二十四時間テレビのテーマは『未来』
わたしにとっての未来・・・65才のわたしの未来はどれくらいあるのなか?
とにかくはっきりしているのは死ぬまで生きなくてはならないという基本的な事実。健康への願い、自分の足で歩き続けることへの執着・・・(そのほかはどうでもいい)というわけでもない。未練?
宿題を地道にクリアーしていくライフワーク。無に帰していく徒労だとしても構わない。なぜか自分の中でやらねばならないと決めている仕事にわたし自身が逆らえない。
無心論者に近い考え・・・だから信仰者であったり、信仰を否定するような立場にないノンポリ凡人。それなのに、どういうわけか強く押されるような運命を感じて思考し続けている。何かを否定しようかとか、攻撃することも視野にない。ただひたすらカフカや賢治、独歩の考えに忠実に耳を傾けているに過ぎない。
地道な作業に未来は感じられないけれど、行間の中に見る真実に胸を打たれ共感し、喜びを得るという至福。極めて個人的な喜びかもしれないけれど、それがわたしにとっての進行中の未来である。
わたしにとっての未来・・・65才のわたしの未来はどれくらいあるのなか?
とにかくはっきりしているのは死ぬまで生きなくてはならないという基本的な事実。健康への願い、自分の足で歩き続けることへの執着・・・(そのほかはどうでもいい)というわけでもない。未練?
宿題を地道にクリアーしていくライフワーク。無に帰していく徒労だとしても構わない。なぜか自分の中でやらねばならないと決めている仕事にわたし自身が逆らえない。
無心論者に近い考え・・・だから信仰者であったり、信仰を否定するような立場にないノンポリ凡人。それなのに、どういうわけか強く押されるような運命を感じて思考し続けている。何かを否定しようかとか、攻撃することも視野にない。ただひたすらカフカや賢治、独歩の考えに忠実に耳を傾けているに過ぎない。
地道な作業に未来は感じられないけれど、行間の中に見る真実に胸を打たれ共感し、喜びを得るという至福。極めて個人的な喜びかもしれないけれど、それがわたしにとっての進行中の未来である。