謝恩会で胸につけてた花がしぼんじゃったので解体してかわいいものだけ集めた。
そういえば、ご飯を食べながらテレビつけたら、木曽義昌とかいう単語が聞こえたのであるが、「真田丸」にでてきたのであった。だいたい真田如きと義仲公の子孫であり(嘘の可能性大らしいが)武田家の親類である義昌と比べて、どちらが大物かは一目瞭然、というか実際にドラマでも真田より勢力が大きいことになっていたが、――いかんせん、武田を裏切り織田についた卑怯者、信濃への織田侵攻のきっかけを作った御仁とかで、評判はよろしくない。その後も、病気で秀吉の小田原攻めに行かなかったのを仮病と疑われたりしている。そりゃそうである。木曽の山猿のプライドにかけて平地の猿のいうことなんかきけるか。家康の傘下に入ってからはその猿のプライドが狸に負けるのを潔しとせず、一度妻籠城で家康に勝っているのも禍したのか……、あっさり千葉に左遷されてしまった。
二大勢力に挟まれての右往左往する猿――どこかでみた表象である。日本ではないか。木曽の山猿とは、日本人の自画像だったのである。それから逃れようとしているのが、真田幸村の物語であり、家康や秀吉の物語なのであろう。そういや真田の家来に猿飛佐助もいた。これも逃避的フィクションであるが、彼は、おそらく本当は木曽の出身であって、木曽の山猿そのものなのであるまいか。彼が生まれたという鳥居峠は上田のそれじゃなく木曽のそれだとわたくしは断固主張したい。彼は忍者ではなく、真田などという格下にも頭を下げてしまった木曽氏の誰かだったのではあるまいか。わたくしは、猿飛佐助がよぼよぼの義昌であったら面白かったと思う。
……ドラマにでてきた木曽の福島城、あんだありゃ、実際の福島城の雰囲気と全くちがってた……実際の福島城は、この山のテッペンあたりであろうか?
山を味方に闘う癖をつけたものは、なかなか手練手管で立ち回ったりするのは難しいのではあるまいか。というか、真田幸村みたいに出丸の工夫をするまでもなく、もう既に谷があるし……日本人の海みたいなものである。
だいたい真田の六文銭というのは、金で三途の川を渡ろうとするしみったれた根性――あるいは漢心的な何かのあらわれであり、そんなことをせずとも、木曽の山猿は死ねば自動的にお山(御嶽)に帰ることが出来るのである。
……といったもろもろの感想が浮かんでいたのであるが、石井愃一氏の素晴らしい演技で、ずんぐりむっくりの田舎者という狂言回しを見事に……、三谷幸喜許すまじ。