大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ピボット高校アーカイ部・5『ゲートの向こうへ』

2022-05-04 10:57:22 | 小説6

高校部     

5『ゲートの向こうへ』

 

 

 

「じゃ、始めるぞ」

「はい」

 

 前回と同じように魔法陣の椅子に向かい合って座る。

 グィーーーン

 遊園地のコーヒーカップが回るのに似ているけど、そこまでは激しくない。

 ガクン

 ワッ!

 前回と違って、なにか引っかかったような衝撃があった。

 ムニュ

 一瞬遅れて胸に柔らかい衝撃。

「すまん」

「いえ(#^△^#)」

 衝撃で先輩が覆いかぶさってきている。「すまん」という割には平然としているようなんだけど、単なるドジなのかもしれない。

 胸は接触しているんだけど、腰から下は接触しないように全身を突っ張らかせている。

「魔法陣そのものもメンテナンスが必要なのかもな……よっこいしょういち」

「え?」

「気にするな、つい古い掛け声が出ただけだ」

 前回とは逆向きで停まってしまったので、発見するのは僕の方が早かった。

「あ、ゲートが」

「え? ああ……」

 倒れてはいなかったけど、ゲートは、元の三角形に戻ってしまっていた。

「しばらく放置していたから、折り癖がついてしまったんだな……」

「あのう……」

「なんだ?」

「あのままでも通れないことは無いと思うんですが」

 じつは、前回、四角形に戻すときは、けっこう力が要った。

 三角が開いた時、先輩は後ろに倒れてしまって……見えてしまった(^_^;)。何度も、そういうことが続いたので、僕は気が付かないふりをしたんだ。

「じゃ、いちど試してみろ」

「はい」

 少し身をかがめると、三角は公園の遊具よりも口が広いので、通れる気がした。

 ……通れた。

 潜った先は、やはりオフホワイトの空間だけど、誰も居ないから、通れたと思った。

「これを見て見ろ」

「え?」

 視野の外から声がして、首を巡らせると先輩がスマホを構えて立っている。

「いまの鋲の姿だ」

「あ……」

 僕が潜るのを斜め後ろから撮っているんだけど、三角の向こうに僕の姿は現れない。

 三秒ほどすると、僕は、入ったところから、そのまま出てきた。

「な、さよなら三角だから、入っても出てきてしまうんだ。さ、四角に戻すぞ」

「はい」

「イチ、ニイ、サン!」

 ギイイ…………ポン!

 

 ゲートを潜ると、どこかの田舎道、田んぼの中をあぜ道に毛が生えた程度の地道が集落に続いている。幾本かの轍が穿たれているから軽自動車ぐらいは通るのかもしれない。

「自動車じゃない、自転車……せいぜいリヤカー程度のものだ」

「どこの田舎なんですか?」

「要の街だ、ただし、明治の終り、日露戦争の頃だ」

 カエルが鳴いて、路肩の下は農業用水が流れて、そこはかとなく土と堆肥のニオイがする。

 先輩に付いて歩き出すと、一足ごとに土の感触。

 ジャリ? ミシ?

 どう表現したらいいんだろ、土の上を歩く表現が思い浮かばない。

「ホタホタ……」

「え?」

「土の道を歩く感触だ」

「あ、それいいですね!」

「そろそろだ、脇によるぞ」

「はい」

 先輩と二人、一瞬だけ手を合わせて、お地蔵さんの後ろに回る。

 羽虫みたいなのが飛んでいてかなわないんだけど、先輩は横顔で――がまんしろ――と言っている。

 ホタホタホタ

 先輩が考案したのと同じ足音をさせて少年が歩いてくる。

 膝小僧までの着物に草履履き、頭は三分刈りくらいの坊主頭で、肩からズックのカバンを掛けていなければ、そのまま江戸時代でも通用しそうなナリだ。

 ちょっと速足、家の手伝いとかで登校するのが遅れてしまった小学四年生といったところ。

「尋常小学校の六年生だ」

「昔の子は幼く見えるんですね」

「顔をよく見てやれ」

「あ……」

 驚いた、遠目には幼そうに見えるけど、間近に迫った坊主頭はの面構えは、微妙に大人びている。

 頬っぺたは、令和の子どもよりも赤々としているんだけど、一重の目に光がある。

「来年には街に出て丁稚奉公することが決まっている。いまの高校生よりもよっぽど大人だ」

 坊主頭は、お地蔵の前まで来ると立ち止まってお辞儀をして手を合わせる。

「わ」

「慌てるな、お辞儀は地蔵にしているのだ。わたしたちのことは見えていない」

 三秒ほど手を合わせると、クルっと踵を返して歩き出す。

「「あ!?」」

 路傍の石に躓いたのだろうか、坊主頭はタタラを踏んで躓いてしまった。

 ウウ……

 小さく唸ったかと思うと、伏せた頭の下から血が滲みだした。

 なんか、あっけなさ過ぎる。

「おい、きみ!」

 思わず駆け出して、坊主頭を抱き起そうとしたけど手がすり抜けてしまう。

「手遅れだ」

「そんな……」

「ページを戻すぞ」

「え?」

 先輩は、足もとの空間を摘まむような仕草をすると、右肩の上の方にめくるような仕草をした。

 パラリ

 ページが繰られるような音がして、目の前の瀕死の坊主頭は消えてしまった。

「それだ、そこの石をどけるぞ」

「え、どれですか」

「そこの三つだ」

 先輩が指差すと、ゲームの中のキーアイテムのように光り出した。

「これですね!」

 たいそうな力がいるかと思ったけど、普通に石は手に取ることができる。

 石を取り除いて、再びお地蔵さんの後ろにまわる。

 一分もしないうちに坊主頭がやってきて、さっきと同様に立ち止まって手を合わせると、今度は何事も無かったように背中を向けて行ってしまった。

 

「あの坊主頭はなんなんですか?」

 部室に戻ると、だいいちに、それを聞いた。

「あいつは、35年後、戦後初の要市の市長になるんだ。彼の市政のお蔭で街の復興はよそよりも早く、うまくいく」

「そうなんですか……」

「図書館の本と違って、このアーカイブにあるものは、きちんとメンテナンスしてやらないといけないんだ。それが、このアーカイ部の活動だ」

「なるほど……」

 とても不思議で信じがたい話なんだけど、なんだか、お祖父ちゃんのトリミングの仕事に似ていて、さほどに不思議には思わない。この旧校舎の部室や螺子(らこ)先輩の雰囲気にあてられたのかもしれない。

「今日のは、まあチュートリアルみたいなもんだ。これから先は……まあ、そうそう石が光って教えてくれるなんてことはない。が、そのぶん面白味も出てくる」

「そうなんですか(^_^;)」

「ま、ひと働きはした。お茶にするぞ。そのヤカンで湯を沸かしてくれ」

「あ、はい……えと、ガスコンロは?」

「その書架の横にあるだろう」

「え……?」

 よく見ると華奢な五徳(ヤカンを載せる鉄の台)はあるんだけど、五徳の中にあるのは、なんというか……オヘソだった。

 質問すると、なにが飛び出してくるか分からないので、大人しくお湯を沸かしてお茶にした。

 

 部活が終わって校門を出たところで、提出する書類があることを思い出し、職員室。

「よし、きちんと戻って提出するのは褒めてやるが、忘れないようにするのが大事だぞ」

 褒められたのか叱られたのか分からない言葉を担任から頂戴して、再び昇降口に向かうと、校門へ向かう螺子先輩の姿が見えた。

 部活中とは違って、普通の制服を着ている。

 背格好も、姿形も螺子先輩なんだけど、まとっている雰囲気がまるで違う。

「……………」

 声を掛ければ届く距離だったけど、ついタイミングを失ってしまった。

 家に帰ってお祖父ちゃんに話すと、お祖父ちゃんはお茶を飲みながら「ホホホ……」と口をすぼめて笑うばかりだった。

 

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなかびょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなからこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長
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乙女先生とゆかいな人たち女神たち・37『ナイアガラの滝』

2022-05-04 06:11:30 | 青春高校

乙女先生とたち女神たち

37『ナイアガラの滝』 

       


 人が固まるというのを初めて見た。

 家の玄関を開けて、美玲を招じ入れたとき、亭主の正一は呼吸するのも忘れたかのように固まってしまった。

「勝手なことをして、もうしわけありませんでした。そやけど、これが一番ええ思てやりました!」

 乙女先生は、余計な気持ちが表れないように、大きな声で一気に詫びた。

「な、なんで……」
「美玲ちゃん。靴脱いで、スリッパ履いてついといで。正一さん、あんたもな」

 有無を言わせなかった、これからが二番目の勝負である。濁った言葉や、後腐れのある言葉は言ってもいけなかったし、言わせてもいけない。

 リビングのソファーに座らせると、乙女先生はペットボトルのお茶を三本置いて、直ぐに話に入った。

「この十五日に美子さんが亡くなりました。その手紙が四日前いつもの封筒で……これです」

 封筒の表の、美玲の字を見ただけで正一には分かったようだ。

「すみません、勝手に手紙なんか……」

 美玲が言いかけた。

「悪いけど、美玲ちゃんは、話だけ聞いてて」

 グビグビグビグビ……ゴックン

 乙女さんは、ペットボトルのお茶を一気飲みした。

「美玲ちゃんのことは生まれた時から知ってました。毎月くる『美玲の会』の封筒のことも。ウチは一生知らんふりしよと心に決めてました。そやけど美子さんが亡くなった今、第一に考えならあかんのは美玲ちゃんのことです。実の母が亡くなったら、実の父が面倒みるのが当たり前。そんで、ウチが美子さんには及ばへんけど、美玲ちゃんのお母さんになります!」
「すまん乙女」 
「謝らんでよろし! 大事なことは美玲ちゃんのこと。そんだけ。ここまでよろしいな」
「う、うん」
「あんたは、毎月美玲ちゃんの養育費として十万円を払ろてきた。ほんで、あんたは実の父親や。とくに問題はあれへん。若干法的な手続きはあるけどな。それは全部ウチに任せて。ここまでよろしおまんな」
「う、うん……」
「よっしゃ、これで決まりや。美玲ちゃん、お父さんの側いき。もう、もう遠慮することはあれへんねんさかいな」
「……はい」
「なにをグズグズ、チャッチャとしなさい!」
「美玲……!」
「お父さん……お父さん!」

 美玲は、向かいのソファーに行くと、しがみつき、長い時間泣き続けた……。

 乙女先生は二階にいくと、もう一本ペットボトルのお茶を一気飲みして栞の父親に電話をした。

 電話が終わると、トイレに駆け込んで一気に用を足した。

 新婚旅行で訪れたナイアガラの滝を思い出して、ひとり個室で笑ってしまう乙女先生だった。
 

「伯父夫婦が、親権について言い出す前に、こちらから動きましょう。とりあえず養育費の支払いを証明する、通帳かなにか……」
「はい、これが亭主の通帳。十五年分です。それから、これが美子さんの受け取りのコピーです」
「ほー、準備万端だ。では明日……は休み。あさって関係の役所を回ります。場合によっては向こうの家にも伺います。スム-ズに行けば連休明けには、親権の確認、戸籍の処理、住民票、修学手続き全部できるでしょう」
「よろしくお願いします。正直割り切れない気持ちもあるんです。せやけど諦めてた子供が授かった思うて、頑張りますわ」
「ハハ、乙女先生らしい。じゃ、こちらもビジネスライクにやらせてもらいます」
「おー怖い。ところで栞ちゃんは?」
「はあ、昨日MNBの事務所から電話がありまして、今日からレッスンですわ」

 そのとき、玄関のドアが開き、ボロ雑巾のようになった栞が戻ってきた。

「ああ、もう死ぬう……」
「そういう目に遭うてみたかったんやろ?」
「え、あ、先生。どうして家に……わたし、またなんかやりました!?」
「さあ、どないやろ。ほなお父さん、くれぐれもよろしく」
「はい、いつも娘が、すみません」

 深々と頭を下げる両名。その間で不安顔で、恩師と父親の顔を見比べる栞であった……。

 

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せやさかい・304『GWは一里塚やで』

2022-05-03 09:56:18 | ノベル

・304

『GWは一里塚やで』さくら   

 

 

 春のゴールデンウイークいうのは一里塚いう気ぃせえへん?

 

 学校やら会社やらの始まりは四月。新しい職場やら学校、学年、クラスで、いろいろ緊張。

 それを解してくれる一里塚。

 峠の天辺に茶店が並んでて、お茶店の前には、松とか楠とかの一里塚の大木がワッサカした緑の木陰を伸ばしてる。

 その茶店の縁台に腰かけて、ホッコリお茶を頂いてる。そんな感じ。

 四月は、ちょっと、もう初夏ちゃうん!? いうくらいの暑い日もあったけど、連休に入ってからの朝夕は、ちょっと寒いくらいの爽やかさ。

 生駒山もごりょうさんも、かすみ一つもかからんと初々しい若葉色。

 で、今朝は、家中のお布団を本堂の縁側に敷き並べて虫干し。

 虫干しの役得で、留美ちゃんとお布団の上でゴロゴロ。

 眠たなったら、このまま寝てしまおという、ずぼらぜいたくを楽しんでおります。

「メグリン、落ち込んでたね」

 空を流れる大きな雲から連想したのか、留美ちゃんはメグリンの話をする。

「ああ、発育測定なあ……」

 連休の直前の発育測定で、メグリンはショックを受けた。

 なんと、身長が178センチで、自己申告よりも3センチも高かった!

 昔と違って、体重計には目隠ししてあるし、胸囲は測定の先生が声にも出さんと書類に書いてくれる。

 せやけど、身長はね……身長計て剥き出しやし、目盛りを読まんでも、並んでるみんなには丸わかり。

「まっすぐ立って、まっすぐ」

 念押しされるくらいに、メグリンは縮こまってた。

「古閑(こげん)さん、まっすぐ!」

 ダメ押しされて、不承不承背筋を伸ばすメグリン。

「…………」

 先生は気を遣って小声で記録係りの保健委員に言うんやけど、バッチリ目盛りには出てしもてるし。

 178センチ……!

 悪気はないねんけど、誰ともなく呟く声がする。

 とたんに、メグリンは真っ赤な顔になって、スゴスゴと列の後ろに回る。

 ちなみに、メグリンは堺市の内申書ミスで繰り上げ合格したんと違って、純粋にお父さんの突然の転勤のせいやった。

 もともと、熊本の真理愛学院やったんで制服はまったくいっしょ。同じ系列のミッションスクールなんで、学年はじめの転校もわりとスムーズに済んだっちゅうことですわ。

 元々の元は、堺の隣同士の中学やったし、メグリンとはええお友だちになれそうな感じ。

 

「お客さん、お帰りよ」

 

 本堂の外陣から詩(ことは)ちゃんの声。

「あ、うん」

 いそいで起き上がる。

 外からは死角になってるけど、庫裏から出てくると丸見えの本堂の縁側。

 布団の上でゴロゴロしていてはみっともない。

 本堂の中を迂回して庫裏の座敷に向かう。

 お茶を片付けたり、後回しになってた座敷の掃除にね。

「ちょ、なに店広げてたんよ!」

 テイ兄ちゃんが、座卓と、その周りにごちゃごちゃとオタクのあれこれを広げてた。

 オタクと言っても、いつものフィギュアとかと違って、パソコンやら、その関係の難しい本。

「ああ、お客さんにいろいろ聞いてたんやけどな……」

「お客さんて、おっちゃんのお客さんやろ?」

「たしかデジタル庁のえらい人なんですよね」

 留美ちゃんは、さすがに情報早い。

「せっかくやから、分からんとこ、いろいろ教えてもらお思たんやけどなあ……」

 お客さんは、おっちゃんの友だちで、デジタル庁とかのお役人。

 東京コンプレックス、上級公務員コンプレックスのテイ兄ちゃんは、これ幸いに、日ごろ分かれへんかったデジタルのあれこれを、そのお客さんに聞いたということらしい。

「そら、諦一、あいつはあかんで」

 座敷に戻ってきたおっちゃんが、無慈悲に宣告。

「なんでや、天下の日本国デジタル庁やろ? 出身も東京大学やいうてたやんか」

「あいつは経産省からの出向や」

「ほんでも、デジタル専門やさかい、デジタル庁に行ったんちゃうん?」

「新しい役所ができるとな、出向いう形で、他の役所がスパイを送り込むんや」

「「「スパイ?」」」

 なんや、話が面白なってきたんで、うちらも座卓の端っこに座る。

「せや、自分とこの役所の縄張りの仕事……まあ、マスコミでいう省益っちゅうやつやな。それを侵さへんか。自分とこでパクれる業務はないかスパイさせるんや」

「なに、それぇ?」

「デジタル庁は、去年の秋にできたばっかりの役所や。そこの上級公務員が、連休やいうて旅行なんかでけるかいな。ほんまに仕事してるのは、民間から来た人ら……あ、土産のバナナ饅頭、よかったらみんなで食べ。いちおう東京土産のベストワンや」

「仏さまにお供えしなくていいんですか?」

 留美ちゃんが気を遣う。

「ええねんええねん、お供えは山ほどあるしなあ。みんなで食べてしまい。あ、そろそろお参りの時間やなあ……」

 そう言うと、おっちゃんは淹れなおしたお茶を飲みもせんと行ってしもた。

 

 あとでおばちゃんに聞いたら、おっちゃんは若いころに、あのデジタル庁といっしょに公務員試験を受けたらしい。

「あ、おっちゃん、落ちたん?」

「え、そうじゃないんだけどね……」

 おばちゃんは、あいまいな笑顔を返すだけ。

 その笑顔は、困った時の詩ちゃんソックリでした。

 

☆・・主な登場人物・・☆

  • 酒井 さくら    この物語の主人公  聖真理愛女学院高校一年生
  • 酒井 歌      さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。
  • 酒井 諦観     さくらの祖父 如来寺の隠居
  • 酒井 諦念     さくらの伯父 諦一と詩の父
  • 酒井 諦一     さくらの従兄 如来寺の新米坊主 テイ兄ちゃんと呼ばれる
  • 酒井 詩(ことは) さくらの従姉 聖真理愛学院大学二年生
  • 酒井 美保     さくらの義理の伯母 諦一 詩の母 
  • 榊原 留美     さくらと同居 中一からの同級生 
  • 夕陽丘頼子     さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王位継承者 聖真理愛女学院高校三年生
  • ソフィー      頼子のガード
  • 古閑 巡里(めぐり) さくらと留美のクラスメート メグリン

 

 

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乙女先生とゆかいな人たち女神たち・36『美玲(みれい)』

2022-05-03 06:17:25 | 青春高校

乙女先生とたち女神たち

36『美玲(みれい)』 

      


 カタを付けなければならない……車窓を飛んでいく景色を見ながら何度目か分からないため息をついた。

 ほんの五日ほど前のことである。『美玲友の会』から手紙が来ていた。宛名は佐藤正一、つまり亭主のことである。いつもなら亭主の机の上にそっと置いておく。いつもなら……。

『美玲友の会』とは、ミレニアム、つまり2000年を記念にして連帯を組んだ教師仲間の親睦会で、数か月に一度泊まりがけで、青臭いというか阿呆くさい話題を種に飲み明かす会である……と、亭主の正一は言ってきた。封筒も大判の定形最大のもので、表には会の名前から「事務局」の先生の住所や、メルアドまで緑のインクで印刷されていて、宛名もパソコンで打ち出したシールで貼ってあった。そして、それはいつも月の初めに来ることが決まりのようになっていた。

 それが、四月の中旬過ぎ、それに宛名もいつものシールではなく、幼いといっていいような女の子の字で書かれている。ピンと来た乙女先生は、封筒のお尻に蒸気をあてて中身を取りだして読んでみた。

 そして、長浜行きの快速に乗り、近江八幡を目指しているのだ。

 

 その子は、タクシー乗り場の近くに自転車に跨ったまま乙女先生を待っていた。

 乙女先生を見つけると、自転車を降りて深々と頭を下げた。悪戯な春風がスカートをなぶっていき、「あ」と、その子は小さな声を上げた。

「お久しぶり、大きなったわねえ(^O^)」

 満面の笑みでロータリーの横断歩道を渡った。母親似の小顔で、愛くるしいが、今日は目に光がない。

 ただ怯えがないので、とりあえずは成功だと思った。

「今日は制服で来たのね……」
「伯父さんには部活だって言ってあります」

 駅前の甘いもの屋さんに入って、最初の会話がこれであった。

「奥さんから、直接電話もらったときは、びっくりしました」
「わたしは、全てお見通し……というか、あんな時期に手紙が来るのは初めてやし、宛名が、美玲ちゃんの字やねんもん。大丈夫、今日はわたしが全部話をつけたげる」
「あの、お父さ……佐藤先生は?」
「仕事、この春から教頭先生やさかいに。それに、これは定時連絡と違うから本人にはなんにも知らせてないの。それから、お父さんて言うていいのよ。正真正銘、美玲ちゃんのお父さんやねんさかい。あ、言いそびれるとこやった。お母さんのことは、ほんまに……ご愁傷様でした」

「……………」

 美玲の目から、大粒の涙がホロホロとこぼれた。

「いやあ、お別れっちゅうことになると、送別会ぐらいしてやりたい思いますねけんど」
「いや、ほんま、急なお話やよってに。これ、あんたら表で遊んどいで!」
「はーい……と、小遣い」
「もう、こんなときに」
「そやかて、美玲ちゃんは、たんとお父さんから小遣いもろて……」

 ブン……父親の平手が空を切った。

「もう、これで、夕方まで帰ってきたらあかんで!」

 母親は、平手を上手にかわした年かさの男の子に千円札を隠しながら渡した。

「おー、みんないくぞ!」

 賑やかに、男の子ばかり三人が飛び出していった。

「すんませんな、てんごばっかりしくさってからに」
「それでは、ひとまずこれで美玲さんをお預かりしてまいります。手続きなどは仕事柄慣れてますんで、わたしどもの方でさせていただきます。ほんなら、美子さん……お参りさせてもろてよろしいでっしゃろか」

 乙女さんは、そう言いながらバッグの中から、分厚いご仏前の袋を取りだし仏壇に向かった。

「ほんまに、長い間、正一のスカタンが……ごめんなさいね、美子さん……」

 ゆっくり手を合わせ振り返ると、いっしょに仏壇に向かっていた美玲の後ろに、学校のサブバッグが置かれていた。

「当面の着替えとか、入れといたさかい。あとの荷物はまたゆっくりと、改めてお話させていただくおりにでも」

 義伯母は、にこやかに念を押した。

「はい、それは、それで……ほなタクシーを」
「もうおっつけ……ア! 来ました来ました!」

「あ、あれを……!」

 タクシーのドアが閉まる寸前に美玲は、義伯母を突き飛ばすようにして、家の中に戻った。

「すみません、これだけ、持って行かせてください」
「なんや、アルバムかいな。かんにんな気いつかんで」

 そして、タクシーが走り出すと、美玲はアルバムだけを握りしめ、一度も後ろを振り返らなかった。

 ギリギリ間に合った快速の中でも、美玲は一言も口をきかなかった。

 大阪が近づくにしたがって、乙女先生の心の中にも溜まっていた澱が浮き上がってくるように、怒りとも寂しさともつかぬ感情が湧いてくる。

「これ、よかったら使ってください」
「え……」
「お顔が……」

 窓ガラスに映る自分の顔が狸のようになっていることに初めて気づいた。

「ありがと」

 そういうと、乙女先生は、おおらかに化粧を直した……。

 

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鳴かぬなら 信長転生記 71『兎の角』

2022-05-02 13:31:11 | ノベル2

ら 信長転生記

71『兎の角』市   

 

 

 南に折れて卯盃(ぼうはい)への一本道に入ると、城門のうさ耳はいやましに大きく迫って来る。

 

 おお!

 軍団の中からもどよめきが起こる。

 中軍が一本道に入るころにはうさ耳の間に『歓迎曹茶姫御一行様』横断幕が上がったのだ。

 横断幕は『曹茶姫』の部分が貼り付けてある。『曹茶姫』のところだけ貼りかえれば使いまわしができる仕組みだ。

 ちょっと無礼にも興ざめのようにも思えるが、茶姫自身は平気な顔をしている。

 城門そのものが大きいので距離感が狂う。遠目で見たよりも一回り大きいのが分かって来る。

 城門の上に屹立するうさ耳も、予想以上の大きさだ。

 縦に12メートル、最大幅は2メートルほどだろうか。うさ耳本体は書割のようだけど、内側にはしっかりした心棒が通っているようで、少々の風では揺るぎもしない感じがする。

 耳の先端の3メートルほどは可愛く手前に折れている。

 おや?

 可愛いと思った折れ耳の先端にはいかついカギづめが忍ばせてあり、単なるオブジェや歓迎のディスプレーではないような気がする。

 卯盃の名にふさわしい設えなのだが……思っているうちに城門を潜ってしまう。

 

「注目しろ!」

 

 全軍が入りきると茶姫は馬首を巡らせて、声を上げた。

「見上げすぎて首が痛くなった者もおるだろう。あのうさ耳は『兎角』という。兎角とは兎の角のことである。本来はありうべからざる物を表す言葉だ。卯盃は三国志東端の都市であり、卯は兎の事であるので、実に似つかわしいオブジェである。しかし、単なるオブジェではないぞ。先端の折れの先には鉄のカギづめが付いており、万一、敵の攻城車が寄ってきた場合には、あの兎角が倒れて攻城車を掴まえる。掴まえると、人力馬力で兎角を左右に振って、攻城車を引き倒す!」

 おお!

 感動する声が上がる一方腕を組む者もいる。

「仰せのように、うまくいきましょうや?」

「行かぬ時はな、あのかぎ爪の内側にパイプが仕込んであって油を流せるようになっている。流した油に火を点ければ、攻城車は松明のように燃え上がる。攻城車相手でなくとも、城壁に取りついた敵の頭上に火の雨を降らせてやることもできるぞ」

「しかし、そのように都合よく敵が兎角の下に来ましょうや?」

「よく見ろ、城壁の上を」

 茶姫が指し示すと、50メートルほどの間隔で、都合十本のうさ耳、兎角が立ちあがった。

「あの十本で一組だ。見よ!」

 さらに、合図を送ると、兎角は左右に動き出した。

 おお!

「兎角は、あのように左右に動かすことも可能だ。いざという時まで伏せておいて、敵が集中してきたところに移動させれば効果的に使える。日ごろは伏せておくも良し、可愛く立たせて、歓迎や緊急連絡の手段にも使うも良し。交代で兵を登らせば、望楼の代わりにも使える。これを、将来は卯盃に留まらず、国境の長城全てに設置する。五か年計画で、延べ百万の雇用の創出にもつながるものだ!」

 おおおおおおおおお!

 今度は、盛大な歓声が軍団全体から巻き起こった。

「茶姫さま、そろそろ歓迎の言葉を述べさせてもらってもよろしゅうございましょうか?」

「おお、卯盃の市長殿。先ほどの歓迎幕、かたじけない。使いまわしも出来る仕様。感心しました。ゆくゆくは観光立国も目指せましょう。貴殿は、我ら魏の者にも希望を与えてくださった。その上の歓迎のお言葉、曹茶姫、部下の者たちと共に謹んでお受けいたします」

 軍団の兵や卯盃の市民たちから、割れんばかりの拍手と歓声が上がった。

 

「なに、あれは単なるこけおどし、実戦では、そうそううまく使えるものではない」

 

 その後の大休止、兄の信長を目の前に茶姫は、こともなげに言い放った。

「では、明日の朝には南に向かうのだな?」

「え、そうなの?」

「ハハハ、敵わんなあ、お丹衣ちゃんは何でもお見通しだ」

「褒めるな、その先は俺にも分からん。輜重を先に南へ返しただろう、あれが、三国のいずれに向かっているかがカギだ。ちがうか?」

「アハハ、考えすぎだよお丹衣ちゃん。あれは、気まぐれ半分、あとの半分は曹素兄を引き離したかったからだぞ」

「兄の事は嫌いか?」

「兄か……二人居るからな」

「曹素と曹操……」

「お丹衣ちゃんが言うと、なんだか虫けらの名前のように聞こえるぞ」

「であるか」

「まあ、転生の人間には害虫同然なのかもしれないんだろうけどな……わたしにとっては、兄は兄だ。むつかしいもんだ。なあ、シイちゃん?」

「え、あ、ちゃん付けで呼ばないでくれる」

「そうか、じゃあ、いっちゃん?」

「シイでいい」

「シイ……なんか叱ってるみたいだな」

 それっきり黙ってしまった茶姫は、気のせいか寂しそうに見えた。

「ちがうぞ、リラックスすると、わたしはこういう顔になるんだ。こら、笑うなお丹衣ちゃん!」

 卯盃の夜は、しみじみと更けていった。

 

☆ 主な登場人物

 織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生
 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
 織田 市        信長の妹
 平手 美姫       信長のクラス担任
 武田 信玄       同級生
 上杉 謙信       同級生
 古田 織部       茶華道部の眼鏡っこ
 宮本 武蔵       孤高の剣聖
 二宮 忠八       市の友だち 紙飛行機の神さま
 今川 義元       学院生徒会長 
 坂本 乙女       学園生徒会長 
 曹茶姫         魏の女将軍 部下(劉備忘録 検品長)弟(曹素)

 

 

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乙女先生とゆかいな人たち女神たち・35『初めてのブログ!』

2022-05-02 06:40:25 | 青春高校

乙女先生とたち女神たち

35『初めてのブログ!』 

     

 

 激しい光が点滅します、小さなお子さんは、部屋を明るくし、画面から離れてご覧下さい。

 そうテロップが流れたあと、当惑した笑顔の栞と、テーブルの上の一億円が映し出された。

 栞が、切り通しの薮の穴蔵から発見したお金は、しめて一億円あったのだ!

 この一カ月余りで五回もテレビに取り上げられた。一度目は、今は停職中の教師達による「進行妨害事件」、二度目は、その事件の記者会見、三度目が梅沢忠興という教育学者との「テレビ対談」、四度目は「MNB五期生合格発表の記者会見」、そして五度目が、この「一億円拾得事件」。他に、お尻丸出し抗議事件による動画サイトなども含めると、この一カ月、日本でもっとも注目された高校生であろう。

 もっとも今回は、事が事だけに顔やジャージの学校名にはモザイクがかけられたが、芸能新聞は遠慮無く実名と栞の顔を一面で流した。

 学校、正確には桑田先生から叱られ、MNBのプロデユーサーからも注意され、父親からも叱られた。しかし、本人はなんとも思っていないので、通り一遍の謝り方ですました。学校もプロデユーサーも納得したが、栞のことをよく知っている父親からは、さらに叱られた「栞は、真剣でないときほど、謝り方がきちんとしている」という親というか、弁護士ならではの観察眼からであった。

 驚いたことに、落とし主が、その日のうちに三人も現れた!

 そして、三人とも偽者であった(^_^;)。

 警察は大金であることもあり、鞄の特徴や、お札の状態については簡単にしか報道しなかった。

 鞄は二十年以上昔、海外のメーカーで作られた特殊なジュラルミン制で、耐水性、耐衝撃性に優れていた。また、お札は銀行の封帯ではなく、なぜか某国の雑誌を切って作った帯で百万円ずつまとめられていた。なぜ、某国というかというと、読者の中から「オレのだ!」と名乗り出る人が現れないようにするためである。じっさい、どこで調べたのか栞の家に電話までかけてきた者が何人かいた。うち一人は警察を名乗り、「もう一度状況を確認したいんですが」という手の込みよう。栞は慣れたもので「○○警察ですね、こちらからかけ直します」と応えた。で、ことごとくが、偽者であった。

 連休の予定がたたなかった。

 連休は京都の八重桜でも見に行こうかなと思っていたが、MNBのレッスンがいつから始まるか分からないのである。この業界は、たいがいそうだが、急に電話が入ってから「明日から」などと言うことがけっこうある。そうやって、本人の本気度を試し、この世界の厳しさを頭からたたきこむのである。

 栞は、嫌いでは無かった。学校のように「生意気だから」「ずぼらをかまして」というのではなく、はっきりとした業界の空気やシキタリというものが、底辺にはあるようで、好ましく思えた。

「栞、頼むから自分でブログ作ってくれないか」

 一億円事件の明くる日に、帰るなり、お父さんに言われた。

「なんで?」

 そう言いながら、スカートを落とす(脱ぐというより、この形象が、栞の場合正しい)と、別なことを言われた。

「あのな、おまえも小学生じゃないんだから、もうちょっと恥じらいを持ちなさい」
「いいじゃん、親子なんだし。お父さんだって風呂上がりタオル一丁だから、種芋見えたりするんですけど」

 と、キャミとパンツだけで親に意見する。

「いや、もう、だからさ。ブログだよブログ」
「だから?」
「お父さんのメールボックスに、お前宛のがいっぱいで、仕事にならないんだよ」
「あ、ごめん。わたしアイドルだもんね(^_^;)。うん、すぐに作る」

 そう言って、パソコンを立ち上げてみたものの、アイドルのブログなんて見たこともない。まあ、適当でいいや。カシャカシャと、それらしいものを作った。

 事件に絡むことは、一切書かなかった。

 学校で食べた食堂のメニュー、近所の猫が初めて子ネコを産んだこと、オーブントースターの中のパンの焼け方、玄関での靴の脱ぎ方揃え方、カラスの人相? 久しぶりに犬のウンコを発見したこと、それが足を踏み下ろす寸前だったこと、動画の落語を聴いたら止まらなくなった……などをスケッチ風に書いて写真を貼り付けただけ。

 しかし、なまじ表現力があるので、筆が滑って、ついさっきの父とのいきさつをオモシロオカシク書いてしまったことが失敗であった。

 夜には、いっぱいコメントがきた。「種芋ってなんですか?」「栞ちゃんて、お父さんの前でキャミ姿になるんですか!?」「今度、ぜひキャミ姿のシャメ載せてください」「どこのメーカーの着てるの。わたしは、オーソドックスにワコールです♪」「食堂のランチメニュー教えて!」

 明くる日には、頭に「種芋ちゃん」「キャミちゃん」などと勝手に愛称が蔓延してしまった……。

 

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銀河太平記・106『二人でタイ焼き』

2022-05-01 10:39:14 | 小説4

・106

『二人でタイ焼き』越萌マイ(児玉隆三)

 

 

 大したもんだ……

 

 何度目か分からない呟きを漏らす孫大人。

 話の接ぎ穂のようでもあり、本当に感動しているようにも感じられる。

 市役所を馬(オートホース)で出たわたしと孫大人は、西之島北東部の新開発地区を歩いている。

「辺野古の沖出し造成の技術も、ここまで進歩したんだねえ……日本人というのは、つくづくスゴイよ」

「災い転じては得意技だが、ここまで昇華するのには幾百幾千の報われない努力と犠牲がある」

「そうさなあ……」

 普天間基地の辺野古への移設は、23世紀の今日では噴飯ものの平和主義のために、予想・予定の十倍の無駄と努力が傾注されたが、副産物として埋め立て技術、浮体工法などの技術が飛躍的に進化。その技術や工法は、その後の二世紀で磨きがかかり、日本の専門分野のようになった。

 オランダやベニスの地盤改良や造成はもちろんのこと、漢明中国沿岸部の発展にも寄与している。諸外国は、素直に日本の技術と努力を賞賛してくれているが、大陸と半島では相変わらず――自前の技術――とうそぶいている。しかし、二百年前とは違って、まともに信じている者は大陸や半島でも少数派だ。

 この北東開発地区は、その技術の最先端をいっている。

「最終的には、東京ドームの一万倍だそうだよ。ちょっとした人口国家になるよ西之島は……それ!」

 工事用のトレンチを思わず飛び越えてしまう。

「姉妹社の女社長なんだから、もう少しおしとやかにしたらどうかね……」

「すまん、つい、満州の現役時代の感覚になってしまう(^_^;)」

「いや、そのナリで、しなやかに跳躍する姿もいいがね、わたしの義体はそこまでスペックは高くないのでな……」

 トレンチを迂回して横に並び直す大人は、それでも嬉しそうだ。

 分かっている、わたしも、満州時代はおろか、まるで士官学校時代の学生気分になっている。

「ひとつ、どうかね?」

 タバコでも出すのかと思ったらタイ焼きだ。

「原宿の少年少女みたいだな」

「原宿ならクレープじゃろうが」

「いや、近ごろじゃ、タイ焼きやらあんみつがトレンドらしいぞ」

「元帥になっても、原宿に足を向けるのかい?」

「失礼だな、今は越萌姉妹社のCEOだぞ。本業は若者向けの雑貨だ。いつでもアンテナは張っている」

「なるほど、この広さだ、壮大な雑貨が広げられそうだな」

「……それも、所詮は余技なのだがなあ」

「大御心はどうなんだ?」

「海のようなお方だ、陛下は……ここに来る前に、朝霞の自分のモスボールを見に行った」

「あれは、敷島教授の……」

「ああ、ダミーだ。しかし、ケジメのためにな……陛下がお忍びで来られていた」

「陛下にはお伝えしていないのか、姉妹社のマイとして生きることを?」

「そんな不忠者を見るような目で見るな……陛下はご存知だったぞ」

「なにかお言葉が?」

「いいや、やんわりと通せんぼをされてニッコリと微笑まれた……全てをお見通し」

「アハハハ、それは冷や汗をかいただろう!」

「ああ、パンツの中までグショグショだ」

「……その姿で言われると、なんだか猥褻だ」

「何を言う、この歩く猥褻物、いや汚物陳列罪めが!」

「東宮宣下は、まだなさらぬのか?」

「陛下は『和を以て貴しとなす』であられる……ご自分からは仰せにはならない」

「なら、皇室典範の規定通りに、心子(こころこ)内親王殿下に」

「そういうことになるか……」

 

 そこまで話して、二人とも言葉が途切れた。

 

 心子内親王殿下……ご自身のお子がない陛下にとっての跡継ぎは、先年薨去された妹宮殿下の姫君である心子内親王殿下になる。

 しかし、心子内親王殿下を正式に皇嗣とすれば、女系皇嗣が本格的に確定してしまい。2800年続いた皇統が……

 いや、これ以上のことは考えるのも畏れ多い。

 孫大人も、それが分かっているので言葉を継がない。

 

 広大な海と入道雲、その下に広がる東京ドーム一万個分の新開地を見ながらタイ焼きを、ゆっくりと咀嚼する狐と狸。

 

 そのタイ焼きも食べ終わり、二人そろって紙袋を丸めてポケットに。

「市長たち、遅いなあ……」

「そうだな……あ、来たぞ」

 二台のバンが、パルス車独特の滑らかさで、トレンチを超えて現れた。

「申し訳ありません、急に御一人同行していただくことになりまして」

 真っ先に下りてきた及川市長が、後部ドアの前に立ち、誰かをエスコートしている。

「「え!?」」

 二人そろって驚いた。

 市長のエスコートをやんわりと制しながら現れたのは、たったいま話したばかりの心子内親王殿下、その人であった。

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首
  • 氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
  • 村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
  • 主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
  • 心子内親王             今上陛下の妹宮の娘

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地

 

 

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乙女先生とゆかいな人たち女神たち・34『謎の旅行鞄』

2022-05-01 06:37:50 | 青春高校

乙女先生とたち女神たち

34『謎の旅行鞄』 

      


 足を踏み出したところで、空と地面がひっくり返った……。

「イッテー……!」

 栞は、薮の中の穴に落ちてしまった。じきに制服に水が染みこんできて気持ち悪くなり立ち上がった。穴の底には細いひび割れがあるようで、それほどに水は溜まっていなかった。

「水が溜まっていたら、溺れて死ぬとこだよ」

 なんとか、足場か手がかりになるものを見つけて上に這い上がろうと思った。

「ええと……ええと……ん……なんだこりゃ?」

 土混じりの根っこたちの間に何かトッテのようなものに触った。わりとしっかりしているので、栞は、思い切って、それを掴んで上に這い上がろうとした。

「うんこらしょ……キャー!!」

 トッテは急に外れて、栞は、再び穴の底に尻餅をついた。

「あれ……」

 トッテには先が付いていた。かなり古いタイプの旅行鞄だ。お尻が冷たくなるのも忘れ、鞄を開けようとしたが、鍵がかかっていて開けることができない。

「キミ、そんなとこでどうしたんだ?」

 いきなり穴の上から人の声がした。

「え、あ、で、その、つまり……」

 状況のどの部分から話そうとしていると、手が差しのべられた。

「とりあえず、穴に落ちて、困っていることから解決しよう」

 その人は、駅前交番のお巡りさんだった。切り通しの薮のところまで来ると、靴と靴下が行儀良く並んでいて、なんだろうと思っていると悲鳴が聞こえてきたということらしい。

 

 真美ちゃん先生が着替えのジャージと運動靴を持って交番にやってきた。栞は、交番のシャワーを借りて体を洗うと身ぐるみ着替えて、とりあえず気持ちの悪さからは解放された。

「金ばさみは……?」

 タオルで髪を拭きながら出てくると、一番にそれを聞いた。なんといっても技師の鈴木のオッサンは苦手だ。

「栞ちゃんが、ずっと持ってたわよ。トランクといっしょに」
「トランク……ああ、これのために」
「助かったんだよ。あの悲鳴を聞いていなきゃ、ボクも薮の中まではいかなかったよ」
「これ、いったいなんなんですか?」
「やっぱり、キミも知らんのか」

 そのとき交番に二人の人間が入ってきた。

「すみません、希望ヶ丘の出水です」
「本署の田所。ヨネさん、これか?」

 保健室の出水先生と、鑑識のお巡りさんだった。

「湯浅先生、授業が終わったら見にくるて。で、手島さん、怪我とかは?」
「あ、それ大丈夫です。穴の中ジュクジュクでしたから。よかったら家に帰って、本格的に着替えたいんですけど」
「ああ、かめへんよ。お家には、わたしから電話……」
「いえ、いいです。ここんとこ、お騒がせばかりだから。自分でします」

 後ろで写真を撮る気配がした。交番と本署のお巡りさんが、鞄の写真を撮ったり、寸法を測って記録していた。

「これ、あんたが見つけたん?」
「え、まあ、結果的には……」
「じゃ、解錠します」

 田所という本署の鑑識さんは、二本の針金のようなもので器用に開けていく。

 カチャ

「開いた……」

 みんなが固唾を呑んで、鞄が開くのを待った。

 ……ウワー!!!

 そこに居た全員が同じテンションで声をあげた。

 中身はビニールで何重にもくるまれた札束だった……。

 あまりの大金だったので、本署からパトカーがやってきて、栞は旅行鞄と共に本署に連れて行かれた。

 出水先生は学校に電話したが、大金……栞がパトカーで……という二点しか伝わらなかったので、生指部長代理の桑原と、担任の湯浅、教頭の田中、そして、なぜか乙女先生が、学校から。父が家から。そして、新聞記者やら芸能記者までが地元の警察署に押しかけた……。

 

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