続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

老いの美学。

2010-12-28 08:20:06 | 日常
 若い頃は、自分が老いるなんて事は深く考えたことがなかった。
 今日は昨日の続きであり、明日は今日の延長であれば、人生は反復の修行であると考える傾向にあった。

 反復しながら劣化し、下降し・・・やがては消滅していくという摂理は受け入れがたい。理の当然、自然の成り行きに自分自身が組み込まれていることへの驚き。

 そう、そうだったのか。気力では補いきれない動作の鈍化・・・。

 どう向き合えばいいのか・・・ひどく戸惑っている。
 団塊の世代が、揃って同じ方向を向き老いていくので、老化対策やサプリメントの情報はむしろ多すぎるほど。この慌てふためいているともいえる状況にあって、大切なのは「諦めること」なのか「諦めないこと」なのかと煩悶する。

 有終の美・・・せめてもの意気込み、否、人としての生命の証しは如何にあるべきかを考える。

 わたしがわたしであり続けること・・・歯を食いしばっても、わたしでいられるように願う。

 白露や 死んでいく日も 帯しめて(三橋鷹女)

 先達の心意気を胸に秘めている。

Re『武蔵野』152。

2010-12-28 08:05:42 | 国木田独歩
水のほとりには枯葦が少しばかり生えている。この池のほとりの径を暫くゆくと又た二つに分れる。

 水ほとり(三ズイに尋/ジンと読む)枯葦少生池ほとり(ジン)径暫又分

☆推/おしはかると、腎(かなめ)の古(いにしえ)が露われる。
 消して記して置く腎(かなめ)。
 計(はかりごと、もくろみ)として、竄/文字、文章を変える。
 幽(死者の世界)に、部(区分けする)。

『城』336。

2010-12-28 07:52:56 | カフカ覚書
してみると、これは、誤解だったのだ。愚劣な、つまらぬ誤解だったのだ。そして、この誤解にまんまと一杯くわされたというわけだ。

 誤解/Missverstandnis→Muss verstandnis/強制、合意。

☆してみると、これは、強制的な合意だったのだ。愚劣な、つまらぬ強制的な合意だったのだ。そして強制的な合意にまんまと一杯くわされたというわけだ。