『目』
黒い四角形の中に正円があり、まさにその中心に「目」がある。(27×25.4×6.4㎝)ということはこの作品は立体であり、実際の人の目をやや拡大したものである。
《見ているが、見られてもいる》という対峙の関係には、抜き差しならない緊張感がある。目だけを強調するための黒い枠(円)であるが、覗かれているという奇妙な距離間、閉塞の壁をも感じてしまう。
なぜ『目』なのか。視覚という機能には《お見通し》という威圧感がある。
単に「目」に酷似した平面図であるにもかかわらず、鑑賞者は「目」その物の持つ機能を直観し、見つめ合うという状況を感受してしまう。
お化けに(目玉の浮遊)がある、目玉だけが独立して人の周囲に現れるものであるが、だれも可愛いとは思わず、恐怖の対象、心霊である。
要するに「目」には鑑賞者に戸惑いを起こさせる迫力がある。目と認識できるものは描かれたものでさえエネルギー(力)を放出しているということである。
目を模した目(絵)に生命はない、にもかかわらず(その絵から)目を認識した鑑賞者には本物の目に相当するエネルギー(力)の衝撃を受けるというメカニズムがある。
イメージ(仲介)の持つ役目(力)は鑑賞者のなかで、過去のデーターに合わせて増幅される仕組みになっていることは否定できない。絵に描かれた目は目ではないにもかかわらず、時に本物の目以上の印象を与えうることも可能なのである。
(写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より)
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