★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

何の因果か

2022-10-31 23:18:52 | 文学


ある夜、風あらく雨降りて、人音まれなる時を見合せ、乙女が案内をして、男をつれて、我が親のかたに立ち入り、夫婦のねられしうへに、畳を置きかけ、このくるしみの内に、少しの貯べ物を盗み、帽づたひに、にげ行 きしに、この大悪、いづくまでか遁がるべし。踏馴れし道筋の岩も、人影と見えて、心のやるせなく、知れたる淵に飛 び入り、男も女も、眼前に恥をさらして、葛屋の名をくだ しぬ。

「娘盛りの散る桜」もすさまじい話で、娘の四人ともに懐妊して死亡し、五人目を出家させようとしたら盗賊の嫁になってしまい、実家に盗みに入る。しかし、山道で錯乱して淵に飛び込んでしまった。

この五人目だけがなんか突然の悪行のようにおもえるが、四人目までも懐妊して死んでいて世間的親にとっては一種の不孝みたいなものであったであろうから、あまり突然とはいえないのかもしれない。いずれにしても、何が不孝で何がそれを事件として顕すのかはなんだか分からないわけである。この世の中はいつも突然に不孝が起こってしまう。原因があったとしても結果は偶然に見える。だからこそ、語り手も最後の娘の所業を「大悪」と呼ばなければならない。しかしそれだけではなにかおちつかないので、最後には「恥をさらし」「葛屋の名」を汚したと世間を味方につけている。しかも「晒葛屋」の洒落でもあることで、まじめな因果の議論を避けているようにも思える。いろいろ、我々は親不孝なことを起こしてしまうわけだが、何の因果かわからない。しかしその不安定さを口に出せば、その孝行の道徳なしで世の中が保てるのか、もともとかくもめちゃくちゃな暴力的なわれわれなのだぞ、という世の中からの呼びかけに答える勇気を出さなければならなくなる。

大河ドラマで巴御前を演じた秋元才加氏は、幼い頃、日義村の旗揚げ八幡宮に来ていたそうである。氏は「何の因果か」と言っており、実際は氏が巴御前を演じたことによって事柄の同一性が生じたにすぎず「因果」ではないのだが、――もうそういう同一性を因果と感じる我々の感情がある限り、旗揚げ八幡の場所が万が一でっち上げであってもどうでもよいといえばよいのだ。我々の感じる「因果」というのは、どちらかというと、こういうフィクションかもしれないものの伝承の動力なのである。我々のアイデンティティなんか、たいがいそういうものでできあがっているに過ぎない。だから、自己肯定感なんかは、歳をとらないと生じない、「何の因果か」という出来事がないと生じないのである。

そしてその因果は、西鶴が描くようなひどい出来事によって過去から何か因が回帰してるように感じることによって生じる。大概は、人生すべての否定されたすがたの言い換えなのである。

いらっしゃいませ、こんばんは↑

2022-10-30 19:43:20 | 音楽
Ondrej Adamek -Ca tourne ca bloque


Ondrej Adamek のCa tourne ca bloque(回って止まって)は、結構演奏されているようだ。youtubeに複数の演奏があがっている。この曲は、冒頭、メイド喫茶の店員の言葉と思しき音声から始まっていて、そこに弦楽器が模倣のように同調してゆく。コンビニの店員の言葉とともに、しばしば「ロボットか」と非難されている人間の声が、日常生活と切り離されると音楽と化す。ジョン・ケージが日常の音を音楽として環境にあるそのままに解放しようとしたのに対し、これは逆に日常からうきあがっている人間性を音楽として回収する試みである。これは村田沙耶香の「コンビニ人間」と似ている。この作品は、現代社会ではコンビニがかえってモラルも秩序も整った人間的な場所でありうる可能性を示唆している。主人公は、物語の最終局面で、クズ男の居候をコンビニに入ってきたお客として反射的に遇して、日常生活から解放される。天啓のように、コンビニが彼女を「(コンビニ)人間」にした。その咄嗟に現れるコンビ店員としての声は、まるで歌うようである。「コンビニ人間」は歌う人である。

コンビニやメイド喫茶をはじめとする「いらっしゃいませ」が音楽であるから、論文なども歌って美的であるかを判断される時代が来るかも知れない。近代?では詩だけでなく、黙読されるものとしての論文というものも、ある種特殊なものなのである。

梅本佑利 - 萌え²少女 (2022)


若い梅本氏にとっては、もう「コンビニ人間」のような葛藤もないのかも知れない。アイロニカルな感じがなくなっているからだ。これは、明治の戯作者にあった言葉の表象とシンクロしたリズム感に近いような気がする。

 薔薇の花は頭に咲て活人は絵となる世の中独り文章而已は黴の生えた陳奮翰の四角張りたるに頬返しを附けかね又は舌足らずの物言を学びて口に涎を流すは拙しこれはどうでも言文一途の事だと思立ては矢も楯もなく文明の風改良の熱一度に寄せ来るどさくさ紛れお先真闇三宝荒神さまと春のや先生を頼み奉り欠硯に朧の月の雫を受けて墨摺流す空のきおい夕立の雨の一しきりさらさらさっと書流せばアラ無情始末にゆかぬ浮雲めが艶しき月の面影を思い懸なく閉籠て黒白も分かぬ烏夜玉のやみらみっちゃな小説が出来しぞやと我ながら肝を潰してこの書の巻端に序するものは

――二葉亭四迷「浮雲」序


大学祭にいってみると、文芸部が配っている雑誌や冊子に、いつごろからかライトノベルの挿絵みたいなものがたくさん載っているようになった。それはいまどきの文人画なんだろうとは思うわけだ。しかし、わたくしはあまりその表象としてのリズム感がわからない。そこには身体的な抑圧があるとかえって思ってしまう口である。わたくしにとっては、言葉は体から悲しみが出てくるようなもので、だからこそこれから良いものが書けるような気がして書く。これが鉛筆や筆で書いていた時代はもっとその感情と身体が一体化したかんじがあったのではなかろうか。

恐竜としての理念

2022-10-27 23:02:26 | 文学


「これはたいへんだ。恐竜とこの島に同居するのでは、たいへんだ」
「やっぱり恐竜は人間をくうんだね。そこまでは考えなかった」
「人間をくうとは、まだはっきり断定できないだろう」
「いや、あの小さい総督が今いった話によると、ラツールとかいうフランス人がくわれ、ポチという犬が恐竜にくわれたそうじゃないか」
「目下行方不明だというんだろう。くわれたかどうか、そこまではまだわかっていない」
「くわれたにきまっているよ。こんな小さな島で、行方不明もないじゃないか。それにわれわれは母船を失った。あのとおり親船のシー・タイガ号はまっぷたつにちょん切られて、もう船の役をしない。われわれはこれから恐竜島に缶詰めだ。そこで今日は一人、あすは次の一人という工合に、恐竜の食膳へのぼっていくのだ。はじめの話とはちがう。ああ、これはたいへんだ」
「なるほど。これはゆだんがならないぞ」
 このざわめき話に、水夫のフランソアとラルサンの二人は、絞首台の前に立った死刑囚のように青くなった。


――海野十三「恐竜島」


恐竜と同居する話は、海野十三の昔からいまのゴジラ映画に至るまでつねにある。それは厄災としてのそれであり、それに対する対処はつねに具体的である。しかし、理念のようなものも恐竜と同じく対処は具体的でないといけない。精神だって、物理的破壊と一緒で大変なものだからである。理念はそこにあることによっていろいろなものも壊すから、それを後始末しなければならない。半端なインテリが考えるほど、精神的な衝撃は自己修復しない。ここでわたしが言っているのは、ナチズムとか道徳のようなものを言っているのではなく、マルクス主義やフェミニズムやいまやいろいろな問題の焦点となりつつある発達障害的な問題である。

問題提起することの偉さは常に正しさに接近するのだが、それからは提起よりも忍耐が必要な、具体的な解を積み重ねていけるかという旅が始まる。そこを問題提起的な説教の浸透によって事態が徐々に改善するなどという勘違いが広がれば、具体的な解を見出せないことに傷ついた人が病んだり死ぬことになる。反動的な動きには、具体的な解を見出せないことに対する苦悩や失望が絡んでいる。バックラッシュなんて言葉で他人事のように片付けてはいけない。確かに、解を長いスパンで存在出来るようしばしばアドバイスが降ってくるのだが、もっと事態は常に差し迫っている。なにしろ、善を実現しようとする場合、問題はつねに弱者の顔をしてやってこず、悪人の顔をしてやってくるからである。長い時間悪に耐えていたら、大概のひとは頭がおかしくなってしまう。思うに、ソ連崩壊もそれが理由だと思うのである。

不孝の方便

2022-10-26 23:39:37 | 文学


夜半に、善右衛門、俤を顕はし、わが女房に、心を残さず、まざまざと語りければ、夢のうちにも胸をさだめ、目覚めて、 なほ一念やめず、枕にかけし長刀取りのべ、蔵にかけ入り、 善助・善吉・善八を、 漏らさず切りすゑ、二歳になりし男子を、姥が添へ乳をせし懐より、取出し、自害せられし善右衛門脇ざしを持ち添へさせ、「目前に、親の敵打つぞ」と、三人ともにとどめさし、この事姥にかたり置き、その身も、 あした心さしとほし、消えける。露の世の朝の霜、これ程はかなき事 はなし。

人生100年時代とか言っているが、大概の人は人生に於いて生き恥をさらしているわけでそれが人生の意味である。短い長いは関係なく生き恥こそが重要であり、人間の政治を生じさせる。それが維持されている場合は、人生が突然それが絶たれたりしても問題はないが、そうではない場合、つまらない追悼文なんかで送られてしまう。今はやりの追悼文に人生はない。つまり人生100年時代とか言っているのも、もはや長生きの意義すら超えた、我々の社会が「人生の否定」という事態に突入していることを示しているのである。

なぜこんなことになったかと言えば、常識的には、社会を失ったからかも知れないというのは私でも思いつく。人生は社会にあった。政治は社会にしか生じない。思いの丈を書いたりしながら社会的生活を送る「へんな生き方」は、その思いとやらに社会的意味が生じる特殊な変人だけに許されていたことで、半端な能力であったらむしろどこにも書けなくなってしまうのがネット以前の世界であった。危険だからである。本音と社交が遠く離れた弧のようになって「見えちゃってる」人はやばい輩なのは常識ではないか。人類はついにネット世界によってみずからやばい輩になることを選んだのであった。――やばい輩というとあれだけども、本人は普通に鬱っぽくなるだろうし、傍から見ると、(素人めにみて)なんらかの障害的なものにみえる。ネットの使用のせいというより、ネットを前提にした社会のせいであろうか。

西鶴の時代には、その人生=社会が安全弁でもあることを求められていた。これには人間は耐えられない。だから、親孝行みたいな社会的観念を借りて、夫を殺された妻は相手を殺害する。息子も「親の敵」ということで協力させられているが、これも一種の方便である。

詐欺師への顛落

2022-10-25 23:34:47 | 文学


聞く人、涙にくれて、「この藤助が身の難儀は、皆、親の言葉に背きし、罰ならん」と、おもひやりぬ。


親の言葉に背いたことがすべての不幸の原因でないことぐらいみんな知っているわけであるが、そう言ってしまうことで、かえって、その因果の関係に不可思議さがまじり、それ自体力があるように感じられるということはあると思う。首相でも王様でもなんでも、理屈を越えた理不尽さが「オーラ」を発生させる。野球のヒーローでも、その人の体の動きが、成績に比して何か余剰を感じさせることが、かえってその何者かを強調する。その数字のすごさとそれに対する表象の関係が不明なことが、相乗効果のように何かを存在させてしまう。

大谷選手は、――そもそも体がでかかった。

積読でなにかが生まれるのなら、とっくに俺のマルクス主義関係の棚から革命が勃発してもよいはずだが、そうはならない。そのかわりに、何かが累積したような錯覚が起きる。これがなにか実績に対するごとき心理的な安定をもたらし、つい調子に乗って勉強してしまうのが、積読をしてしまうひとたちの習性なのではなかろうか。

今の世の中、だいたいふざけた連中を注意したり怒ったりする勇気のないやつが自己合理化をはかった結果でできていて、いくら弱者のふりをしようともそれは正義ではなく勇気がなかったことを示すに過ぎない。ここにだって、確かに余剰がある。勇気のないことは単なる心の状態だが、合理化は積ん読のように増えていってしまう。我々の勇気のなさをなめてはいけない。もはやその起源を忘れるほど無駄に知的になっているのが我々であって、――かくして、命をかけて存在意味があるだろうヤクザから、その悪巧みが存在している時点からその存在意義がありほんとに悪さをすればただの犯罪者であるところの「詐欺師」に我々の顔つきは変わってしまっている。

そういえば、我々はそもそもヤクザから詐欺師へ成長するものかもしれない。わたしは幼児の頃、マジンガーZのおもちゃと一緒に生活していていつも便所以外はいつも一緒であった。その気分も少しは感覚的には覚えている。成長とともにそんなものとは縁を切っていると思っているが、本当にそうであろうか。もっと厄介な我々自身を欺すものと一緒に生活している、過去の記憶とか自分とか、である。こうやって自らを欺き我々は、マジンガーを乗り回す乱暴者から詐欺師へ転落する。

生きたふり

2022-10-24 23:50:59 | 文学


とても運がれぬ道をいそがせ、首打つての暁の日、親の様子を聞きて、隠れ身をあらはし出けるを、そのまま、これもうたれける。 何国までか、一度はさがさるる身を、かくしぬ。

「旅行の暮の僧にて候」は、すさまじい娘の話である。子ども時代、雪に困った僧を泊めておいて、その僧が持っていた金を親に強奪させる。腰元奉公に行ったら主人に色を仕掛けてものにし、奥様を殺傷する。引き出された親はあっさりと首を打たれ、それを知った娘はついに自首して打ち首となる。

我々の孝行の感覚には、こういう陰惨な風景が頭にちらついているのではなかろうか。儒教や教育勅語だけで絆が、なにやらを積載した空車(鷗外)のように我々を圧するわけはないのだ。

鷗外は空車のような人であった。彼はほんと頭いい男で車に多くのものを積んで書いていた。しかし彼のやったことは後から見たら土台作りのことだった事柄も多く、案外日本の風潮だと、当たり前のことをやっているみたいなかんじで評価が下がるみたいな現象が起きる。積んでいたものが消えると空車にみえたわけである。世のなか、ちょっと「ぐれた」芸風のひとが革命家みたいな顔をする。

その空車にはいろいろなものがあったが、鷗外が晩年、自分たちのもともとの心車の輪郭を描こうとして過去に帰っていたのは当然である。そこには、高瀬舟のような、お上への感覚や山椒大夫のような親への感覚があって、まだまだあったが――途中で彼は死んでしまった。芥川龍之介もやりかけで死んだ。柳田國男も坂口安吾もやりかけで死んだ気がする。

こういう生き方は果たして、死からの逆行みたいなもので説明つくであろうか。彼らはほかにやることがなかったというのもあるが、その生活は、まるで「生きたふり」をしていたようなものだった気がする。ちょっとイデオロギーに間違われることを恐れなかった三島由紀夫のせいで混ぜっ返されてしまったが、それは「死んだふり」みたいな偽装的なものではなかった。

日米便乗型暴力論

2022-10-24 00:50:12 | 文学


後は、三百よ人の組下、石川が掟を背、昼夜わかちもなく京都をさはがせ、程なく搦捕れ、世の見せしめに七条河原に引出され、大釜に油を焼立、是に親子を入て煎れにける。其身の熱を七歳になる子に払ひ、迚も遁れぬ今のまなるに、一子を我下に敷けるを、みし人笑へば、『不便さに最後を急ぐ』といへり。『己、その弁あらば、かくは成まじ。親に縄かけし酬、目前の火宅、猶又の世は火の車、鬼の引肴になるべし』と、是を悪ざるはなし。

「我と身を焦がす釜ヶ淵」はなかなかの余韻を残す話で、石川五右衛門の父親が、五右衛門にひどい目に遭わされた連中からリンチを受け傷だらけになっている前半から一転、五右衛門の犯罪が縷々語られて彼もすぐに釜で茹でられる。不孝とは、かようになにか複雑な余韻を残すものなのである。不孝とは息子の悪ではなく、親の傷であり、子の傷である。後者が前者をもたらすのは因果ではなく、途中に暴力が絡んではじめて行われる。最後に世間が五右衛門を非難するように、見物人的な世の中の動向が不孝の不幸さを決める。

「其身の熱を七歳になる子に払ひ、迚も遁れぬ今のまなるに、一子を我下に敷けるを、みし人笑へば、『不便さに最後を急ぐ』といへり」とあるように、最後にクローズアップされるのも親子であって、五右衛門が自分の子どもを釜の底に敷こうとしたのを、五右衛門は「かわいいからひと思いに殺すのだ」といい、まわりは「自分が一瞬でも助かろうと思って」と言った。こんなのはどっちが本当か分からない。少なくともたしかなのは、見物人がそのグロテスクな行為を「笑った」ことである。

昨日、はじめてキューブリックの「シャイニング」をはじめて観た。こんな重要な作品をいままでなんで観てなかったのか意味不明であったが、――この作品は、作家志望の男が妻と子を殺そうとする話で、原因は、管理人となったホテルに残留する「何か」、アルコール中毒、妻との不和、作品を各プレッシャーなど、一つに定まらない不安定さを持っている。それに対して、行為として現れる暴力自体が非常にショッキングなので、観客は驚きのなにかに閉じ込められるのである。原作はスティーブン・キングで、彼の小説とあまりに内容が違うので長らく批判していたと思う。たぶん、小説はもう少し暴力の原因についての理屈がしっかりしているのだと思う。

便乗型暴力や暴力対抗というものは、競輪場だけのことではなく、日本全体の風潮でもあるようだ。左右両翼の対立が、理論とは名ばかりで、根は暴力的な対立にすぎない。

――坂口安吾「便乗型の暴力」


アメリカだって、そういう便乗型暴力が問題なはずだが、つねに原因追求が目くらましとなって、我々に立ちふさがる。

軽薄さ、その問題の中心

2022-10-22 19:51:03 | 思想


早晩国の地位を判断するには正義人道を以てする時が来るのである。近頃は何れの国でもその心事を隠すことが出来ない、国民の考えていること、政府の為したことは、殆ど総て少時間の後に暴露し、列国環視の目的物となる。そこで世界の各国が一国を判断する時には、その言うこと為すことの是非曲直を以て判断する、あるいはその代表者が如何なる言を発したか、如何なる行動を執ったかによりて判断する、またある国が卑劣であり、姑息であり、陰険であり、または馬鹿げたことをすれば、それは直に世界に知れ渡るのである。従てある国が世界のため、人道のために如何なる貢献をなしたかは、その国を重くしその威厳を増す理由となる。国がその位地を高めるものは人類一般即ち世界文明のために何を貢献するかという所に帰着する傾向が著しくなりつつある。

――新渡戸稲造「真の愛国心」


昨日、「教育と愛国」という映画を見てきた。描かれている一つ一つの事例はかなりニュースになったものばかりであり、吉村知事が問題にしした、大坂の先生のインタビュー以外はどこかで聞いたことのあるような情報であるといえばそうであった。より重大なのは、この20年間教育を受けてきた側と教壇に立ってきた人間の変化であると思われる。一部の政治家や学者がバカ――というより軽薄なのは当たり前のことだ。そんなことにいちいちびっくりしている暇はない。政治家の大多数は、昔なら刀を振り回している暴力集団の生まれ変わりだから問題外として、学者だって、なにかいろいろ考えているうちに妙なところに迷い込むのはきわめてよくある話なのである。だから、現場の先生たちの「常識」がまともであることが重要である。教科書も政府も学者も間違うことがある。こんな権力がからんだ分野が間違わない筈がなく、とくに軽薄さが頭の良さに錯視される昨今、ファクトを確認するまでもなく、腐っているに決まっている。もはや、これは実態調査を待つまでもなく内省の問題だ。そうして、実際の教科書をのぞいてみれば、社会でも国語でもなんでもそんな狂った事例にはやはり事欠かない。

問題の中心は、軽薄さである。世の中のいじめや厭がらせはつねに軽薄さで性格づけられる。その軽薄さは問題をやり過ごしそれを私的な利益とすり替えることだがそれは少しでもまじめに論理を追っては不可能である。そして一人でも無理なので、おおくはボスの倫理が緩くなることによって集団的な現象としておこる。最近は、不真面目にも、それが被害者やいじめられた側を病人認定してケアすることで肝心の問題をスルーしようというきたない連中まで現れるしまつである。原因ではなく発症自体を問題として扱うその態度は、仮に真面目に見えても軽薄である。

仮面の思想

2022-10-21 14:36:14 | 文学


明智は訳の分らぬ不安を感じて思わず立上ろうとした。
 と、その途端、恐ろしいことが起った。ノロノロと歩いていた怪物共が、突然矢の様に走り出したのだ。そして、アッと思う間に、一飛びで、明智と波越警部のまわりを取り囲んでしまった。四つの白く光るものが、夫々黄金マントの合せ目から、ヒョイと覗いた。ピストルだ。
「ハハハ……、とうとう罠にかかったな、明智小五郎」
 一人の黄金仮面が低い声で言った。ルパンの部下の日本人だ。
「連れは誰れだね。恐らくは波越捜査係長だと思うが。アア、やっぱりそうだ。こりゃ迚も大猟だぞ」
 三日月型の唇が嬉し相に言った。あとの三人の金色の顔から、ペロペロペロと低い喜びの声が漏れた。
「明智君、僕等がこんなに早くお迎いに来たのを、不思議がっている様だね。流石の名探偵も少し焼が廻ったぜ。君は僕らが物見台を持っていないと思っているのかい。君はまさか大仏様の額にはめてある厚板ガラスの白毫を見落した訳ではあるまい。僕等はあのガラスのうしろをくり抜いて、物見の窓にしているのさ。昨日から君がこの辺をうろついているのを、すっかり見ていたのだよ」
 黄金仮面は憎々しく種明しをした。


――江戸川乱歩「黄金仮面」


仮面は仮面と素顔を分割して事態を単純化してしまう。もっと何重にも何分割にもわれわれの姿というものは複雑だ。たとえば、「政治と文学」もそうである。

「政治に対する無知」は現象ではなく、政治と人間の分割である。つまり人間がよくも悪くも?「法外な」(田中希生氏)動き方をしてしまうことを無視する態度であって現象ではない。政治に興味をなくすってことはほぼ芸術に関心を持てなくなることと一緒なのである。だから「政治から文学へ」みたいなのを逃避と捉えただけでは全体像、いや現象すらを見失う。

地方復権幻想

2022-10-20 23:21:53 | 文学


数十年後、老いたる女乞食二人、枯芒の原に話している。一人は小野の小町、他の一人は玉造の小町。
 小野の小町 苦しい日ばかり続きますね。
 玉造の小町 こんな苦しい思いをするより、死んだ方がましかも知れません。
 小野の小町 (独り語のように)あの時に死ねば好かったのです。黄泉の使に会った時に、……
 玉造の小町 おや、あなたもお会いになったのですか?
 小野の小町 (疑深そうに)あなたもと仰有るのは? あなたこそお会いになったのですか?
 玉造の小町 (冷やかに)いいえ、わたしは会いません。


――芥川龍之介「二人小町」


やっといろんなことがわかって来たような気がするのは寂寥感のせいである。たぶん、いろいろなことを忘れているせいであるが、若者はしばしば多くのことを思い出す。だから、ほんとうは一人で旅に出て環境を変えた方がいい場合もある。世界が一つであることがつらいのである。

むかしは、連れだって出家し、その実、地方に文化を伝えていた僧や元貴族たちがいたようなきがする。

いまの学生はSNSにさらされてるから、大学に入った後、その大学(というより学科)のなかで小宇宙とか桃源郷を楽しむみたいなことが難しいから気の毒である。わたくしのいた国文科は男女比が2:8か1:9ぐらいだったきがするので、男だと言うことだけでなぜかモテた(以上、夢だったのかもしれない)そういえば、こういうこともあった。なぜか体育=ダンスの授業で女子にただ一人混じって踊らされたのはハラスメントかあるいは竜宮城。。成績も秀だった。おれは体育が得意なモテ男として人生の頂点に(成績以外は夢)

かくして、夢か現かのうちに当時も過ぎていったし、いまもよく山梨の大学時代は思い出せない。都留は閉じていたし、バブルの余波もオウム真理教の何もかも私にはあまり関係がなかった。音楽と文学をやっていればよく、あまり競争にもさらされない環境だったのである。これで、わたくしは受験や木曽の過去をある程度精算していたと思われる。そこが東京でなくてたぶんよかった。

文学もやはり東京中心に回ってるところがあるが、ここでは文学オタクの世界であってもやはり淘汰がおきる。逆に地方の学校の先生とかマニアとか同人誌の人たちは成長が阻害される可能性がある代わりに長い時間をかけて生き延びることもあるのである。そして、教え子に跡継ぎをつくる。東京では進化した恐竜がでてくる。その一方で、別の場所での進化もありうるわけである。そうじゃないと文学は持続可能ではない。――本当はそれを知ってるんで、中央の作家も芭蕉のむかしからちょくちょくに地方に旅して盗み見しようとしてきたのであった。地方の自信がない文士たちにとっては、ある意味、中央の役人が来るみたいなものでいやな感じだったかもしれないが。いまでも地方のちっちゃい文学部と教育学部はかような意味で大事である。

競争に慣れると、それがコントロールされたものなのか、コントロールされるためのものなのか、コントロールするものなのか、みたいな視点が欠落してゆく。勝ち組だけでなく「負け犬」の視点がいまいちなのはそのせいである。そういう区分はとても社会にとって重要なことであるが、それが自明の理であるはずの文学にだってそういう欠落はおこる。例えば、漱石は四国くんだりまで流れてきたことが、イギリスに行ったことよりも重要だったきがする。そうでないと漱石は「夢十夜」みたいなメンがヘラした思わせぶり野郎で終わっていた気がする。四国の民は江戸っ子坊っちゃんにとって負け犬である、しかし最後は負けて江戸に下ってゆく。これは一種の下野である。だからといって、これは勝利ではないし単なる負けではなかった。もっとも、漱石はだから視点は「個人」がしっかりして保持するしかないのだ、みたいなところに行っている気がする。これが文学研究者の根性を慰撫した。