『夢』
夢とは精神現象であって、現実あるいは実在ではない。
眼を閉じた妙齢の裸婦…誰かしら・・・恋人というよりは母なる者という印象である。
全てを晒した女体であるが淫靡な影はなく、ただありのままの美しい女体《聖母たり得る母なるもの》は、しかし、こちらを見ていない。深く目を閉じ隠すべきものは皆無(潔白)であるとし、岩に上に置いた手は、《岩(神)に誓って》と、静かに訴えているのではないか。しかし、やんわり岩(神)を否定しているようにも見える。積極的な否定ではないが明確な意思を持った肯定でもない。
背景は海、一方の作品は山河。
現世に背を向けているとも考えられる、つまり描かれた時空は冥府ではないか。異世界における影は暗い領域に留まらず、歪みのない立体感を伴った像として描かれている。
影が幻影として生きている。本来実体のない影が実体そのものとして複製されている。
即ち『夢』である。描かれた女人も眼を閉じているが、作家(マグリット)もまた眼を閉じ、母なる者を恋慕している。
夢の中の母なる者の幻影は生きている。その影もまた生きている、どこまでもどこまでも夢の中では生き続けている。幽霊に影はない、どこまでも凛とした薔薇を抱く女そのものである。
生前、決して口にすることはなかったという母への想い。
母性というより、一人の女性としての哀愁漂う姿は、決して消えることなく夢の領域に生き続けていたに違いない。
(写真は国立新美術館「マグリット」展・図録より)
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