祭りの二日目はみこしまくりです。
昔、惣助幸助というコンビが飛騨から神様を木曽谷に持ち込んだ時に、追っ手を振り切るために、みこしを谷に転がり落として難を逃れたという伝説があり、どうも本当はどうだったのか、他の神社の由縁と同じように相当にあやしいのですが――、とにかく「みこしまくり」という行事となって今に至っております。みこしを横に縦に転がしてたたき壊すどう見ても「奇祭」としか言いようのないものです。
しかし――、わたくし、小学校の頃は、なんかアイスクリーム的なものが不足している祭りなのであまり興味がありませんでした。中学校の頃は、「無神論ですが?」とあっち向いておりました。高校時代の時はいろいろと興味がありませんでした。大学の時はほとんど帰省しておりません。大学院の時はもはやいろいろな記憶がありません。就職してからは、研究の関係上、結構興味が出てきたのですが、
学生のために授業を休む訳には参りませんちゃんと仕事しなければなりませぬ。というわけで、やっと地元の祭りに興味を持って参加した訳であります。わたくし、高松祭とか土浦花火大会などちゃらちゃらしたものに感心する前に、自分の地元のお祭りの異様さに気づくべきだったのです。
ですが、細君と油断して夕食を
西洋料理などを食してのんびりしていたところ、近所でバタンドカンといきなり始まりました。「よこまくり」
動画でもどうぞ
惣助幸助の頃は、道が土だったのでしょうが、今は違います。アスファルトです。アスファルトにみこしを衝突させれば何が起こるか神様でも分かります。いちはやく壊れてしまっては神社まで何に乗ってゆけば良いのでしょう?しかも、――二人は飛騨から神さんを強奪してきた盗人であるからして闇に隠れて転がしてきたに違いありませんが、いまは観光客も観ております。というわけで時々修理しながら転がすという、壊してるのか直しているのか分からない謎の展開のうちに1時間も転がしております。
さて、いよいよ「たてまくり」のお時間です。中の神様が失神(
あっこの単語まずい)しているのではないかと若干心配なのですが、もはや派手にまくらなければ国民が納得いたしません。しかも担ぎ手にも観客にも相当外国の皆さんが混じっておりますから国際問題にもなりかねません。というわけで、いきます。
もうこれ以上まくると壊れる(
そのためにやっていたのでは……)というアナウンスがあり、みこしは担ぎ手の「高い山」のメロディにふらつきながら神社にお帰りになります。
しかし、実はここからが、祭りのメインイベントなのです。神社はどこ?歩いてどのくらいかかるか考えないことにいたしましょう。かなり遠いといっておきましょう。みこしを担ぎながら休憩もなし。祝祭の雰囲気は一気になんだか空恐ろしい雰囲気に……。

この風景何かに似てるなあ……

あ国会前のデモ

あれは国会議事堂じゃないか……

しかし×倍はやめろとは言ってないし、ラップもなし。
それはともかく、日本から暗闇が消滅したなどと、調子こいたモダニストが昭和初期に既に言ってましたが、間違いです。木曽は真っ暗です。「夜明け前」です。出発から1時間ぐらいたちますが漆黒のなかで「高い山」も途切れ途切れです。必死のみこしに三〇人ぐらいの我々普通の人が、心配そうにぞよぞよと着いていきます。ちょっと異様な雰囲気であります。写真ではよく分かりませんが、ここから30分間ぐらいは我々の体験にはベンヤミンの所謂アウラがありました。たぶん、こんなものが「神的なもの」なのでしょう。昔の人は我々より、こういうのをちゃんと体験していたのではないでしょうか。
水無神社に行き着くためには、直前で長い坂道をのぼらなくてはなりません。言い忘れましたが、みこしは約400キロです。我々は何かに(みこしですが)導かれてあとをついて行きます。
本殿で神事が行われ、無事に神さんはお帰りになりました(ここもなかなかのものだったのですが、興味のある方はどうぞ来年ご参加下さいませ)

中の神様がぬけたみこし
そして、もう深夜一時なので人間も帰宅しました。