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『汽車の中の悲しめる青年』
題名(言葉)と本体(作品)の結びつきが不明である。イメージとしては、《汽車は走る=空間を移動するもの→正》の中で、悲しみという負の感情をもつ青年(未来という時間を所有する人)である。
彩色が全体暗色なのは《悲しみ》の暗示であり、茶系は裸婦に見るような肌の色、単に肉体という意味だと思う。
ゴッホに『悲しい女』というしゃがみこんで背を丸め顔を伏す裸婦像があり、明らかにそのものの情景である。
しかし、この絵にはそんな風情はなく、鬱屈した暗さが重く沈み込んでいく妙な不安定さが鑑賞者の視覚を揺する。
青年は青年たちではない、一人の青年の分解である。あたかも現れては消えていくような微妙な時間を感じる。
汽車という自分では制御不能な空間移動/時間のなかで、立ちどころの不安定な…のめるような崩壊の危機を孕んでいるような危うい風情を感情移入することも可能である。
しかし、何物も寄せ付けないような慄然とした静けさもある。
これはデュシャン自身の自画像なのだと思う。悲しみは自己申告であって、他者からは見えない。
(写真は『DUCHAMP』ジャニス・ミンク/TASCHENより)
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