『個人的価値』
室内に張られた空の壁紙?その空に建て掛けられた櫛・ワイングラス・石鹸・ブラシ・マッチ棒などは、ベットや家具に比して巨大に過ぎる。
家具の鏡に映る空は、部屋全体が空であることを示している。その鏡には窓を映しているが、チラリと見える窓の外はむしろ淡いベージュで一般的な壁の色である。
この奇想天外な室内の設え、これはマグリットの《脳内》と言ってもいいような世界観であり、手法である。
壁という認識の崩壊、物量の差異の並置、質量の置換・・。あらゆる条理を脅かし、変態に化している。
壁という質感を度外視して空という空間に置き換え、そこにベットの上の巨大化した櫛を立て掛ける、そしてその櫛の影が空に映るという奇想など一連の仕掛けは、見る者の脳を混乱させ刺激する。
一つを基準にすると他方が理解不能に陥る。切り離された時空をまことしやかにつないで見せる、その痛みを伴った時空の神秘こそがマグリットの真意である。
世界の条理を外した神秘は、まさにマグリットの『個人的価値』の原初、礎であり、固定概念からの解放である。
(写真は『マグリット』西村書店刊より)
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