涙こそゆくへも知らね 三輪の崎佐野の渡りの雨の夕暮
涙の行方が知らないとは恋の歌らしく、確かに雨も行方が知らない感がするから尚更であることだ。
苦しくも降り来る雨か 三輪の崎狭野の渡りに家もあらなくに(萬葉集 長忌寸意吉麻呂 巻第三)
この歌を受けているわけだが、家がない(故郷の我が家がない)と言っている分だけ、その苦しさは所在がない気はしない。小学生が雨に打たれて道に迷っている感じに近いのではなかろうか。これに対して、実朝の歌は、大して困ってはいなさそうなのだが、恋に紛れて風景は見えていない中学生のようなところがある。
院生の頃、田野大輔氏のナチズム論を読んだが、ベンヤミンやユンガーを参考に、労働者の総合芸術としてのナチズムを論じていたように思う。わたくしはその頃、果たして、その総合芸術というモメントが、ワグナーの存在に支えられているとして、我々にはそれがあるのであろうかと考え、たぶん「夕鶴」にもないし、当時のプロパガンダアニメーションにもなかったと考えたものであった。あるいは、大河ドラマや朝ドラにあるのかなと考えたこともあるが、それは戦後の作品だし、そうでもなさそうであった。
いまは、ワグナーの長い総合芸術が断片として受容されているように、なにか短絡的な回路の成立が問題なような気がしている。それがメディアによる強制を超えて内面化してしまう事がありうるのである。
例えば、『ドカベン』第31巻は、明訓高校の面々が土佐丸高校に追いつめられ、一人一人の幼少期からのトラウマの克服が紹介されながら、甲子園優勝を成し遂げる話であった。『ドカベン』の中で最高の出来と言われる物語で、すごくその後の漫画に影響を与えていると見られる。が、戦いのさなかの回想(かどうか怪しい。マンガの語り手は主人公たちではなかった。むしろ、もう一人の「アナウンサー」のような気がする。)の自然さがよかったというか、満を持しての回想がよかったのである。主人公たちが、十年以上をかけて物事を乗り越えなければならなかった事態が読者の胸を打つ。
しかし、最近はなんだか、短時間の戦いのさなかで、いちいち相手からの説教と同時に回想・トラウマの超克がなされるパターンが多く、――特に格闘系の作品に多い気がする。これは作劇法というより、競技の内容に関係していて、野球の競技は適度なソーシャルディスタンスがあるから回想も節度があるのではなかろうかと疑われる。しかし、そういうことが続くと、それは一般的な心の動きとして受容されてしまう可能性があると思う。以前、夏目房之介氏がマンガ夜話で、「マキバオー」はジョーと違い1レースでトラウマを克服する、これは素直だから、という風な説明をしていた。夏目氏のいう素直さは性格のことであるが、正確ではない素直さは短絡的な回路に過ぎない。この素直さがトラウマの克服に繋がるタチの物語は確かに多くあって、現実にも持ち込まれている。
特に教育への見かけの適用は欺瞞的である。もっとも最初は、その欺瞞を自覚しながらの、社交術であったに違いない。しかし、いまや、欺瞞であることすら忘却され、そういう短時間での克服を言明し、それを成し遂げたふりをしなければいけないような圧力を感じる以前に、じぶんで克服したと思い込む人間まででてきている。欺瞞性が機能していると思っている人間の頭が悪いとすれば、それを忘れた人間の頭は腐っているのではないだろうか。
政治の美学化を美学の政治化に反転させようとする戦略がなんとなく無効ではないかと推測されるのは、その腐った状態が反転したりはしないからである。リベラル?がいつ左翼の仲間入りをしたのかわたくしは知らないが、それはともかく、政治の美学化がダメダからと言って、シンボルを別のシンボルとして批判したりするのは、美学化の時間とプロセスを無視するもので、それこそファシズムの側面なのである。
実朝だって、そういう状態でなかったとは言い切れない。恋でも涙も涙でも――なにかを言い得ているような気がしている世界を歌っているだけかも知れない。乱世だからといって頭が冴え返っているとは限らないのである。