続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

『セロ弾きのゴーシュ』16。

2021-08-27 06:31:03 | 宮沢賢治

 猫…夜中もとうに過ぎ
 くゎくこう…十二時は間もなく過ぎ一時も過ぎ二時を過ぎても
 狸の子…夜中すぎまで
 野ねずみの母子…明け方近く思はずつかれて(略)扉をこつこつと叩くものがあります。

 時間が少しづつずれていることがわかる。仮に野ねずみの母子の来訪を四時(明け方近く)とすると、狸の子は三時十分、くゎくこうは二時二十芬、猫は一時半(夜中もとうに過ぎ)と、推定できるのではないか。
 五十分づつの時間のづれ・・・これは月の運行、月の出る間隔である。
 毎夜訪れたのは、月の化身である。
 三毛猫(月)、くゎくこう(死にゆく老人)、狸の子(木星の子)、野ねずみの母子(病気治癒、生還)。
 ゴーシュ(地球の精神)の抱えている必至の条件、生死、酸素と光(雷というエネルギー)を毎夜の来客により表現している。


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