★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

それではわたしたちは話の本題へ入ったわけです。

2013-02-28 11:19:35 | 文学


「あなたは裁断を一度も習ったことがないの?」と、おかみがたずねた。
「いいえ、一度もありません」と、Kはいった。
「いったいあなたはなんなの!」
「土地測量技師です」
「いったいそれはなんなの?」
 Kはそれを説明したが、その説明はおかみにあくびをさせるだけだった。
「あなたはほんとうのことをいわないのね、なぜほんとうのことをいわないんです?」
「あなただってほんとうのことをいいませんよ」
「わたしがですって? またそろそろあなたの厚かましい態度を見せるんですか。そして、たといわたしがほんとうのことをいわないとしたって――いったいわたしはあなたに対して弁解しなければならないんですか。でも、どんな点でわたしがあなたにほんとうのことをいわなかったんです?」
「あなたは自分でいっているようなおかみさんであるだけじゃないんですからね」
「なんですって! あなたはよく発見をする人ね! ではいったい、そのほかになんだっていうの? あなたの厚かましさはほんとうにもういよいよ大きくなっていくのね」
「あなたがそのほかのなんであるのか、私にはわかりません。私にわかっているのは、あなたがおかみさんであり、そのほかにあなたの着ている服は、宿屋のおかみさんにはふさわしくなく、また私の知っている限りではこの村ではだれもそんなのを着てはいないということだけです」
「それではわたしたちは話の本題へ入ったわけです。あなたはそれをいわないではいられないのね。あなたという人は、おそらく全然厚かましいのじゃなく、ただ、何かばかげたことを知っていて、どんなにいわれてもそのことを黙ってはいられない子供のようなものなんだわ。では、いいなさいな! この服のどこが変っているんです?」
「私がそれをいったら、あなたは怒りますよ」
「いいえ、それを笑うでしょうよ。きっと子供じみたおしゃべりなんでしょうから。で、この服はどんなだというんです?」

……カフカ「城」(原田義人訳)

伯爵の役所に対する敬意を要求します!

2013-02-27 11:44:24 | 文学


どういう村に私は迷いこんだのですか? いったい、ここは城なんですか?」
「そうですとも」と、若い男はゆっくりいったが、そこここにKをいぶかって頭を振る者もいた。「ウェストウェスト伯爵様の城なのです」
「それで、宿泊の許可がいるというのですね?」と、Kはたずねたが、相手のさきほどの通告がひょっとすると夢であったのではないか、とたしかめでもするかのようであった。
「許可がなければいけません」という答えだった。若い男が腕をのばし、亭主と客たちとに次のようにたずねているのには、Kに対するひどい嘲笑が含まれていた。
「それとも、許可はいらないとでもいうのかな?」
「それなら、私も許可をもらってこなければならないのでしょうね」と、Kはあくびをしながらいって、起き上がろうとするかのように、かけぶとんを押しやった。
「それでいったいだれの許可をもらおうというんですか?」と、若い男がきく。
「伯爵様のですよ」と、Kはいった。「ほかにはもらいようがないでしょう」
「こんな真夜中に伯爵様の許可をもらってくるんですって?」と、若い男は叫び、一歩あとしざりした。
「できないというのですか?」と、Kは平静にたずねた。「それでは、なぜ私を起こしたんです?」
 ところが今度は、若い男はひどくおこってしまった。
「まるで浮浪人の態度だ!」と、彼は叫んだ。「伯爵の役所に対する敬意を要求します! あなたを起こしたのは、今すぐ伯爵の領地を立ち退かなければならないのだ、ということをお知らせするためです」
「道化芝居はたくさんです」と、Kはきわだって低い声でいい、ごろりと横になり、ふとんをかぶった。

……カフカ「城」(原田義人訳)

春の夜長に

2013-02-26 20:21:39 | 文学


 現代の日本文明を呪咀して、江戸文明に憧憬し仏蘭西文明を駆歌する荷風氏。現実の醜悪を厭うて夢幻に遁れんとする未明氏。温雅淡白よりも豊艶爛熟を喜ぶ白秋氏。
 或る意味に於て、すべての人間はアイデアリストである。ドリーマーである。ロマンチケルである。アナクロニズムといい、エキゾーチシズムという語は色々な、複雑な意味を持っていると思う。

       ○

 俳壇の現状は薄明りである。それが果して曙光であるか、或は夕暮であるかは未だ判明しない。
 俳句の理想は俳句の滅亡である。物の目的は物そのものの絶滅にあるということを、此場合に於て、殊に痛切に感ずる。

──種田山頭火「夜長ノート」より

窪み

2013-02-25 10:57:13 | 文学


木材を満載したその荷馬車の車輪が道路の窪みの深い泥に喰い込んで動かなくなったのを、通行人が二人手を貸して動かそうとしていた。やっと動き出したので手をはなすと、馬士一人の力ではやはり一寸も動かない。「どうかもう少し願います。後生だから……」そう云って歎願しているが、さっきの人達はもう行ってしまって、それに代る助力者も急には出て来なかった。(寺田寅彦「断片Ⅰ」)

交差点の風景

2013-02-24 10:51:58 | 文学


一九五〇年の八月六日
平和式典が禁止され
夜の町角 暁の橋畔に
立哨の警官がうごめいて
今日を迎えた広島の
街の真中 八丁堀交差点
Fデパートのそのかげ

供養塔に焼跡に
花を供えて来た市民たちの流れが
忽ち渦巻き

(峠三吉「一九五〇年の八月六日」)

女の子

2013-02-23 10:49:37 | 文学


併し別に西洋人のゐる家だとも見えない、自分の家と對稱に建てた家なのだから、同じやうな二た間が縁側に臨んでゐて、同じやうに硝子の嵌つた障子が兩方に開いてゐる。こちらのよりも稍古りた疊の端が見える外には何一つ異つた容子もない。もとよりそれ以上中を覗き込む事は出來ない。(鈴木三重吉)

UFOの上方/下方

2013-02-22 15:07:20 | 思想
ちまたでは、ロシアに墜ちた隕石が事前にUFOかなにかに衝突していたとか、撃ち落とされていたとかもっぱらの噂である。youtubeに投稿された動画によると確かに何かに当たっているように見えるが、爆発した隕石の上方にピアノ線を探したわたくしはホントに駄目な男だと思う。



UFOっぽいものなら、地上にたくさんあるからわざわざ探すには及ばない。

地上はどうせどうにもならない。天を眺めてドラマを探すのは昔から変わらないようだ。

ЧАЙКА

2013-02-18 21:55:57 | 文学


僕はあなたの名を呼んだり、あなたの歩いた地面に接吻したりしている。どこを向いても、きっとあなたの顔が見えるんだ。


…気持ちは分かるが病気だな

В ССЫЛКЕ

2013-02-17 00:23:07 | 文学


 みんな横になった。風に戸があふられて、雪が小屋へ舞い込んだ。誰も起きて戸を閉めに行く気はしなかった。寒いし懶い。
「俺はいい気持だ。」セミョーンがうとうとしながら言う、「こんな気楽なことはねえさ。」
「お前は極道者よ。悪魔だって攫っちゃ行かねえってよ。」
 外からは、犬の吠えるような声が聞えて来た。
「ありゃ何だ。誰がいるんだ。」
「韃靼人が泣いてるのよ。」
「へえ……何て妙な奴だい。」
「今に慣れるってことよ。」セミョーンはそう言ったかと思うと、もう寝入っていた。
 間もなく他の者も寝入った。戸は開けっぱなしだった。


…追放劇には起源がある