来……と言いたいが、佐伯さん。あなたとは初対面です」
「え……」
「高橋さんの体を借りている。向こうのグノーシスのハンスと申します」
「グ、グノーシス!?」
「まあ、こっちにもいろいろありましてな。今日は里中副長の依頼で来ました」
「もう、恥も外聞もなく、お願いしました」
「一応、隊長にもごあいさつを……」
 そういうと、ハンスは、優子と同名の幼女に挨拶をした。
「困るなあ、ハンス。ずっとバレないできたのに」
「これからは、あなたの指揮が重要になりますから」
「ゆ、優子、どうしたの!?」
 佳子ちゃんがうろたえた。
「潜在能力が優れてるんで、二年前からやってるの。甲殻機動隊の隊長としてのアビリティーだけは高いけど、あとはお姉ちゃんの妹だから、これまで通りよろしく。じゃ、あとは副長よろしく」
「承知しました」
 里中副長が、上官に敬礼するところを初めて見た。
「じゃ、かかろうか」
 三人の女性スタッフのオーラには、なにか懐かしさを感じた……あ、ビシリ三姉妹!

 大げさな作業になるのかと思ったら、わたしたちと持ち込みのCPをケーブルで繋いだだけである。
 ミーと思われるビシリが、すごい早さでキーボードを操作した。とたんに、わたしの意識が飛んだ。

「お、溺れる!」 

 そう思ったら、急速に羊水が抜かれ、俺は久々に太一に戻った。

 気づくと空のアクリルの水槽の中で、俺はひっくり返っていた。で……みんなの視線が俺に集まった。
「キャー!」
 佳子ちゃんとチサちゃんは同じような悲鳴をあげて、それでもしっかり裸の俺を見ていた。
 ビシリのミルが目隠しに立ってくれ、ミデットが、取りあえずの服を一式を、タオルとともに投げ入れてくれた。
 水槽から出たとき、優子と真由のスケルトンは死んでいるように見えた。
「移植急ぐぞ」
 ハンスが、高橋さんの姿で命じた。ビシリ三姉妹が、厨房機器の箱を開けると、中から優奈が現れた……!?
「義体だけどね、脳を移植すれば本物になる」
 ビシリ三姉妹は、優子のスケルトンの口を開けると、大きめの注射器のようなものを取りだし、優奈の前頭葉と脳幹の一部を保護液といっしょに取りだし、優奈の義体の喉の奥からCPに挿入した。
「だいぶ弱っているな……」
「はい、なにか刺激がいります」
 ミーが答えた。
「仕方がない、祐介がユースケになった今までの記録をダウンロ-ドしよう」
 微かな起動音がして、優奈がピクリとした。それから、血の気がさして、閉じた目から涙がこぼれ落ちた。
「これで、祐介のことは愛情を持って理解した。残念ながら、太一への愛情を超えてしまったけどな」
「それはいいんです。祐介の気持ちは分かっていたし、こうあるのが自然です」

 優奈が意識を取り戻し、起きられるのに一時間ほどかかった。そして優奈が元に戻った頃、幸子とねねちゃんが戻ってきた。

「お兄ちゃん、みんな!」
「お父さん!」

 幸子は、ユースケが使っていた義体に、優子から分離した幸子のパーソナリティーをインストールしたのである。
 完全な幸子に戻っていた。プログラムモードではなくニュートラルで、幸子は憎たらしくなかった。

「わたし、自然にしていても世界は壊れないのね!」
「ああ、半分賭けだったけどね。これで僕たちも希望を持って前に進める」
 ハンスが、珍しく嬉しそうに言った。
 ねねちゃんも義体で、ここまで自然になれるのかと思うほど人間らしかった。
「これは、太一、キミのおかげだよ」
 里中副長が言ったとき、急に空間が歪み、全員がショックを受けた。

 目の前に、傷つき果てたユースケが現れた。

「もう空間移動の技術も覚えたんだね」
「そうしなきゃ、生き延びられないんでね……優奈!?」
「祐介、ごめんね。いままで祐介の気持ちに気づいてあげられなくて。こんなに苦労して、こんなに傷つき果てて」
「で、でも、どうして……」
「舞洲で殺されたとき、わたしの脳の一部をサッチャンが保存してくれていたの。体は義体だけど、心は優奈だよ。祐介の優奈だよ!」
「そんな……でも、オレは幸子を殺さなきゃならないんだ!」
「もう、その必要はない。グノーシスの間でも休戦協定が結ばれた。君も、いつまでも、そんなロボットに取り込まれていなくてもいいんだよ」
「そうよ、祐介!」
「オ、オレは……ウワー!」
 ユースケは悶え苦しんだ。危ないので優奈を引きはがそうとした。
「このままで……祐介! 祐介!!」

 やがて、ユースケは動きを止め、静かにボディーが開くと祐介がこぼれ出てきた。

 
 そして、妹の幸子はニクソクはなくなった……。


『妹が憎たらしいのには訳がある』  シリーズ・1 完

 

 

 

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魔法少女マヂカ・198『四人掛けに三人の意味』

2021-02-20 09:25:20 | 小説

魔法少女マヂカ・198

『四人掛けに三人の意味』語り手:マヂカ    

 

 

 四人掛けに三人で収まってお弁当を膝の上に載せる。霧子は、もうそれだけでウキウキしている。

 

「わたし、列車の中でお弁当いただくなんて初めてよ(o^―^o)」

「食べるのは、ちょっと待って」

 霧子に言うとブリンダが頷く。

「え、なんで?」

「あれが起こる20分前だからよ」

「あ……」

 察したようで、霧子は解きかけた巾着の口を閉めた。

「そんなに緊張すんな、まわりが変に思うぞ」

「だって……」

 無理もない、20分後には関東大震災の最初の揺れがやってくるのだ。

「ブリンダもおしとやかにね、この姿でため口は目立つわよ」

「あ、そうか……そうだわよね、つい浅草軽演劇の真似なんかしてしまって、ごめんなさいませ」

 ブリンダのお嬢様言葉も気持ち悪いが、しかたない。

 それにしても、震災発生ニ十分前の列車に乗ってなにをすると言うんだ。中央線で深刻な列車事故が起こったと言う記憶は無いんだが……ま、当時ロシアに居たわたしは、震災の記録と言っても帰朝してからブリーフィングされたことだけだが。

「あのう……」

 思いを巡らせていると斜め上から男の声が降ってきた。

「あ、はい?」

 ブリンダがしおらしくお返事をする。

 男は、麻スーツの上着を腕にかけ、お弁当の折とカンカン帽を持ち、やや度のキツイ眼鏡の目をへの字にして、金髪のセーラー服に照れながら用件を言った。

「えと、ここ僕のなんですが、一緒に掛けさせていただいてよろしいでしょうか?」

 上着を持ったままの手で切符を出し、遠慮がちに示してくれる。

「ええ、もちろんです。指定席なんですから、あ、わたくし幅をとってしまっていますね(*´ω`*)。高坂さん、入れ替わってくださいますかしら?」

 なるほど、霧子なら、そう幅もとらない。

「ええ、いいことよ」

 ソヨソヨと席を入れ替わる日米のセーラー服。いかにもお嬢様然として可愛らしく、普段を知っているわたしは笑いをこらえるのに苦労する。

「エクスキューズミー……ひょっとして、航空関係の技術者でいらっしゃいますか?」

「え、あ、分かりますか?」

「はい、その英字新聞の記事……」

「あ、ああ」

 言われて初めて気が付いた。男が開いていたのは『航空機の翼面抵抗の軽減』というアメリカの技術記事なのだ。

「あ、すごい、これが目に留まったんですか?」

「ごめんなさい、母国語なので、つい目に留まってしまって、あ、わたくしブリンダ・ウッズと申します。こちら、お友だちの高坂さんと渡辺さんです」

 霧子と一緒に会釈すると、男は人のよさそうな笑顔を返してくれる。

「僕は、三菱内燃機製造の堀越って言います。御同席させていただいて光栄です」

 三菱の堀越……堀越二郎?

「内燃機じゃ分かりませんよね、飛行機の研究開発をやって……そうだ、これをどうぞ」

 両手に荷物を持ったまま、堀越は器用に名刺を出した。

「まあ、時代の最先端の御研究をされているんですね」

「高坂さんは、ひょっとして、高坂侯爵の……」

「は、はい、高坂のみそっかすです(#´0`#)」

「高坂中佐には技研でお世話になっています」

「あ、兄と?」

「はい、海軍では最も航空機開発にご理解のある方です」

「あ、そうなんですか。家では寝てばかリです」

「技研では不眠不休で働いておられますよ」

「あ、はい、恐縮でございませす」

 フフ、噛んだ。

 堀越二郎……たしか、後にゼロ戦を開発して、戦後も日本の飛行機開発にも尽くした世界的なエンジニアだ。

 その堀越と出会わせて、何をさせようとしているんだ?

 一つだけ分かった。

 ノンコを連れてこなかったのは足手まといというだけではない。

 ノンコが居れば、四人掛けに四人になって、堀越と同席することは無かったはずだ。

 考えていると、大震災発生の一分前になっていた……。

 

※ 主な登場人物

渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員

要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員

藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 

野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員

安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長

来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令

渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る

ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員

ガーゴイル        ブリンダの使い魔

※ この章の登場人物

高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 

春日         高坂家のメイド長

田中         高坂家の執事長

虎沢クマ       霧子お付きのメイド

松本         高坂家の運転手 

 

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らいと古典・わたしの徒然草・11『第三十一段 今は亡き人なれば、かばかりのことも忘れがたし』

2021-02-20 06:43:49 | 自己紹介

わたしの徒然草・11

『第三十一段 今は亡き人なれば、かばかりのことも忘れがたし』    

 

 

 原文は簡単です。

「大雪の降った日に、ある(やんごとなき人とも思われる)人に手紙を出したところ、『こんなにも珍しく、雪が降ったのに、そのことに一言も触れていないのはつまらないですねえ』と、返事が返ってきた。どうってことはないけど、亡くなった人からのものかと思うと忘れられない」
 二十九段からのブルーは、この人の死と関わりがあるのかも知れない。あとの三十二段にも読みようによっては「引きずってるなあ」と、思われるところがあります。
 どうやら、「ある人」とは兼好のオッチャンが想いを寄せていたように受け止める人が多いようです。

 しかし、これは『わたしの徒然草』なので、勝手に妄想を膨らませます。というか自分にビビっと感じたところで書かせていただきます。

 この歳になると、「今は亡き人」がゴマンといる。

 わたしの恩師(といっても、この方は女子校の先生で、演劇部の連盟の活動の上での恩師)に、F先生がおられます。読者は誰もご存じではないと思いますが、金井克子さん、秋野暢子さんの恩師と言えば「ああ」と、思われる方も多いのではとおもいます。
 大学の五回生(留年したので)のとき、呼び出されたときのことです。
「来年から、うちのS高校で、社会科の教師やれ」
 それだけ言われて、教頭や、教科主任の先生方に面通しさせられました。
「あ、これで、就職決まりや!」
 ところが、翌春に「採用は見合わせていただきます。なお、後日採用させていただくこともありますので、履歴書はお預かりいたします」と、葉書がきました。
「先生、これはないでしょ……」という意味のことを言った。
「大橋、もっと足運ばなあかんで」と、答えられた。
 わたしの履歴書はいまだにS高校にあるのかもしれない。
 当時のわたしは、世間知らずで、こういう就職の場合、足を運んで「運動」をしなければならないということに思い至りませんでした。

 おことわりしておきますが、今から四十五年前の話で、世間とはそういうものでありました。
S高校にも、F先生にもなんのオチドも、ヨコシマなところもありません。

 当時の高校演劇はアナーキーで、生徒が連盟の運営権を握っていました。だから連盟とは名乗れず研究会と称しておりました。藤木先生は、それを時間をかけて教師が責任をもってやれる連盟に変えていかれました。   これはと思う高校生を見つけては時間をかけて育て、連盟を担える教師にするという気の長さでありました。翌年、後輩がめでたくS高校に就職し、その職責を果たしております。

 F先生は、沖縄戦の生き残りでもあります。多くは語られませんでしたが、米軍により沖縄の南部に追いつめられた時、仲間の兵といっしょに斥候に出されました。
 米兵に見つかり、追撃され、仲間の兵は撃ち殺された……そのあとの話は、捕虜生活の話になります。
 その斥候に出され、捕虜になるまでには言い難いアレコレがあったのでしょう。ご退職後、真っ先にされたことは沖縄への訪問でありました。このことが先生の沖縄での屈託を物語っていると思います。

 先生は、学生のころ演劇にドップリ浸かり、特高にも追い回されたことがあるそうです。
 英語が堪能でいらっしゃったので、収容所でも通訳として重宝がられ、収容所で劇団を作り、タクマシク捕虜生活を送られました。そして一年余、無事に釈放され、復員されました。
 気の毒なのは奥さんで、終戦から毎日大阪駅へ行っては「○○部隊のFはおりませんでしょうか!?」と、捜されたそうであります。
 昭和二十一年の秋、大阪駅頭で、血色のよい復員兵と。やせ衰えた銃後の妻は再会を果たされました。そういう話を、面白おかしく語ってくださいました。
 わたしたちは、ほんのガキンチョであった。
「アハハ、またF先生の昔話や」としか聞いておりませんでした。
 先生も「アハハ」で、それ以上の話をなさろうとはされませんでした。
 もう少し真剣に聞いておくべきだったと、この歳になって思います。自分自身が藤木先生の歳に近づいてきました。

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妹が憎たらしいのには訳がある・67『C国多摩事変・2』 

2021-02-20 06:19:17 | 小説3

たらしいのにはがある・67
『C国多摩事変・2』
         


     


 300機のチンタオは二世代前のロボットであるために今のC国のコードも通用しない。

 私たちから連絡を受けたC国大使館は、すぐにチンタオたちに「行動中止」のコマンドを二世代前の様式で送ったが、彼らは通常のコマンドコードを受け付けず、C国大使館そのものを敵と見なし、攻撃を加えてきた。C国大使館は、自動でバリアーを張って無事だったが、周りの建物に被害が及んだ。Rヒルズの南側の窓ガラスは全部割れてしまった。
 国防省の対応も早く、阿佐ヶ谷駐屯地は、ミサイル発射の熱源に向けて反撃の地対地ミサイルを撃ち込んだが、ステルス化したチンタオたちはすでに移動したあとだった。

 ユースケは、首都防衛の精鋭ロボット部隊〔ロボコン〕を送った。彼らは国内最精鋭部隊で100機のロボコンで構成され、司令機の一機を上空で待機させ、3機編成の33の小隊に、それぞれ指令を送った。

 ロボコン部隊は、チンタオの初期ステルスを易々と見抜き、あっと言う間に半数を多摩地区で撃破した。それから残ったチンタオ達は、カメレオンのようにステルスのモードを変換し、都心部へと近づいてきた。
 都心は、100機以上のチンタオの攻撃を受け、あちこちで大惨事が起こった。ミサイル発射直後の熱源を衛星で探知し、その後20分でさらに50機のチンタオを撃破、擱座させた。
 チンタオは旧式ではあるが、偽装については能力が高く、都心に入ってきたものは、熱源を市販の自動車と変わらないものにし、トンネル内で、荒川で見かけたバンに擬態化し、都心の中枢に向かっていった。
 ロボコン部隊は、強力なセンサーで擬態するチンタオの速度に次第に追いつき、一機、また一機と撃破していく。

 わたしと優子は、ロボコンを除けば、数少ないチンタオのステルスが見破れる個体なので、彼らが目標としている新宿の国防省に向かった。新宿では、まだ市民に情報が行き渡っておらず。あちこちで交通事故や混乱が起こっている。
「あのバン、チンタオよ!」
「任せて!」
 わたしは腕のグレネードを発射した。徹甲弾モードにしたグレネードは、チンタオの内部に入って爆発するので、そんなに破片は飛び散らない。しかし程度問題で、数千個の大小の部品が凶器になって、あたりに飛び散る。わたしたちは、一度に一万個の目標を追尾する能力がある。飛び散った破片がどのような軌道を描くのか瞬時に計算し、危険の高い破片から対応する。ごく小さなものは目に仕込まれたレーザーで蒸発させ。それ以上のもので脅威にならないものは放置する。

――三時の方向の破片オッサンに!――

 真由の指示でジャンプ。オタオタしているオッサンにしがみつく。若い女にしがみつかれたと思ったオッサンは一瞬ニタリ。直後背中に衝撃、チタン合金の肋骨の下の柔らかい生体組織に突き刺さる。
「おじさん、早く逃げてね。都庁の方角が安全」
 そうアドバイスしながら、背中の破片を抜く。血が噴き出し、オッサンの顔にかかった。
「ごめん……」
 腰を抜かしたオッサンを尻目に、国防省へ急ぐ。真由も女の子を庇って首に破片が貫いている。両手両足のグレネードを使ったので、関節の生体組織が破れ、わたしたちは血みどろになった。
 国防省の構内に入ると、弾薬庫を目指した。もう手持ちのグレネードが切れてしまっている。
「甲殻機動隊。少し弾薬を分けて」
 相手はロボット兵だったので、0・1秒でIDを認識して弾薬庫に入れてくれた。
 両手足にグレネードを装填し終えた時に衝撃がやってきた。
「バリアーが破られた!」
 外に出てみると、国防省の東側のバリアーが破られていた。周囲の破片から三機のチンタオが同時に突っこんできたことが分かった。もう一機は、わずかに間に合わなかったのだろう、植え込みのところでデングリカエって黒煙を上げている。バリアーはすぐに回復を現す薄いグリーンになっている。
「お前達も大変だったな」
 ユースケが声をかけてきた。
「CICにいなくていいの?」
「ああ、やつらの目標はCICのコマンダーのオレだ。いっそ外に出た方が始末が早い」
「最後の1機が突っこんでくる!」
「司令機よ!」
 わたしと優子とユースケは、瞬時に同じコマンドコードになり、二百キロの速度で構内を走り回った。
 もう、グレネードを撃っている暇もない。
 直前で司令機は三つに分離し、三人それぞれに向かう姿勢を示したが、これはブラフであった。ユースケのコマンドコードを正確に読み取った司令機は、ユースケに集中した。
 優子は、その前に身を投げ出した。

 ドッゴーーーーーン!!

 強烈な炸裂音がして、司令機も優子もユースケも吹き飛んでしまった。

 優子は、正面で、まともに受け止めたので、胴体のところで千切れてしまった。生体組織がぶちまけられ凄惨な姿ではあるが、頭部は無事だったので元気ではある。
「優子、世話かけちまったな」
 片腕を失ったユースケが優子の顔を覗き込む。
「ハナちゃんが来るわ」
 そう言うと、二人とも安心したようだ。
「優子、おまえがサッチャンだってことは分かっているけど、そっちの勝負は当分お預けな。フェアにいきたいからな」

『いやあ、神楽坂も、マンションは爆破されるわ、新宿の方から人が逃げてくるわで大変でした』
「遅れた言い訳?」
「いいじゃん、ハナちゃんも大変だったみたいだから」
 同期した優子とハナちゃんは、情報を共有したようだ。
「木下クンは……」
『……なんとか、人間の形にして、あとのお世話はお願いしてきました』
「ありがとう……わたしたちもメンテナンス大変なんだろうな」
「もし、わたしのCPの中に優奈が生きてるって分かったら……ユースケ、どうしただろうね」
「生きてるって言っても、前頭葉の破片でしょ」
「今の戦闘で活性化が進んでニューロンが伸び始めてる……」
「それって……」
「フジツが量子コンピューターの小型化に成功したって情報あるから」
「復元……」
「やってみる価値はあるかも」
「よし、急いで帰ろう!」
『了解!』
「「うわ!」」

 ハナちゃんは急発進して、一路大阪を目指した……。

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 千草子(ちさこ)   パラレルワールドの幸子
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 桃畑中佐       桃畑律子の兄
  • 青木 拓磨      ねねを好きな大阪修学院高校の二年生
  • 学校の人たち     加藤先輩(軽音) 倉持祐介(ベース) 優奈(ボーカル) 謙三(ドラム) 真希(軽音)
  • グノーシスたち    ビシリ三姉妹(ミー ミル ミデット) ハンス
  • 甲殻機動隊      里中副長  ねね(里中副長の娘) 里中リサ(ねねの母) 高機動車のハナちゃん
  • 木下くん       ねねと優奈が女子大生に擬態生活しているマンションの隣の住人
  • 川口 春奈      N女の女子大生 真由(ねねちゃんと俺の融合)の友だち 
  • 高橋 宗司      W大の二年生   


 

 

 

 

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銀河太平記・031『俺たちが耳をそばだてたわけ』

2021-02-19 09:29:19 | 小説4

・031

『俺たちが耳をそばだてたわけ』ダッシュ   

 

 

 家に帰るまでが遠足だ!

 

 小学校のころから先生に言われ続けてきたことだ。

 予防的注意であったり叱責であったりしたけど、そう言って学校としてのアリバイを作っておかなければ責任が持てない。

 そう思われるくらいに、俺たちはヤンチャだった。ミクがいくらか抑制的なんだけど、ミクに言わせれば「ダッシュがやり過ぎ!」だそうで、俺としては「ミクの本性こそ野生児だ!」だった。

 若年寄の息子のヒコと飛び級のテルが同級になって「これで、大石(俺の苗字)と緒方(ミクの苗字)も落ち着くだろう」と先生たちも期待したが、ヒコの奴は、頭と血筋がいいぶん頭が回って、俺たちのやることは手が込んでくるようになった。俺たち的には、ただただ面白い学校生活を送りたかっただけなんだけどな。

 火星にもオリンピックがある。

 最初は母星である地球が懐かしくって、地球にあやかろうというだけだったんだが、火星の人口は全部足しても100万に手が届いたところで、国籍に関わらず、みんな寂しかったんだ。

 あ、それって、まだ地球の植民地だった百年前のことな。

 だから、オリンピックやると、地球の何倍も感動しちまう。

 オリンピックが済むと、結婚する奴が三倍くらいになって、十カ月後には、ちょっとした出産ラッシュになる。感動した火星人たちは『いっそ、これを機に火星連邦政府を作ろう!』ってことになる。

 しかし、文化や言葉や宗教やらの違いは、一時の感動で統合できるほど簡単なもんじゃない。

 だから、火星は今でも、ほぼ地球の出身国別の国やら自治領の構成になってる。

 オリンピックと言えば聖火だ。

 聖火は、地球と同じくギリシアのオリンポスから運んでくるんだ。

 聖火は北半球と南半球の二つに分けてリレーされて、開会式のスタジアムに着いた時に一つにまとめられて聖火台に移される。

 去年の扶桑オリンピックで、俺たちはやっちまった。

 ヒコのツテで、幕府総合庁舎のアルバイトに行ってたんだ。ま、雑用いろいろのな。

 FOC(扶桑オリンピック委員会)が入っているフロアの雑用をやってる時にダクトから会議の音声が漏れてきたんだ。

 その会話の中に、聖火リレーのプランに関するものがあった。

 ちょっと略すけど、俺たちは聖火を掠め取ることにしたんだ。

 聖火は『火』なんだから、うつせばいいわけで、むろん警備とかがすごくって、常識じゃできないことなんだけど、ヒコとテルの知恵でやっちまった。

 しかし、上には上があるもんで、すっ飛ばして言うと担任の姉崎すみれに見つかって、そろって停学をくっちまった。

 むろん反省なんかしていない。なんたって面白かったしな。

 その面白い状況が、再びファルコンZのキャビンで起こった!

 晩飯のあと女子のキャビンで喋っていたんだ。女子の部屋に行って盛り上がるってのは修学旅行の御約束だしな(^▽^)/

 さっきも言ったけど、家に帰るまでが修学旅行だ。

 すると、去年のオリンピックと同じようにダクトから聞いてはいけないヒソヒソ話が聞こえてきたんだ。

 俺たちは去年と同じくらいにワクワクして耳をそばだててしまったぞ……。

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 児玉元帥
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス バルス ミナホ ポチ)

 ※ 事項

  • 扶桑政府   火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる

 

 

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らいと古典・わたしの徒然草・10『第三十段 人の亡き跡ばかり悲しきはなし』

2021-02-19 07:10:15 | 自己紹介

わたしの徒然草・10

『第三十段 人の亡き跡ばかり悲しきはなし』  

 



 ポツダム少尉という言葉をご存じでしょうか。

 大東亜戦争の敗戦時、帝国陸海軍を解体するにあたり、現役の軍人の階級を一階級上げました。その中でも陸軍士官学校在学中の生徒第五十九期の生徒を繰り上げ卒業させ、少尉に任官させたものを言います。
 少尉というのは最下級ではありますが士官です。生徒では下士官相当で、その違いには大きな開きがあり、このポツダム昇進の象徴として「ポツダム少尉」と呼ばれます。

 昨年末に、そのポツダム少尉の一人が他界されました。米寿までにあと一ヶ月でありました。

 商社を二社勤められ、昭和二十年代の半ばで結婚され、三人のお子さんに恵まれましたが、一番下のお子さんを幼くして亡くされました。
 六十歳で、無事定年をむかえられたあとは、近所の中高生を相手にささやかな寺子屋のような塾を開かれておられました。それだけでも退職後無為徒食に過ごしているわたしには眩いことなのですが、このポツダム少尉には感嘆に値することが二つあります。

 一つは、中年になってクリスチャンになられたこと。

 男が自発的に改宗することはめったにありません。奥さんの家がクリスチャンであったことと関りがあって、おそらくは御夫婦の間の事に起因してのことなのでしょうが、奥さんの事や宗教の事を真正面から受け止めて、自分の精神世界を一変させる決断力、行動力は凄いと、自分も、その年齢になって感じます。

 もう一つは奥さんとの結婚です。

 奥さんとの結婚は、彼女がほとんど嫁ぎ先が決まっていたところを、敵中突破の敢闘精神で、嫁にされたと人づてに聞いておりました。ポツダム少尉は大正の末年のお生まれで、この年頃の男は『男一人に女はトラック一杯』と言われるほどに少なく、たいていは条件のいい見合い結婚をしております。この部分だけでも源頼朝が北条政子を略奪婚したことにやや似て、ちょっとドラマチックであります。

 ポツダム少尉は、わたしの親友の父上でありましたが、四十年に近い友人とのつき合いで、わたしが承知していることは、この字数にして二百字程度のことに過ぎません。

 ご葬儀の後、この親友からお父さんのことについて聞いてみましたが、この二百字を超える内容のことは聞けませんでした。
 わたしは、事あるごとに大正や昭和一桁の人たちの話を聞くことにしていました。
 わたしたち戦後生まれの者が知っている戦前、戦中は、学生のころ授業で聞いた「知識」、またはマスコミのバイヤスのかかった「情報」にすぎません。

 しかし、戦後も六十年を超えると、聞き出すのが容易ではありません。戦後の垢にまみれている先人の記憶から、青春時代の「自分」を聞き出すのは、砂浜に落としたダイヤを捜すようなものであります。
 半ば職業的に語り部になっておられる人の話は、たいてい「反戦」のバイヤスがかかっていて、話半分であります。
 ごく平凡に歳を重ねてこられた人は、今まで、そういうことをまともに聞かれたことがないせいか、散文的な答えしか返ってきません。
 聞き出すには時間もかかります。
 友人のお父さんにも昨年の正月にお聞きするはずでありましたが、都合が合わず見送りとなって、そのままになりました。

 四十九日が過ぎた頃、友人から二枚の書類のコピーをもらいました。

 近所の神社の総代会の書類でした。本文はワープロで打たれていました。

 ところどころにメモ書きがあって。そのメモも端正な直線的な字で書かれていました。なにか旧制中学の生徒の字のように感じました。単語を並べただけのようなものでしたが、中味はよく分かります。ワープロの文章も無駄な修飾が無く、有能な前線指揮官の戦闘詳報を見るようでした。

 いつ、どこで、だれが、何を言ったか、報告したか、そういうことが天気の記録(情緒的表現がない)のようにに書かれていました。
 
 たった二枚の書類でしたが、実直でリアリストな人柄が窺えました。

 このポツダム少尉のリアリティーは、大げさに言うと日本人であることでありました。

 
 このポツダム少尉を今少し可視的に述べると、こうなります。

 春の日向にしばらく置いておいた小石のようなお人柄。

 寡黙で小石のようにじっとしておられるが、ほっこりとした温もりがあって……これだけのことしか言えないことがもどかしいです。
 しかし、このポツダム少尉は、その春の日向の小石のような生き様で、われわれ団塊の世代のハシクレにも、おぼろに忖度(そんたく)できるものを残された。

 亡き人の跡ばかり悲しきはなし、であります。

 ムムム(記憶を絞り出している)……一つだけ思い出しました。

 ご本人の話ではなく、一期か二期上の先輩の話であります。
 初めて受け持った小隊の中に同じ町内の兵隊が二人いた。日頃は小隊長と兵隊。
「小隊長殿!」
「なんとか一等兵!」
……の間柄であります。しかし三人だけになると「じゅんちゃん」「しげやん」「としぼう」にもどってしまう。
 三人の連隊は、日本最弱と言われた八連隊であります。明治の昔からこんな里謡がある。
「またも負けたか八連隊、それでは勲章九連隊」
 八連隊は大阪、九連隊は京都で、俗に日本最弱と言われていました(事実は違うようで、現実を冷静に判断し、無理押しの戦いはせず、占領地などの軍政の良さには定評があったらしい。また反面、昭和八年にはゴーストップ事件のようなもめ事を起こした軍特有の暗鬱さも持っていた)

 ある戦線で戦況が膠着したとき、この小隊長は頭に血が上ってしまいました。

「小隊、総員突撃!」と軍刀をきらめかせ、壕から飛び出そうとしました。
「あかん、じゅんちゃん。ここで死んだらお母ちゃんが泣く!」と、しげやん、としぼうに止められ、壕に引きずり戻され、実際は「小隊……」までしか言えなかったそうであります。
 まあ、わたしが二十代のころ、鍋を囲みながらホンワカと温もった小石のように言われたことなので、どこまで本当の話かは分かりませんが、その時代と、そのお父さんの人となりを温もりとして思い出させてくれる話でありました。

 亡き人の跡ばかり悲しきはなし。

 

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妹が憎たらしいのには訳がある・66『C国多摩事変・1』 

2021-02-19 06:06:30 | 小説3

たらしいのにはがある・66
『C国多摩事変・1』
         


      


 よくある漢方薬の注文のメールだった。一日に数万件はあるうちのほんの三百件ほど。

 木下が、おかしいと思ったのは、それらが多摩ニュータウンに集中し、商品が、今はほとんど注文のない強壮剤だったからである。
 多摩ニュータウンは人口減少と多摩局地戦の影響で、規模が2/3に縮小され、高齢者の人口は減っている。

 勘の働いた木下は、そのうちの一軒を覗いてみた。

 内務省が極秘で持っている世帯個別調査のコードを使った。これを使えば、各世帯のテレビ内蔵のカメラや、PCカメラ、防犯カメラの映像を瞬時に覗くことができ、住人の個体識別もできるというスグレモノである。映された映像は、若い夫婦が子孫繁栄のための、ごく個人的な行為の真っ最中で、まちがっても強壮剤などは使わない。

「あ……」

 それはハッカーとしての直感であった。
 これは初歩的なハッキングによる情報操作だ。木下は受信先のアドレスを徹底的に洗った。
 その結果、今は壊滅した対馬戦争時代のC国陸軍の情報部宛になっていた。
 そこで木下は、その情報部のコードを偽造し、注文主に確認のメールを送った。すると、そこには、二世代前のチンタオ型、それもステルスタイプのロボットが十数台集結しつつある映像が映った。

「こいつはスリーパーだ……こないだのは、そのうちの一機にすぎなかったんだ!」

 チンタオ7号は考え、ついさっき再起動したことを偽装電で送った。宛はチンタオ統合情報部である。そこから、再起動確認の偽装電が送られてきた。他の300台にも短波無線で情報を流し、全てのロボットが再起動の連絡をやりなおした。
 すると今度は、チンタオ統合情報部からではなく、彼らが以前稼動していたころには存在しなかった陸軍中央情報局から、暗号文で活動停止の電文が送られてきた。チンタオたちはこれをフェイクと考え、最初の再起動確認の電信を送ってきた者を敵と見なし、その発信源を突き止めた。

「しまった、こいつらCPを並列化して捜索してやがる」

 こんな事態になるとは思っていなかったので、簡易偽装と通り一遍の迂回しかやっていない。いかに二世代前とは言え並列化したCPなら数分で、ここを特定するだろう。

 木下は、CPを使ってワルサはするが、ごく身近な人間には「親切」な男である。
 となりの真由と優子を助けてやろうと思った。PCの一つを覗きモードにすると真由と優子の部屋が見える。就寝準備のため、布団をしいて、パジャマに着替えている。
「いつ見ても、真由ちゃんのオッパイってかわいい……いかん、今は、そんな状況じゃない!」
 木下は、慌てて隣の部屋に行きドアを叩いた。
「真由、優子、すぐに逃げろ、間もなくミサイルが飛んでくる!」
『なに言ってんの。あたしたち、もう寝るとこだから』
「寝ちゃダメだ、逃げなきゃ!」
『おやすみなさ~い』
「くそ!」
 木下は、二人の乙女を助けるべく、ドアを蹴破って中に入った。

 部屋の中はもぬけの殻だった。

「真由、たいへん。木下クンが、あたしたちの部屋に入った」
「え、ほんとだ」
「あいつ、チンタオのスリーパーに気づいて、あたしたちを助けようとしてるんだ!」
 その時、渋谷にいた二人の上空を一発のミサイルが飛んでいったのが分かった。
――木下クン、逃げて!――
 わたしは部屋のPCを起動して、思念で呼びかけた。それが音声化されて木下の耳には届いたが、パニックになっている彼は、とっさには理解できなかった。

 そして、数秒後にミサイルは、マンションごと、木下を吹き飛ばしてしまった……。

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 千草子(ちさこ)   パラレルワールドの幸子
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 桃畑中佐       桃畑律子の兄
  • 青木 拓磨      ねねを好きな大阪修学院高校の二年生
  • 学校の人たち     加藤先輩(軽音) 倉持祐介(ベース) 優奈(ボーカル) 謙三(ドラム) 真希(軽音)
  • グノーシスたち    ビシリ三姉妹(ミー ミル ミデット) ハンス
  • 甲殻機動隊      里中副長  ねね(里中副長の娘) 里中リサ(ねねの母) 高機動車のハナちゃん
  • 木下くん       ねねと優奈が女子大生に擬態生活しているマンションの隣の住人
  • 川口 春奈      N女の女子大生 真由(ねねちゃんと俺の融合)の友だち 
  • 高橋 宗司      W大の二年生   


 

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滅鬼の刃・14『遺品の写真』

2021-02-18 08:48:51 | エッセー

 エッセーノベル    

14・『遺品の写真』   

 

 

 2011年に亡くなった父の遺品を整理していた時の事です。

 

 うわあ……

 姉が『えらいものを見つけた』という声をあげました。

「え、なに?」

 姉の手元を見ると、丸まった卒業証書……と思いきや。

 開いて見せてくれたのは天皇陛下御成婚のお写真でした。

 天皇陛下と言っても今上陛下ではなくて、先年退位された上皇陛下のそれです。

 上辺の中央に菊の御紋があって、鳳凰が向かい合って、長い尻尾の羽根がお二人のお写真を縁取っています。

 父の遺品は仏壇を除いて全て処分しました。

 でも、このお写真は捨てられません。

 これは、子どものころに額装されて居間の長押の真ん中に永年勤続の賞状と並んで掛けてあったものです。

 姉は、特段、皇室に思い入れがあったり、古い日本を懐かしがるような性格をしていないのですが、軽々とゴミ箱に突っ込んだり古紙回収に出していいものではないという感覚なのです。

 いまの若い人なら平気なのかもしれませんね。

 おそらくは、新聞社かなんぞが昭和33年の御成婚記念に作って頒布したものでしょう。

 それなら、古新聞と同じじゃん。若い人なら、これでおしまいでしょう。

 姉も私も躊躇しました。

 結局、わたしが仏壇と共に引き取って、車ダンスの一番上の引き出しにしまいました。

 孫には「お祖父ちゃんが死んだら棺桶に入れておくれ」と言ってあります。

「え、あ、うん……」

 孫娘の反応はそれだけでした。

 

 数年前に、友人に誘われて日帰りの温泉に行った時のことです。

 増改築を繰り返した温泉宿は、男湯の入り口から脱衣場まで五メートルほどの通路になっています。

 宿の主人の趣味なのか週刊誌大の写真のパネルが数十個かけてあります。

 昔の菊人形、運動会、街の景色や街の人たちの日常を切り取った趣味の写真のようでした。

 順繰りに見ていくと、中年のオッサンとオバハンの大写しの顔写真が目につきました。

 写真の技術は分からないのですが、広角と言うんでしょうか、真ん中が強調される写し方で、端に行くほど小さく写って、それだけ広い面積が撮れるやり方です。

 そういう撮り方なので、鼻の下が強調されて顎や額などの周辺は小さく写っています。

 浮世絵で言えば大首絵という感じです。不思議の国のアリスの挿絵にあるハートの女王と言ったらイメージしてもらえるでしょうか。

 鼻の下は髭剃り後の毛穴まで分かる精細さです。

 二人とも、ニッコリ微笑んでいるのでしょうが、そういう撮り方をしているので、ひどく間の抜けた、ちょっと醜い写り方をしています。

 これは誰だろう……?

 数十秒見て気が付きました。

 昭和天皇と香淳皇后の、おそらくは、昭和三十年代。植樹祭かなにかの行事にお出ましになられ、子どもか若い人の挨拶をにこやかに聞いておられるときのものかと思われました。背後にボンヤリとテントの端っこや、礼服姿が見て取れるのです。

 昔なら不敬罪でしょう。

 個展を兼ねているのかなあ……とも思いましたが、脱衣場に繋がる通路ではやらないでしょう。

 よく見ると、焼けているものや、パネルの上に埃が付いているものもあり、相当前からかけっぱなしにしてあるものと思えました。

 フロントに言いに行くのも大人げなく……というか、右翼のオッサンと思われるのも業腹だし、一緒に行った友人まで変な目で見られては困るので、そのままにしました。

 こんな写真があったでえ!

 風呂上がりの友人に言うと『あっそ』という表情で話題を変えられました。

 いま振り返ると、こういう感性も滅鬼の刃なのかもしれません。

 

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