★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

耕耘部

2013-07-31 23:59:17 | 文学


 る、る、る、る、る、る、る、る、る、る。
 器械はやっぱり凍ったはたけや牧草地の雪をふるわせてまわっています。

――宮澤賢治「耕耘部の時計」

青春の終焉とクソムシが

2013-07-30 18:21:37 | 文学


『青春の終焉』を検討しているので、いろいろと思うところはあるのであるが……青春というと思い出すのは、わたくし自身の師匠の論文と、ショスタコーヴィチがハチャトリアンを「青春はまだ終わってないよ」と慰めたとかいうエピソードである。わたくし自身は、個人的に青春が終わったとか近代文学が終わったとか感じるのはまだいいとしても、時代とか世代に関係づけてそれを論じるのを好まない。それはその時代やら世代が本当は如何にそうあったかを忘れさせるものである。戦後の「青春」の隆盛は、敗戦国の経済成長ぬきには考えられないのではあるまいか。右の「クソムシが」「悪の華」という漫画でも、中学生が主人公である。中学生は、まだ大人への敗北と成長神話が残っている時期なんで……、青春が存在する。というのは、嘘であった。読んでみたら単に楽しい変態の話だった。


精神史は中断しながら続く

2013-07-29 01:11:05 | 思想


先週から読んでいるのであるが、今日は藤森成吉の「山蟹――牧歌的に――」でほんわかしてしまったので中断した。昨日は蓮實重彦の『表層批評宣言』で眠くなっているうちについにオウムのような〈深い〉話には帰ること能わず。三浦雅士の『青春の終焉』を読んだときもそうだったが、このような射程が広く深い話はマラソンのようなもので、風景が飛ぶように過ぎてゆき、それは人生でも精神でもないよと頭のどこからか声が聞こえてくるものだ。

冬のソナエ

2013-07-28 23:35:03 | 思想
http://www.amazon.co.jp/%E7%B5%82%E6%B4%BB%E8%AA%AD%E6%9C%AC-%E3%82%BD%E3%83%8A%E3%82%A8-vol-1-NIKKO-MOOK/dp/4819150596


今日、新聞を読んでいたら、「就活読本 ソナタ」とかいうのが広告に出ていたので、日本人は発狂のあまり就職難をソナタ形式で楽しもうという境地まで達したのかと感心していたら、よく見たら、「終活読本 ソナエ」だった……

巻頭インタビューは、壇蜜さん(←「瘋癲老人日記」に似合う)で、「遺影を用意しています。私が葬祭学校に通った理由-」(し、就活ではなくて……?)、「チャート式、3分で分かる「あなたの終活必要度チェック」」(←なるほどウルトラマンは地球上では3分しか……)、弘兼憲史の「「社葬 島耕作」ですか!?」(←そろそろそれでもかまわんよ)、特集として【供養】お墓多様化時代の葬り方、葬られ方(←「葬られ方」ってなんか怖いわ)、「墓トモバスツアー同乗記」、「初心者の墓選びQ&A」、「知って得する墓用語「墓辞苑」」……「ぽっくり寺 めぐって健康アップ」(←ぽっくり逝きたいのか、健康になりたいのか、どっちですか)、「お盆の話題 ご先祖も喜ぶ便利グッズ」(←ご先祖様は、普通のお供えで我慢しなさい)

……という具合で、非常に楽しそうである。

考えてみりゃ、就活にしろ、婚活にしろ、終活にしろ、その先には地獄が待っているわけで、活動中になるべく楽しもうというわけであろう……

スピード化されて

2013-07-27 23:28:10 | 文学


 高度の産業技術を基盤として成り立っている現代社会の構造は、複雑であり、かつその動きはスピード化されておる。かかる環境の中にあっては、個人の「かん」とか「はら」で仕事をすることは不正確で誤算が多く、結局は失敗して淘汰されてしまう。そこで、どんな事業をするにしても、綿密な科学的調査研究をなしとげた上でスタートしなければならなくなった。もとより人間の知識は、いつの時代にも、全能ではないから、ある限界があって、最後の決断は「かん」なり「はら」なりに頼るほかはない。しかし、充分な調査研究をとげた後の「かん」や「はら」は、調査研究を経ない前のいわば盲目的・猪突的な「かん」や「はら」とはちがう。今日の文明国では、営利事業を経営するばあいにも、あるいはまた政府が何か新政策を実施するばあいにも、その準備として科学的調査研究をすることは、当然のしきたりになった。この点で最も注目すべきは、戦争を目的とする科学的調査であろう。戦争のような、感情的、投機的要素を最も多く含む仕事も、冷静な科学的調査を前提としなければ、手を出すことができなくなったのである。

――中井正一「調査機関」

それは詳しく云ふと、「豚と人間と国民と臣民との境」といふことであるが

2013-07-26 00:41:44 | 思想


『天皇とプロレタリア』で有名な人の本(のコピー)。浅間温泉で「序文」が書かれている。長野県下で国体思想を説いて回っていた頃の本らしい。世の自称右の方々に言いたいのは、主張というものは愛嬌が伴っていなくてはならぬということである。題名もそうだが、章題がいちいち面白いのである。「日本独自の文明は人力車と鰹節削だけか」「豚の労働も狸労働も神聖か」「小鳥の生活と犬も喰はない人間の夫婦喧嘩」「豚より人間へ、人間より国民へ、国民より臣民へ」……つい、わたくしも国体論者になりかけてしまったではないか。

ぐったり

2013-07-25 20:19:26 | 文学


講義を終えてから模擬授業の練習につきあう。ぐったり。
 
「山男は顔をまっ赤にし、大きな口をにやにやまげてよろこんで、そのぐったり首を垂れた山鳥を、ぶらぶら振りまわしながら森から出てきました。」(宮澤賢治)

ロボは地球を救うと信じる映画雑誌

2013-07-23 11:53:10 | 映画


中学生男子をターゲットにした映画雑誌というコンセプトだけで興奮する中年男子に向けた雑誌。「ベスト映画ロボ」の第一位がメカニコングというところがセンスがあると思う。ちゃんと『第9地区』のエクソスーツも出してくれたし、満足。まだこの雑誌、活字はほとんど読んでない。

笑顔を絶やさず(棒読み)

2013-07-23 10:32:36 | 思想


エ×ちゃんとかいうひとのブログにたまたまたどり着いたら、「身長が低くて気になっている方へ」という記事があったので、読んでしまったのであるが、「それは個性」で気にする必要はないそうである。ただ「スタイルを良く見せるように」「ヒールの高い靴」をはけば、姿勢も良くなり足の筋肉も美しくつくらしい。あとは服の絞りたい部分を直してもらうとかするらしいが、よくわからなかったのでいいとして、あとは気持ち次第であり、「前向きに笑顔を絶やさずにいれば魅力的な女性として輝いていける」らしい。

よし、それでゆくか。

投票率が低くて気になっても、衆参両院がお互いの足を引っ張り合うのが二院制の本来の目的であることを無視し「ねじれ解消」とか言って自民党を応援していた国営放送にあきれ果てても、毎日暑くてやる気を失っても、ヒールを履いたりして笑顔を絶やさずにすればよいのだ。


山×太郎当選してた

2013-07-22 02:10:38 | 思想


自民党大勝など、出エジプトとか学級崩壊ぐらい自明の出来事であり、一方、希望とか思想というものは実現可能性とは全く関係なく語るものである。したり顔で現実を語る連中なぞ、もしかしたら思想的に成熟しているつもりなのであろうが、歴史的にはいてもいなくても同じようなもんである。なぜかといえば、いつも個人の判別が出来ないほど大量にいるからである。

ところで、山本太郎が本当に当選していたのは面白かった。テレビの選挙速報を見ててつい笑ってしまったよ。だいたい、彼は映画「光の雨」で連合赤軍のリーダーを裕木奈江さんと一緒に演じていて、彼女とともにすばらしい演技だったので、記憶していたのである。で、原発事故のあと本当に運動に乗り出し、結婚もし、議員になってしまうとは、完全に「勝ち組」である。彼のような人物は現実的には敗れ去る運命にあるといえようが、そんなことが全く希望や思想とは関係がないことは既に述べたとおりであるなあ。

自民党が憲法を改正したいのは、もはやそれ自体が目的というより積年の恨みを晴らすことつまり「勝つこと」であるような気がする。吉本隆明の「勝利だよ勝利だよ」という「沈黙の言葉」を思い出すのはわたくしだけではあるまいて。どうも私には、戦後、経済復興を果たし、知的にもまあまあ優秀だと言われた時期をもつに至った日本人が、最後の自己回復を図ろうとして、憲法に手をつけようとしている気がする。先生に怒られて生活がすさんでしまった生徒が、怒られた理由を閑却して、怒られる前の状態に戻ろうとしているようなものである。気持ちはまあわかるのである。しかし、そういう回復をしたがる生徒が優秀であった試しはない。だいたいプライドの回復に何年かけるつもりだ。そんな暇があったら勉強した方がいいのである。わたくしは全く同じことを中国にも言いたいのであるが、ルサンチマンを溜めてる状態にある方が病気の症状としてはかわいそうだ、……そういう意味でかわいそうなのは我が国の方なのではあるまいか。万国の労働者よ、団結する前に我が国を助けたまえ。